99 / 217
12
「悪」にも大切なものがある
しおりを挟むお夕飯をいただく時間になった。
医療室へイリヤが迎えに来たから準備ができたのかと思ったのだけど、違うみたい。だって、他所行きの顔しているわ。
彼女は、落ち着いた表情で医療室を見渡している。
「お嬢様、お客様がいらっしゃっております。ご挨拶をお願いできますでしょうか」
「……でも」
「ベルお嬢様。僕がここに居ますから、いってらしてください」
迷っているところに、シエラが声をかけてくれた。いつの間にか起きていたみたい。
本当は、サヴィ様が目覚めて最初に私の笑顔を見せたかったの。さっき、一番辛い時に泣き顔を見せてしまったし、「泣くな」と言われたから。
でも、客人が……しかも、私がご挨拶をしないといけない客人が来たのなら、フォンテーヌ子爵の令嬢として対応しないと。サヴィ様に落胆されたら嫌だもの。
そう結論づけた私は、一旦深呼吸してから立ち上がる。
「シエラ、ごめんなさい。サヴィ様のこと、お願いね」
「はいはい~。客人対応が終わったら戻ってくるって話しておくから」
「ありがとう」
ベッドで目を瞑るサヴィ様の頬を右手で撫で上げ、私は医療室を後にした。
***
「……えっと」
イリヤと一緒に客間へ向かうと、そこには服をこれでもかと着込んだ人物が2人座っていた。帽子とマフラー、それにサングラスまでしている。
その後ろにはアランが立っているわ。給仕対応してくれるみたい。でも、お父様とお母様は居ないの。ってことは、私のお客様?
「お嬢様、こちらのお方はダービー伯爵と伯爵夫人でございます」
「えっ!? あ、い、いつもお世話になっております」
イリヤったら! 客間へ入る前に教えてくれれば良いのに!
今更睨んだって、後の祭りね。
私がキッと睨むと、イリヤったらいたずらっ子な顔して私を見ているわ。……でも、さっき気まずかったのが嘘みたいになってるから、それは良かった。容易に肌を見せてしまうなんて、貴族としての恥だわ。次から気をつけましょう。
それに、特に失礼ではなかったみたい。
私が挨拶をすると、目の前にいらっしゃるお2人は笑いながらサングラスと帽子を取ってくれた。
「こちらこそ、いつもサヴィと仲良くしてくれてありがとう」
「いつもぺぺったら、「ベルがベルが」ってその話しかしないのよ」
「そ、そうなのですね。嬉しい限りですわ」
初めて見たダービー伯爵とご夫人は、普通のお人にしか見えない。黒い噂があると聞いていたのに、そんな雰囲気が微塵もないの。
ベルに聞いた話によると、ダービー伯爵この人がサヴィ様に毒を渡してこの身体に飲ませた……ってことだったのだけど……。どこにでもいらっしゃる仲睦まじいご夫婦にしか見えないの。
それに、ダービー伯爵のお顔に見覚えがあった。
必死に思い出そうとしたのだけど……これ以上別のことで頭を働かせることができなかった。今は、失礼がないようにご挨拶をすることに集中しないと。
「今日は、うちの息子とクラリスがお世話になったと聞いてお礼をと思って、失礼承知で連絡もなしに来てしまった。申し訳ない」
「そっ、そんなことございません。頭をあげてください!」
「ベルちゃんはお優しいのね」
「いえ……。私たちは、当たり前のことをしただけですので……」
「うちのぺぺが惚れるのもわかるわ。以前会った時より、良い目をしてる」
ってことは、初めましてではないのね。良かった、「初めまして、ベルです」なんて自己紹介しなくて。怪しまれるところだっ……いえ、記憶喪失の話は広まっているはずだから、そこまで失礼でもないか。
私は、目の前でニコニコしているお2人に促され、目の前のソファに腰を下ろした。それと同時に、イリヤが目の前に紅茶のカップを置く。それに、とても可愛らしいアイシングクッキーも。……これ、イリヤが作ったものじゃないでしょうね。ちょっと怖いから、後で口にしましょう。
「あの、まだお父様とお母様が来ないようなので、先にサヴィ様とクラリスのお顔を見てくださいませんか?」
紅茶を受け取った私は、相手が飲んでいることを確認して口をつけた。
お父様とお母様ったら、何をしているのかしら。まさか、お洋服をド派手なものに着替えてるとかはないわよね……。まあ、フォーリーがここに居ないってことは十中八九お仕事関連だとは思うけど。人を待たせるのはよくないわ。しかも、将来の嫁ぎ先に。
でも、目の前で笑っていらっしゃるお2人はさほど気にしている様子はない。大切な息子なのに、おかしいわ。
「いや、今は治療に専念させた方が良いだろう」
「私たちの顔を見たら、休まらないでしょう」
「……でも、クラリスは治療を終えていますし」
「良いの。さっき主人と話して、会わずに行こうってことになったから」
「それに、しばらく2人を動かさない方が良いだろう。今日は、息子らがフォンテーヌ家にしばらくお世話になるというのをお願いしに来たんだ」
それだけじゃない。
なぜか、私と目を見て話そうとしない。ニコニコしているのに、どこか時間を気にして焦っているような印象があるの。どうしたのかしら?
そんな格好で、どこかのパーティに行かれる……なんてこともなさそうだし。よくわからない方たちだわ。
でも、ここで無理矢理私が引っ張っていくのもちょっと違うでしょう?
だから、私はティーカップを口に持っていき、その言葉を一緒に飲み込んだ。
「そうでしたか。でしたら、うちには凄腕の医療者が居るのでなんの心配もありませんわ」
「ああ、以前君も治した医療者が居たね。心配はしていないよ」
「ぺぺったら、貴女が目を覚ましてしばらくはお祭り騒ぎだったのよ。懐かしいわ」
「貴方が間違えて飲み物を渡し「それはそうと、ベルはもう体調大丈夫なのかい?」」
今、ダービー伯爵夫人が何かを言おうとしていたわ。ダービー伯爵の言葉に埋もれてしまったけど、何かを間違えて渡してしまったってこと? 何を渡したのか聞き取れなかったわ。後で、イリヤに……って、イリヤったら固まってる。なんで?
よくわからないけど、とりあえず会話は続けた方が良さそう。
ここで私が聞き返しでもしたら、「話を聞いていない婚約者」だと思われかねないもの。
「はい、おかげさまで」
「でも、前よりも痩せちゃって。たくさん食べるのよ」
「そうだな。君の好きなサーモンを贈ろう!」
「いえ、あの……」
「お待たせしました、ダービー伯爵。いやあ、仕事が片付かんで」
「いつもだから、もう慣れたよ」
「ふふ、相変わらずだわ」
贈るのでしたら、サヴィ様のお顔を見てあげてください。
そう言おうとした矢先に、お父様とお母様が客間へと入ってきた。その後ろには、少しだけげっそりとしたフォーリーの姿が。どうやら、お仕事の途中で来たみたい。あれは、後で私も参戦した方が良さそうね。
私は、お父様の「ベルは下がって良いよ」の言葉で立ち上がり、ダービー伯爵とご夫人へカーテシーしてイリヤと客間を後にする。
最後まで、お2人の達観した……というか何か吹っ切れたような表情が引っかかっていた。それに、「ぺぺのこと、よろしくね」と言った夫人のお顔が、忘れられない……。
***
アインスの薬で動けるようになった俺は、サレン様の部屋前にラベルを置いてエルザ様のところへと足を運んだ。
昨日から、シン第二皇子……なんて、ご本人の前で呼ぶと機嫌が悪くなりそうだ。彼は、皇子になりたいのではなく、裏で国を支えたいらしい。
だから、こう呼ぶ。
「お久しぶりです、シン様」
「アレン! 久しぶり、元気にしていた?」
エルザ様のお部屋へ入ると、すぐにシン様が飛びついてくる。こういうところは、いつまで経っても変わらない。
その奥に居るエルザ様とカイン皇子に会釈するも、それ以上深く頭を下げられそうにない。シン様がべったり張り付いているから。
「ちょっと、シン。アレンが困ってるわよ」
「だって、イリヤが居ないからアレンにやるしかないでしょう」
「なんだ、私はイリヤの代わりでしたか」
「そんなことないよー」
シン様は、イリヤに似ている。
頭が切れるのに、いつもはのほほんとしてるんだ。だからか、とても話しやすい。反面、たまに怖くなる。
「それよりも、城下町の疫病の話を聞かせて。隣国で疫病や毒に関して勉強してきたんだ。僕も、少しは役に立てるかもしれない」
「……疫病……毒……!!」
シン様は、考えがまとまったことしか口に出さない。と言うことは、その2つが繋がっている可能性があると考えているのだろう。
俺は、そこで初めて、疫病が毒由来のものかもしれないという答えにたどり着く。
それと同時に、エルザ様もお気づきになられたらしい。隣に座っていたカイン皇子の手を握りながら、
「……サレンちゃん」
と、つぶやいた。
0
あなたにおすすめの小説
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛とオルゴール
夜宮
恋愛
ジェシカは怒っていた。
父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。
それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。
絡み合った過去と現在。
ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。
で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる