【後日談追加】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

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第二章 名前

僕の名前は仲本鷹斗。これが、本名です。*

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「よく来なさった。天井が低いから、気をつけてな」
「お邪魔します」

 低い位置にある小さな扉から入ると、思ったより中は広かった。
 白い岩肌はきれいに磨かれていて、エクムントの几帳面な性質が垣間見られた。

「わしの秘蔵酒だ」

 床に座ったところで出てきたのは、大きな瓶樽だ。
 中には、何かの実がごろごろと入っていて、黄金色のお酒で満ちている。

「ポブクの実を蒸留酒に漬け込んだシロモノだ」
「蒸留酒って……」

 確か、神事に使われるから、一般には流通していないはずで。
 すると、エクムントはニヤリと笑い、声を潜めた。

「蒸留酒はドワーフ仲間が作っていてな。余ったものを分けてもらっている。人間には内緒だぞ」

 ドワーフ仲間ということは、この国には他にもドワーフがいるってことだ。
 人間と言葉が通じないのなら、暮らすのは不便じゃないんだろうか。
 どういう経緯いきさつでドワーフの里を出て、このエイノック国に来たのだろう。
 でも、それを今聞くのは、時期尚早な気がする。

 ドワーフについて考えているうちに、エクムントはもう一本細長い瓶を出した。
 そして、お酒のグラスに、その中身を注ぎ入れる。
 しゅわしゅわと気泡がはじける音がして、僕は驚いた。

「炭酸水があるんですか?」
「あの山の頂上に、炭酸水の湧水があるんだ」
「それはいいですね」

 日本にも時々見つかるけれど、天然の炭酸水の湧き出る場所がある。
 エイノック国にもあると聞いて、僕は嬉しくなった。
 それなら、炭酸飲料水が開発されて、市場に出回っているんじゃないだろうか。

「ただなあ。水源は、そこにしかない上に、持ち帰るのがちと手間でな」

 山の頂から水を持って帰るのは、確かに重労働だろう。
 他にも湧き出るところがあるといいのだけれど。
 ドワーフさえ知らないというのなら、きっとどこにもない。
 それは、とても残念に思えた。

 エクムントと酒盛りをしながら、ドワーフの里について聞いた。
 
「人間様より、うんと美味しいパンが焼けるんだがねえ。いかんせん、作り方を教えられないからなあ」

 もしドワーフと人間が会話できたら、もっと互いの文明は進むんじゃないだろうか。
 僕は頷き、ポブク酒の炭酸割を飲む。
 
「飲み物だって、人間様の飲む酒は、ちょっとばかりきつすぎる」
「それは僕もそう思います。エイノック国のお酒は、アルコール濃度が高いですね」

 うんうんとエクムントは頷き、眉をひそめる。

「だから、依存者が多くなって、病人が増えるんだろうよ」

 やっぱり、思ったようにアルコール依存者は多いらしい。
 あれだけ強いお酒を、朝から飲んでいればそうなる。
 僕はその話を聞きながら、頭の中ではYAMAGAMIの商品を思い浮かべていた。

 炭酸飲料水のフリートム。
 稀少ホップで作った低アルコールビール、からり晴れ。
 そして、その開発者の美浜みはま部長。
 
 だんだんと口数が少なくなってしまい、エクムントに申し訳なくて、僕は帰るタイミングを窺った。

「すみません。長居してしまって」
「いやいや、楽しかった。また来ておくれ」

 そして、扉の外まで見送りに立ってくれたので、僕は頭を下げた。

「ところで」

 帰りがけに僕を呼び止め、エクムントは腕を組む。

「フリートムは、偽名じゃろ?」

 ドクンと心臓が跳ね、僕は答えられない。
 まさか、言い当てられるとは思わなかった。

「名前の響きが、お前さんに合っていないからなあ。そのうち、本名も聞かせておくれ」

 僕が返事をする前に、エクムントは中に戻っていった。
 僕はしばらくその扉を見つめ、小屋の外で待っていたグンターに呼びかけられるまで動けなかった。



 お風呂に入っている間も、頭の中はせわしなく動いていて、気が滅入ってしまう。
 いつもなら、ここまで凹むこともないのに。

「駄目だ、これじゃ」

 お湯で何度も顔を洗い、僕はしっかり温まってからお風呂を出た。

 自分の寝室に戻ると、扉の前には数人の護衛が立っていた。
 ということは、中に王子がいるってことなんだろう。

 できれば今は、話をしたくない。
 こんなぐちゃぐちゃなメンタルの時に問い詰められたら、心が折れてしまう。

 僕が部屋の中に入ると、王子はソファに座って目を瞑っていた。
 扉が閉まっても目を開けず、もしかしたら居眠りをしているのかと思う。

「エク爺さんのところに行っていたんだって?」

 王子の傍に近付いていくと、目を瞑ったまま王子はそう訊いてきた。
 エク爺さんというのはきっと、エクムントのことだろう。

「はい、炭酸水のことを聞いていました」
「炭酸水? ああ、煉水れんすいのことか」

 煉水?
 エイノックではそう呼ぶのか。
 それとも、炭酸水を使った商品名なんだろうか。

 そう思った瞬間、また美浜部長のことが頭に浮かんだ。
 YAMAGAMIに入社して、憧れの開発部に入って。
 からり晴れの商品化が決まって、みんなで喜び合った日のことも。
 忙しいながらも、充実して楽しかった日々。
 僕はもう、あの場には帰れないのか。

 胸が痛くなって、鼻の奥がツンとした。
 みるみるうちに涙の膜が目元に溜まり、このままではあふれてしまうと思った。

 僕は王子から目を逸らし、ベッドに行って縁に座る。
 ちょうどソファからは影になって、僕のことは見えないはずだ。
 今のうちにと目元を拭っていると、王子もまたベッドへと近付いてきた。

「フリートム」

 名前を呼んで、王子は僕の隣に座る。
 そして、顎先に指で触れてきた。

 顔を向けろということかと、促されるままに王子を見る。
 その次の瞬間に、唇が重なった。

 柔らかくてしっとりとした感触と、王子から香る甘い匂い。
 驚いて身を離そうとすると、背中を抱き寄せられた。
 腕に抱かれて身をよじることもできないまま、唇を触れ合わせ続ける。
 最後に王子は、僕の唇を軽く啄み、ちろりと唇の狭間を舌でくすぐって顔を離した。

 言葉もなく、目の前の青色の双眸を見つめる。
 一体何が起きたのか。息をするのも忘れるほどに混乱した。

 今のは、キスだった。
 唇が触れ合ったし、舐められもした。
 なぜ、リディアン王子が僕にキスを?
 僕が泣いていたから、慰めようとした?
 でもだからって、どうしてキスなんだ?

 おののく僕を見つめる王子も、なぜか愕然としていた。
 目を見開いて動作を止め、身動みじろぎすらしない。

 身体を強張らせて動かない二人。
 傍から見たら、滑稽だったに違いない。
 幸いここには、僕たち以外には誰もいない。

 やがて、おもむろに王子は、右手の親指で僕の目の下をすっと辿った。
 びくりと身体が揺れて、目から涙が零れ落ちる。
 王子は間近から僕を見つめ、ようやく口を開いた。

「名前だ。……お前の本当の名前を言え」

 問われた内容に、僕は驚いた。
 これまで王子には、「フリートム」が偽名だとバレていなかったはずだ。
 いきなり、なぜ名前を聞いてきたんだろう。
 僕は、コクリと喉を鳴らしてから、問いに答えた。

鷹斗たかと……。仲本なかもと鷹斗たかとです」

 言い終わるや否や、目の前が白濁するほどのまばゆい光に包まれた。
 紫色の閃光が弾けたように広がり、目を開けていられない。
 瞬間的にぎゅっと目を閉じて身を丸めると、王子は僕をベッドに押し倒した。
 真上から顔を覗き込まれたと思ったら、再び唇が押し当てられる。
 今度は、さっきのキスの比じゃないくらいに濃厚だ。

「ん……っんん……ぅ……は……」

 息が乱れ、身体が熱くなる。
 覆い被さってくる王子の胸を、僕は必死に押し返した。

「やめて、くださいっ! こんな……っ」

 ぐらぐらと目が回り、腕に力が上手く入らない。

「タカト」

 そこで、初めて王子に本名で呼ばれた。
 キスの合間に、囁くような声で呼ばれて、身体の奥深くが呼応したように疼く。

「あ……」

 これまで生きてきて、名前を呼ばれただけで心を鷲掴みにされたことなんてない。
 顔が火照り、身体がガクガク震える。
 まるで、インフルエンザにかかった時みたいだ。
 どうしたらいいのかわからなくて、僕は心細く感じた。

「そのまま眠っていい。大丈夫だ。俺がそばにいる」

 あなたがそばにいるから、安心して眠れない。
 いっそ僕から離れて、この部屋から出て行ってほしい。

 そう言い返したくても、意識を保っていられない。
 僕は、王子の腕に抱かれたまま気を失った。
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