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08
ベル大好き人間が、ここにも
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「以上が報告です」
「……そんな」
結局、シエラは戻ってこなかった。
ヴィエンと一緒に周囲を捜索しても見つからず、日が暮れるまで待っていても姿を見せなかった。これ以上は馬の足場が心配なため、シエラの馬も一緒に戻ってきてしまったが……。
王宮に到着した俺とヴィエンは、真っ先に陛下とクリステル様へ報告をしに執務室までやってきた。
思った通り、お2人の表情は驚愕に満ちている。こんな表情をさせてしまい、不甲斐ない。
「シエラが……」
「周囲を隈なく捜索したのですが、奴の所持品一つ見つかりませんでした」
「そうか……」
「申し訳ございません」
陛下は、椅子に座って神妙な顔つきで前を見据えてくる。しかし、視線は合わない。
何かをお考えになっているのだろう。グロスター伯爵の件で忙しい中、俺は親友1人見つけられないのか。
それに、あいつの身に何かあれば俺は。俺は……。
「捜索隊を要請しよう。騎士団から組めるか?」
「……良いのですか」
「ああ、シエラだけなら大々的に動けないが……。ミミリップ地方で人が消えていた話は知っているか?」
「はい。多くが隣国へ不正に渡っていたという話ですよね」
「それだ。調べてみたら、残りの人たちはその鉱山付近で行方不明になっている。何か、隠し通路などがあるのかもしれない。憶測だが」
「調べます! ありがとうございます、陛下」
「表向きは、領民の捜索にしてくれ。元老院がうるさいからな」
「はい! すぐに組んで出発します」
陛下は、こうやって部下を守ってくれるんだ。
頭の硬い元老院は「法律」「規則」「体裁」と三拍子を盾に文句を言ってくるが、陛下は言わない。そこが、部下に慕われる大きな要素だと思っている。
今回のことだって、元老院なら「切り捨てろ」で終わるだろう。情も何もない。
俺とヴィエンは陛下に向かって敬礼をし、すぐに騎士団の待機室へと向かった。いつもなら「夜が明けてから向かってください」と言うクリステル様も、真剣な表情のままこちらに向かって敬礼をするだけ。
シエラ、お願いだ。
お願いだから、無事でいてくれ……。
***
ラベル様とお話をした2日後。
パトリシア様がおいでになるとお手紙をいただいて、お庭でお茶をしようと準備をしている時のこと。イリヤと一緒にテーブルクロスを整えたり、花瓶に花を挿したりしていたのだけれど……。
「……あ、あの。パトリシア様?」
彼女は、時間よりも早めに屋敷に到着したみたい。
アランの案内で中庭まで来てくれたパトリシア様は、私の顔を見た瞬間に持っていた瓶らしきものを地面に落としてしまう。隣に従えているサヴァンが動くも、間に合いそうにない。
でももちろん、それはイリヤが素早く駆け寄ってキャッチしたから割れなかったわ。ホッと胸を撫で下ろしているも、パトリシア様は魔法にでもかかったかのように動かない。
私が声をかけると、ハッとしたかのようにやっと動き出したわ。イリヤから瓶を受け取りながらも、視線は私に向いている。
「……ベ、ベル嬢。そのお姿は」
「ちょっと、そのー……怪我をしまして。でも、大丈夫です! ほら、骨折なんかはございませんしって、パトリシア様!?」
パトリシア様がフラフラしたかと思ったら、すぐにその場に崩れるように倒れてしまった。今度は、サヴァンが間に合ったみたい。彼女に支えられながら、顔を真っ青にして私を見ている。でも、視線は合わない。
この姿、やっぱりダメだったかしら……。傷が深くて、あちこちの包帯がまだ取れないのよね。
「……ベル嬢が、え? け、怪我して?」
「それよりも、パトリシア様大丈夫ですか!? お顔の色が優れないようですが……」
「ベル嬢が……」
「パトリシア様が」
「ベル嬢……」
「パトリシア様……」
あれ、どうして私たちは名前を呼び合っているの? 向こうもそれに気づいたらしく、やっと私の目を見てくれた。その表情は硬いままだけれど。
これって、治ってからお会いするべきだったかしら?
アリス時代にこんな怪我をしたことがないから、マナーがわからないわ。
「……私ったら、何も知らずに申し訳ございません。後ほど、お見舞いの品を届けさせます」
「別に大した怪我ではないので、大丈夫ですわ。お気遣い、ありがとうございます」
「でも、女性が顔に怪我をするなんて……。イリヤ、これは治るの?」
「はい、アインスが治すと言いましたので必ず綺麗に治ります」
「……なら良いけど」
パトリシア様はお優しいお方ね。
ベルは、こういうところにも惚れたのかしら? そういえば、パトリシア様の好きなところを聞いてなかったわ。今度会ったら、聞いてみましょう。
イリヤの返答を聞いた彼女は、やっと安心したのか自分の足でゆっくりとこちらへ向かって歩いてきてくれた。その後ろを、サヴァンがピッタリと張り付いている。
いつもは、付き人を馬車に残して1人で来るのだけど、今回はお仕事のお話をしたいから一緒にきてもらったの。慣れないのか、サヴァンはお庭をキョロキョロと物珍しい表情で見ているわ。……いえ、慣れないからじゃない。きっと、木の上でこっちを観察しているバーバリーの気配でも察知しているのでしょうね。ごめんなさい。
「どうせ、またベル嬢がやんちゃしたのでしょう。今度は、何をしたの?」
花瓶に飾るための花を持っていた私は、最後の1本を挿し終えパトリシア様の座った席の対角線上に腰を下ろした。
座ると、太ももが筋肉痛になっているみたいでちょっとだけ痛い。でも、アインスが額の傷にバシャバシャ消毒液を塗った時と比べれば全く痛くないわ。あれは、涙が出るほど痛かった。今日の夜もやるらしいのだけれど、何か逃げる口実を探さなくては。
私たちが席に着くと、待機していたアランによってお茶とお菓子が並べられていく。
今日は、城下町で見つけたルイボスティにマカロン! 久しぶりのパトリシア様だったから、貯めていたお小遣いを奮発してしまったわ。……私に憧れていたって聞いたから、嬉しいのもあってね。
「私、そんなやんちゃじゃありませんわ」
「それは、怪我の内容を聞いて私が判断することよ」
「じ、実は、誘拐されまして」
「……ごめんなさい、ちょっとお耳が遠くなったようで聞き取れませんでしたわ。もう一度おっしゃってもらっても?」
「えっと、誘拐、されまして……」
「…………」
「パトリシア様!?」
私の返答を聞いたパトリシア様は、またもやフラッと身体を揺らし椅子から転げ落ちそうになった。貧血なのか、顔色もかなり悪い。
きっと、サヴァンが支えなかったら確実に倒れていたわね。
びっくりした私が立ち上がり声をかけると、パトリシア様が何やらブツブツと喋り出す。でも、その話し相手は私じゃない。
「ベル嬢が誘拐? え、私が居ない間に? サヴァン、うちの屋敷の傭兵を全員こちらに配置して。番犬も残らずにね」
「お言葉でございますが、お嬢様。それでは、お嬢様のお城をお守りする使用人が居なくなってしまいます」
「……それもそうね。じゃあ、私が毎日こちらにお邪魔するわ」
「お稽古があるので、毎日は旦那様がお許しになられません」
「パトリシア様?」
よく聞こえないけど、そんな深刻な表情をしているのだから何か重要なお話をされているのね。話しかけてよかったかしら?
私が話しかけると、パトリシア様の表情が一気に悲哀に満ちたものになる。
「ああ、ベル嬢! 無事で良かったわ。誰が助けたの? 私、そのお方にお礼が言いたいわ。貴女の友達として」
「イリヤが、その……」
「そうなの! イリヤ、ありがとう。ベル嬢のお友達として、私からもお礼を言うわ。後で、貴女の好きなイチゴを届けさせましょう」
「わわ、イリヤ感激です! イチゴのためなら、何度でも誘拐犯からお助けします!」
「待ってよ、そう何度も誘拐されたくないわ!」
「大丈夫です。イチゴは、イリヤが責任を持って食べますので」
「何も大丈夫じゃないけど!?」
もう二度とあんな思い嫌よ!? というか、イリヤってそんなイチゴが好きだったのね。それなら、行けなかったパンケーキ屋さんに今度誘ってみましょう。
私は、イリヤの言葉に抗議を示すため声を張り上げる。すると、パトリシア様が楽しそうに笑い出したわ。
今日初めての笑顔ね。嬉しい。
「ふふ。良かったわ、ベル嬢が元気そうで」
「ご心配痛み入ります。あの、早速なのですが折り入ってお願いがございまして」
「お仕事の話よね。誘拐犯も捕まったことだし、ゆっくり相談に乗れるわ」
「捕まった……?」
「え? だって、ベル嬢が無事だったってことはそう言うことじゃなくて?」
「いえ、まだ捕まっていないです」
イリヤが持っていた香料の計画書を見せようと、冊子を広げた時だった。
パトリシア様が安堵しながら吐いた言葉の意味がわからず、私は聞き返す。だって、捕まってないもの。
にこやかにルイボスティを飲んでいたパトリシア様は、私の言葉を聞いて再び真っ青になってしまわれたわ。
「……サヴァン。やっぱり、うちの屋敷の傭兵と番犬を全部こちらに。この屋敷の塀も、全てダイヤモンドにして天高く積み上げましょう。そうすれば、壊されることはないわ」
「お嬢様、それはコスト面が馬鹿にできません」
「では、騎士団のお方を全員派遣するわ。そのくらいのお金なら、あるでしょう」
「それは良い案ですね。旦那様に提案してみます」
「あと、私がベル嬢と一緒に生活する」
「それは、お稽古があるので却下されます」
またもや、ブツブツと呟くようにサヴァンと話し始めたわ。どうしたのかしら? やっぱり、私がパトリシア様にお仕事のお手伝いを頼むのは、失礼に価するとか。ありえるわ。
計画書を片手に、私はパトリシア様とサヴァンを交互に見る。でも、双方私に気づいていない。これは、どうすれば良いの?
声をかけようとすると、その前にイリヤが声をあげた。
「パトリシア様、大丈夫ですよ。イリヤが守りますので」
「でも……」
「では、イチゴが欲しいです。それで、お嬢様を守るためだけに息をするロボットになります! イリヤ、格好良い」
「わかったわ。イチゴの成る畑丸ごと買い取ってくる。それで手を打っても?」
「はい。イリヤは、イチゴで動くロボットになります! みんなびっくりさせます!」
「……目的」
まあ、パトリシア様の表情が和らいだからなんでも良いか。
イリヤは、こういう時に雰囲気を壊さず盛り上げられるのだからすごいわ。私なら、なんて声をかけたら良いのかわからなくなって無言になっちゃうもの。
その後、香料に関するお仕事のお手伝いをお願いしたところ、瞳をキラキラと輝かせたパトリシア様が快くご了承してくださった。とても興奮したご様子で、「頼まれなくてもやるわ!」と前のめりになるほどやりたいらしい。頼もしいわ。
サヴァンから何も言わないってことは、このまま進めても良いってことよね?
「では、先に私が立てた計画書の説明をさせていただきます」
「お願いするわ、ベル嬢」
私たちは、マカロン片手、計画書片手に、これからの予定や進行スケジュールの打ち合わせをした。
早速明後日、付近の川辺へ出向いて香料になりそうな木の実を見つけてくることになったわ。パトリシア様は私の怪我を心配してくださったけど、動いていた方が気が紛れると話すと渋々OKしてくれた。
ベル、良かったね。明後日も、パトリシア様と一緒よ。
「……そんな」
結局、シエラは戻ってこなかった。
ヴィエンと一緒に周囲を捜索しても見つからず、日が暮れるまで待っていても姿を見せなかった。これ以上は馬の足場が心配なため、シエラの馬も一緒に戻ってきてしまったが……。
王宮に到着した俺とヴィエンは、真っ先に陛下とクリステル様へ報告をしに執務室までやってきた。
思った通り、お2人の表情は驚愕に満ちている。こんな表情をさせてしまい、不甲斐ない。
「シエラが……」
「周囲を隈なく捜索したのですが、奴の所持品一つ見つかりませんでした」
「そうか……」
「申し訳ございません」
陛下は、椅子に座って神妙な顔つきで前を見据えてくる。しかし、視線は合わない。
何かをお考えになっているのだろう。グロスター伯爵の件で忙しい中、俺は親友1人見つけられないのか。
それに、あいつの身に何かあれば俺は。俺は……。
「捜索隊を要請しよう。騎士団から組めるか?」
「……良いのですか」
「ああ、シエラだけなら大々的に動けないが……。ミミリップ地方で人が消えていた話は知っているか?」
「はい。多くが隣国へ不正に渡っていたという話ですよね」
「それだ。調べてみたら、残りの人たちはその鉱山付近で行方不明になっている。何か、隠し通路などがあるのかもしれない。憶測だが」
「調べます! ありがとうございます、陛下」
「表向きは、領民の捜索にしてくれ。元老院がうるさいからな」
「はい! すぐに組んで出発します」
陛下は、こうやって部下を守ってくれるんだ。
頭の硬い元老院は「法律」「規則」「体裁」と三拍子を盾に文句を言ってくるが、陛下は言わない。そこが、部下に慕われる大きな要素だと思っている。
今回のことだって、元老院なら「切り捨てろ」で終わるだろう。情も何もない。
俺とヴィエンは陛下に向かって敬礼をし、すぐに騎士団の待機室へと向かった。いつもなら「夜が明けてから向かってください」と言うクリステル様も、真剣な表情のままこちらに向かって敬礼をするだけ。
シエラ、お願いだ。
お願いだから、無事でいてくれ……。
***
ラベル様とお話をした2日後。
パトリシア様がおいでになるとお手紙をいただいて、お庭でお茶をしようと準備をしている時のこと。イリヤと一緒にテーブルクロスを整えたり、花瓶に花を挿したりしていたのだけれど……。
「……あ、あの。パトリシア様?」
彼女は、時間よりも早めに屋敷に到着したみたい。
アランの案内で中庭まで来てくれたパトリシア様は、私の顔を見た瞬間に持っていた瓶らしきものを地面に落としてしまう。隣に従えているサヴァンが動くも、間に合いそうにない。
でももちろん、それはイリヤが素早く駆け寄ってキャッチしたから割れなかったわ。ホッと胸を撫で下ろしているも、パトリシア様は魔法にでもかかったかのように動かない。
私が声をかけると、ハッとしたかのようにやっと動き出したわ。イリヤから瓶を受け取りながらも、視線は私に向いている。
「……ベ、ベル嬢。そのお姿は」
「ちょっと、そのー……怪我をしまして。でも、大丈夫です! ほら、骨折なんかはございませんしって、パトリシア様!?」
パトリシア様がフラフラしたかと思ったら、すぐにその場に崩れるように倒れてしまった。今度は、サヴァンが間に合ったみたい。彼女に支えられながら、顔を真っ青にして私を見ている。でも、視線は合わない。
この姿、やっぱりダメだったかしら……。傷が深くて、あちこちの包帯がまだ取れないのよね。
「……ベル嬢が、え? け、怪我して?」
「それよりも、パトリシア様大丈夫ですか!? お顔の色が優れないようですが……」
「ベル嬢が……」
「パトリシア様が」
「ベル嬢……」
「パトリシア様……」
あれ、どうして私たちは名前を呼び合っているの? 向こうもそれに気づいたらしく、やっと私の目を見てくれた。その表情は硬いままだけれど。
これって、治ってからお会いするべきだったかしら?
アリス時代にこんな怪我をしたことがないから、マナーがわからないわ。
「……私ったら、何も知らずに申し訳ございません。後ほど、お見舞いの品を届けさせます」
「別に大した怪我ではないので、大丈夫ですわ。お気遣い、ありがとうございます」
「でも、女性が顔に怪我をするなんて……。イリヤ、これは治るの?」
「はい、アインスが治すと言いましたので必ず綺麗に治ります」
「……なら良いけど」
パトリシア様はお優しいお方ね。
ベルは、こういうところにも惚れたのかしら? そういえば、パトリシア様の好きなところを聞いてなかったわ。今度会ったら、聞いてみましょう。
イリヤの返答を聞いた彼女は、やっと安心したのか自分の足でゆっくりとこちらへ向かって歩いてきてくれた。その後ろを、サヴァンがピッタリと張り付いている。
いつもは、付き人を馬車に残して1人で来るのだけど、今回はお仕事のお話をしたいから一緒にきてもらったの。慣れないのか、サヴァンはお庭をキョロキョロと物珍しい表情で見ているわ。……いえ、慣れないからじゃない。きっと、木の上でこっちを観察しているバーバリーの気配でも察知しているのでしょうね。ごめんなさい。
「どうせ、またベル嬢がやんちゃしたのでしょう。今度は、何をしたの?」
花瓶に飾るための花を持っていた私は、最後の1本を挿し終えパトリシア様の座った席の対角線上に腰を下ろした。
座ると、太ももが筋肉痛になっているみたいでちょっとだけ痛い。でも、アインスが額の傷にバシャバシャ消毒液を塗った時と比べれば全く痛くないわ。あれは、涙が出るほど痛かった。今日の夜もやるらしいのだけれど、何か逃げる口実を探さなくては。
私たちが席に着くと、待機していたアランによってお茶とお菓子が並べられていく。
今日は、城下町で見つけたルイボスティにマカロン! 久しぶりのパトリシア様だったから、貯めていたお小遣いを奮発してしまったわ。……私に憧れていたって聞いたから、嬉しいのもあってね。
「私、そんなやんちゃじゃありませんわ」
「それは、怪我の内容を聞いて私が判断することよ」
「じ、実は、誘拐されまして」
「……ごめんなさい、ちょっとお耳が遠くなったようで聞き取れませんでしたわ。もう一度おっしゃってもらっても?」
「えっと、誘拐、されまして……」
「…………」
「パトリシア様!?」
私の返答を聞いたパトリシア様は、またもやフラッと身体を揺らし椅子から転げ落ちそうになった。貧血なのか、顔色もかなり悪い。
きっと、サヴァンが支えなかったら確実に倒れていたわね。
びっくりした私が立ち上がり声をかけると、パトリシア様が何やらブツブツと喋り出す。でも、その話し相手は私じゃない。
「ベル嬢が誘拐? え、私が居ない間に? サヴァン、うちの屋敷の傭兵を全員こちらに配置して。番犬も残らずにね」
「お言葉でございますが、お嬢様。それでは、お嬢様のお城をお守りする使用人が居なくなってしまいます」
「……それもそうね。じゃあ、私が毎日こちらにお邪魔するわ」
「お稽古があるので、毎日は旦那様がお許しになられません」
「パトリシア様?」
よく聞こえないけど、そんな深刻な表情をしているのだから何か重要なお話をされているのね。話しかけてよかったかしら?
私が話しかけると、パトリシア様の表情が一気に悲哀に満ちたものになる。
「ああ、ベル嬢! 無事で良かったわ。誰が助けたの? 私、そのお方にお礼が言いたいわ。貴女の友達として」
「イリヤが、その……」
「そうなの! イリヤ、ありがとう。ベル嬢のお友達として、私からもお礼を言うわ。後で、貴女の好きなイチゴを届けさせましょう」
「わわ、イリヤ感激です! イチゴのためなら、何度でも誘拐犯からお助けします!」
「待ってよ、そう何度も誘拐されたくないわ!」
「大丈夫です。イチゴは、イリヤが責任を持って食べますので」
「何も大丈夫じゃないけど!?」
もう二度とあんな思い嫌よ!? というか、イリヤってそんなイチゴが好きだったのね。それなら、行けなかったパンケーキ屋さんに今度誘ってみましょう。
私は、イリヤの言葉に抗議を示すため声を張り上げる。すると、パトリシア様が楽しそうに笑い出したわ。
今日初めての笑顔ね。嬉しい。
「ふふ。良かったわ、ベル嬢が元気そうで」
「ご心配痛み入ります。あの、早速なのですが折り入ってお願いがございまして」
「お仕事の話よね。誘拐犯も捕まったことだし、ゆっくり相談に乗れるわ」
「捕まった……?」
「え? だって、ベル嬢が無事だったってことはそう言うことじゃなくて?」
「いえ、まだ捕まっていないです」
イリヤが持っていた香料の計画書を見せようと、冊子を広げた時だった。
パトリシア様が安堵しながら吐いた言葉の意味がわからず、私は聞き返す。だって、捕まってないもの。
にこやかにルイボスティを飲んでいたパトリシア様は、私の言葉を聞いて再び真っ青になってしまわれたわ。
「……サヴァン。やっぱり、うちの屋敷の傭兵と番犬を全部こちらに。この屋敷の塀も、全てダイヤモンドにして天高く積み上げましょう。そうすれば、壊されることはないわ」
「お嬢様、それはコスト面が馬鹿にできません」
「では、騎士団のお方を全員派遣するわ。そのくらいのお金なら、あるでしょう」
「それは良い案ですね。旦那様に提案してみます」
「あと、私がベル嬢と一緒に生活する」
「それは、お稽古があるので却下されます」
またもや、ブツブツと呟くようにサヴァンと話し始めたわ。どうしたのかしら? やっぱり、私がパトリシア様にお仕事のお手伝いを頼むのは、失礼に価するとか。ありえるわ。
計画書を片手に、私はパトリシア様とサヴァンを交互に見る。でも、双方私に気づいていない。これは、どうすれば良いの?
声をかけようとすると、その前にイリヤが声をあげた。
「パトリシア様、大丈夫ですよ。イリヤが守りますので」
「でも……」
「では、イチゴが欲しいです。それで、お嬢様を守るためだけに息をするロボットになります! イリヤ、格好良い」
「わかったわ。イチゴの成る畑丸ごと買い取ってくる。それで手を打っても?」
「はい。イリヤは、イチゴで動くロボットになります! みんなびっくりさせます!」
「……目的」
まあ、パトリシア様の表情が和らいだからなんでも良いか。
イリヤは、こういう時に雰囲気を壊さず盛り上げられるのだからすごいわ。私なら、なんて声をかけたら良いのかわからなくなって無言になっちゃうもの。
その後、香料に関するお仕事のお手伝いをお願いしたところ、瞳をキラキラと輝かせたパトリシア様が快くご了承してくださった。とても興奮したご様子で、「頼まれなくてもやるわ!」と前のめりになるほどやりたいらしい。頼もしいわ。
サヴァンから何も言わないってことは、このまま進めても良いってことよね?
「では、先に私が立てた計画書の説明をさせていただきます」
「お願いするわ、ベル嬢」
私たちは、マカロン片手、計画書片手に、これからの予定や進行スケジュールの打ち合わせをした。
早速明後日、付近の川辺へ出向いて香料になりそうな木の実を見つけてくることになったわ。パトリシア様は私の怪我を心配してくださったけど、動いていた方が気が紛れると話すと渋々OKしてくれた。
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