32 / 217
05
どうしてなの?
しおりを挟む
月の明かりをここまでじっくり見たことがあったかしら。
それは、体内に入り込んでくるかのようにじんわり温かい。夜風が肌を通り過ぎても、月明かりのおかげで寒さは感じないの。不思議だわ。
「お嬢様、お身体が冷えますのでそろそろ中に入りましょう」
「……でも、アインスが」
ダイニングのバルコニーでアインスの帰りを待っていると、膝掛けを持ったイリヤがやってくる。
ここに来て、かれこれ2時間になるかな。
その間、お父様お母様はもちろん、ザンギフをはじめとする使用人たち全員が心配してここに来てくれたの。来た人の分だけ、ここに毛布が積み上げられている。……何枚あるか、数えるのが怖いわ。
流石に全部は使えないから、お父様が持ってきたものを肩に、お母様が持ってきたものを膝にかけて、あとはバルコニーの真ん中に備えられているテーブルに置いたのよ。
「お気持ちは十分わかります。しかし、ここでお風邪でも引かれたら……」
「……」
「お嬢様」
「……わかったわ。部屋に戻る」
「ありがとうございます、お嬢様」
私が諦めると、気が変わらないうちに、とでも言うように素早くイリヤが車椅子を押してくれる。
こんなわがまま言って、悪いことしちゃったな。後で、みんなにごめんなさいってしよう。
でも、その前にみんなの優しさを運ばないと。
せっかく持ってきてくれた毛布を、ここに置きっぱなしにするのは良くないもの。
「あ、待って」
イリヤを静止させた私は、膝掛けを取ってゆっくりと立ち上がりテーブルへと向かう。リハビリの成果もあり、こうやって数メートルなら歩けるようになったのよ。
でも、毛布を持ち上げようとしたところで、いつの間にか隣に来ていたイリヤに全部奪われてしまう。
こういうところ、過保護なんだから。
「私が持つわ」
「これは、イリヤのです」
「私にってみんな持ってきてくれたんだから、私が持つのよ」
「いいえ、実はイリヤのために持ってきてもらったのです」
こういうと時のイリヤは、絶対に譲らない。私だって、このくらいなら持てるのに。むしろ、体力つけるために持ちたいのに。
そう言うと、決まって「では、イリヤを持ち上げてください」って言われるの。無理なのわかって言ってるのだから、タチが悪い。
「イリヤは、私の車椅子を押すの。だから、これは私が持つ」
「イリヤは何でも屋なので、毛布を持ちながらお嬢様の車椅子を押すくらい朝飯前です。ふふん」
「じゃあ、イリヤ持つ!」
「どうぞ」
ほら! できないのわかってるようなこの表情!
今日は、なんとしても持ち上げてやるんだから!
私は、毛布を持つイリヤの後ろにゆっくり移動し胴体に腕を回した。エプロンのレースが手に当たり、少しだけくすぐったいけど我慢我慢。
「見てなさい!」
「え?」
まさか、本当に持とうと思っていなかったみたい。
イリヤはバルコニーの真ん中で、素っ頓狂な声をあげながら身体を硬直させてきた。
私だって、やる時はやるんだからね!
「お、お嬢様。ダメですって」
「なあに? もしかして、くすぐったい?」
「え、あ……」
でも、やっぱり持ち上がらない。
イリヤってば、見た目より結構がっしりしてるわ。
メイドさんって、お仕事で屋敷中動き回るから自然と鍛えられるのかな?
私も、リハビリでお屋敷のお掃除とかお洗濯してみたいな。イリヤにお願いしたら、一緒にやってくれるかしら?
そんなことを考えつつ抱きついたままイリヤの横顔を覗くと、なんとも言えない表情をする彼女が見えた。
月明かりが静かに差し、イリヤの顔色が真っ赤になっているのが視界に入ってくる。それに、ものすごい勢いで目が泳いでるのも。
「……イリヤ?」
「離してください……」
「え? あ、ごめんなさい。イリヤの言う通り、持てなかったわ」
「……いえ」
いつもと違う彼女に気づき急いで離れても、イリヤはこっちを向いてくれない。
もしかして、嫌なことしちゃったのかしら。調子に乗った私が悪かったわ。
私は、イリヤの全身が見れるよう数歩後ろに下がる。すると、夜風にメイド服の裾を揺らしながらも微動だにしない彼女の背中が、印象的に映りこんできた。
綺麗に2つ縛りされた髪、そこから見えるうなじから首のライン。その延長線上も見たいと思えるほどそれらは美しく、仄かな光の中でも輝きを放っているように感じる。
まるで、イリヤじゃないみたい。
「……イリヤ、嫌なことしてごめんね」
「……嫌じゃないです」
「そうなの? 無理しなくて良いわよ」
「無理はしてない、です……」
「イリヤ、こっち向いて。顔が見たいの」
「ダメです。お部屋に戻りましょう」
「……わかったわ、ごめんなさい」
怖くなって話しかけても、いつもの剽軽な彼女じゃなかった。
それに罪悪感を覚えた私は、素直に言うことを聞き車椅子まで歩いていく。先ほどまで感じていなかった寒さが、ここに来て私をいじめてくるの。
「部屋まで、お願いね」
「はい」
結局、毛布はイリヤが持った。車椅子の持ち手部分に器用に重ねて、そのまま押せるってすごいわ。
でも、部屋に着くまでの間、私もイリヤも一言も話さなかった。
こんなこと、初めて。
私は、もう絶対しないと心に深く刻み込む。
***
結局、アインスが帰ってきたのは次の日のお昼前だった。
相当疲れていたようで、いつもの愛想良い笑顔はない。それに、なんだか1日見ない間にやつれた感じもするわ。
「……アインス、お帰りなさい」
部屋で、お父様からいただいた事務処理のお仕事をしていると、そんな表情のアインスが入ってきた。カバンと聴診器を持っているってことは、私の様子を見に来たみたい。
「ただいま戻りました、お嬢様。昨日、お倒れになったとイリヤから聞きましたぞ」
「もう大丈夫よ。今は元気」
「確かに、お顔色は良いようですな。お仕事中かと思いますが、脈だけ見せてください」
「ええ。それより、アインスが辛そうだわ。この後、ちゃんと休める?」
律儀に一礼をしたアインスが、私の方へとやってくる。コツコツと靴を鳴らすその音すら、疲れているように聞こえるの。なんだか、申し訳ないわ。
アインスの負担にならないよう、脈を測りやすい姿勢になりましょう。
そう思った私は、車椅子を机から離して窓際へと寄った。すると、手首を掴みながら
「……温かいですな」
と、アインスが独り言をつぶやいてきた。
それは、私に聞かせるために言っている言葉ではない。無意識に口から漏れた言葉って感じに聞こえた。
アインスは、独り言を呟きながら先ほどまではなかった笑みを浮かべている。
「私、熱あるの?」
「おっと、失礼しました。ないですよ」
「良かった。アインスも温かいね」
「光栄です」
脈を測り終えた彼は、持っていたカルテに記録を取っている。横から覗くと、そこには脈や顔色、熱に関する記録だけじゃなくて、私が口にしたものや身長体重までもが記されていた。
……カルテって、こんな本格的なものなのね。そういえば、グロスター家には専属医療者って居なかったな。私が記憶している限り、屋敷で見たことはない。
「時に、お嬢様」
「は、はいっ」
記録を終えたアインスが、ペンを胸ポケットにしまいながら私の顔を覗いてきた。「カルテを見た仕返し」とでも言うように、私と同じ角度で覗いてくる。
……もしかして、見ちゃいけないものだったかしら?
急いで謝ろうとするも、アインスは全く別の話題を投げかけてきた。
「イリヤと喧嘩でもしましたか?」
「あ……」
そう。
昨日の出来事から、イリヤの様子がおかしいの。
別に、喧嘩はしていないのよ。
でも、いつもなら朝の着替えを手伝ってくれるのに今日はフォーリーだったし、朝食の席でも毎回横を陣取ってたのに後ろで見守るように居るし。おしゃべりもしてくれないし。
昨日のこと以外、原因が見当たらないの。
私は、意見を聞きたくて昨日あったことをアインスに聞かせた。
すると、それを聞いた彼は高笑いを始めてしまう。
「……アインス?」
「ははは! 失礼しました、お嬢様」
「私、もう一回イリヤに謝りたいの。おふざけが過ぎたから、イリヤ怒ってるんでしょう?」
真剣に話してるのに、アインスったら「これは良い話を聞いた」とか言ってくるのよ。
しかも、私の質問に答えずに窓の外を眺め出す始末。その横顔を覗くと、遠くの方を見ているような印象を受けるのだけれど。本当、どうしちゃったの?
「アインス? 私、謝りたいのだけれど」
「え? ……ああ、大丈夫ですよ。イリヤも、人の子だったってだけです」
「……?」
再度話しかけると、ハッとしたようにアインスがこっちを向きながら笑ってくる。状況のわからない私は、頭の上にたくさんの「?」を浮かべることしかできない。すると、
「今からイリヤを呼びますから、お嬢様はいつも通り接してあげてください」
「いつも通り?」
「ええ、普段と変わらず。それで、元通りになるでしょう」
「そんなので大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。お嬢様の主治医がそう言うのです」
それって、今関係なくない?
そう言おうとしたけど、アインスの堂々とした表情を前に、そんなことは言えないわね。
とりあえず、彼を信じてみよう。
「じゃあ、そうしてくれる? 疲れているのに、ごめんなさいね」
「いいえ。このくらいでしたら、今の私にとっては最高の息抜きになりますから」
「息抜き……? そんなにミミリップ地方の領民たちの治療が大変だったの?」
それは、気軽に聞いたつもりだった。
世間話みたいに、「今日天気良いね」レベルの会話をしたくて聞いただけだったの。
まさか、今イリヤに頼んでいる途中の答えが聞けるとは微塵も思わなかった。
「実は、領民の治療はしていないのです」
「え、何をしに行ったの?」
「どうせ、明日明後日には号外が出されると思うので言いますが……」
そして、アインスも世間話程度の軽い口調で私に話しかけてくる。
こちらを向きながら今まで見ていた窓の景色を指差し、
「あそこに見えるグロスター伯爵のお屋敷に行ってきたのです」
と、言ってきた。
そして……。
「お屋敷に出向き、グロスター伯爵と使用人の検死を担当して参りました。故に、お嬢様が温かいことにホッとしてしまいまして……お嬢様?」
それからの話は全く頭に入ってこなかった。
気づいたらいつの間にか居たイリヤを前に、止まらない涙をそのままにして、私は声をあげて泣いていたの。そんな私を、イリヤは慌てふためきながらも、最後はゆっくりと抱きしめてくれたわ。
きっと、私が正気だったら「嫌じゃなかったから、ダメだったのです」という彼女の呟きが聞こえていたかもしれない。
それは、体内に入り込んでくるかのようにじんわり温かい。夜風が肌を通り過ぎても、月明かりのおかげで寒さは感じないの。不思議だわ。
「お嬢様、お身体が冷えますのでそろそろ中に入りましょう」
「……でも、アインスが」
ダイニングのバルコニーでアインスの帰りを待っていると、膝掛けを持ったイリヤがやってくる。
ここに来て、かれこれ2時間になるかな。
その間、お父様お母様はもちろん、ザンギフをはじめとする使用人たち全員が心配してここに来てくれたの。来た人の分だけ、ここに毛布が積み上げられている。……何枚あるか、数えるのが怖いわ。
流石に全部は使えないから、お父様が持ってきたものを肩に、お母様が持ってきたものを膝にかけて、あとはバルコニーの真ん中に備えられているテーブルに置いたのよ。
「お気持ちは十分わかります。しかし、ここでお風邪でも引かれたら……」
「……」
「お嬢様」
「……わかったわ。部屋に戻る」
「ありがとうございます、お嬢様」
私が諦めると、気が変わらないうちに、とでも言うように素早くイリヤが車椅子を押してくれる。
こんなわがまま言って、悪いことしちゃったな。後で、みんなにごめんなさいってしよう。
でも、その前にみんなの優しさを運ばないと。
せっかく持ってきてくれた毛布を、ここに置きっぱなしにするのは良くないもの。
「あ、待って」
イリヤを静止させた私は、膝掛けを取ってゆっくりと立ち上がりテーブルへと向かう。リハビリの成果もあり、こうやって数メートルなら歩けるようになったのよ。
でも、毛布を持ち上げようとしたところで、いつの間にか隣に来ていたイリヤに全部奪われてしまう。
こういうところ、過保護なんだから。
「私が持つわ」
「これは、イリヤのです」
「私にってみんな持ってきてくれたんだから、私が持つのよ」
「いいえ、実はイリヤのために持ってきてもらったのです」
こういうと時のイリヤは、絶対に譲らない。私だって、このくらいなら持てるのに。むしろ、体力つけるために持ちたいのに。
そう言うと、決まって「では、イリヤを持ち上げてください」って言われるの。無理なのわかって言ってるのだから、タチが悪い。
「イリヤは、私の車椅子を押すの。だから、これは私が持つ」
「イリヤは何でも屋なので、毛布を持ちながらお嬢様の車椅子を押すくらい朝飯前です。ふふん」
「じゃあ、イリヤ持つ!」
「どうぞ」
ほら! できないのわかってるようなこの表情!
今日は、なんとしても持ち上げてやるんだから!
私は、毛布を持つイリヤの後ろにゆっくり移動し胴体に腕を回した。エプロンのレースが手に当たり、少しだけくすぐったいけど我慢我慢。
「見てなさい!」
「え?」
まさか、本当に持とうと思っていなかったみたい。
イリヤはバルコニーの真ん中で、素っ頓狂な声をあげながら身体を硬直させてきた。
私だって、やる時はやるんだからね!
「お、お嬢様。ダメですって」
「なあに? もしかして、くすぐったい?」
「え、あ……」
でも、やっぱり持ち上がらない。
イリヤってば、見た目より結構がっしりしてるわ。
メイドさんって、お仕事で屋敷中動き回るから自然と鍛えられるのかな?
私も、リハビリでお屋敷のお掃除とかお洗濯してみたいな。イリヤにお願いしたら、一緒にやってくれるかしら?
そんなことを考えつつ抱きついたままイリヤの横顔を覗くと、なんとも言えない表情をする彼女が見えた。
月明かりが静かに差し、イリヤの顔色が真っ赤になっているのが視界に入ってくる。それに、ものすごい勢いで目が泳いでるのも。
「……イリヤ?」
「離してください……」
「え? あ、ごめんなさい。イリヤの言う通り、持てなかったわ」
「……いえ」
いつもと違う彼女に気づき急いで離れても、イリヤはこっちを向いてくれない。
もしかして、嫌なことしちゃったのかしら。調子に乗った私が悪かったわ。
私は、イリヤの全身が見れるよう数歩後ろに下がる。すると、夜風にメイド服の裾を揺らしながらも微動だにしない彼女の背中が、印象的に映りこんできた。
綺麗に2つ縛りされた髪、そこから見えるうなじから首のライン。その延長線上も見たいと思えるほどそれらは美しく、仄かな光の中でも輝きを放っているように感じる。
まるで、イリヤじゃないみたい。
「……イリヤ、嫌なことしてごめんね」
「……嫌じゃないです」
「そうなの? 無理しなくて良いわよ」
「無理はしてない、です……」
「イリヤ、こっち向いて。顔が見たいの」
「ダメです。お部屋に戻りましょう」
「……わかったわ、ごめんなさい」
怖くなって話しかけても、いつもの剽軽な彼女じゃなかった。
それに罪悪感を覚えた私は、素直に言うことを聞き車椅子まで歩いていく。先ほどまで感じていなかった寒さが、ここに来て私をいじめてくるの。
「部屋まで、お願いね」
「はい」
結局、毛布はイリヤが持った。車椅子の持ち手部分に器用に重ねて、そのまま押せるってすごいわ。
でも、部屋に着くまでの間、私もイリヤも一言も話さなかった。
こんなこと、初めて。
私は、もう絶対しないと心に深く刻み込む。
***
結局、アインスが帰ってきたのは次の日のお昼前だった。
相当疲れていたようで、いつもの愛想良い笑顔はない。それに、なんだか1日見ない間にやつれた感じもするわ。
「……アインス、お帰りなさい」
部屋で、お父様からいただいた事務処理のお仕事をしていると、そんな表情のアインスが入ってきた。カバンと聴診器を持っているってことは、私の様子を見に来たみたい。
「ただいま戻りました、お嬢様。昨日、お倒れになったとイリヤから聞きましたぞ」
「もう大丈夫よ。今は元気」
「確かに、お顔色は良いようですな。お仕事中かと思いますが、脈だけ見せてください」
「ええ。それより、アインスが辛そうだわ。この後、ちゃんと休める?」
律儀に一礼をしたアインスが、私の方へとやってくる。コツコツと靴を鳴らすその音すら、疲れているように聞こえるの。なんだか、申し訳ないわ。
アインスの負担にならないよう、脈を測りやすい姿勢になりましょう。
そう思った私は、車椅子を机から離して窓際へと寄った。すると、手首を掴みながら
「……温かいですな」
と、アインスが独り言をつぶやいてきた。
それは、私に聞かせるために言っている言葉ではない。無意識に口から漏れた言葉って感じに聞こえた。
アインスは、独り言を呟きながら先ほどまではなかった笑みを浮かべている。
「私、熱あるの?」
「おっと、失礼しました。ないですよ」
「良かった。アインスも温かいね」
「光栄です」
脈を測り終えた彼は、持っていたカルテに記録を取っている。横から覗くと、そこには脈や顔色、熱に関する記録だけじゃなくて、私が口にしたものや身長体重までもが記されていた。
……カルテって、こんな本格的なものなのね。そういえば、グロスター家には専属医療者って居なかったな。私が記憶している限り、屋敷で見たことはない。
「時に、お嬢様」
「は、はいっ」
記録を終えたアインスが、ペンを胸ポケットにしまいながら私の顔を覗いてきた。「カルテを見た仕返し」とでも言うように、私と同じ角度で覗いてくる。
……もしかして、見ちゃいけないものだったかしら?
急いで謝ろうとするも、アインスは全く別の話題を投げかけてきた。
「イリヤと喧嘩でもしましたか?」
「あ……」
そう。
昨日の出来事から、イリヤの様子がおかしいの。
別に、喧嘩はしていないのよ。
でも、いつもなら朝の着替えを手伝ってくれるのに今日はフォーリーだったし、朝食の席でも毎回横を陣取ってたのに後ろで見守るように居るし。おしゃべりもしてくれないし。
昨日のこと以外、原因が見当たらないの。
私は、意見を聞きたくて昨日あったことをアインスに聞かせた。
すると、それを聞いた彼は高笑いを始めてしまう。
「……アインス?」
「ははは! 失礼しました、お嬢様」
「私、もう一回イリヤに謝りたいの。おふざけが過ぎたから、イリヤ怒ってるんでしょう?」
真剣に話してるのに、アインスったら「これは良い話を聞いた」とか言ってくるのよ。
しかも、私の質問に答えずに窓の外を眺め出す始末。その横顔を覗くと、遠くの方を見ているような印象を受けるのだけれど。本当、どうしちゃったの?
「アインス? 私、謝りたいのだけれど」
「え? ……ああ、大丈夫ですよ。イリヤも、人の子だったってだけです」
「……?」
再度話しかけると、ハッとしたようにアインスがこっちを向きながら笑ってくる。状況のわからない私は、頭の上にたくさんの「?」を浮かべることしかできない。すると、
「今からイリヤを呼びますから、お嬢様はいつも通り接してあげてください」
「いつも通り?」
「ええ、普段と変わらず。それで、元通りになるでしょう」
「そんなので大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。お嬢様の主治医がそう言うのです」
それって、今関係なくない?
そう言おうとしたけど、アインスの堂々とした表情を前に、そんなことは言えないわね。
とりあえず、彼を信じてみよう。
「じゃあ、そうしてくれる? 疲れているのに、ごめんなさいね」
「いいえ。このくらいでしたら、今の私にとっては最高の息抜きになりますから」
「息抜き……? そんなにミミリップ地方の領民たちの治療が大変だったの?」
それは、気軽に聞いたつもりだった。
世間話みたいに、「今日天気良いね」レベルの会話をしたくて聞いただけだったの。
まさか、今イリヤに頼んでいる途中の答えが聞けるとは微塵も思わなかった。
「実は、領民の治療はしていないのです」
「え、何をしに行ったの?」
「どうせ、明日明後日には号外が出されると思うので言いますが……」
そして、アインスも世間話程度の軽い口調で私に話しかけてくる。
こちらを向きながら今まで見ていた窓の景色を指差し、
「あそこに見えるグロスター伯爵のお屋敷に行ってきたのです」
と、言ってきた。
そして……。
「お屋敷に出向き、グロスター伯爵と使用人の検死を担当して参りました。故に、お嬢様が温かいことにホッとしてしまいまして……お嬢様?」
それからの話は全く頭に入ってこなかった。
気づいたらいつの間にか居たイリヤを前に、止まらない涙をそのままにして、私は声をあげて泣いていたの。そんな私を、イリヤは慌てふためきながらも、最後はゆっくりと抱きしめてくれたわ。
きっと、私が正気だったら「嫌じゃなかったから、ダメだったのです」という彼女の呟きが聞こえていたかもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛とオルゴール
夜宮
恋愛
ジェシカは怒っていた。
父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。
それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。
絡み合った過去と現在。
ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。
で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる