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01:不思議な出会い

期待はしない

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「じゃあ、殿方2名! ご案内!」

 殿方、2名……?
 ああ! 思い出した。

 そうだ。ソフィーの代わりに、便箋片手に手紙の主に会いに行ったんだ。パーティーの話をしていたから、男性であることはわかっていた。でも、軍人さんだったなんて……。
 確か、手錠をかけられた記憶があるけど、手は自由だわ。ん? かけられてないかも。持っていたカバンは、サイドテーブルに置かれている。
 カーテンの向こうからおずおずと入ってきた2人は、やはり記憶にある顔だった。

「……軍人さん、ですよね?」
「え、待って。そうだけど、僕たちの名前覚えてない?」
「お前は名乗ってないだろ。……俺は名乗ったけど」
「ご、ごめんなさい。ソフィーのお知り合いだったら、お名前を呼ぶなんて失礼になると思って……。ちゃんと聞いていませんでした」
「……そう、ですか」
「ドンマイ☆ 軍人さん。眼中に無いね」
「泣かないで、軍人さん」
「……うるせえ」

 私が謝罪すると、軍人さ……えっと、名前、名前……。とにかく、最初に私に話しかけてくださった方の表情が暗くなった。
 申し訳ないことをしたわ。せっかく助けてくださったのに。

「あの、申し訳ありませんでした。助けてくださり、ありがとうございます」
「……レオンハルト」
「え?」
「私の名前は、レオンハルトです。呼んでくださりますか?」
「……レオン、ハルトさま?」
「良くできました。良い子ですね」

 レオンハルト様、レオンハルト様。
 覚えたわ。銀髪の軍人さんが、レオンハルト様ね。とても良いお名前だわ。情熱を感じる。

 そんな彼は、暗い顔から一転して笑顔で私の頭に手を伸ばしてきた。一瞬、名前が間違っていて叩かれると思い身体を縮こませてしまう。
 でも、頭に乗った手はとても心地良い。

「……レーヴェ、兄弟じゃないんだから頭撫でるのは失礼だよ」
「はっ!? す、すみません! 下が多くいるもので、つい」
「レオンハルト様にはご兄弟がたくさんいらっしゃるのね」
「は、はい……」
「わー、レーヴェ顔真っ赤」
「う、うるさい!」
「ふふ……。貴方のお名前もお聞きしてよろしいでしょうか?」

 その出来事によって緊張感がなくなった。肩の力が抜けて初めて、自分の身体が強張っていたことに気づく。
 このおふたりは、仕事仲間じゃないのかしら? 確かに双方、騎士団の制服は着ていない。

 レオンハルト様は、とてもお優しいわ。爵位がお高い方に見えるけど……こちらから聞くのは失礼よね。
 とりあえず、私はその隣にいらっしゃるクリーム色の髪の男性に話しかけた。すると……。

「はい、ステラ嬢。僕は、レーヴェの親友のラファエルと申します。ラファエル・ド・アレクサンドラ、騎士団の団長してマース」
「……え!? あ、あの、第3王子の」
「そうそうー、僕のことは知ってるんだ。嬉しい~」
「そうとは知らず、大変失礼しました!」

 知らない人は、この国に住んでないと思うのだけど!? だから、広場に居た人たちが見ていたのね!

 今ので、完全に目が覚めた。
 しかも、待って。私ったら、王子の前でベッドの中に居るってそれこそ不敬じゃないの!?
 今すぐ起きましょう。床に足をつけて……。

「危ない!」
「え? わっ!?」
「……大丈夫、お2人さん?」
「あらあら、お熱いこと」

 急いで起き上がった私は、今まで寝ていたこともあり足がうまく立たなかった。結果、ベッドから転がり落ちるという失態をおかしてしまう。
 しかも、床と対面する前にレオンハルト様が助けてくれたけど……え? これ、私抱きしめられてない? というか、怪我っ!

「ごごごごごめんなさい! あの、怪我は」
「……大丈夫ですよ。それより、ステラ嬢は?」
「私は大丈夫で……ふびゃぁ!?」

 レオンハルト様がお怪我をなさってないと聞いて安心した。私も、転んだのに彼のおかげで痛みすらなかったわ。
 でも、気づいてしまったの。……今まで肩に掛けていた上着が外れてしまっていることに。
 あらわになった胸が、肌着越しにレオンハルト様の身体に密着して……。
 
 ああ、なんてこと! なせばなるなんて言っていたあの時の自分を殴りたい!

「ごっ、ごめんなさい。不快なものをお見せしました。消えますので、お許しくださいっ!」
「え? あ……」
「ごめんなさい、ごめんなさい! あ、これ私の服ですね! ルワール様、こちら治療費です。足りなかったら、後日お借りした上着をお返しする時にお渡ししますっ! レオンハルト様にアレクサンドラ第3王子、お助けくださりありがとうございました!!!」

 と、早口で感謝と謝罪の言葉を述べながら、サイドテーブルにあったカバンの中から全財産を取り出しそっとベッドへと置いた。本当は、今週分の食事代と新しい万年筆のインクを買おう貯めておいたお金だけど、仕方ないわ。
 布団を綺麗にして、自分の服とカバンを持って……よし! 退散!
 これ以上、醜態を晒すなんて申し訳なさすぎる!!
 
 角度45度ぴったりのお辞儀をした私は、流れるような作業で部屋を後にした。廊下に出てから服を身に着けて、一安心。サラシは……流石にここでは無理だわ。
 すると、

「君の癒し異術で落ち着かせてあげたら良かったのに」
「いや、使ったんだが……。効かなかった」
「マジ?」
「それだけじゃない。ステラ嬢に触れてから、なんだか異術回路が……」

 と、ゴニョゴニョと私の名前が聞こえる気がする。
 ああ、恥ずかしい。さっきの告白は、やっぱり夢だったわね。夢じゃなくても、今ので取り消しにされたでしょう。ソフィーじゃなくて私が好かれるなんてありえないもの。
 ……期待はしない。何度裏切られてきたか、忘れちゃったの?
 今日はもう、家でゆっくりするに限るわ。


 でも、ここはどこかしら?

 私は、廊下ですれ違った人に道を聞いて、お屋敷に戻った。幸い、誰にも会わずに帰れたわ。大きな病院だったな。あれは、貴族専用の施設だと思う。
 
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