愛されたくて、飲んだ毒

細木あすか(休止中)

文字の大きさ
85 / 217
11

2人の差

しおりを挟む


 夕飯までに終わらせないといけないお仕事が、あと2件。
 1つは、お父様お母様からもらった大幅に締め切りの過ぎた調査票の集計。領民たちへ、職と生活の安定性に関する調査票を書いていただいたらしいの。
 回答数が6割と聞いて、びっくりしたわ。以前、グロスターの領地でやった時は1割も集まらなかったから。やっぱり、ガロン侯爵は敏腕ね。私と違って。

 もう1つは、……シエラの復帰後のスケジュール。
 これは今しなくても良いんだけど、やろうって思った時じゃないと良い案は出ないの。だから、今やるのよ。

「あ! ここの数字違うわ。こっちなんて、回答場所と集計結果書く欄がずれてる! はあ……これは、お父様お母様の方の集計分も私がチェックした方が良いわね」

 ベルのお父様とお母様は、あれでも一生懸命やってるのよ。それは、お仕事に向かう姿勢を見ていれば良くわかる。

 ……私のお父様とお母様は、机に向かうことすらしなかったもの。そもそも、机は食事をするか、お化粧をする時に使うものだって認識していたのでしょうね。私が机に向かうと、決まって「優等生アピール」「点数稼ぎ」って言うの。
 なのに、お仕事でミスをすると叩かれ、食事を抜かれ、ひどい時は雨の中ルームドレスのまま追い出されてお庭で過ごす羽目になったことも。

 昔の私は、ミスをした自分が悪いと思って必死に耐えた。次、褒めてもらえるように頑張ろうって。でも今思えば、なんのためにお仕事をしていたのか、いくら考えても良くわからないの。
 褒めて欲しいからって言うのは、理由の一つだわ。でも、何度もやっても褒めてもらったことなんてないじゃない。なのに、私はそれを求め続けた。

「……シャロン、アレン。私は、何を間違っていたの? どうすれば、良かったの?」

 正直、今の環境と比べるものは多い。

 同じことをしているのに、一方では冷遇され、一方では大歓迎される。……パーティはやり過ぎだけど、私のしたことに対し、結果関係なしに褒めてくれる人が居る。そして、みんながみんな、応援してくれる。
 でも、それは私の力じゃない。ベルが長年築いたものを横取りしてるだけに過ぎないのは、良くわかってるわ。じゃなきゃ、アリスとの差が説明できない。

 でも、それで良い。
 今は少しでもベルに、そして、フォンテーヌ家に恩返しをしなきゃ。こんな私を温かく迎え入れてくれたことへの、恩返しを。
 ベルが困らないように、サヴィ様との子をもうけてから替わっても良いし。ベルのご両親が爵位を上げたいのならそれも手伝うし。とにかく、使用人を含めてフォンテーヌ家のみんなが笑顔になれるようにしたい。
 イリヤの言っていた「未練」って、もしかしてこう言うことなのかな。だったら、未練はあるわね。だって、今の私は何もフォンテーヌ家に返せていないし。

「……痛っ」

 いけない。
 考え事をしながら書き物をしていたから、指の水膨れ部分が破れてしまったわ。さっきまでは注意してペンの持ち方を変えていたのに。あーあ、ペンに血がついてる。落ちなかったらどうしましょう。
 アインスは、医療室に居るかしら? シエラの治療中だったら、絆創膏だけいただこう。

 私は、書類に血がつかないよう引き出しの中に入れ、席を立った。


***


 アリスが……いや、サレンが体調を崩したと聞いた僕は、婚約者として彼女の部屋を訪れようと宮殿の廊下を歩いていた。
 すると、前からとても珍しい人がやってくる。その人物を視界に入れた僕は、自然と笑みを浮かべて駆け出した。

「王妃様!」
「お久しぶりです、カイン。今は、違う呼び方で良いのですよ」
「……お久しぶりです、お母様」
「はい」

 そこには、僕のお母様でこの国の王妃、エルザ様が居たんだ。
 僕のお母様は、5年前から徐々に体調を崩し、今では月に1度こうやってお話できれば良い方となってしまわれた。でも、今日は顔色が良さそうだ。

