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叢時雨とは、このこと
しおりを挟むシエラの奴が消えて1週間が経った。
毎日のように、あいつの部屋に通って帰ってきていないか確認をし、ご両親にも手紙を書き、一昨日は屋敷にも行ってきた。だが、奴は消えた。どこにも居ない。
騎士団にとって、1週間という区切りは重くのしかかる。なぜなら、除名される期間だから。
「……畜生」
「アレン、もう認めよう」
「……」
騎士団の待機室で、俺は拳を強く握りしめた。
今、目の前では元老院の使いの奴らが、シエラの席を無くしている。私物はこっちで取ったから予備の制服や書きかけの書類などしかないのだが、それにしても楽しそうに片付けやがって。俺は、こういう態度で居座っているから元老院たちが大嫌いなんだ。
悲しめとは言わん。だが、人が居なくなって……しかも、生死不明の奴が居るってのに鼻歌とはなんだ。人の気持ちという奴がない。
隣に居るラベルも同じ気持ちらしい。だが、俺よりずっとずっと冷静だ。
ラベルが居てくれて助かったよ。俺1人で立ち会いなんかしたら、こいつら全員ぶん殴るところだった。
「完了しました。次の副団長候補が決まりましたら、お声がけください」
「……わかった。ご苦労」
「では、失礼します」
敬語で話さなかったのは、俺なりの抵抗だった。
俺も小さい男だ。こんなやり方でしか、あいつらに意見が言えないなんて。
それもなんとも思っていないかのように、元老院の使いの奴らはシエラの使っていたものを持って待機室を去っていった。
「お疲れ、アレン」
「お疲れ。ありがとう、ラベル」
「ちょっと寝たら? ここはやっておくから」
「いや、大丈夫だ。それより、巡回を」
「寝ろ! そんな顔して団員のところ練り歩いたって、心配かけるだけだよ」
この1週間、正直眠った記憶がない。
さっき鏡で自分の顔を見たら、目が充血していて化け物かと思った。でも、仕方ない。眠くないんだ。
俺は、心配してくれるラベルを横目に、制服の上着を引っ掛ける。
すると、ノックもなしに誰かが部屋に入ってきた。
腹の虫が収まっていない俺は、その感情をぶつけようと声を張り上げ……ようとした。
「ヒッ! イイイイイイイイイリヤ団長! おお、お元気でッ!?」
「だから、イが多いって。……やっほー、アレン。元気?」
「……イリヤ」
ラベルの急変した声を聞き振り向くと、そこには侍女の服を着こなした違和感のない女性が……。いや、よく見ると、イリヤだ。二つ縛りのイリヤが、入り口で手を振っていた。
完全に女性じゃないか。ラベルの奴、よくわかったな。
イリヤは、俺が認識するとすぐに待機室に入ってきて扉を閉めた。
「いやー。元老院の金魚の糞とすれ違った時はビビったけど、あっち気づいてないんだもん。傑作だよねえ」
「はい! イリヤ団長は、世界一美しいです!」
「本当? 嬉しいー。パトリシア様から、お礼にって新しいお化粧道具もらったんだあ」
「……遊びに来たのかよ」
なんだ、こいつ。嬉しそうにしやがって。
イリヤのことだ。元老院が来たこと、そして、シエラの席が空っぽになっているのを見れば何があったか理解しているだろうに。なのに、なんでこいつは笑ってるんだ? こいつも、元老院の野郎と同じか?
そう思って、文句を言おうとした時だった。
「そんな僕も暇じゃないよ。アレンのこと呼びに来ただけ。暇?」
「は?」
「だから、暇かって聞いてんの。暇だったら、フォンテーヌ子爵の屋敷一緒に行こう」
と、これまた場の雰囲気にそぐわない笑顔を見せてきた。
突拍子もなさすぎて、怒る気も起きない。むしろ、今ので肩の力が抜けた気がする。
元老院とイリヤ。同じことしてんのに、この違いはなんだ? よくわからん。
「……暇じゃない。後任決めないといけないし、トマ伯爵という元侍医を見つけないといけないし、それに」
「アレン、それはこっちでやっておくから、気晴らしに行ってきたらどう? イリヤ団長の誘いだし」
「ん? トマ伯爵? アドリアンのこと?」
「そうだが……。なぜ、お前が知ってるんだ?」
ラベルは、どうしても俺を休ませたいらしい。……いや、こいつは元々イリヤには逆らえない。きっと、ここで俺の味方でもしたら後で奴に何かされるとでも思ってるのだろう。
先ほどまで普通に落ち着いた顔をしていたのに、今は別人のように怯えまくっている。ったく、変わらんなこの関係性は。
まあ、それはいつもだから良い。
それよりも、なぜイリヤがトマ伯爵を知っているんだ? また、独自の情報網というやつか。まったく、侍女なんかやってないで情報屋にでも転職すれば良いのに。
「んー。目的は?」
「陛下が元気にしてるかどうか気にしてた、って感じだったな。それに、元老院が探っているとの噂があって心配されてた」
「あー……。元老院には、居場所知られてるっぽいよ。手紙来てたし」
「やっぱりな……って、だからなぜイリヤが知ってるんだ?」
「まあ、良いから屋敷来なよ。ねえ、ラベル、連れてって良いでしょう?」
「はい! ぜひ! なんなら、もう一生戻ってこなくても……いや、冗談です、はい」
おい、ラベル。
貴様、後で覚えておけよ。
俺が睨みつけると、ラベルはさらに縮こまって自席に戻っていく。
それを見て軽快に笑うイリヤは、やはりわかってラベルに圧をかけているに違いない。あーあ、この空気が懐かしいよ。ここにシエラがいれば、完璧だったんだがな。……あいつが、居れば。
「まあ、良いよ。付き合う」
「お嬢様もお待ちだよ」
「……もしかして、俺を呼んでいるのはベル嬢か?」
「おー? 食いつき良いね。でも、残念。お嬢様は、無理が祟ってダウン中だから」
「わかってる。ジェレミーも見つからずで、どうせ俺は役立たずだ」
「出た、うじうじアレン。可愛い~」
「うるせえ!」
俺は、これでもかと敬礼するラベルを置いて、イリヤと共に待機室を後にした。
***
フォンテーヌ子爵の屋敷に到着すると、ご本人と夫人が歓迎ムードで出迎えてくれた。そして、連れてこられたのがここ、医療室。
俺は、そこでありえない光景を目の当たりにする。
「……は?」
「やあ、アレン。元気だった?」
「……は?」
医療室は、子爵家にしては広くしっかりとした造りのものだった。侯爵家の俺の屋敷よりも立派かもしれない。
ベッドが2つ、両サイドに置かれた棚には薬や包帯、それに……なんだあれは、熊のぬいぐるみが置いてあるぞ?
いや、今はそれどころじゃないな。造りなど、気にしている余裕はない。
「え……は?」
「ぶはっ! 何そのアレンの顔、面白い~。お嬢様呼んでくる」
「こら、イリヤ。お嬢様は、今お仕事中だ」
「息抜きも大事でしょう。体調も優れないことだし、朝からずっと机に向かってるってさっきフォーリーが言ってたし。アレン、その顔キープしてて。絶対だよ!」
その部屋の中には、俺とイリヤ、アインスが居る。子爵と夫人は「ごゆっくり~」と言いながら執事たちに「仕事をしましょう」と引きずられるように消えた。まあ、そこまでは良い。
問題は、その部屋のベッドに横たわってこちらに向かって笑っている人物だ。
イリヤが、アインスに注意されながらも部屋を出たことなんて、視界の端にも入らない。
「……シエラ?」
「えー、なになに。僕の顔忘れちゃったの? それとも、包帯が邪魔で見えない?」
「……シエラ、なのか」
シエラは、顔と頭を包帯で隠し、いつもの調子で話しかけてくる。多少……というか、かなり声は小さいがそれでも聞き取れるし、他人と間違うなんてことはありえない。
これは、シエラだ。間違いなく、奴だ。
上半身を起こさない、手すら布団から出さないのを見ると、よほど酷い状態なのだろう。しかし、そんなのはどうでも良い。それより、奴が生きていたという事実の方がずっとずっと重要だ。
俺は、話しかけながらゆっくりとシエラに近づいていく。視界はすでに歪みきって、前がよく見えない。
「ベル嬢にお礼言ってね。僕のこと見つけてくれた時、彼女以外は全員このまま死なせてやろうってなったらしいから」
「……そんな酷いのか」
「酷いもなんも。今朝、首を動かせるようになったばかりだよ。ちょっとでも動かせば、肺に肋が刺さるから自分の屋敷にも帰れない。だから、笑わせないでね」
「……そうか。では、話すのもよくないな」
「いいえ。話すのも、少しでしたらリハビリになりますよ。10分程度でしたら」
「ありがとう、アインス」
「お礼はお嬢様に。私は、一度諦めてしまった医療者です」
「それでも、話せるまで回復したのはアインスのおかげだ。感謝する」
どこに居たのか、どうやって見つけてもらったのか、ご両親には伝えたのか。それに、怪我の程度はどうなのか。
色々聞きたいことはあるのに、胸がいっぱいで何も口にできない。今は、シエラが生きてたことだけわかれば良い。
やはり、アインスはすごい。俺の治療をしてくれた時もそうだが、こんな腕前の医療者が子爵家に居るなんてもったいないと思ってしまう。
が、きっとここが良いのだろう。イリヤもそうだが、フォンテーヌ子爵はお優しい方だから。じゃなきゃ、そもそもシエラを保護しないもんな。
「でも、びっくりしちゃったよ。まさか、あの探してたトマ伯爵に治療してもらったなんて」
「なんだ、トマ伯爵もこのお屋敷にいらっしゃったのか。今はどこに? お礼を言いたい」
イリヤの奴、黙っていたな。この屋敷で働いてると言えば良いものを。……ってことは、元老院の手紙がここに届いたってことか?
とりあえず、シエラのことでお礼を伝えて、その後落ち着いたら陛下のお話をしてみよう。
にしても、伯爵が子爵の屋敷で働いてるってどんな状況だ? 普通は逆だろう。それに、トマ伯爵はこの地域の人間ではないと思ったが……。
「何言ってんの、アレン。目の前に居るじゃんか」
「え、どこだ? 俺たち以外にも居るのか?」
「だから、目の前に」
「それはアインスだろう。俺は、トマ伯爵を……え?」
いくら見渡しても、第三者は見当たらない。
よくわからずシエラに視線を戻すと、なぜかアインスを見てやがる。それだけならまだしも、アインスも驚いた顔して自身を指差している。
……ということは、だな。残る答えは一つだけ。
「私がアドリアン・ド・トマですが……。何か御用ですか?」
「……やっぱり」
涙が引っ込んだ。
綺麗さっぱり。洪水が、一気に砂漠だ。
もう一度言わせてくれ。
どうなってるんだ、フォンテーヌ家。
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