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恐怖に心を支配されて
しおりを挟むそれはまるで、嵐でも来るかのような雨風だった。
「状況は?」
「王宮内捜索は完了しております。外部対応窓口に車椅子が残されていたのみで、ベル嬢の足取りは全く」
クリステル様に言付けするよう団員に依頼した俺は、そのまま外部対応窓口へと向かっていた。隣には、王宮内捜索の指揮を終えたラベルが居る。
演習場に居たほとんどの団員をかき集め王宮内を隈なく探したが、ベル嬢の姿は見当たらなかったらしい。無論、中庭や園庭、それにないとは思うが牢屋の中まで隈なく探索したのに。
報告によると、牢屋に居るジョセフが「さっきアリスが来たけど、私の紅茶は?」と言っていたとか。
たまに、収容されている時間が長いとおかしなことを言うやつがいるんだ。まさか、奴もそうなるとは思わなかった。毎日の尋問も、考えものかもしれない。それか、薬物の副作用か……。
いや、今その話は関係ない。
「イリヤは? ベル嬢の側には必ずいるはずだ」
「それが、王宮に入場制限が設けられていた関係で、イリヤ団長は入り口で待機していました。僕が内部での護衛を頼まれて窓口に行ったら、すでに彼女はいなくて。それを報告した時、ものすごい気迫を向けられて気絶するかと思いましたよ……」
「そうか、隣国の元老院が来ていたな」
「もう帰っていて、規制は解除されていますけどね。それよりイリヤ団長は、彼女が中庭で昼寝でもしてない限り連れ去りと断定していますがどうされますか」
「あいつがそう言うんだから、連れ去りの線で調べた方が良い。で、本人は今どこに?」
ラベルは、その情景を思い出しているのか真っ青な顔色になりながら報告を入れていた。
不謹慎だが、そんな彼の話を聞いて俺の脳内には気持ちよさそうに昼寝をするベル嬢が浮かんでいる。……そうなれば、良かったんだがな。雨風の中、外で昼寝をするようなご令嬢ではないことは承知だ。
通常ここまで探して見つからなければ、捜索が打ち切りになる。事件性を示す証拠もなく、自らの意思で消えた可能性の方が大きくなるからだ。
しかし、昔から居る騎士団メンバーはそうは思わなかった。
あのイリヤが、連れ去りだと断言しているのだ。
彼の勘の良さをよくわかっているため、誰1人として「打ち切ろう」とは言わない。
「……えっと」
「早くしろ、人の命がかかってるんだぞ」
「は、はい! その、武器庫から当時使ってた獲物を掴みまして……」
「はあ!? 入れたのか!?」
「す、すみません! こ、怖くてその」
「まあ良い。で、双剣持ってどうしたんだ? 暴れたのか」
当時のイリヤは、双剣をよく使っていた。
左の刃で防御をしつつ、右の刃で相手を薙ぎ倒すその姿は「光速の鋼」と呼ばれ、周辺国や賊たちに恐れられたほどの腕前を持っている。攻撃の重さ、身体の頑丈さ、それに、ありえないスピードを誇る身体能力の高さから、そう呼ばれていたんだ。
王宮を去ったあの日、今まで使っていた武器を俺に託したのにあいつはそれを手にしたらしい。本気と見て間違いない。
「いえ。何やらぶつぶつと呟きながら、王宮の外に走って行きました」
「それを早く言え!」
「ヒッ!? は、はひ!!」
「イリヤは、なんと言っていたんだ!?」
ラベルは、恐怖が勝ると色々情報が抜ける。それがなければ、優秀なのだが。
俺は、怒鳴っては萎縮するとわかっていながら、怒鳴ってしまった。
それと同時に、外部対応窓口へ到着する。
ラベルの答えを待ちながら視線をめぐらせていると、主を失った車椅子がポツンと置かれているのが確認できた。以前見た時よりもずっとずっと小さく見えるのは、そのせいかもしれない。
その悲惨さに胸を痛めていると、息が止まるほどの衝撃をラベルが俺に与えてきた。
「アリスお嬢様、と」
「は?」
「アリスお嬢様、と口にしておりました。でも、居なくなったのはベル嬢なので、オレの聞き間違えかもしれませんすみません!!」
イリヤがなぜ、アリスお嬢様と口にしたのだろうか。
最初は、ぼんやりとそう思った。ラベルの聞き間違えも相当だな、と。
しかし、先ほどジョセフも「アリスが来た」と言っていたことを思い出す。
そんな偶然があるのか? これは、調べた方が良さそうだ。
「……俺は、牢屋に戻る。シエラ!」
「はいよ」
「手がかりがあるかもしれん。一緒に来てくれ」
「でも、フォンテーヌ子爵に入れた連絡の返答を待たないといけないよ。他の団員への指示もあるし、ここを離れられないけど」
「なら、僕が代わる」
「ありがとう、ラベル。すまないが、お願いする」
「はい! フォンテーヌ子爵とやりとりをし、入宮した際は報告入れますぅぅ」
「ああ、よろしく頼む。シエラもすまん」
「ういー。聞いてなかったから、状況教えて」
ちょうど近くで指示出しをしていたシエラを引っ張り出した俺は、そのまま急足で牢屋へと戻った。
後ろでは、ラベルのハキハキとした声が聞こえてくる。その声に安堵しながら、俺は「アリスお嬢様」の話をシエラに聞かせた。
***
静かにしていると、雨音が酷い。
それに、風の鳴き声が私を不安な気持ちにしてくるの。嵐でも来そうな感じの音だわ。
あれから何分が経ったのかしら?
時計も外も見れないから、時間の感覚が無くなっているわ。でも、恐怖からか眠気や空腹などは感じない。それよりも、床が硬くて身体が痛いの。寒さで、手も悴んでいるし。
「お前、どこの令嬢なん?」
「!?」
「そんなビビらなくても良いじゃんか」
息を吹きかけて動かない手を温めていると、不意に真上から声がした。
足音がしなかったし、そもそも馬車は走り続けている。……ってことは、少なくとも敵は2人いるってこと? さっき止まってから話しかけられたのもあって、てっきりこの人が操作しているのかと思ったわ。
でも、足音がしなかったのはそれじゃ説明できない。自分ではそんな緊張はしていないつもりだけど、そうじゃないのかしら。
男性は、笑いながら隣に座ってきた。トスッと小さな音がし、声のする場所が変わったからそう言うことよね?
見えないって、本当不便。これじゃあ、どこに逃げて良いかもわからない。
「……目隠し取って。そしたら、答えます」
「ははは! こんな度胸のある貴族の令嬢は初めてだ。良いぞ、お前とは目を見て話したい」
まさか外してくれるとは思っていなかった私は、ビックリして反射的に顔を後ろに引いてしまった。それも面白かったようで、男性が明るい声で笑ってくるの。……なんなの、この人。
男性は、約束通り目隠しを外してくれた。すると、自分が荷馬車に乗っていることに気づく。
明かりがないから、中は薄暗い。かろうじて、張ってある布の隙間から覗く外の明るさで周囲が見えるって感じだった。
「……あなた、花束持っていた人ね」
「なんだお前、俺のこと追ってたのか?」
隣を見ると、そこには先ほど花束を抱えて牢屋に入っていった人物が。そして、私の鳩尾に攻撃してきた人だわ。その顔を見た瞬間、もう痛みのないはずの腹部がチクッと痛んだ。
片目に大きな切り傷があって、男性にしては細身の体格をしている。吊り目なところが少しだけ怖いけど、それ以外は至って普通って感じだわ。服装も、ちょっとくたびれてはいるものの領民が着ているようなデザインだし。肩が濡れているってことは、やっぱり雨が降っているのね。
当然、すでに花束はない。どこに置いてきたのかしら?
それに、その身体からは先ほどまでは気づかなかったけど、うっすらとあの甘ったるい香りがするわ。私は、その香りをもっと嗅ぐため、体勢を前屈みにする。
「なんだよ、こっち来んな」
「あなた、とても甘い香りがする」
「はあ? 俺は甘味が苦手だ。腹減ってんのか?」
「まさかこんな状況でお腹を空かせるほど、私は楽天家じゃないわ」
「自分で言ってりゃあ、そうか。にしても、お前って本当面白いな」
「褒めついでに、手首のコレも取ってくれると嬉しいわ」
「そりゃあ、できねえ相談だ」
ですよね。
こっちも期待していなかったから良いわ。
ひとしきり笑った男性は、壁に背中をつけてグデッとした格好になった。その間も、馬車はゆっくりと揺れ動く。
「じゃあ、どの辺走ってるかだけ教えてちょうだい」
「知ってどうすんだよ。逃げても、この辺は人の通りが少ないから助けなんて呼べねえぞ」
「……それがわかれば、教えてもらわなくて結構よ」
「なんだ、逃げようとしてたのか。別に、殺しはしねえよ」
「じゃあ、逃して。私、貴方の顔を見ながら息をしていたくないの」
「ぶは!? マジで、お前の性格好きだわ。馬車を操ってる相棒は大嫌いそうだけど」
「人に好かれるために生きているわけじゃな……キャッ」
ここでちょっとでも弱みを見せたらダメ。
だって、このタイプの人間はつけあがるから。そう思って感情を殺しながら話していると、不意に馬車が止まった。
急すぎて、前のめりになってしまったわ。でも、床に倒れる前に隣にいた男性が私を抱き抱えてくれたの。雨で濡れた布地が当たり、冷たいけど文句は言っていられない。
「あ、ありがとう」
「ビビったぁ。おい、気をつけろ!」
「スマン。木陰から、なんかの動物が横切ってきて」
男性が怒鳴ると、外からもう1人の男性の声が聞こえてきた。きっと、この人が馬車を操縦しているのね。
それに今、木陰と言ったわ。という事は、森の中ってこと?
「ったく、気をつけろよ」
「……」
男性は、ブツブツと怒りながら私を戻してくれた。
ここが森の中なら、逃げて木陰にでも隠れたらうまく行くかもしれない。
私は、もう1人の男性の声が聞こえてきた荷馬車の入り口を見つめる。
でも、私の考えが浅はかだったことに気づくのに時間は要しなかった。
「っぁ!?」
「逃げんなよ。俺は、短気だから何するかわかんねぇ」
さっきは守ってくれたのに、今度は後頭部を鷲掴みされ床に頭を打ち付けられた。その痛みで、一瞬目の前が明るくなる。
痛い。怖い。どうして?
「そもそも、ずっと座ってた足がすぐ動くわけねぇだろ。ちったあ考えろよ?」
「……う、う」
泣くな。
こんな痛みで泣くことない。泣いちゃダメ。
そうやって必死になって耐えようとしたけど、とうとう恐怖が勝ってしまった。
私は、床と対面しながら嗚咽する。
「そうやって泣いてろ。お前を傷つけたくはないから」
やっぱり、イリヤに言われた通りにすればよかった。こんないつでも良い書類のために、命なんかかけていられない。
花束がなんなの? 大人しく、受付の順番を待っていればよかったのに。
私は、自分の愚かさを呪いながらしばらくの間泣き続けた。
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