34 / 217
05
ベルじゃないの
しおりを挟む暗い部屋の中、蝋燭の明かりが目に飛び込んでくる。
それは、ユラユラと私の心のように揺れ動く。
「……私が、殺した」
目の前に、誰かがいる気がする。
けど、気のせいかもしれない。頭がふわふわしていて、よくわからないの。
「私が、埋めた」
何を?
私は、何を殺して、何を埋めたの?
膝に置かれた両手に力を入れてみるけど、空を掻いてうまくできない。
「5年前の仇を取るために。私が、殺した」
なのに、口だけはよく動く。
それは、私の声なのに遠くから聞こえる……。
***
あれから、丸1日が経った。
窓から差し込む夕日が、それを教えてくれる。
でも、私はベッドの上から動けないでいた。
ずっとここで、上半身を起こして泣いてはボーッとしてを繰り返しているの。寝た記憶はないわ。
なぜ、お父様は死んだの? 使用人って、誰?
ミミリップ地方で、何が起きてるの?
何も情報がない中、グルグルと同じことを考えて不安だけが蓄積されていく。といっても、教えてと言える内容でもないし。
「お嬢様、スープをお持ちしました」
「……いらないわ」
「では、白湯だけでも」
「……」
急にどこかへ行ったかと思えば、イリヤはお盆にスープとグラスを持ってきた。
食べないと怪しまれる。
頭ではそうわかっているのに、身体が言うことをきいてくれない。
そんな私を、屋敷中の人たちが心配してくれている。代わる代わるお見舞いに来てくれてね。サイドテーブルを3つ置いても置けきれない量のお菓子やお花が横目に見えてるの。
嬉しい反面、今の私にはプレッシャーでしかない。そう思ってしまうのも、罪悪感として心に重くのしかかる。
「お嬢様、何かして欲しいことはございますか?」
イリヤは、避けてしまった負い目もあるのか、こうやってずっと私に寄り添ってくれている。
違うのに。それも、口にできない。
質問に対して私が首を振るたび、「大丈夫ですよ」と言って頭を撫でてくれるの。それが心地よくて、出て行ってとも言えない。
私は、何をしているのかしら。
「……何でも良い?」
「ええ、何でもやりますよ」
「変なことでも良い?」
「良いですよ。イリヤは、こう見えてお笑い芸人なのです」
イリヤだって、昨日から寝てないのに。そんなこと微塵も感じさせない笑顔を私にくれる。
それに甘えたくなった私は、視線を足元に落として重い口を開いた。
「……さっきみたいに、ぎゅーってしてほしい」
「え?」
して欲しいことを聞かれたら、急に誰かの体温が欲しくなったの。
お願いの仕方、これで合ってる? 言ったことないからわからないわ。
イリヤの方をゆっくり見ると、そこには目を見開き固まる彼女がいる。なんだか顔が赤い気がするけど、夕日のせいかな。
「ダメなら良い……」
「あ、いえ。あの、ダメじゃないです。でも、そういうのは旦那様たちにお願いした方が……」
「私は、イリヤの方が良い」
「……少々お待ちください」
「イリヤ?」
私の話を聞いたイリヤは、何故か部屋を出て行ってしまった。と思えば、ものの数秒で戻ってくる。しかも、なんか「パンッ」て乾いた音が聞こえたけど……。
何してきたの? 頬が真っ赤よ。
「お嬢様、失礼します」
そんな彼女は、さっきとは違ってキリッとした表情で私の方へと腕を伸ばしてくる。
……甘えて良いってことだよね。ちゃんと言ったから、前みたいに怒らないよね。
私は、怖々としながらその腕に身体を預けた。
「……温かいね」
「生きてますから」
「……私、生きてる?」
「はい、生きておりますよ」
イリヤの体温は、私よりも温かい。その温かさが、スーッと私の心の隙間を埋めてくれるの。
アリス時代にこういう温かさを感じる時がなかったから、とても新鮮だわ。こうやって抱いてくれる人は、誰一人としていなかったし。私も私で、それを望んでいなかったけど……。
本当は、誰にでも良いからこうやって抱きしめて欲しかったのかもしれない。今、ふとそう感じたわ。
私は、そんな温かさに賭けてみようと思った。
「……イリヤは、私が何言っても離れない?」
「はい、離れませんよ。その代わり、イリヤが何言っても離れないでいただけると嬉しいです」
「どうして、私がイリヤから離れるの?」
「……それより、お嬢様は何を言うのでしょうか?」
ベルの言う通り、イリヤが私を疑っていると言うならば楽になった方が良いのかもしれない。
それに、イリヤなら……。この温かさをくれるイリヤなら、私を理解してくれるかもしれない。
そう思った私は、彼女の腕の中でこう言った。
「私ね、ベルじゃないの」
心臓の音が聞こえる。
これは、どっちのものなのだろう?
