愛されたくて、飲んだ毒

細木あすか(休止中)

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目的と手段と標的と

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 王宮へ向かう道の途中に、とてものどかな草原があった。そこを、うさぎが2匹駆け回っていたの。シロツメクサと一緒に風に揺られて、気持ちよさそうにね。

 そんな微笑ましい光景を馬車の中から眺めていると、突然全身に衝撃が走る。

「伏せて!」
「!?」
「!?」

 お馬さんの甲高い声と共に、馬車がガクッと地面に向かって落ちたの。それと同時に、イリヤが私の頭を強引に下げる。少し斜めになったけど、車輪のおかげか転がらずに済んだわ。
 びっくりする間もなく次の衝撃が来て、今まで美しい景色を映してくれていたガラス窓が粉々に散っていく。エルザ様からいただいた翡翠のドレスに、その破片が落ちていくのを見ていることしかできなかった。

 その間、イリヤは私の頭だけじゃなくてシャロンのことも守っている。衝撃が落ち着くも、イリヤの手は私の頭から退いてくれない。とても力強いから、私の力じゃビクともしないわ。
 それでも、何があったのか知りたい気持ちが私の身体を動かす。

「……イリヤ?」
「お嬢様、どうか頭を下げていてください」
「何が……」
「クリス、お嬢様をお願い。絶対に外には出ないで」
「わ、わかったわ。王宮専用のものだから、限度はあるけど中に入っていれば貫通しないと思う」

 でも、やっぱりビクともしない。
 むしろ、私が力を入れれば入れるほど、イリヤの手は男性のものになる。

 それに、この鳥肌は何?
 イリヤとシャロンが会話をしているのは理解できるのだけど、何を話しているのかまではわからない。私は、無意識に腕を動かして、イリヤの隣にあったカバンを手繰り寄せる。サヴィ様とのお仕事の証明が入ったカバンを。

「お嬢様、ちょっとだけクリスと居てくださいね」
「……イリヤは?」
「僕は、外の様子を見てきます」
「何があったの?」

 イリヤの表情は、いつもの朗らかなものではない。これからどこか戦場にでも行くかのような鋭い何かに包まれている。
 それを見た私は、再度腕に力を入れてカバンの存在を確かめた。と、同時に、

「……襲撃です。相手は、銃を保持しています」

 と、早口で教えてくれたイリヤの気配が完全に消えていたの。
 びっくりして顔をあげると、やっぱり居ない。シャロンの視線を見る限り、外へ向かったみたい。割れたガラス窓から、誰かの話し声が聞こえてくる。

 銃と聞いても、全くと言って良いほど実感が湧いてこなかった。だって、音がしなかったし。
 なのに、全身はまるで極寒の地にでも放り出されたかのように震え出す。私は、意識を保つために必死になって腕の中にあるカバンを抱きしめた。

 銃って何? お馬さんと御者さんは無事なの?
 イリヤはどうして外に出て行ったの? 王宮に間に合うの?

 その思考は、恐怖によって全停止する。
 震えは止まりそうにない。そうよ、この震えはあの時と同じものだわ。
 あの時、誘拐された時と同じ……。



***



 ルフェーブル侯爵の出ていかれた部屋の中、一言も会話がなく沈黙状態が続いている。
 無論、サルバトーレ・ダービーに私から話しかけることはない。先ほどから、何かを話したがっている雰囲気があるものの、気づかないふりして締め切られた窓の外を見ていた。

 鉄格子も何もない窓からは、陽の光と共に中庭の様子がうかがえる。きっと、この窓を開け放てば鳥の囀りや木々のざわめきを聞けるでしょう。
 こんな日に、彼と一緒にピクニックへ行きたかったわ。覚えたての料理の腕前で、サンドイッチを作って。ミネストローネは、ファルルーに作ってもらってね。

「……」
「……」

 扉の外には、人の気配がある。
 きっと、元老院のメンバーが見張っているのね。先ほどまではただの重要参考人だったから、護衛も何もつけていなかったのに。
 元老院は、つくづくお役所仕事だわ。人が心配なのではなく、規則によって動いているのだから。今だって内心、ダービー伯爵と夫人を裁く時間を費やさなくて良くなり、晴々しているところでしょう。特に、ルフェーブル侯爵は。

 なのに、あの騎士団の隊長は、色々と気を遣ってくれた。
 ワイシャツを貸して欲しいと頼んだだけだったのに、ベッドの硬さや室温まで気にしてくれて。あれは、「規則」で動いたのではない。彼自身の優しさによって引き起こされた行動だった。
 それは、元老院で規則規則と、耳にタコができそうなほど聞かされてきた行動指針にうんざりだった私に、新しい風を入れてくれたの。私には、とても眩しかった。
 眩しくて、きっと彼の目を見て話せていなかったと思う。

「クラリス」
「……」

 立ちながら外を眺めていると、後ろから手錠の金属音と共にサルバトーレ・ダービーの声が聞こえてくる。
 ここで反応しては、元も子もない。私は、そのまま窓に視線を向けて無視を決め込む。……規則だから。

「クラリス、返事はいらん。耳を塞いでても良い。ただ、私の自己満足で話すだけだから」
「……」

 彼は、目上の人や距離の遠い人には「私」と言う。
 私はどっちとして、彼に捉えられているのだろうか。身分を騙していたのは自分なのに、後者であったらと思うと胸の奥がツキンと痛む。勝手よね。

 それよりも、この声は外に聞こえていないか、盗聴器はないかの心配をしなければいけない。
 なんせ、聞き耳を立てているだろう元老院は、法律を使って人の揚げ足を撮るのが上手だからね。私も含めて。

 なんて、そんな心配は不要だった。

「付き人でいてくれてありがとう、クラリス」

 椅子に座ったサルバトーレ・ダービーは、ぽつりとそうつぶやいた。
 声が小さいのは、部屋の外に声を漏らさないためか。いえ、そこまで頭が回っているとは到底思えない。

 私は、その後に続く言葉も聞き逃すまいと聞き耳を立てた。一語一句、聞き逃すものかと。
 でも、聞こえてきたのは……もっと聞きたかった言葉は、それ以上語られなかった。

「マクラミン様。喉が渇いたのですが、お水をいただくことはできますでしょうか」

 その代わり、元老院としての私との会話は続く。

 私は、鼻の奥にツンとした何かを残して、窓の外から視線を離した。すると、立ち上がってこちらを見ている彼が視界の端に入ってくる。

「……わかりました、聞いてみましょう」
「ありがとうございます」

 飲食によって毒殺された両親を知っているのにも関わらず、サルバトーレ・ダービーは水を所望した。その度胸に一瞬驚くも、確かに今日は朝から飲まず食わずだ。その気持ちはわからなくもない。

 返事をした私は、そのまま扉へと向かう。
 近くにギルバートがいれば良いのだけど。他の元老院は、信用ならない。毒でも盛られたら、たまったものじゃないし。

「必ずしも、手に入るということはありませんので。その点だけご了承ください」
「存じ上げております」

 追って声をかけると、落ち着いた声色がかえってきた。今まで聞いたこともないようなそれに、どこからかわからない痛みが加速する。
 私が裏切ったのに、滑稽ね。

 この痛みは何かしら。後でアインスさんが来たら聞いてみようかな。
 それとも、裏切り者の私のことなんか見てくれないかな。あの方、ちょっと私のこと疑ってたし。

 
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