 僕は、お母様の後ろに居る専属メイドの2人にも頭を下げる。
 今から、どこに行くのだろうか。僕もついて行きたい……。

「サレンさんの様子はどうですか? また体調を崩された、とジャックから聞きました」
「はい。今から、様子を見に行くところです」
「そう。では、私は帰ってから顔を出しましょう。一度にたくさん行っても、ゆっくりお話できないでしょうから」
「あ、それなら僕は後でも……」
「行くところがあるから良いのよ。それに、貴方はサレンさんの婚約者でしょう。ちゃんと、側で支えなさい」
「……お母様」
「何かしら?」

 お母様が、外出?
 確かに、外出用の地味な格好をされている。昔、よくお母様はこうやって目立たない格好をしてお城を抜け出していたから、その服装を見るだけで「外に出られるんだな」ってわかる。
 でも、自ら外出なんて、何年ぶりかな? サレンが隣国から来た時も、宮殿の玄関で出迎えたのに。

 いや、それはお母様の自由だ。それに、体調が良い証拠だから、喜ばしいこと。
 僕が聞きたいのは、別にある。
 ずっと、僕でない誰かに聞きたかった。でも、聞く人がいなくて。

「……お母様は、サレンをアリスだと思いますか?」

 僕は、いまだにわかっていないんだ。婚約者なのに、情けないだろう?

 考えは2つ。
 1つは、本当にアリスだった場合。その場合、僕は彼女をどう扱えば良いのだろうか。とうの昔に置いてきた、彼女への泡恋をどう伝えれば良いのかわからない。
 もう1つが、サレンが嘘をついていた場合。僕との婚約を嫌がり、はたまた、別に好きな人が居るからそうしているのか。

 後者なら、潔く身を引くことは考えている。国同士で決めた婚約者だとしても、そこに互いの愛がないなら国民に失礼だろう? それに、あんな良い子に読書ばかりする僕は相応しくない。
 僕の愛が相手に対し重かったらと考えると、どうしたら良いのかわからないんだ。花嫁修行も、かなり過酷なことを知っているからなおさら。

「……それは、重要なことですか?」
「え……?」
「彼女がサレンさんだろうとアリスだろうと、それは重要なのでしょうか? 私には、根本が同じに見えて、違いがわかりません。……明日、シンが立ち寄るそうです。予定を開けておいてください」
「……お母様?」

 お母様は、そうおっしゃってそのまま歩き出してしまった。
 コツコツと靴音が反響し、背中越しにでも遠ざかっていることがわかる。

 その意味がわからない僕は、しばらくその場に立ち尽くすしかない。
 弟のシンが帰ってくることなんて、全く頭に入ってこなかった。

 
***


 医療室に向かうと、なんと上半身を起こしたシエラが本を読んでいた。
 びっくりしながら近づくと、私の手から滴る血に驚かれてあまり会話ができなかったわ。アインスは今、自室にいるのだって。なら、自分で絆創膏だけ取ろうと思ったのだけど……。薬棚に鍵がかかっていて取れないの。

 だから、今こうやって私はアインスの部屋へと向かっていた。
 以前、一度だけここにきたことがある。あの時は確か、1年もの間身体を動かしていない私のリハビリ目的で、歩いてアインスへ契約更新の書類を持っていったのよね。彼曰く、「こんなものなくても、ここで働き続けるのに」って。でも、お給金を支給するために必要なものらしい。まあそうね、支出はちゃんと管理しないと。

 そうそう、ここよ。
 南棟の奥から2番目。ドアには、「ノックしてご自由にお入りください」の札がかかっている。何かしている時は、「取り込み中」になるのよね。ってことは、今は入って大丈夫なんだわ。

「アインス、入るわよ」

 私はその札に従い、コンコンと2度ノックしてドアを開けた。
 ギギッと音がするから、今度お父様に言って油をさしてもらいましょう。

 なんて、そんな考えは次の瞬間吹き飛んだ。

「アインス!? ダ、ダメ! それを飲んだら、ダメよ!」

 部屋の中に立ち込める、甘ったるい香り。

 すぐにわかった。
 それは、誘拐される前にジェレミーから香ったもの。
 そして、アリスだった私が飲んだお水の香りにも似ているもの。
 
 私は、グラスを傾けるアインスに向かって、腹の底から出した叫び声を上げながら走り出す。


しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

愛とオルゴール

夜宮
恋愛
 ジェシカは怒っていた。  父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。  それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。  絡み合った過去と現在。  ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。

で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。 ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

処理中です...