愛されたくて、飲んだ毒

細木あすか(休止中)

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手が届くうちに、できること

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 ダービー伯爵一家を指名手配して、1週間が経とうとしていた。
 しかし、現状は変わっていない。国外に逃げたのではないかとの憶測が飛び交い、今日も第二騎士団たちが国中を探し歩いている。しかし、俺の元に吉報は来ない。

 ダービー伯爵の嫡男……ベル嬢の婚約者は、フォンテーヌ家でお世話になっているとか。
 俺も顔を出して様子を見たいが、如何せん仕事が山積みで宿舎にも帰れていない日々が続いている。今日は、誰が門に立っていたかな……。

「アレンー、そろそろ準備してー」

 これから、サレン様の尋問をしに行く予定になっている。メンバーは、俺とクリステル様、陛下、それに、元老院の取りまとめ役であるルフェーブル侯爵。
 まだ、この話を元老院全体が知っているわけではない。それを判断するために、陛下が呼んだらしいんだ。彼は、他の奴らと違って「好き嫌い」で物事を判断しない。だから、心配はないのだが……。

「わかった。ちょっとだけ待っててくれ。2分」
「はいよー。ちょい早めに呼びに来たから、ゆっくりで大丈夫」
「そうか、ありがとう」
 
 騎士団の待機室で牢屋の新管理体制に関する決まり事をまとめていると、ラベルが呼びに来てくれた。キリの良いところまで終わらせた俺は、マスクと手袋を持って立ち上がる。
 多少ふらつきはあるものの、アインスからもらった解毒薬を定期的に飲んでいるおかげで倒れることはない。

 サレン様も、アインスからもらった薬を服用している。まだ試作段階らしく、毎日飲まないと効果が出ないらしい。ジャックからもらって飲んでいたものは4、5日空けて服用していたと彼女が言っていたが、どうやってそんなものを作れたのか。
 アインスが、その話を聞いてとても暗い表情をしていたから、彼には作り方がわかるのだろう。「私にはできません」と小さくつぶやいたのが印象的だった。

「イリヤの父親も来るんだって?」
「ああ、陛下がお呼びになった」
「はあ……。オレ、あの人嫌い」
「そう言うな。仕事では優秀な人だ」
「そうだろうけどさあ。なんというかサイボーク!」
「言わんとしていることはわかる」

 ポールにかけてあった上着を羽織ると、そんな冗談をラベルが飛ばしてくる。これでも、緊張をほぐしてくれているらしい。いつもの倍はテンションが高い。
 ラベルは、イリヤが好きだ。好きというか尊敬を通り越して拝んでるな。それくらい、気に入っているんだ。だから、奴を追い出した父親が好かんのだろう。

 俺も、好き嫌いで言えば嫌いの部類に入る。でも、それは好みの問題であり、やはり仕事ができることに変わりはないから立場上は尊敬してるよ。
 王宮では若い方に入る俺にも、敬意をはらってくれるし。他の奴らみたいにバカにしてこないし。

「あの人の主食はオイルか電気に1票!」
「んなわけあるか」
「じゃあ、アレンはなんだと思うのさ」
「いや、普通に人間の食事だろう」
「はい、アウトー。そんなつまんない会話しかできないと、ベル嬢に嫌われるよ。「ロベール卿、面白くないわ。もう顔も見たくないから、視界に入らないでちょうだい」って」
「それを言うなら、「ラベルの冗談は面白いね。じゃあ、僕も冗談を言おうかな。外周20周ね」ってイリヤに言わせるぞ」
「ごめんなさい調子乗りましたそれは勘弁してくださいいやマジで……」
「はは、ラベルありがとう」

 これから、もっとつまらない会話をしに行く。ルフェーブル卿が入るとは、そう言うことだ。
 話の主導権が陛下へ行くような流れに持っていければ良いのだが。

 俺は、顔を真っ青にしながら「団長、20周は勘弁してください。死んじゃいます」とブツブツ言ってるラベルと共に、部屋を後にした。


***


「ベル、こっちの計算終わったぞ」
「え、もう!? ありがとうございます……待ってください、まだこっちが」
「急がなくて良い。まだ、ガロン侯爵の使いは来ないのだろう?」
「そうですけど……」

