愛されたくて、飲んだ毒

細木あすか(休止中)

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隠し合い? いいえ、おもてなしです

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 どこまでも晴れ渡る青空の下、私は目的地より少しだけ離れた道で馬車を降りて歩いていた。ただ、心地よい風を浴びたかったとかそんな理由で歩きたかったの。たいそれた理由じゃない。
 
 でも、心のどこかでこれから向かう……というか目の前に聳え立つフォンテーヌ家に、恐怖を抱いていたからかもしれないわ。なんだか、あそこに閉鎖空間でもあるかのような息苦しさを感じるの。
 あの屋敷の中には、何が待ち受けているのかしら。陛下の付き人として今まで何度も死線を超えてきた私ですら、怯えてしまう何かが漂っている。

「……行くしかないわ」

 そう口にして心を入れ替え、私は門へ……他のお屋敷と特に変わりない普通の門へと歩いていく。
 


***



「本日は、急にも関わらず訪問許可をくださりありがとうございます」
「い、いえ、ランベール伯爵! こちらこそっ、こんな片田舎のおやしっ、痛い! 舌を噛んだ!」
「貴方、落ち着いて」
「……」

 玄関で出迎えてくださったフォンテーヌ子爵と夫人は、普通のお人だった。少々……いえ、だいぶ緊張はしているけど、今回は陛下の付き人として来ているのだから緊張しないって方が不自然か。いや、でも緊張しすぎだわ。
 しかし、服装のセンスはとても良い。派手すぎず、かといって地味と思わせない程度のシンプルさが好感ね。

 それに、玄関までの道のりに広がるバラや木々などお庭のセンスも良かったし、ここの調度品も変に贅沢している様子もない。
 ……あの肖像画は、どなたかしら? とても立派な絵ね。きっと、イリヤが特徴を聞いて先代を描いたのでしょう。フォンテーヌ子爵と夫人には似ても似つかないし。それとも、夫人の若い頃? にしても、立派だわ。

「ははっ、失礼しました。では、客間へご案内します」
「お足元にご注意くださいませ」
「ありがとうございます」

 普通、こういう案内は侍女や執事にさせるのに。きっと、そのようなことをする使用人がいないのね。それも、特に不自然ではない。
 だって、あまりお仕事ができない子爵だと事前に情報をいただいているから。使用人を雇えるだけのお金も稼げていないのでしょう。子爵剥奪のお話も以前出ていたし。

 私は、とても愛想の良いフォンテーヌ子爵と夫人の跡をついて、お屋敷の中へと入っていく。
 イリヤはどこに居るの? それに、トマ卿も。陛下の代わりに、しっかり確認しないと。


***



 私は、客間でザンギフをはじめとする使用人と一緒に、あのパーティ用装飾を片付けていた。
 もちろん、私も車椅子から立ち上がって光り輝く装飾品を箱に詰めているわ。「お嬢様はお座りください!」って言われたけど、この状況を見て座っていられると思う?

 入った瞬間、眩しいほどのフォンテーヌ家の紋章が目に入ったの。こんな大きな紋章の銅像を、客間に飾る人なんている? というか、この銅像を作らせたのは誰? 無駄使いとしか言いようがない。いつ使うのよ!
 それだけじゃないわ。他にも、パーティでも開催するかの様な派手な装飾、「ウェルカム! ランベール伯爵!」の垂れ幕もあってね。要らないでしょう……。え、要らないわよね。なんだか、この空間に居ると、自信を無くしていくわ。

「急いで片付けて頂戴!」

 と、まあ、こんな感じでお屋敷に入るとゴテゴテとしか言いようのない飾りつけが私とイリヤの目に飛び込んできたのよ。きっと、車椅子に乗っていなければ倒れていたでしょうね。
 でも、イリヤとちょっと気まずくなっていたから結果オーライって感じ? いえ、にしても酷すぎる。

 だって、お父様とお母様ってば、そのまま結婚式でも開催するの? ってほど華やかで、かつ、煌びやかすぎる衣装を身にまとって「~ですわ」なんていつも使わない様な口調で使用人へ指示出しをしていたのよ。
 もちろん、速攻で着替えさせたわ。こんなところを陛下のお付きの方に見られるわけにはいかないもの! というか、サヴィ様のセンスを疑っていたけど、身内も相当ね。今まで、どうしていたの?

「お嬢様、陛下のお付きの方が到着されたようです。今、旦那様と奥様がこちらへ案内しております」
「嘘でしょ!? ちょっと、あの、お庭でも見て……いえ、間に合わないわ。えっと、えっと」

 私が屋敷に入って30分。
 この時間で、門の飾りつけと赤い絨毯を撤去させ、お父様お母様を着替えさせて玄関の調度品も全ていつも通りに戻させた。見栄を張りたかったのか、サヴィ様のお屋敷からいくつか飾り物をお借りしてきたのだって。そこまでする?
 まあ、それは良いわ。片付けさせて、すぐに返せるよう箱に詰めて物置に置いてあるから。

 その間、私は他の人と一緒に客間に続く廊下の掃除や客間の装飾を片付けていた。
 ……そういえば、玄関に飾られていた私の肖像画は撤去したかしら? 嫌だわ、記憶がない。

「いいわ、私が出て屋敷の中を案内させるから。ザンギフは、引き続きここの撤去と他の使用人への指示出しをお願い。私が言った通りにしてね」
「承知よ! 私も、お嬢様の案の方が好みだわ~」
「ありがとう。アランは、お父様たちのお仕事に戻って良いわ。どうせ、また溜め込んでいるのでしょう?」
「はい……。実は、ガロン侯爵のお使いの方から催促状が」
「なんてこと! そっちを優先させてちょうだい。間に合わないものは、私が今日の夜までに終わらせるから回して」
「おおおお嬢様ああ。ありがとうございますぅ」
「いつもごめんなさいね。フォーリーも、お父様たちに付いてくれる? きっと、駄々をこねるでしょうから」
「はい! 是非やらせていただきます!」

 と、こんなもので良いかしら?
 私が指示を出すと、ザンギフはすぐに他の使用人を集めてアレコレ話をしている。アランとフォーリーは、とても嬉しそうに客間を出て行ったわ。よほどお仕事を貯めていたのね。気づかなかった。

 私は、一息つき、窓辺の掃除をしているイリヤへと歩いていく。
 ちょっとフラつくけど、この程度ならまだ大丈夫。今日は倒れたらダメだから、無理はしない。無理は、しない。

「イリヤ」
「はい、お嬢様」
「私、陛下のお付きの方の案内に行くのだけどついてきてくれる? ちょっとふらついた時支えて欲しいの」
「……車椅子に乗らないのですか?」
「乗っていられないわ。大丈夫、倒れるまでは無茶しないから。約束する」
「次倒れたら、アインスに報告しますよ」
「わかった。それで良いから、一緒に「では、お嬢様はそのまま旦那様たちのお仕事をお手伝いしてくださいませ。客人はイリヤが案内をします。この客間が片付くまでの間、お屋敷の中を案内すれば良いのでしょう?」」

 ちょうど目の前にあった装飾品を片手に話しかけると、予想外の提案を受けた。
 確かに、そちらの方が効率が良い。願ってもいないことだわ。知り合いなら無礼なことはないだろうし、私も私でガロン侯爵の頭痛のタネ、というか芽というか……を摘めるし。

 でも、イリヤは無理していないかしら? そこが一番心配だわ。
 彼女には、昔のことで悲しい想いをして欲しくないのだけど……。以前何があったのか語ろうとしないから憶測になってしまうけど、貴女は大丈夫なの?

「……良いの? イリヤ、大丈夫?」
「大丈夫です。そちらの方が都合が良いので」
「……? 無理はしないでね。いつでも呼んで良いから」
「必要でしたらイリヤが呼びますので、それまではお部屋で待機なさってください」
「ええ、お願いね」

 都合ってなにかしら?

 イリヤは私に一礼すると、持っていた布巾をザンギフに渡して素早く客間を出て行ってしまった。よくわからない私は、金ピカに光り輝く装飾品を片手に彼女の後ろ姿を見ていることしかできない。
 でも、イリヤはこういう時にサッと動いてくれるから、やっぱりすごいわよね。私も見習わないと。
 

 
***


「元気そうで良かった」
「いやいや、盗聴器チェックやらせたばかりでしょう」
「それが遠い記憶だと思うほど、色々合ったのよ」
「なんだ、年かと思った」

 ここが騎士団の待機室であれば、私は迷わずイリヤを羽交い締めにしていた自信しかない。

 フォンテーヌ子爵と夫人の背中を追って客間へ向かっていると、そこに使用人が2名現れた。聞けば、お仕事を溜め込んでいらっしゃるとか。「私のことは気にしなくて良いから、お仕事優先にして」と言ったら、フォンテーヌ子爵ったらまるで地獄にでも突き落とされた様な顔をなさっていたわ。
 お仕事が苦手だって噂は、本当だったみたい。

 そんな話をしていると、そこに侍女姿のイリヤが来て「屋敷を案内する」って言ってきて今に至るの。
 まあ、元々フォンテーヌ子爵の屋敷が怪しいって思ってるから、こうやって案内してくれる分には大歓迎だ。廊下を渡って厨房、中庭、それに洗濯スペースも見せてもらったわ。でも、不自然なところはないし、子爵の爵位に相応しい生活ぶりを見せつけられただけ。

「にしても、イリヤにしては質素な暮らしね。現状満足しているの?」
「もちろん。あの家にいる時の数千も数万も満足してる」
「そう……。なら良いのだけど」

 元々、イリヤは侯爵家で育っている。生活の質はもちろん、買いたいと思ったものはいつでも買える環境に居たのだ。働かなくても蓄えはあったし、現在だってルフェーブル侯爵が功績をたくさんあげているからお金なんて腐るほどあるはず。
 そんな環境に身を置いていたんだから、きっと今だって心の底では不満があるに違いない。まあ、廃嫡に近いことを言い渡されているわけだし、辛くても文句は言えないってところね。

 私にできることは何かしら。
 定期的に話を聞いたり、お茶に誘ったりすることしか思い浮かばない。

「それよりも、アリス・グロスター伯爵令嬢を名乗る隣国の公爵令嬢がいると聞きました。それも、今日の午前中にロイヤル社に居たと」
「相変わらず、すごい情報網ね」
「僕も今日の午前中、ロイヤル社に居ましたから」
「じゃあ、貴方がベル・フォンテーヌ子爵令嬢を連れ出したの?」
「はい。そのくらいは気づいているでしょう」

 どこに向かっているのかはわからないけど、廊下を歩いているとイリヤが今までとは違うトーンで話しかけてきた。
 私は、それが少しだけ苦手だ。だって、何もかも見透かされているような印象を与えてくるんですもの。

 トマ卿に話したとロベール卿がおっしゃっていたから、きっとイリヤにも伝わっているとは思っていたけどね。

「ねえ、ベル・フォンテーヌ子爵令嬢とはどんなお方なの?」
「……僕には、勿体ないお方です。とても眩しい」
「それって、どういう「到着。連れてきたかったのは、ここね」」

 イリヤがそう言って指差したのは、ごく一般的な扉だった。
 その奥に何があるのか、今の私には想像もつかない。

 今までの案内は、何かの時間稼ぎ? それとも、イリヤが私と話したかっただけ?
 
「これが終わったら、客間でゆっくりお茶しよ。それで良い?」
「……え、ええ。遊びに来たわけじゃないから」
「良かった。じゃあ僕は、クリスに2つのプレゼントを差し上げましょう」

 イリヤは、そう言って笑った。
 とても楽しそうに言いながら、扉を叩いた。

 屋敷に入る前まで感じていた胸騒ぎが、ここにきて再発する。でも、イリヤに限って私を傷つけるようなことはしない。その点は安心して良い。
 それでも、私の心には恐怖と好奇心のせめぎあいで他のことを考える余裕はない。

 だから、ゆっくりと開けられる扉を黙って見ていることしか、今の私にはできなかった。

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