【後日談追加】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

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第六章 創生

宴のあと

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 式典を終えて、バルコニーから中に入ると、拍手と歓声に包まれた。

「おめでとうございます!」
「どうぞお幸せに」

 王城の侍女たちの他に、僕の来賓として招待したヒューブレヒトやララノア、オイゲンの姿も廊下の遥か向こうに見える。
 奥まった柱の傍では、正装のバルツァールが惜しみなく拍手している。
 僕は祝福を受けながら、両側に立つ人の間を歩いた。

 人の波が押し寄せ、警備兵が何とか止めている。
 その間から顔を覗かせたララノアを見て、僕は足を止めた。

「ララノアさん……」

 お礼を言おうと思ったのに、すべてを見通したような笑顔を見たら、声が詰まってしまった。

「おめでとう、タカト」

 ララノアも涙ぐみ、声を震わせている。
 言葉の代わりに手を握り合っていると、ヒューブレヒトとオイゲンも手を重ねた。

「心からのお祝いを君に捧げる」
「良かった良かった」

 まだ話したいことは沢山あったけれど、ここでずっと足を止めているわけにもいかず、僕はお礼を言ってから通り過ぎる。リディアンが胸ポケットからハンカチを取って渡してきて、僕は目頭に押し当てながら歩く。

「お前をみんなから奪ったような気になるな」

 リディアンが苦笑して言ってきて、僕は少し驚いた。

「そんなことは──」
「間違いなくある」

 確信に満ちたように言い、腕に絡めた僕の手をポンと叩く。

「責任を持って幸せにする」
「僕は、リディといられれば、もうずっと幸せです」

 すると、僕を横目でちらりと見てから前を向いて言う。

「キスをしたくなるから、話は後にしよう」

 僕もキスをしたくなっていたから、お互いさまではあるのだけれど。
 はっきり口に出して言われると、やっぱり照れてしまう。

 両側の人々の声に応じて手を振ったり頭を下げたりしながら、僕たちは階段を降りて広間の前まで行った。

 一階にある大広間に入ると、割れんばかりの拍手で迎えられた。
 僕たちは揃って礼をしてから、中央の赤い絨毯を歩いて席に向かった。
 僕たちの席は一番奥の壇上にあり、王と三人で並んで座れるようになっている。

 本番前の練習では、テーブルが別であったはずなんだけれど、さっきのプロポーズを受けて急遽変更したのかもしれない。

 全員が着席したところで、王が手を挙げる。
 ぴたりとざわめきが収まり、来賓や国賓といった客の誰もが王に注目した。

「ここに集いし方々に、心より感謝いたそう」

 王は胸に手を当てて、目を閉じた。
 祈りを捧げるような所作に、リディアンと僕も続いた。
 広間に万雷の拍手の音が沸き起こる。
 拍手が収まったところで、王は滔々と演説を始めた。

「本日、立太子の礼と100日祭、そして婚約の儀を執り行った。あの幼かったリディアンがこうして自ら求婚する姿を見て、わしは改めて王妃であるアデラフィールドに感謝の念を抱いた。──喜びを禁じ得ない」

 あの王が──非情に思えた王が、こんなに感情をあらわにするなんて。
 僕は初めて目の当たりにして、心が震えた。

 王の話は、子どもの頃のリディアンから始まり、王妃のことまで触れた。
 聞いたことのない話ばかりで、僕は驚きつつも、王の口から語られる想い出に耳を傾ける。

 王も王妃も、たしかにリディアンを愛し、慈しんでいた。
 僕は、改めて王の息子であるリディアンの妃になる実感を抱く。
 そして、やはり僕は考えてしまう。

 本当に、僕が妃でいいのだろうか、と。

「今宵は共に祝おう」

 王は演説をそう締めくくり、グラスを手にして掲げた。
 来賓もグラスを掲げ、周囲の人ともグラスを合わせる。

 祝宴が始まり、神官や巫女による舞が披露された。
 神に奉納するための厳かな舞で、演奏と足音だけが広間に響く。

 僕は壇上から舞を見て、エイノック王国の歴史について思いを馳せた。
 初の代王から脈々と受け継がれてきた信仰と伝統、そしてそれを支える文化。
 僕はこれから、その一員となる。
 重く圧し掛かる歴史を感じて、僕は手をぎゅっと握った。

 すると、リディアンが僕に身を寄せ、声を潜めて言ってきた。

「この後、一緒に踊ろう」
「……え?」

 驚いてそれしか言えないでいると、舞が終わり、曲が変わった。
 それは、僕のよく知る曲だ。
 ダンスの先生であるウジェーヌが、練習の際に使用していた曲だった。
 あの時は、弦楽器2本だったけれど、今は楽団が演奏している。

「行こう、タカト」

 リディアンは僕の手を取って、広間の中央に進み出る。
 僕は内心狼狽うろたえていたけれど、ここまで来て踊らないわけにはいかない。
 リディアンは僕に深くお辞儀する。
 僕も、胸に手を当てて礼をしてから、リディアンと組んで踊り始めた。
 
