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2人の差
しおりを挟む夕飯までに終わらせないといけないお仕事が、あと2件。
1つは、お父様お母様からもらった大幅に締め切りの過ぎた調査票の集計。領民たちへ、職と生活の安定性に関する調査票を書いていただいたらしいの。
回答数が6割と聞いて、びっくりしたわ。以前、グロスターの領地でやった時は1割も集まらなかったから。やっぱり、ガロン侯爵は敏腕ね。私と違って。
もう1つは、……シエラの復帰後のスケジュール。
これは今しなくても良いんだけど、やろうって思った時じゃないと良い案は出ないの。だから、今やるのよ。
「あ! ここの数字違うわ。こっちなんて、回答場所と集計結果書く欄がずれてる! はあ……これは、お父様お母様の方の集計分も私がチェックした方が良いわね」
ベルのお父様とお母様は、あれでも一生懸命やってるのよ。それは、お仕事に向かう姿勢を見ていれば良くわかる。
……私のお父様とお母様は、机に向かうことすらしなかったもの。そもそも、机は食事をするか、お化粧をする時に使うものだって認識していたのでしょうね。私が机に向かうと、決まって「優等生アピール」「点数稼ぎ」って言うの。
なのに、お仕事でミスをすると叩かれ、食事を抜かれ、ひどい時は雨の中ルームドレスのまま追い出されてお庭で過ごす羽目になったことも。
昔の私は、ミスをした自分が悪いと思って必死に耐えた。次、褒めてもらえるように頑張ろうって。でも今思えば、なんのためにお仕事をしていたのか、いくら考えても良くわからないの。
褒めて欲しいからって言うのは、理由の一つだわ。でも、何度もやっても褒めてもらったことなんてないじゃない。なのに、私はそれを求め続けた。
「……シャロン、アレン。私は、何を間違っていたの? どうすれば、良かったの?」
正直、今の環境と比べるものは多い。
同じことをしているのに、一方では冷遇され、一方では大歓迎される。……パーティはやり過ぎだけど、私のしたことに対し、結果関係なしに褒めてくれる人が居る。そして、みんながみんな、応援してくれる。
でも、それは私の力じゃない。ベルが長年築いたものを横取りしてるだけに過ぎないのは、良くわかってるわ。じゃなきゃ、アリスとの差が説明できない。
でも、それで良い。
今は少しでもベルに、そして、フォンテーヌ家に恩返しをしなきゃ。こんな私を温かく迎え入れてくれたことへの、恩返しを。
ベルが困らないように、サヴィ様との子をもうけてから替わっても良いし。ベルのご両親が爵位を上げたいのならそれも手伝うし。とにかく、使用人を含めてフォンテーヌ家のみんなが笑顔になれるようにしたい。
イリヤの言っていた「未練」って、もしかしてこう言うことなのかな。だったら、未練はあるわね。だって、今の私は何もフォンテーヌ家に返せていないし。
「……痛っ」
いけない。
考え事をしながら書き物をしていたから、指の水膨れ部分が破れてしまったわ。さっきまでは注意してペンの持ち方を変えていたのに。あーあ、ペンに血がついてる。落ちなかったらどうしましょう。
アインスは、医療室に居るかしら? シエラの治療中だったら、絆創膏だけいただこう。
私は、書類に血がつかないよう引き出しの中に入れ、席を立った。
***
アリスが……いや、サレンが体調を崩したと聞いた僕は、婚約者として彼女の部屋を訪れようと宮殿の廊下を歩いていた。
すると、前からとても珍しい人がやってくる。その人物を視界に入れた僕は、自然と笑みを浮かべて駆け出した。
「王妃様!」
「お久しぶりです、カイン。今は、違う呼び方で良いのですよ」
「……お久しぶりです、お母様」
「はい」
そこには、僕のお母様でこの国の王妃、エルザ様が居たんだ。
僕のお母様は、5年前から徐々に体調を崩し、今では月に1度こうやってお話できれば良い方となってしまわれた。でも、今日は顔色が良さそうだ。
僕は、お母様の後ろに居る専属メイドの2人にも頭を下げる。
今から、どこに行くのだろうか。僕もついて行きたい……。
「サレンさんの様子はどうですか? また体調を崩された、とジャックから聞きました」
「はい。今から、様子を見に行くところです」
「そう。では、私は帰ってから顔を出しましょう。一度にたくさん行っても、ゆっくりお話できないでしょうから」
「あ、それなら僕は後でも……」
「行くところがあるから良いのよ。それに、貴方はサレンさんの婚約者でしょう。ちゃんと、側で支えなさい」
「……お母様」
「何かしら?」
お母様が、外出?
確かに、外出用の地味な格好をされている。昔、よくお母様はこうやって目立たない格好をしてお城を抜け出していたから、その服装を見るだけで「外に出られるんだな」ってわかる。
でも、自ら外出なんて、何年ぶりかな? サレンが隣国から来た時も、宮殿の玄関で出迎えたのに。
いや、それはお母様の自由だ。それに、体調が良い証拠だから、喜ばしいこと。
僕が聞きたいのは、別にある。
ずっと、僕でない誰かに聞きたかった。でも、聞く人がいなくて。
「……お母様は、サレンをアリスだと思いますか?」
僕は、いまだにわかっていないんだ。婚約者なのに、情けないだろう?
考えは2つ。
1つは、本当にアリスだった場合。その場合、僕は彼女をどう扱えば良いのだろうか。とうの昔に置いてきた、彼女への泡恋をどう伝えれば良いのかわからない。
もう1つが、サレンが嘘をついていた場合。僕との婚約を嫌がり、はたまた、別に好きな人が居るからそうしているのか。
後者なら、潔く身を引くことは考えている。国同士で決めた婚約者だとしても、そこに互いの愛がないなら国民に失礼だろう? それに、あんな良い子に読書ばかりする僕は相応しくない。
僕の愛が相手に対し重かったらと考えると、どうしたら良いのかわからないんだ。花嫁修行も、かなり過酷なことを知っているからなおさら。
「……それは、重要なことですか?」
「え……?」
「彼女がサレンさんだろうとアリスだろうと、それは重要なのでしょうか? 私には、根本が同じに見えて、違いがわかりません。……明日、シンが立ち寄るそうです。予定を開けておいてください」
「……お母様?」
お母様は、そうおっしゃってそのまま歩き出してしまった。
コツコツと靴音が反響し、背中越しにでも遠ざかっていることがわかる。
その意味がわからない僕は、しばらくその場に立ち尽くすしかない。
弟のシンが帰ってくることなんて、全く頭に入ってこなかった。
***
医療室に向かうと、なんと上半身を起こしたシエラが本を読んでいた。
びっくりしながら近づくと、私の手から滴る血に驚かれてあまり会話ができなかったわ。アインスは今、自室にいるのだって。なら、自分で絆創膏だけ取ろうと思ったのだけど……。薬棚に鍵がかかっていて取れないの。
だから、今こうやって私はアインスの部屋へと向かっていた。
以前、一度だけここにきたことがある。あの時は確か、1年もの間身体を動かしていない私のリハビリ目的で、歩いてアインスへ契約更新の書類を持っていったのよね。彼曰く、「こんなものなくても、ここで働き続けるのに」って。でも、お給金を支給するために必要なものらしい。まあそうね、支出はちゃんと管理しないと。
そうそう、ここよ。
南棟の奥から2番目。ドアには、「ノックしてご自由にお入りください」の札がかかっている。何かしている時は、「取り込み中」になるのよね。ってことは、今は入って大丈夫なんだわ。
「アインス、入るわよ」
私はその札に従い、コンコンと2度ノックしてドアを開けた。
ギギッと音がするから、今度お父様に言って油をさしてもらいましょう。
なんて、そんな考えは次の瞬間吹き飛んだ。
「アインス!? ダ、ダメ! それを飲んだら、ダメよ!」
部屋の中に立ち込める、甘ったるい香り。
すぐにわかった。
それは、誘拐される前にジェレミーから香ったもの。
そして、アリスだった私が飲んだお水の香りにも似ているもの。
私は、グラスを傾けるアインスに向かって、腹の底から出した叫び声を上げながら走り出す。
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