103 / 217
13
手が届くうちに、できること
しおりを挟むダービー伯爵一家を指名手配して、1週間が経とうとしていた。
しかし、現状は変わっていない。国外に逃げたのではないかとの憶測が飛び交い、今日も第二騎士団たちが国中を探し歩いている。しかし、俺の元に吉報は来ない。
ダービー伯爵の嫡男……ベル嬢の婚約者は、フォンテーヌ家でお世話になっているとか。
俺も顔を出して様子を見たいが、如何せん仕事が山積みで宿舎にも帰れていない日々が続いている。今日は、誰が門に立っていたかな……。
「アレンー、そろそろ準備してー」
これから、サレン様の尋問をしに行く予定になっている。メンバーは、俺とクリステル様、陛下、それに、元老院の取りまとめ役であるルフェーブル侯爵。
まだ、この話を元老院全体が知っているわけではない。それを判断するために、陛下が呼んだらしいんだ。彼は、他の奴らと違って「好き嫌い」で物事を判断しない。だから、心配はないのだが……。
「わかった。ちょっとだけ待っててくれ。2分」
「はいよー。ちょい早めに呼びに来たから、ゆっくりで大丈夫」
「そうか、ありがとう」
騎士団の待機室で牢屋の新管理体制に関する決まり事をまとめていると、ラベルが呼びに来てくれた。キリの良いところまで終わらせた俺は、マスクと手袋を持って立ち上がる。
多少ふらつきはあるものの、アインスからもらった解毒薬を定期的に飲んでいるおかげで倒れることはない。
サレン様も、アインスからもらった薬を服用している。まだ試作段階らしく、毎日飲まないと効果が出ないらしい。ジャックからもらって飲んでいたものは4、5日空けて服用していたと彼女が言っていたが、どうやってそんなものを作れたのか。
アインスが、その話を聞いてとても暗い表情をしていたから、彼には作り方がわかるのだろう。「私にはできません」と小さくつぶやいたのが印象的だった。
「イリヤの父親も来るんだって?」
「ああ、陛下がお呼びになった」
「はあ……。オレ、あの人嫌い」
「そう言うな。仕事では優秀な人だ」
「そうだろうけどさあ。なんというかサイボーク!」
「言わんとしていることはわかる」
ポールにかけてあった上着を羽織ると、そんな冗談をラベルが飛ばしてくる。これでも、緊張をほぐしてくれているらしい。いつもの倍はテンションが高い。
ラベルは、イリヤが好きだ。好きというか尊敬を通り越して拝んでるな。それくらい、気に入っているんだ。だから、奴を追い出した父親が好かんのだろう。
俺も、好き嫌いで言えば嫌いの部類に入る。でも、それは好みの問題であり、やはり仕事ができることに変わりはないから立場上は尊敬してるよ。
王宮では若い方に入る俺にも、敬意をはらってくれるし。他の奴らみたいにバカにしてこないし。
「あの人の主食はオイルか電気に1票!」
「んなわけあるか」
「じゃあ、アレンはなんだと思うのさ」
「いや、普通に人間の食事だろう」
「はい、アウトー。そんなつまんない会話しかできないと、ベル嬢に嫌われるよ。「ロベール卿、面白くないわ。もう顔も見たくないから、視界に入らないでちょうだい」って」
「それを言うなら、「ラベルの冗談は面白いね。じゃあ、僕も冗談を言おうかな。外周20周ね」ってイリヤに言わせるぞ」
「ごめんなさい調子乗りましたそれは勘弁してくださいいやマジで……」
「はは、ラベルありがとう」
これから、もっとつまらない会話をしに行く。ルフェーブル卿が入るとは、そう言うことだ。
話の主導権が陛下へ行くような流れに持っていければ良いのだが。
俺は、顔を真っ青にしながら「団長、20周は勘弁してください。死んじゃいます」とブツブツ言ってるラベルと共に、部屋を後にした。
***
「ベル、こっちの計算終わったぞ」
「え、もう!? ありがとうございます……待ってください、まだこっちが」
「急がなくて良い。まだ、ガロン侯爵の使いは来ないのだろう?」
「そうですけど……」
一緒にお庭でお茶をした日から、2日が経った。
状況は、相変わらずだわ。ダービー伯爵は行方不明だし、騎士団のお方が門に張り付いているし。でも、嬉しいことにサヴィ様が日に日に動けるようになってきているの。やっぱり、アインスはすごいわ。
それに、ちょっと嬉しいことがあってね。
お茶会の後、お父様に呼び出されたと思ったら「サルバトーレ君! 君、アカデミーに通っていたんだよね!? 4桁の足し算できるよね!?」って彼に飛びついて。みっともない! って思って止めようとしたら、
『何桁でもできますし、数学は一応博士の学位持ってるので得意ですよ』
『サルバトーレ君!!!』
『は、はい!』
『君、ベルと一緒にうちの仕事を手伝ってくれ! お願いだ、この通り!』
『フォ、フォンテーヌ子爵! 頭をあげてください。い、いくらでもしますから』
『本当か! 本当に、4桁の足し算を?』
『何桁でもします。お世話になりっぱなしじゃ、性に合わないので嬉しいご相談です』
『ありがとう、サルバトーレ君! おい、イリヤ、今日はパーティを開催するぞ! ザンギフに伝達してくれ』
『ガッテン承知ィィ』
……みたいな。
もちろん、パーティは盛大に開催されたし、「喜怒哀楽」が飾られたし、悪趣味なクリスマスツリーのような飾りつけも健在だったわ。
しかも、聞いて。パーティ開催中に、イリヤが「次は喜怒忧思悲恐惊です!」ってグラス片手に張り切っていたの。もうやめてほしい……。
でも、サヴィ様が楽しそうだったから良いかって。
それだけじゃないわ。襲われたショックとダービー伯爵と夫人の疾走、それに指名手配の件で一時精神を沈めていたクラリスも、アインスに連れられて参加したの。この1週間で、げっそり痩せてしまわれてびっくりしたわ。そんな彼女も、涙を流しながらパーティを楽しんでいたから、まあ良いわってなった私の気持ちがわかるでしょう?
「サヴィ様は、アカデミーに通われていたのですね」
「爵位を継ぐ男のほとんどは、アカデミーを首席で卒業するのが義務みたいな風潮があるからな。行かないわけにはいかないだろう」
「え、首席!?」
「何を驚いてるんだ? ベルだって、そんな難解な術式に隣国までの知識を持ってるじゃないか。いつ、アカデミーに通っていたんだい?」
この2日間、サヴィ様とお仕事をして驚いたのだけど、彼は数式に強いの。
物理的な計算も、思想の中でしか完成品のないものも全部パッと紙にまとめてしまうんだから優秀よね。お父様お母様は、サヴィ様の足元にも及ばないわ。いえ、サヴィ様の視界にすら入れないところにしか居場所がないと思う。
そのくらい、サヴィ様は優秀なお方だった。
でも、私はアカデミーに通ってない。ベルはどうだったのかしら?
変に答えたら悪いと思い、部屋の入り口で待機しているイリヤに視線を送ると……首を振っている。ってことは、ベルも通っていなかったみたい。
まあ、女性で通っている人の方が珍しいから。そういえば、パトリシア様はどうだったのかしら?