 それは、男二人が躍る振り付けで、しかも僕がベールを着用している時用にと用意され、二人で練習していたダンスだ。いつか公的な場で踊ることになったら、サガンの僕はベールを被ることになる。だから、その時にも踊れるようにと、ウジェーヌが振り付けを考え、リディアンと何度も練習した。

 練習の時には、裾を踏んだり転びかけたりしたけれど。

「今までで一番上手に踊れているな」
「そうですね」

 リディアンとこっそり笑い合い、ダンスに集中する。
 一度も足をぶつけることなく、軽やかにステップを踏みながら、僕たちは心から楽しんでいた。
 手を打ち鳴らし、腕を組んでターンをして、リディアンに支えられながら背中を反らす。
 周囲も手拍子をして、僕たちのダンスを見守っている。
 最後まで踊り切ってお辞儀をすると、拍手喝采を浴びた。

 王も頷いて立ち上がり、僕たちに向けてグラスを掲げた。

「リディアンとサガンに」
「エイノック王国の未来に」

 口々に声がかかり、グラスを打ち鳴らして飲み干して行く。
 席に戻ると、僕のグラスにもお酒を注がれた。

「この度はおめでとうございます」
「何て素敵なサガン様でしょう。リディアン王子にとてもお似合いです」

 傍に来る人々とその都度乾杯をし、お祝いの言葉に返事をしているうちに、僕はだんだんと酔っていく。
 人が途切れたタイミングで、ふうと一つ息を吐くと、リディアンが僕の耳元に唇を寄せた。

「今晩は寝かさないから、それ以上飲んでは駄目だ」

 そう囁かれて、言葉の含む意味に、余計に顔が火照った。

 パーティーは夜遅くまで続き、僕たちは頃合いを見て広間から下がった。
 その際にも拍手が沸き起こり、扉付近で振り返って、揃って頭を下げた。

 今日は、このまま王城の客間で眠ることになる。

「ここに泊るなんて、いつ以来だろう」

 リディアンはそう言って僕の腰に手を回し、案内に立った人の後ろについて歩き出す。
 人目があるからもう少し離れて欲しいと言いたいけれど、バルコニーでキスをしたことを考えれば今更な感じもする。結局、リディアンに腰を抱かれたまま寝室まで行った。

 歩哨の人によって扉が開かれて、中に一歩入ると、大きなベッドがひとつだけ置かれていた。
 天蓋付きで、カーテンをすれば中が見えないようになっている。

「何かありましたら、いつでもお声がけください」
「ありがとう」

 リディアンが微笑むと、侍女は顔を赤くして部屋の外に出た。
 この顔を間近で見たら、あんな反応になるのもわかる。
 僕も、顔を寄せられる度に、今でも心臓が跳ねてしまう。

 リディアンは、僕の手を引いてベッドに連れて行き、そのふちに座らせた。
 隣り合って並んだところで、笑みを深めて言う。

「ようやく二人きりだ」

 そして、僕の顎先に指を添えて、顔を近付けた。
 僕は目を伏せて、唇が触れ合うのを待つ。

 しっとりとした唇が重なり、何度か軽く啄んでから舌が入り込んできた。二人で舌を押し付け合い、絡ませて、やがて呼吸を奪うほどにキスは激しくなる。

「ん……っは……んんっ」

 キスを解き、僕の瞳を間近から覗き込み、リディアンは目を細めた。

「プロポーズを受け入れてくれてありがとう」
「驚いたけれど、嬉しかったです」

 率直に思ったことを伝えると、リディアンは口端を上げる。

「これで、お前は俺だけのものだ」

 瞳の奥の光に、リディアンの独占欲が見え隠れする。

 リディアンのものになる。
 なぜ、それがこんなに嬉しいんだろう。
 それとも、リディアンに欲しがられていること自体が、嬉しいんだろうか。

 自分の思いの形を見定めようとしている間に、リディアンは僕の胸元のリボンを解く。襟元を乱して前をはだけ、手のひらで胸元に触れてきた。そして、脇腹を撫で下ろし、ズボンの結わえ紐も解く。
 そして、下穿きを見て、目を丸くした。

 それはそうだろう。
 僕の今日の下着は、いつもよりとても小さい。その上、ガーターベルトで真っ白い靴下を吊る仕様だ。

「いい眺めだ。──婚姻の儀の時も、同じ下着にしてほしい」

 下着について触れられると、やっぱり恥ずかしい。
 そして、その言葉の内容にも羞恥する。
 こんな格好、もう一度することになるなんて、できれば避けたい。

 そこでふと思い至る。
 そういえば、今日のは婚約の儀で、婚姻の儀もまた別にあるのか。
 僕がそう考えている間に、リディアンは僕の下穿きを脱がせた。
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