【後日談追加】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

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第五章 黎明

個人講義

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 バルツァールの家には、初めて会ったあの日以来、数日に一度の頻度で訪れていた。
 魔力測定の後は、能力について話して終わるのかと思っていたのに。
 そこから、僕はバルツァールの元で魔力と能力について学び続けている。

 最初に教わったのは座学だ。
 属性とは何か。能力とは何か。
 そして、歴代サガンの能力についても説明された。
 まるで、教授から個人講義を受けているようだった。
 僕一人で聞くにはあまりにも量も質も、ずば抜けている情報だ。

 スティーナを連れてきたら、きっと目を輝かせて質問攻めにしたことだろう。
 僕よりも遥かに優秀で好奇心に溢れた能力者なのだから。

 その「個人講義」の最後には必ず、能力を使う練習をした。
 外に出て風を感じるところから始まり、イメージの仕方も学んだ。
 能力を使うには、イメージを掴めるかどうかがカギということなんだけれど。

「何よりも、まずは風を見られるようにならなければ、話にならない」

 バルツァールはそう言って、訓練を続けてくれた。
 でも、言葉では理解できても、感覚は掴めない。
 風を見るって、一体どうやって?

「君は頭はいいようだが、勘があまり良くない」
「……すみません」

 YAMAGAMIにいる時にも、諸先輩方から注意されて来たことだ。
 僕は、机の上の勉強は得意でも、実務に弱いところがある。
 アイディアから実働に移すまでに、人より時間が掛かる。
 その短所が異世界に来てまで足を引っ張るなんて、思いも寄らなかった。

「魔力量は私よりかなりあるようだから、問題は能力の使い方だな。強すぎる風が何も生まないように、力の加減の仕方を学ぶ必要がある」

 そして、魔法書をたくさん渡されて、本の内容を自分で頭に入れることになった。
 
「座学に割く時間が惜しい。読んでわからないことがあれば、適宜聞いてくれ」

 座学をしない代わりに、バルツァールの元では実践力を付ける訓練に終始した、

 転移のやり方。
 風属性を使った能力の発現。その練り方。
 学ぶことは、際限なくある。

 歴代のサガンたちは、一体どうやって学びと実践をやりながら王族の補佐ができたのだろう。僕は、学ぶことだけで、やっとだった。

 アデラ城に帰る頃には力尽きて、最初の頃は食事を摂る元気さえなかった。
 だからこそ、バルツァールは力の加減を学べと言っていたんだろう。

 それでも日を追うごとに慣れていき、へとへとながらも日常生活に支障が出るほどではなくなっていった。

 まだ、わからないことはたくさんある。
 でも、どうやったら学べるのか。能力の使い方を体感できるのか。
 そのヒントは掴めるようになってきていたた。




「それで? 今度はどんな能力が発現したんだ?」
「そうじゃありません」

 バルツァールの元に転移した僕に、眼鏡のブリッジを押し上げながら訊いてくる。

「王から要請がありました。浄化を務めるようにと」
「浄化だと?」

 僕はそこから、今日説明を受けたことを話した。
 王都に蔓延る黒いもや。疫病ピクスの流行の兆し。
 そして、それに対処するために王都の浄化を行うということを。

 すべて聞き終えると、バルツァールは顎下の毛を撫でた。

「なるほど。そこで君たちにお鉢が回ってきたわけか。まったく神官共も調子のいいことだな」

 調子がいいとは思わないけれど、なぜ神官ではない僕にまで要請が来たのかは謎だ。
 しかも、王子二人まで駆り出されるなんて。

「君は勘違いしているようだが、神官だからと言って、強い魔力や浄化の能力を持っているわけではない」

 そう言われて、僕はなるほどと理解した。
 たしかに、リディアンやバルツァール、スティーナを見ていると、誰もが強力な魔力を持っているように感じてしまうけれど、大半は日常に使う少しの能力しか持ち合わせていない。むしろ、王のようにたくさんの属性魔力を持っている方が稀だ。

「君の能力のうち、浄化に使えそうなものと言えば、風と回復、あとは転移か」

 僕はそこまで聞いて、意外に思って尋ねた。

「風以外も使えますか?」

 ピクスには回復が効かないと聞いていたこともあり、てっきり風属性の力くらいしか使えないのだと思っていた。

「ああ、イメージを膨らませれば、できなくはない。風単体よりも効率がいいだろう」

 風と転移を組み合わせるなんて、想像もしていなかった。

「回復の方は、浄化そのものへの効果は期待できなくとも、共に事に当たる者の魔力量回復にも使えるからな」

 こちらも、まったく考えもしていなかった。

「風と転移の力の組み合わせ方は、私から教えることが可能だ」

 風属性の能力者の中には、転移の力を持ち合わせる者は割と多いらしい。
 バルツァールも例外ではなく、両方の力を併せ持っている。
 学びながら実践できるのなら、こんなに心強いことはない。

「あとは、能力感知。これも使える。測定や鑑定までは必要ない。感知できれば問題ないから、風や転移と共に使っても、魔力消費は少なくて済む」
「感知を、ですか」
 
 それはまったく理解の範疇を越えている。
 僕が問いを重ねようとすると、バルツァールは手で制した。

「ここで使い方を口で説明するのもいいが、こればかりは座学だけではどうしようもない」

 ということは、これから実戦練習に入るのだろうか。
 僕がそう思って、今後の予定について考えていると、バルツァールは予想外のことを言い出した。

「私も王都へ行こう」

 まさか、この岬を出て、王都にまで来てくれるとは思っていなかった。
 第一そんなことをしたら、王に命を狙われるのではないんだろうか。

「心配は要らない。そこはベドナーシュを通して、上手く話をつける」

 そういえば、ベドナーシュ宰相は、どうしてバルツァールの居場所を知っていたんだろう。
 もしかしたら、何かもともと繋がりがあるんだろうか。

「王都滞在中は、クロンヘイムの家にでも行くとするか」

 そこで、バルツァールは僕の知る名前を口にした。
 同じ姓がそうそうあるとは思えない。

「クロンヘイム? ヒューブレヒトさんとララノアさんをご存知なんですか?」
「ああ、彼らは縁戚にあたるんだ」

 ということは、バルツァールにはエルフの血も流れているのか。
 本人に聞いたことはないけれど、見た目からして、獣人族であるのは間違いないはずだ。
 翠色の瞳のわけは、エルフ族とも血が繋がっているせいだとは、思いも寄らなかった。

「明後日には王都に行く。その時にまた会おう」
「はい、よろしくお願いいたします」

 僕は、バルツァールに頭を下げ、瑪瑙石で作られた植木鉢の傍へ行った。
 大きなノトの木が植えられたその鉢は、僕の肩くらいまである。

「──アデラ城へ」

 頭の中に図書室の中を思い描く。
 その中央付近にある机。
 
 身体がふわりと浮き上がり、瞼の向こうに光が見える。
 そして、上下の間隔が一度失われ、また足先が床を感じ取る。

 ゆっくりと目を開けると、机の傍の椅子にはリディアンが腰かけていた。
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