 一緒にお庭でお茶をした日から、2日が経った。
 状況は、相変わらずだわ。ダービー伯爵は行方不明だし、騎士団のお方が門に張り付いているし。でも、嬉しいことにサヴィ様が日に日に動けるようになってきているの。やっぱり、アインスはすごいわ。

 それに、ちょっと嬉しいことがあってね。
 お茶会の後、お父様に呼び出されたと思ったら「サルバトーレ君! 君、アカデミーに通っていたんだよね!? 4桁の足し算できるよね!?」って彼に飛びついて。みっともない! って思って止めようとしたら、

『何桁でもできますし、数学は一応博士の学位持ってるので得意ですよ』
『サルバトーレ君!!!』
『は、はい!』
『君、ベルと一緒にうちの仕事を手伝ってくれ! お願いだ、この通り!』
『フォ、フォンテーヌ子爵! 頭をあげてください。い、いくらでもしますから』
『本当か! 本当に、4桁の足し算を?』
『何桁でもします。お世話になりっぱなしじゃ、性に合わないので嬉しいご相談です』
『ありがとう、サルバトーレ君! おい、イリヤ、今日はパーティを開催するぞ! ザンギフに伝達してくれ』
『ガッテン承知ィィ』

 ……みたいな。

 もちろん、パーティは盛大に開催されたし、「喜怒哀楽」が飾られたし、悪趣味なクリスマスツリーのような飾りつけも健在だったわ。
 しかも、聞いて。パーティ開催中に、イリヤが「次は喜怒忧思悲恐惊です!」ってグラス片手に張り切っていたの。もうやめてほしい……。

 でも、サヴィ様が楽しそうだったから良いかって。
 それだけじゃないわ。襲われたショックとダービー伯爵と夫人の疾走、それに指名手配の件で一時精神を沈めていたクラリスも、アインスに連れられて参加したの。この1週間で、げっそり痩せてしまわれてびっくりしたわ。そんな彼女も、涙を流しながらパーティを楽しんでいたから、まあ良いわってなった私の気持ちがわかるでしょう?

「サヴィ様は、アカデミーに通われていたのですね」
「爵位を継ぐ男のほとんどは、アカデミーを首席で卒業するのが義務みたいな風潮があるからな。行かないわけにはいかないだろう」
「え、首席!?」
「何を驚いてるんだ? ベルだって、そんな難解な術式に隣国までの知識を持ってるじゃないか。いつ、アカデミーに通っていたんだい?」

 この2日間、サヴィ様とお仕事をして驚いたのだけど、彼は数式に強いの。
 物理的な計算も、思想の中でしか完成品のないものも全部パッと紙にまとめてしまうんだから優秀よね。お父様お母様は、サヴィ様の足元にも及ばないわ。いえ、サヴィ様の視界にすら入れないところにしか居場所がないと思う。
 そのくらい、サヴィ様は優秀なお方だった。

 でも、私はアカデミーに通ってない。ベルはどうだったのかしら? 
 変に答えたら悪いと思い、部屋の入り口で待機しているイリヤに視線を送ると……首を振っている。ってことは、ベルも通っていなかったみたい。
 まあ、女性で通っている人の方が珍しいから。そういえば、パトリシア様はどうだったのかしら?

「通っていませんわ。全て、独学でやっていますの。ですから、変なところがあるかもしれません」
「本当か!? であれば、ベルは天才だな」
「そんなことありませんよ。この程度の知識であれば、本を読めば理解できますもの」
「そうかそうか、ベルはすごいな」
「ちょ、や、やめてくださいまし!」
「ははは」

 褒められたことに恥ずかしくなって下を向いていると、すぐにサヴィ様の大きな手が私の頭をワシワシと撫でてきた。力強く温かいそれは、私の体温を上昇させていく。
 しかも、顔をあげるとイリヤがニマニマしながらこっち見てるし! そう言う時は、目を手で塞いで見ないふりするのよ! ……でも、イリヤなら絶対指の隙間からこっち見るでしょうね。わかってる。

 私は、平常心のふりをして目の前の書類を手に持ち、トントンとわざとらしく整えた。
 今から、ガロン侯爵の使いの方がいらっしゃるの。結構若い方で、あれは苦労性だわって感じの見た目ね。それがなんだか可哀想で、待たさないようにしなきゃって決意して早めに準備するようになったわ。

「じゃあ、あとはこのお父様がマスを1個ずつずらして作ってしまった徴収税の計算をしましょう。私は下からやりますので、サヴィ様は上から」
「なんと、フォンテーヌ子爵は金の計算も見るのか。伯爵でもそんな見なかったぞ」
「ガロン侯爵が、私の仕事を見て増やしてくださったのです。いつもは私がやるのですが、たまに目を離すとお父様が手をつけてしまうから困り物だわ」
「計算が苦手なようだったが……」
「最近、7+5が12だと知って試したいのですって」
「ふは! なんだ、その小等部の初期で習う数式は」
「そのレベルだと思ってくださいな。計算は、まだお母様の方ができるわ」

 本当、困ったものなの。でも、お父様とお母様の朗らかで嘘偽りのない立ち振る舞いを見ていると、文句の1つや2つなら飲み込んでしまうのよね。……1つや2つなら。

 その後イリヤから「休憩しましょう」と声がかかるまでずっと、サヴィ様と計算三昧の時間を過ごした。
 もちろん、双方間違えたらアレだから一言も話さずね。ちょうど真ん中あたりでサヴィ様のやっていた箇所とぶつかると、「もっと多くやるつもりだったのだが……」と悔しがっていたわ。

 その表情を見た私は、初めて出会った彼にビンタを食らわせたのを思い出し、クスッと笑った。



***



 蓮の間に向かうと、すでにサレン様とクリステル様が到着していた。その後ろに、陛下のお姿も確認できる。……が、サレン様との距離は遠い。毒を気にしてだろう。全員、マスクに手袋、陛下に至ってはゴーグルのようなメガネをかけていらっしゃる。
 部屋の窓は全開で、少しだけ寒い。上着を羽織ってきて正解だったな。ラベルも団服を着込んでいるし寒くはないだろう。

 サレン様は寒くないだろうか。そう思って彼女の方へ視線を向けると、両手にきらりとひかるものが見えた。目を凝らすと、それが手錠だとわかる。
 逃走防止用だろうが、それを見るだけで胸が締め付けられるように痛んだ。でも、本人はなんとも思っていないらしく、俺に向かって微笑んでくれていた。それも、心が痛む要員になっている。

「記録係にラベルを置いてもよろしいでしょうか」
「うむ、許可する。ルフェーブルもなんも言わんだろう。特に、許可を取ることないよ」
「ありがとうございます。……サレン様、本日はよろしくお願いします」
「ええ、お願いね。逃げないから、安心して」
「……そんなこと、一片たりとも思っていませんよ」

 俺を目が合うと、サレン様が口を開いてくれた。
 彼女は数日前、カイン皇子を始めとする王族……エルザ様、シン様、それに第三皇子で年長のバルロナ様と遠巻きでの面会を済ませたらしい。
 そこで婚約破棄の話でもするのかと思いきや、エルザ様から「サレンさんのお父様と連絡がつかないの。ごめんなさいね」というので終わったんだと。婚約破棄について尋ねたら、カイン皇子が「まだ決めてない」と言ったとか。そこで記録係を勤めていたクリステル様に話を聞いた時は、驚いたよ。

 まあ、とにかく今日の俺は、彼女が不利にならないよう意見を言うだけの役割だ。そっちに集中するとしよう。

「遅くなってすまない。急ぎの仕事が急に来て」
「ルフェーブル、そんな待ってないよ」
「そうですか、良かった」

 みんなにならって席に座ると同時に、マスク姿のルフェーブル侯爵が部屋の中に入ってきた。白くなった髪に、鋭い目、……何一つ、イリヤに似ていない。いや、今はそんなこと良いか。
 今注目すべきは、彼の所持品だ。その手には、何やら分厚い書類が握られている。何を調べてきたのだろうか。嫌な気しかしない。

「では、始めようか。簡単な自己紹介から」

 全員座ったのを確認した陛下は、部屋いっぱいに響くような声量でそう言った。
 俺はその声に、膝の上に置いていた拳に力を入れる。


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