【後日談追加】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

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第二章 名前

キリロスの星の夜

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 昼食は、たぶん美味しかった。
 カラフルなカップケーキと何かのお茶、そしてサラダだ。
 ケーキは香りも良かったし、見た目にも鮮やかで。
 でも、考え事をし過ぎていたせいで、ちゃんと味わえなかった。

 原因は、真ん前に座る王子だ。
 無言のまま、ケーキを手に取って食べている。
 入ってきた執事から手紙を見せられて、一言二言話してはいたけれど。
 
 執事の名前は、フェンテスという。
 アッシュグレイの髪をきれいに撫でつけている初老の方で、王子以上に感情が読みにくい。僕と目を合わせることはほとんどなくて、話もしたことはない。この城を取り仕切っているみたいで、カミロやグンターに指示を出しているところは見たことがある。
 まさにプロフェッショナル。

 そんな人が、さっき王子が「揺らぎの件だが」と言った途端に顔色を変え、そっと耳打ちした。

「リディアン様、お食事の席でございます」
「ああ、そうだな。適当な話題ではなかった。悪い」

 そして、王子は口を噤み、重苦しい空気が部屋に満ちていた。
 誰も何も言わない。何だこれ。

 食べ終わってしまったら、王子に今度こそ白状させられる。
 グンターの様子だと、異世界人だとわかったからと言って、すぐに処刑されるってことはないだろうけれど。

 でもやっぱり、護衛のグンターと一国の王子であるリディアンでは、考えも行動も違うだろう。今更、命なんて惜しくはない……なんて、言い切ることはできそうにない。
 処刑はされなくても、もしかしたら異世界について聞き出すために、拷問だってないとはいえない。たとえ、リディアンの本望ではなくとも、国のためならするかもしれない。

 僕に向けられてきた優し気な微笑みを、疑いたくはないけれど。
 つい悪い方向にばかり考えてしまう。

 とにかく今は、しっかり昼食を摂ろう。
 気を取り直して、カップケーキに手を伸ばしたところで、廊下が騒がしくなった。

「リディアン様、王城から使いです」
「わかった。今、行く」

 王子はナプキンで口を拭うと、食堂を出て行こうとする。

「フリートム。悪いが、話は後だ」
「はい、わかりました」

 悪くなんてない。
 できれば引き延ばしたい。
 その間に、何かいい言い訳が思い浮かぶかもしれない。

 王子は、すぐに外に出たようで、前庭から馬車が出発する音がした。
 僕は、食事を終わらせて、再び図書室に向かう。

 長い廊下を歩き、角を曲がったところで、不意に脚立に乗って作業する人影が見えた。
 どうやら、天井を直しているようだ。
 近くに行って顔が見えてきて、僕は話しかけた。

「こんにちは。また会いましたね」

 すると、その人は手を止めて、僕に視線を落とす。

「おや。またお前さんかい。たしか……フリートムだったな」
「ええ、そうです」

 王子によるとドワーフらしいが、見た目はただの小柄なおじさんだ。
 
「わしの名前は、エクムントだ」
「よろしく、エクムントさん」

 僕が手を差し出すと、気さくに応じて手を握る。

「エクムントさんは、大工仕事もこなすんですね」
「ああ、城の何でも屋みたいなもんさ」

 腰を伸ばし、トントンと叩いてから、ちらりと僕の後ろを見る。

「次の仕事があるから、ゆっくりもしていられないんだ」
「すみません。お邪魔をして」

 エクムントは、大工道具をしまい始め、脚立を担いだ。
 そのまま立ち去ろうとしたため、僕は声を掛ける。

「また改めて、お話させてください」

 僕の言葉に頷いてから、エクムントは顎で廊下の向こうを指し示す。

「城の山側にある小屋が、わしの家だ」

 そこでなら、ゆっくり話してくれるということだろう。
 
「ありがとうございます。伺います」

 エクムントはそれで立ち去っていき、僕は図書室に向かう。

「……驚いたな」

 後ろからそんな呟きが聞こえたけれど、僕は聞こえなかったフリをした。



 昼からは、世界の地図を見ながら国と人種について調べた。
 地図によると、エイノックにも東西南北という概念がある。
 世界を照らす星の名前は、コスタス。
 コスタスが昇る方が東、沈む方が西だ。

 この世界に来た夜に見た星。
 リングのある2つの星は、キリロスと呼ばれている。
 そして、キリロスはいつも2つ見えているわけじゃない。

 ほぼ1年に1度、キリロスの星が2つ並ぶ夜がある。
 その日をキリロスの夜と呼び、召喚魔法が使えるのは、その夜だけだという。

 エイノック国において、いつの夜の何時何分に星が並ぶのか。
 それを天文学者が割り出し、王家の人間が18歳になった年、サガンを召喚する。

 僕は、元の世界で見た、あの光の筋を思い出した。
 見たこともない、七色の光。
 歴代のサガンはみんな、あの空を走る光を見てきたのだろうか。
 僕は召喚された歴代のサガンについて思いを馳せた。

 男は僕だけということだけれど、異世界から来たのも1人だけかもしれない。
 突然召喚されて、どんな思いで王家のサガンとして生きたんだろう。
 誰も異を唱えることはなかったのか。
 
 そこまで考えて、ふと王太子のことが頭に思い浮かぶ。
 リディアンより年上ということは、あの王子にもサガンがいる。
 どんな人なんだろう。
 いつか、会って話してみたい。

 僕は、再び地図に視線を戻し、エイノックの国とその周辺を確認する。

 地図の中央にあるエイノック国は、中でも一番大きく描かれている。
 正確な測量による大きさかは、この地図からではわからない。
 自国だから大きく描く、なんてこともあるからだ。

 エイノック国より東にある大国が、ユデトカタン。
 その向こうに海があり、大小さまざまな島が点在している。それをケナジー諸島という。
 他にもいくつかあるようで、想像以上に国が分かれていた。
 西方にはただ「エルフの森」「ドワーフの里」としか書かれていない地帯もある。
 言葉が通じないのであれば、正式な国名もわからないだろうし。
 人間にとっては、未開の地という扱いなのかもしれない。

 ドワーフがいれば、エルフもいるわけか。
 最初の夜に、獣人やトカゲのような人も見かけた。
 他の種族の呼称も調べ、僕はなるべく覚えていこうと決めた。

 図書室を出た頃には、すっかり辺りは暗くなっていて、廊下のランプに火が灯っていた。天井から吊り下がったペンダント型のガラス製のそれは、何かの花を象っているように見える。
 形は、すずらんの花に似ている。
 
「それは、スラファン・シュリカの花のランプだ」

 足を止めて見上げていると、深みのあるテノールが聞こえてきた。
 いつもとは違い、ブラウスの上にジャケットを重ね着し、黒のマントを肩に掛けている。

「別名、サガンの花とも呼ばれている」

 サガンの花。
 何かいわれがあるのだろうか。

 問いかけるか少し考えていると、王子は一つ息を吐いた。

「俺は食事を済ませてきたから、悪いがディナーは一人で食べてくれ」

 そして、僕が応える前にきびすを返した。
 護衛と思しき数人を従えて、そのまま廊下の向こうに消えていく。

 王城で、何かあったのかもしれない。
 暗い表情は気にかかったけれど、それを聞くことはできなかった。
 
「行きましょうか」

 グンターに促されて、僕は食堂へ向かった。
 一人の夕食は味気なく、僕は早々に部屋に引き上げた。
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