114 / 247
10
鈴木警視長は、アヒル教?
しおりを挟む『五月ー、今暇?』
オーディションの合格通知を受け取ったオレは、五月にラインを送った。
ずっと出たかった監督のドラマへの出演がかかってたから、テスト前でも受けたんだ。
五月ってば、最近色んな人に指名されるから早く頼まないと断られるんだよな。
事務所で契約してる奴は、あんま好きじゃないから依頼したくないし。
自室で化学の教科書を読んでいると、すぐ返信が来た。
「…………は?」
でも、それは俺の想像を遥かに超えるものだった。
いやいや、こんなん誰も想像できねぇって!
『今鈴木さんの家。2人で風呂入るから終わったら連絡する』
どういうことだよ!?
梓と風呂入るってか!?!?
***
「…………」
「…………」
「…………」
「……あ、あの」
まさか、鈴木さんの家の風呂に入るとは思わなかった。しかも、鈴木警視長さんと。
どうしてこうなったのかを必死に思い出そうとするも、それは叶わない。
なぜなら、先ほどから鈴木警視長さんがアヒルのオモチャを大事そうに撫でてるから。……俺も、従った方がいいのかな。
いや、今はそれよりこっちか。
「すみません。俺、刺青入れてて」
ワイシャツを脱ぐと、鈴木警視長さんは俺の上半身を見て固まってしまった。瞬きひとつせず、刺青を凝視している。
と言うか、この人筋肉すごいな。鈴木さんと同じく童顔だから、脱ぐまでわからなかった。
「……鈴木警視長、さん?」
「あ、いや。すまん。その……」
「不快でしたら、やっぱり俺リビングに「傷」」
「……え?」
「傷、やっぱり消えなかったのか」
いや、見てるのは刺青じゃない。その奥にある、傷口だ。
「そうか。……そうか」
すぐに、わかった。これは同情ではない、と。
今まで、色んな人が俺の傷を見て「可哀想」と言った。それならまだ、心配されてるのかなって思って聞き流せる。
でも、中には「女の子じゃなくてよかったね」と言ってくる奴もいた。男だから、傷があっても格好良いでしょうって。
だから、そういう「同情」や「偽の励まし」はすぐわかるんだ。
目の前で泣きそうになっている彼は、そのどちらにも当てはまらない。
とすれば、答えは1つ。
「……知ってたんですか」
「ああ。僕の後輩が担当した傷害事件だったからね。まさか、君が被害者だったとは思いもしなかったよ」
「……」
「今朝、君の母親の名前を聞いて確信したんだ。後輩が、芸能人に会ったとはしゃいでいたから」
「……そうなんですね」
「被害者の個人情報に当たるから、当時の僕は後輩を叱りつけた。安易にそういう情報を漏らすな、と。……その時、加害者の謝罪を受け入れたのも、嘆願書を書いたのも聞いていたよ」
俺は、その言葉で切りつけて来た女子の顔を思い出す。
赤く染めた頬、おずおずと遠慮しながらこちらを見る瞳、震えながら話す小さな声。とても可愛らしい子が、俺の「ごめんなさい」で豹変してしまった。
そう確か、「蓮見 礼子」と言う名前の子。
当時の俺は、「勇気を出して声をかけてくれたんだから、断るにしても話だけは聞くべき」と思っていた。でも、それって相手に希望を持たせてしまうことだったんだ。
どうせ断るなら、行かなきゃよかったんだ。だから、俺も悪い。嘆願書だってなんだって、書くよ。それが、俺の償いだと思ったから。
「俺も呼び出しに応じてしまったので。悪かったと思って」
「君は、損な性格だな」
「…………」
この顔は、我が子を心配する親の顔だ。
あの時、千影さんもこんな顔をしていた。
初めてあの人が母親に見えた瞬間だったから、今でも鮮明に覚えている。
「美容整形は考えなかったのかい?」
「……考えましたが、「整形」って言葉が良くないので。俺が整形すれば、「セイラ」の顔も整形だって騒ぐマスコミは絶対居る。だから、やめました」
「そうか……」
「……あの。蓮見さんは」
俺は、鈴木警視長さんから差し出されたフェイスタオルを受け取りながら、気になっていたことを聞く。
誰も教えてくれないんだ。でも、きっとこの人なら教えてくれるはず。
「元気だよ。急に泣くことがあるらしいが、ちゃんと自分と向き合ってる。ただ、これ以上は個人情報だから言えない」
「……生きていてくれればそれで良いです」
「そうだな。君に聞かれると思ってね。今日、後輩に生存確認してきたんだ」
「……ありがとうございます」
鈴木警視長さん、最初はアレな人だと思ったけど、しっかりとした大人なんだな。ただ、親バカの度がすぎてるだけで。……いや、しっかりとした大人は初対面で拳銃なんか出さないか。
でも、ちゃんと俺を見てくれてる人だ。「可哀想」とか「辛かった」とか、そう言う感情を押し付けてこない人。
この人が、鈴木さんを育てたんだ。
「さあて! 青葉くんはどのアヒルさんが好きかい? よく見ると、顔が違うんだぞ!」
「え」
「僕は、これかな! ほら、目元が梓ちゃんにそっくりじゃないか!」
「……え?」
よくわからない。
やっぱり、この人は面白いな。
10
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。
みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。
同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。
そんなお話です。
以前書いたものを大幅改稿したものです。
フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。
六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。
また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。
丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。
写真の花はリアトリスです。
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる