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【天を見上げる戦乙女】
第027話
しおりを挟むー〈ランカイン侯爵軍〉ー
「ノルデンバウムの戦士達よ、聞け。其方等の大勇士《ネームド》“星石”アグラーハは、死んだ!」
互いの法技同士をぶつけ合った結果、アグラーハの降らせた流星雨はベルガンの巨大剣墓を打ち砕けず、反撃で振り下ろされた一撃により岩山ごと大勇士の身体は真っ二つに裂かれていた。
「これより俺はこの決闘の勝者としての権利を行使する! 異を唱える者在らば名乗りを上げよッ!」
誰の目にも決着は明らかで、あれだけの法力を放って尚もベルガンは両の足で大地を踏みしめ、決闘前から些かも衰えない闘気を漲らせていた。
「吾らノルデンバウムの戦士は“剣墓”ベルガンを神聖なる決闘、『聖戦』の勝者として認める」
「「「認める」」」
見届人となっていたノルデンバウムの戦士達と騎士達が姿を見せ、戦士の見届人がベルガンの勝利を宣言した。
それに続いて他の戦士達も唱和する。
「であれば、俺は其方等全員の命を貰い受ける事になるが、構わんな?」
それは実質、死刑宣告である。
決闘を見守っていた騎士がゴクリと唾を鳴らした。
「吾らノルデンバウムの戦士の誓いに二言は無い。権利を行使するというのであればそれを定めとして受け入れる」
「「「受け入れる」」」
戦士達は自軍の将であるアグラーハが斃れた時点で敗北を受け入れていた。そこには怒りも哀しみもなく、聖戦の勝者を讃える敬意だけがあった。
「ならば権利を行使する」
その覚悟に応える様にベルガンは淡々と続ける。
「未来永劫とは言わん。世代を跨げば考えを変える者も現れよう。…30年だ」
一瞬、意図を測りかねた戦士達と騎士達に動揺が走った。
「30年、北の民の世代一つ分の時間、其方等の命は俺が預かる。その間、北の民からの侵攻の一切を禁じる!」
それは戦争の、聖戦の勝者の宣言にしてはあまりにも小さな要求だった。
「“剣墓”ベルガンよ。『聖戦』の勝者よ。受け入れる側である吾らの言う事では無いとは承知の上で尋ねる。何ゆえ30年なのだ? 例え100年と言われようとも吾らはそれを受け入れざるを得ぬというのに。それでは吾らも生きている内にこの地へ再び侵攻する者が現れんとも限らぬが」
ドワーフの血を引く彼等は時の中で薄れたとはいえ人間より長い寿命を持っていた。
人間ならば30年も経てば力は衰え、戦いからは身を引いているだろう。
しかしノルデンバウムのドワーフは違う。30年後も戦士として前線に出られるだけの時間的な余裕がある。これでは決して勝者である人間側に有利な要求とは思えない。
「長過ぎる時を与えれば人は忘れる。かと言って短過ぎれば喉元を通った禍根を討ち果たさんと、人は深く意味を考えようとはしなくなる」
戦士の問いにベルガンは己の考えを語る。戦いの中でしか生きられなかった抜け殻の男の残滓を言葉にして紡ぎ出す。
「人は忘れる生き物だ。どれだけの時を経ても人の世から争いは消えぬだろう」
これはベルガンがかつて戦いの中で学び、悲嘆し、苦悩した人間の業(ごう)だ。
「人は考える生き物だ。それだけの時を得れば人の中から異なる考えも生まれよう」
これもベルガンがかつて生きてきた中で知り、惑い、懊悩した人間の道だ。
「“剣墓”ベルガンは吾らに考えよと申されるのか」
戦士達の誰かがそう呟いた。
「俺もいずれは死ぬ。勝手に己の余命を30年と定めたに過ぎん。それ以上長生をする気は無い。であるなら己の死後に備え、俺達もまた忘れぬ内に考えねばならん。そして考えに考えた末の答えを、次の世代に託そうと思うのだ」
「それが30年…」
結局の所、ベルガンは活きている間に答えなど出せなかった。だからせめて答えの出せなかった自分に替わり、別の可能性を指し示せる者の出現に懸ける事にしたのだ。
「郷へ帰れ、ノルデンバウムの戦士達よ。そして今一度考えよ、忘れぬ内に次の世代へと伝えよ。その答えは30年後、俺達の次の世代が聞き届けよう!」
ベルガンは希望を抱いていない。これがただの時間稼ぎである事も重々承知している。
だからこそ、人の世の行く末を決めるのは自分ではなく今の時間を活きている人間がするべきだと結論付けた。
「“剣墓”ベルガンよ。偉大なる大勇士《ネームド》よ! 吾らはそれを受け入れ、必ずや次の世代へと語り継ごう、命ある限り!」
「「「語り継ごう、命ある限り」」」
ベルガンには北の民がどう判断するのかに興味は無い。
約束を違えてすぐに侵攻を再開するかも知れない。
それでも構わなかった。
それが活きている者の決断であるならば、更なる戦を望むのであれば、彼はまた立ち塞がり剣を振るうのだろう。
振るえなくなる、その日まで。
◇◆◇
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