ドクドクと、まるで耳元で鳴り響いているかのように、はっきりとリズムを打っている。
***
「ロベール卿、一旦引きましょうか」
「そうですね。門番2名、屋敷内警備に3名残して撤退しましょう」
遺体は、すでに侍医と共に王宮へと向かっていた。
めぼしい証拠品も集めたし、ずっとここに居ても領民たちを刺激するだけ。クリステル様の言っていることは、正しい。
俺は、戸棚にみっちり詰め込まれた本を眺めながら、それに賛同する。
「門番は3名の方が良いでしょう。万が一、領民がなだれ込んだら一大事です。それに、領民に混ざって犯人が証拠隠滅を図る可能性だってあります」
「確かに。そうしますね」
「ええ。交代制にして、ちゃんと休息を取るように」
「わかりました。お気遣いありがとうございます」
実際、現場に来ている殆どの騎士団たちが疲弊していた。
寝ずの作業をしているのだ、当たり前だろう。かく言う俺も、手足を泥だらけにして走り回ったせいか、少し眠い。
それに、精神的にもキツかった。
作業をしつつ、団員に指示を送るのは良い。そんなの、日常的にしていることだから。
それよりも、作業しながらでも聞こえてくるアリスお嬢様への罵倒が辛い。何度、怒りを極限まで溜めたことか。
それも、そろそろ限界が来ていた。
これ以上聞いていたら、あの門のところにいる領民を持っている剣で切り刻んでしまいそうだ。故に、クリステル様のご提案にホッとする。
「では、30分後に撤退を。裏口からゆっくりと抜けましょう」
「そうですね。正門は出られそうにないですし」
「裏口を知っていて助かったわね」
「……ええ。昔からありましたから」
アインスも、途中から来た侍医も、その裏口を通ってここに来ている。本当、5年前と変わっていなくて安心すら覚えるよ。
この本棚だって、よくアリスお嬢様が息抜きに読んでらしたもので……。
「あれ?」
「どうされましたか、ロベール卿」
先ほど侍医からもらった簡易検死の結果を読んでいたクリステル様は、俺の声でこちらを向く。
そんな俺の視線は、相変わらずみっちりと詰まった本棚だ。いや、みっちりとは詰まっていない。
「……いえ。なんだか、冊数がおかしい気がして」
「冊数?」
「ここのグリム童話全集、1冊分あいています」
全部屋確認したが、本は落ちてなかったし報告にも上がっていない。なのに、本が1冊ないんだ。
一番下の段の右側が、1冊分抜けている。
たいてい、このような本は持ち出しても庭まで。かなり分厚く、外に持ち出そうという気は起きないはず。
とはいえ、持ち運ぶ人だっているか。そう思うも、やはり気になってしまう。
「本当ね。それも報告にあげましょう」
「ありがとうございます」
「ほかに、何か気づいたことはある?」
「特にありません」
本棚から視線を外した俺は、書類片手にメモを取るクリステル様に向かって一礼をして部屋を出る。
今から、屋敷全体を回って撤退命令を出さなくてはいけない。30分で終われば良いが。
1
あなたにおすすめの小説
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛とオルゴール
夜宮
恋愛
ジェシカは怒っていた。
父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。
それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。
絡み合った過去と現在。
ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。
で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる