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患者の命を背負うということ
しおりを挟む次の日の朝。
ロイヤル社に出かける準備をして、私は医療室を訪れていた。車椅子を操り部屋に入ると、天井を見つめているシエラ卿がいる。すぐに気付いて、こちらを向いてくれたわ。
「おはようございます、シエラ卿。ご体調はいかがですか?」
「おはようございます、ベル嬢。おかげさまで。僕のことは、シエラで構いませんよ」
「いいえ、貴方はシエラ卿ですわ」
「これからベル嬢のお付きになるのに、そう呼ばれると距離を取られているようで悲しくなります。敬語も嫌です」
「……じゃあ、シエラ」
「はい、ベルお嬢様」
怪我がある程度治って動けるようになったら、彼が私のお仕事のスケジュール管理をしてくれるみたいなの。必要ないって言ったら、「では、その辺に捨ててきます」ってイリヤが真顔で言うんですもの。急いで訂正したわ。
シエラは、起きている時間が長くなった。と言っても、目を開けているだけね。まだ、上半身を起こすのは危険らしいの。
それでもアインス曰く、脅威のスピードで回復しているんだって。運ばれてその日、足と腹部に埋まっていた弾丸を取り除く手術をした時のうめき声は、聞いていて罪悪感がすごかったけど。……だって、私がこの痛みを継続させる選択をしてしまったのだもの。
でも、今は笑っていらっしゃるからこれで良かったのかしら?
「ご用件はなんですか?」
「……ああ、そうそう。昨日、ロベール卿がいらっしゃったと聞いてね。顔が出せなくて失礼なことをしてしまったから、怒っていらっしゃったらと思って」
「その程度じゃ、失礼に値しませんよ。ちなみに、お嬢様はその時どちらに?」
「急にイリヤが色々お茶菓子を持ってきて、お部屋でティータイムをしていたの。次は、ちゃんと挨拶に顔を出すわ」
「……確信犯」
「え?」
「あ、いえ。なんでもありませんよ。今日は、ロイヤル社ですよね」
良かった、怒っていらっしゃらなかったみたい。
お屋敷に爵位の高い方がいらっしゃったら、ご挨拶しないと失礼なのよね。ロベール卿は侯爵を継ぐ立場だから。後でいらっしゃったことを聞いた時は、血の気が引いたわ。
……まあ、内心はホッとしたけど。アレンが密偵だったなんて知った後で、どんな顔して会えば良いのかわからないもの。
私がベッド脇へ行くと、シエラが話題を切り替える。きっと、持っているこのカバンが目に入ったのでしょうね。
「ええ、そうなの。次の新聞に載せる記事の打ち合わせで」
「アインスから聞きました。ロイヤル社と取引があるなんて、旦那様方は鼻が高いでしょう」
「……ええ。案件が固まったその日、パーティだったわ」
「……? それは嬉しいですね?」
そうね、嬉しいわ。その気持ちだけは。
でも、実際パーティに出ればわかるけど、アレはやりすぎだと思うの。使用人たちにもお酒を振る舞うのは、大いに賛成よ。壁に私の肖像画を飾ったり、乗ってる車椅子にピカピカ光る装飾をしなければね!
遠くを見つめていると、シエラが頭に「?」を浮かべながら返事をしてくれた。貴方もアレに出ればわかるわ、この気持ち。
「ところで、アインスは?」
「僕の包帯の洗濯に。ここにいれば、もうすぐ戻ってきますよ」
「いえ、用事はないの。アインスったら、患者を残して行くなんて」
「それだけ、僕が回復した証拠でしょう。もう峠は超えましたし、後は栄養と休息で身体と記憶を戻すだけですから」
「なら良いけど。……シエラは、もう歩けないの?」
「残念ながら。左の足首が動かないんです。アキレス腱が完全に切れているようで」
「……そう、不躾なことを聞いてごめんなさい。私、たくさん稼いで貴方に乗り心地の良い車椅子を贈るわ。だから、えっと」
「大丈夫ですよ。命があっただけで儲けものです。お嬢様が繋いでくださった、この命だけで」
私はいつか、車椅子を卒業する。でも、シエラは死ぬまでずっと車椅子。話題を間違ったわ。そんな表情をさせるために、話を振ったわけじゃないのに。
それでも、シエラは優しい表情で私を見てくる。
顔の包帯が取れれば、もう少し表情がよく見えるでしょうね。早く治りますように。
「そんなことより、お嬢様の車椅子は王家の紋章が入っていますよね。何かフォンテーヌ家は関わりがあったのですか?」
「ええ。亡くなったベルのおばあ様が、皇子の家庭教師だったみたいでね。プレゼントでいただいたって聞いたわ」
「……そうなのですね。皇子とは、カイン殿下でしょうか?」
「この国の皇子って、カイン皇子の他にもいらっしゃるの?」
「ええ。カイン第一皇子と年子のシン第二皇子、それに、公にはされておりませんが、もう1人「お待たせしました、シエラ卿」」
シエラと話していると、そこにアインスとイリヤが入ってくる。
アインスったら、たくさんの白い布地を持っているわ。よく見ると、それが干し終えた綺麗な包帯だとわかる。これから巻くのね。手伝いたいけど……イリヤが腕時計をさしているから行かなきゃ。
「じゃあ、アインスが来たから私は行くわ。……アインス、シエラのことよろしくね」
「はい、留守にしてしまい申し訳ございません」
「帰ったら、私も包帯巻くの手伝うわね。まだまだたくさんあるでしょう」
「ありがとうございます。山のようにあるので、助かります」
私は、アインスとシエラに手を振って、イリヤと共に部屋を後にした。
***
「ベルお嬢様は、とても賢いお方ですね」
「ええ。頭の回転が早いというかなんというか」
「早く動けるようになって、支えたいです」
「その気持ちが、回復を早めているのかもしれませんね」
どうやら、私が包帯を取りに行っている間に仲良くなったらしい。呼び方も話し方も変わっていたから、きっと何かあったのだろう。距離が縮まったのであれば、何よりだ。
私は、シエラ殿の隣に椅子を持ってきて座り、大量の包帯を巻きながら会話を続ける。
「実家に戻りたいでしょうが、記憶が戻るまではここでゆっくりなさってください」
「ええ、お気遣いありがとうございます。僕も家族を巻き込みたくはないので、しばらくは甘えさせていただきます」
「それが良い。旦那様と奥様は、大歓迎でしたから」
「……ありがたい限りです」
とはいえ、シエラ卿が起き上がれるようになるのには、あと数週間かかるだろう。酷い臓器損傷がない点は不幸中の幸いだが、それでも満身創痍には変わりない。
無論、アキレス腱は元に戻らないが、それ以外は治してみせる。顔は……皮膚がどこまで再生できるか。薬品と火傷による爛れは、完治が難しい。
シエラ殿も自身の状況を理解しているのか、落ち着きながらもたまに涙を流している。悔し涙と、精神の不安定から来るもの半々と言ったところだろう。
だから、治療をしていない時は、少しでもこの場所を離れて1人で泣く時間を作ってやるのも医療者としての勤めだと思っている。特に男性は、泣き顔を見られたくない人が多い。
「ところで、ベルお嬢様は可愛らしいですね。自身のことを名前で表して、なんというか、それを聞いて心が晴れました」
「おや、私は聞いたことがないですなあ。いつも「私」と言っていますぞ」
「そうなんですね。先ほど、車椅子の話をした際に「ベルのおばあ様」と言ってらしたので」
「ほう……」
「じゃあ、僕はラッキーでしたね。録音でもしておけば良かった」
お嬢様にも、可愛らしいところがあったもんだ。私もちょっとだけ聞いてみたい。
イリヤは聞いたことがあるだろうか? 後で、帰ったら聞いてみようか。
シエラ殿は、笑いながら「痛い」と顔を歪めて、でも楽しそうにしている。
その表情を見ると、あの時諦めずに助けて本当に良かったと思う。最初、お嬢様の言葉を聞いた時はどんな拷問かと思ったが、今思えばこの選択は正しかった。
普通であれば、あの状況下で看取っても法律上はお咎めなしだろう。無理な延命治療は、人権の侵害になる可能性だってあるのだから。
なのに、お嬢様はシエラ殿を信じてこの道を選んだ。本当に、彼女には頭が上がらない。あんな度胸は、以前のお嬢様にはなかったのに。
「今日の午後、クリステル様のご訪問があるとロベール卿から聞きましたがどうされますか? 貴方様が生きておられることを言うかどうか」
「問題ないようでしたら、伝えたいです。僕も頑張って起きていようとは思っているのですが……」
「承知です。その時の体調に任せましょう。無理をすることはないですし、私から伝えることもできますから」
「……はい。すみません」
流石のシエラ殿も、少し疲れたようだ。瞼を重くして、口調がゆっくりになった。
このまま一眠りさせてから、食事をとらせようか。そんなことを考えていると、シエラ殿からこんな質問が飛んできた。
「アインスは、逃げないのですか?」
シエラ殿には、私の過去を全て打ち明けた。ある程度意識が回復してからだったが、私が治療しても不快にならないかの確認のために。
彼は、黙って私の話に耳を傾け「治るまでお世話になります」と言ってくれたよ。
きっと、その話を思い出しているのだろう。
「逃げませんよ。あの時のように、私は1人ではありませんから」
「……フォンテーヌ子爵は、本当に不思議なお方だ」
「仕事はできませんが、あのお方は一度懐に入れた人を決して手放しません。それだけは、私も保証します。仕事はできませんが」
「ふは……笑わせないでください」
「これは、失礼しました」
それに、イリヤもバーバリーも居る。
あの子らが居れば、戦車が来ても負けないと思う。
ここは、居心地が良い。
だから、使用人も誰1人辞めることなくここに居続ける。お給金は低いが、文句を聞いたことがないしな。私も、今の暮らしに文句どころか、不満ひとつ……いや、お嬢様にはもう少し休んでいただきたい。あと、無茶をしているのに笑顔で「この程度なら大丈夫」と言わないでいただきたい。それに……結構不満はあったな。
「……おやすみなさい、シエラ殿」
今の今まで笑ってたシエラ殿を見ると、いつの間にか眠りに入っていた。
私は、その様子を見て微笑みながら、包帯を手で巻いていく。
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