黄昏に舞う戦乙女

Terran

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【天を見上げる戦乙女】

第046話

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「おえええええ~~っっ…!!」

 強烈な吐き気と倦怠感に苛まれて、セレンは青い顔でフラフラとよろめく。

「ふっざけんなよッ! なーに魔物みたいに体内から地法力を大噴出させてんだよッ! どんだけぶっ殺して貯め込んでやがんだよ、クソがッ!! 死んでもクソだな巨人族ッ!! うっぷ……ッ!」

 トドメを刺したヨルドの身体からは黒く変色した魔物の地法力の混ざった濃密な瘴気が吹き上がり、セレンはそれを至近距離で浴びてしまっていた。

「ほんっと、ふざけんなよ…。こっちはもう法力空っぽで、地法力を弾けるだけの余力なんてねえんだよっ…!」

 絶大な威力のある法技には代償がある。
 アマンダは気分が一気に下降して鬱になった。
 ベルガンは暫く人間味を喪う。
 ヨルドは身体の自由が制限された。

 セレンの場合は法力が制限されてしまう。
 なのでセレンは遠慮なく残り僅かな法力を全乗せで費やして気持ち良く発現したのだった。

「あーもう、ついでに胃の中まで空っぽにしちまったじゃねえか! 食べてなかったから出すもの無かったけど…」

 最後に休憩を取ってからどれだけの時間が経っているのだろうか。
 一晩中追い掛けられて罠にかけて斃しきるまでとてつもなく長く感じたが、空を見上げるとようやく夜が明ける前くらいに見えた。
 血糖値が下がっている自覚はあるが、残念ながら食欲は全く湧いてこない。

「あー、気持ち悪い…。これは、マズい…。今魔物に襲われたら、死ねる…っ」

 冗談ではなく文字通りの満身創痍。薬を飲んで癒したいが、短期間の内に何度も服用しているので効能の高い物は逆に毒にもなりかねない。
 仕方が無いので傷口を水で洗い流してから軟膏を取り出して塗っていく。髪はまだ半分以上が蒼いままで金色になるには時間が必要だった。

「ふっ、ふふふふっ…! でもやった、やったぞザマァ見ろ!」

 水筒の薄い酒で喉を癒して落ち着いてきた頃から、徐々に勝利の実感が湧いてくる。
 セレンは顔がニヤけるのを我慢出来なくなり、遂には声を上げて笑い出した。

「あっははははっ! あのドワーフめ、何がアグラーハより強い最強の戦士だ。大勇士《ネームド》がなんぼのもんよっ! 残念、これでアタシが一番だ。文句あるか~ッ!」

 愉快でたまらないといった様子で子供みたいにはしゃいで踊り出し、疲労で膝がカクンと落ちても転がりながら晴れやかな笑顔を振りまく。

「ほらどうしたボンクラ副隊長! アタシがどんだけ凄いかあの世で観てる~? 散々女だなんだと馬鹿にしてたアタシに仇討ちしてもらっちゃってザマァ! ついでにアンタの大切なヴィンスもアタシが守ってやったぞこらー! これで文句ねえだろっ!」

 死んでいった中隊の面々の顔を思い出しながら天に向かって勝利の報告をする。
 ほとんど顔が思い出せなかったので途中から兜で目元がよく見えない雑な回想になったが、それでも報告をしたら何だかとってもスッキリした。

 ひとしきり笑い自画自賛に興じてから、セレンはまだ節々の痛む身体を起こして後始末に移った。

「あー、そだ。ちゃんと印章で法力印付けとかないと~。危ない危ない…」

 ヴィンスから渡された予備の剣の柄尻の部分を巨人の亡骸の額に当てて印を残そうとするが。

「うーわ、ほとんど消費の無い印章光らすのもやっとじゃん…」

 乾いた笑いしか出ないくらい弱々しい光で何とか法力印を焼き付ける。
 流石にもうこの近辺の魔物は残っていないと思われるが、早急に無事な領軍と合流して大将首の照合をして貰わなければならない。

「あ~…。正真正銘、これで本当に空っぽだわぁ…」

 手荷物の内、絶壁に何度も打ち付けられて駄目になった物はその場に捨てる。
 ヨルドの所持品を検めようと思ったが、すぐに取り出せそうな物以外は諦めた。
 何しろサイズが違い過ぎて法力無しの筋力では体勢を変える事すらままならない。せいぜい上着のポケットにあった金銭と壊れてない小物くらいだ。

「えっへへへへ~。ロナぁ、これでやっと帰れるわ~」

 セレンとしては腹は立っても別に憎くて殺し合った相手でもないので、蒼黒く染まった不気味な瞳を晒す物でも無いと思って巨人の瞼は閉じてやった。

「あー、帰ったら何しよう。とりあえずロナと遊びに行って~、買い物して~、美味しい物食べて~」

 やる事を済ませたので地図を取り出し、アハドとの合流地点を目指して崖上へ登れそうな場所へと向かって行く。

「それからそれから、あーそだ。アタシの槍ももうボロボロなのよね~…、買い替えなきゃ」

 二手に別れた隊のもう片方は港方面でまだ戦っているのかも知れないが、領主やヴィンスとの契約自体は完了している。
 つまり戦争はまだ完全には終わっていないが、依頼を果たしたフリーの傭兵にはもう関係ない。

 この時この瞬間を以て、彼女の最期の戦いは終わりを迎えたのだった。



◇◆◇



 渓谷を脱して安全地帯に抜けるまでは純粋な技術による隠形を続け、魔物とも敵兵とも中型以上の野生動物とも出会う事なく順調に進んで来れた。
 セレンはようやく見慣れた装備を身に着けた兵士を見付けて、気配を絶つのをやめて姿を現す。

「あ、あっ、ま、まさか…。あなたは傭兵長殿、なのでしょうか? い、生きてらしたんですね…。あの、なんだか印象が変わられましたよね…、髪の色とか」

 急に現れたように見えたのか兵士はセレンの登場に咄嗟に対応が出来ずに狼狽えて、しどろもどろになりながら確認してくる。
 狼狽する兵士は剣にも鎧にも真新しい血が付いていたので巡回中に戦闘をしていたのだろう。まだ任務中だったのか警戒心が解かれていない。

「あー、誰だっけ? 待って思い出す、たぶんどっかで見たと思う…?」

 対するセレンも兵士には野営地で何となく見覚えがあったのだが、疲れきった頭では誰なのか思い出せなかった。

「い、いえ、良いですよ…。あの、この先で前線から退避した兵達が野営をしてるんです。あ、武器とお荷物は代わりにお持ちしますよ!」
「はいはい、良きにはからえー。それより聞いて、敵将を討ち取ってやったわ!」

 兵士が誰だったかなんてスパっと頭から捨て去って、とにかく誰かに聞いて欲しくて堪らなかったセレンは得意気に己の戦果を報告する。

「そ、そそ、そうなんですか?!」
「あっちの渓谷に死体なら転がってるわよ。ところでヴィンスを先にこっちに送ったんだけど見てない?」

 重たい装備や荷物は持って貰って身軽になったセレンは意気揚々と歩き出す。
 兵士は突然の重大報告に心底驚いた様子で、続くセレンの問い掛けにも大袈裟にビクつきながら応対していた。

「い、いえ、自分は全然見てないです! で、でも仲間の誰かが見付けてるかも知れませんから!」
「あーそう、ならいいわ。ベテルギウスと一緒だからたぶん友軍の誰かの所まで運んでるだろうし、きっと大丈夫でしょ」

 逸る気持ちが抑えられず、早くヴィンスやアハド達に報せに行きたくて荷物を持たせた兵士を追い抜いてずんずんと前を進む。
 
「…そ、そうですね」
「目的も果たしたし、ヴィンスも逃がしたし。兵達は沢山死んじゃったけど、やるべき事はやったわ。これでアタシ達の大勝利、ついでに領軍も万々歳。あー早く帰ってお風呂に…、ッ?!」

 地図が頭の中に入っているセレンは最短ルートで丈の長い草むらへと入っていく。
 小走りで追い付いてきた兵士が無防備なセレンの背中に体当たりをした。

「……、は…?」

 突如、脇腹から鋭い痛みを感じた。
 進行方向への注意はしていたし、周囲の敵への警戒も怠らなかった。

「はぁっ…はぁっ…はぁっ…!」
「な、に…これ…?」

 更に痛みが強まる。
 突き刺さった刃が捩じ込まれる感触だと分かった時には、もう膝をついていた。

「はぁっ…はぁっ…はぁっ…! お前が…ッ!」
「何、してくれてんの…、アンタ…!」

 首を回して後ろを見ると、兵士が荷物を投げ出してセレンに敵軍の軍用ナイフを突き立てていた。
 その顔は鬼の形相。

「お前があああぁぁぁっ! 中隊長にチクるとかせこい真似しやがって! お前のッお前のせいで俺は一般兵士まで降格だ! クソ女がッ!」
「(このアゴ髭、どっかで…。え、それより何これ、なんでアタシ刺されてんの…?)」

 何となく見覚えがある顔。しかしその目は赤黒く染まっていた。

「死ね、死ねよ! 死ねってッ!」
「あっ…、がっ…、ぐっ…」

 必死に呼吸をして法力を溜めようとするが上手く行かない。
 兵士は何度も何度もセレンの脇腹にナイフを突き立てた。

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…ッ!」

 カラン、とセレンの身体を刺したナイフが落ちる音が響いた。

「やった、やったぞ、ザマァ見ろ! へっへへへ…。よし、もうじき死ぬだろ。なら!」
「(なんでよ、やっと帰れるのに…。アタシ頑張ったのに、なんでよ…)」

 倒れ込んだセレンはショックで身動きが取れず、混乱した頭には疑問と不条理が混ざりあって纏まらない。

「へへっ、傭兵なんてしてんのに本当に顔は綺麗だし、いいカラダしてるよなぁ…」
「(ロナ…、ロナ…、帰るって約束したのに…。いやだ…、こんなのは、いやだ…!)」

 身体から血液が流れ出て体温が引いていく厭な寒気に襲われて、不意に訪れた死の予感を間近に感じる。
 思い浮かぶのは家族の名前。

「うっひょーう! すげえ、凶悪なのは力と性格だけじゃなかったんだなあ! せっかくだからよ、暖かい内に楽しませて貰うぜえ…!」
「(ふざけんな…っ! ふざけんな…ふざけんな…、こんな終わり方…あるかよ…ぉ…っ…)」

 急激に冷えていく頭と心を感じながら、セレンの意識は一瞬で真っ白に包まれた。



ー△▲△ー




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