「通っていませんわ。全て、独学でやっていますの。ですから、変なところがあるかもしれません」
「本当か!? であれば、ベルは天才だな」
「そんなことありませんよ。この程度の知識であれば、本を読めば理解できますもの」
「そうかそうか、ベルはすごいな」
「ちょ、や、やめてくださいまし!」
「ははは」
褒められたことに恥ずかしくなって下を向いていると、すぐにサヴィ様の大きな手が私の頭をワシワシと撫でてきた。力強く温かいそれは、私の体温を上昇させていく。
しかも、顔をあげるとイリヤがニマニマしながらこっち見てるし! そう言う時は、目を手で塞いで見ないふりするのよ! ……でも、イリヤなら絶対指の隙間からこっち見るでしょうね。わかってる。
私は、平常心のふりをして目の前の書類を手に持ち、トントンとわざとらしく整えた。
今から、ガロン侯爵の使いの方がいらっしゃるの。結構若い方で、あれは苦労性だわって感じの見た目ね。それがなんだか可哀想で、待たさないようにしなきゃって決意して早めに準備するようになったわ。
「じゃあ、あとはこのお父様がマスを1個ずつずらして作ってしまった徴収税の計算をしましょう。私は下からやりますので、サヴィ様は上から」
「なんと、フォンテーヌ子爵は金の計算も見るのか。伯爵でもそんな見なかったぞ」
「ガロン侯爵が、私の仕事を見て増やしてくださったのです。いつもは私がやるのですが、たまに目を離すとお父様が手をつけてしまうから困り物だわ」
「計算が苦手なようだったが……」
「最近、7+5が12だと知って試したいのですって」
「ふは! なんだ、その小等部の初期で習う数式は」
「そのレベルだと思ってくださいな。計算は、まだお母様の方ができるわ」
本当、困ったものなの。でも、お父様とお母様の朗らかで嘘偽りのない立ち振る舞いを見ていると、文句の1つや2つなら飲み込んでしまうのよね。……1つや2つなら。
その後イリヤから「休憩しましょう」と声がかかるまでずっと、サヴィ様と計算三昧の時間を過ごした。
もちろん、双方間違えたらアレだから一言も話さずね。ちょうど真ん中あたりでサヴィ様のやっていた箇所とぶつかると、「もっと多くやるつもりだったのだが……」と悔しがっていたわ。
その表情を見た私は、初めて出会った彼にビンタを食らわせたのを思い出し、クスッと笑った。
***
蓮の間に向かうと、すでにサレン様とクリステル様が到着していた。その後ろに、陛下のお姿も確認できる。……が、サレン様との距離は遠い。毒を気にしてだろう。全員、マスクに手袋、陛下に至ってはゴーグルのようなメガネをかけていらっしゃる。
部屋の窓は全開で、少しだけ寒い。上着を羽織ってきて正解だったな。ラベルも団服を着込んでいるし寒くはないだろう。
サレン様は寒くないだろうか。そう思って彼女の方へ視線を向けると、両手にきらりとひかるものが見えた。目を凝らすと、それが手錠だとわかる。
逃走防止用だろうが、それを見るだけで胸が締め付けられるように痛んだ。でも、本人はなんとも思っていないらしく、俺に向かって微笑んでくれていた。それも、心が痛む要員になっている。
「記録係にラベルを置いてもよろしいでしょうか」
「うむ、許可する。ルフェーブルもなんも言わんだろう。特に、許可を取ることないよ」
「ありがとうございます。……サレン様、本日はよろしくお願いします」
「ええ、お願いね。逃げないから、安心して」
「……そんなこと、一片たりとも思っていませんよ」
俺を目が合うと、サレン様が口を開いてくれた。
彼女は数日前、カイン皇子を始めとする王族……エルザ様、シン様、それに第三皇子で年長のバルロナ様と遠巻きでの面会を済ませたらしい。
そこで婚約破棄の話でもするのかと思いきや、エルザ様から「サレンさんのお父様と連絡がつかないの。ごめんなさいね」というので終わったんだと。婚約破棄について尋ねたら、カイン皇子が「まだ決めてない」と言ったとか。そこで記録係を勤めていたクリステル様に話を聞いた時は、驚いたよ。
まあ、とにかく今日の俺は、彼女が不利にならないよう意見を言うだけの役割だ。そっちに集中するとしよう。
「遅くなってすまない。急ぎの仕事が急に来て」
「ルフェーブル、そんな待ってないよ」
「そうですか、良かった」
みんなにならって席に座ると同時に、マスク姿のルフェーブル侯爵が部屋の中に入ってきた。白くなった髪に、鋭い目、……何一つ、イリヤに似ていない。いや、今はそんなこと良いか。
今注目すべきは、彼の所持品だ。その手には、何やら分厚い書類が握られている。何を調べてきたのだろうか。嫌な気しかしない。
「では、始めようか。簡単な自己紹介から」
全員座ったのを確認した陛下は、部屋いっぱいに響くような声量でそう言った。
俺はその声に、膝の上に置いていた拳に力を入れる。
0
あなたにおすすめの小説
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛とオルゴール
夜宮
恋愛
ジェシカは怒っていた。
父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。
それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。
絡み合った過去と現在。
ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。
で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる