136 / 217
16
弱点「アリスお嬢様」
しおりを挟む絨毯の上を歩いているはずなのに、なぜかコツコツとヒールを鳴らす音が響いている。
それは、本当に鳴っているのか、はたまた、脳内でのみなのか。冷静さを欠いている私にはわかるはずもない。
アレンは、あっちの美しい女性をアリスだと思ったってことよね。だから、私のことを「ベル嬢」って呼んだ……。辻褄が合ってしまったわ。
それが、なぜかとても心苦しい。アレンと居た期間なんて、6ヶ月ちょっとじゃないの。シャロンと居た時間の方が……なんなら、ドミニクと居た期間の方が長いはずでしょう。
「アリス、こっち来い」
「え?」
アレンと不可解な女性から離れて廊下を歩いていると、急にドミニクが腕を引っ張ってきた。
急な行動にバランスを崩し転びそうになるものの、彼の絶妙な支えによってそれは起こらない。むしろ今は、そんな強引すぎる行動が新鮮に感じる。
私は、ドミニクが勝手に開けた部屋へと転がり込んだ。幸い、人は居ない。
「ねえ、ドミ「シッ」」
「……?」
この部屋は何? そう質問しようとしたのに、私の口をドミニクが片手で覆ってくる。鼻まで覆われているから、ちょっとだけ息が苦しいわ。それに、この鉄の臭いは何……? 鉄というか、生臭い。
気持ち悪くなりそうだから息を止めていたけど、限界ってあるわよね。
私は、涙目になりながらドミニクの腕をバシバシと叩いた。
「……もう大丈夫。って、んで泣いてんだよ」
「ぷはっ! は、は……苦しかったのよ! ドミニクの手、鉄臭い!」
「ああ、返り血か。悪りぃ、拭いたんだが」
私の要望に気づいた彼は、手を離しながらこともな気にそう言い放った。
そして、手や服に鼻を近づけてクンクンと臭いを嗅いでいる。
……そうだったわ。この人、喧嘩っ早い人だった。
これって、私を霊安室に置き去りにして誰かと殴り合いしてたってこと? だから、服がボロボロだったとか。色々繋がったわ。あまり目立つことしないで欲しいのだけど。
「……無闇に人を傷つけちゃダメだからね」
「わかってるよ。お前との約束も守ってる」
「なら良いわ」
よくよく考えてみれば、アレンの服もボロボロだったわよね。
2人で暴れたってことだと思うし、アレンは野蛮なことしないし。ましてや、王宮内で暴れたりしたら、アレンの立場上まずいでしょう? だから、多分この人は約束を守ってると思うの。
それよりも、聞きたいことがあるわ。
「ねえ、宮殿行かないの?」
「行くけど、隊長サンが来たから隠れたの」
「えっ、アレン?」
「ちょお、出てくなよ!」
「でも……」
でも、アレンが違うって気づいてこっちに来てくれたのかもしれないでしょう? そう言おうとしたけど、自分で思っておきながらそんなことはないと否定する自分も居る。だから、「でも」の続きは言葉にできなかった。
そんな私にドミニクは、黙って頭を撫でてくれるだけ。
それだけで、私の気持ちをわかってくれてるって思ってしまった。反動で、視界が歪んだと思った瞬間、頬に涙が伝う。
「……アレンの「お嬢様」は、私だけじゃないの?」
シャロンが私を嫌いで出て行ったのではなかった話を聞いた時、心のどこかでアレンも私を裏切ったわけではないのはわかっていた。人を裏切っておきながら、昇格するような人ではないことも。
なのに、私が避けたんだわ。怖くて逃げた。5年も経って、忘れられてたらどうしようって。もう、相手は別の人生を歩んでたらどうしようって。話をする機会はいくらでもあったのに、それをしなかったのは私。
今更気づいたって、遅いわ。
だって、アレンはあっちの方を「アリス」に選んだのだから。
「お前って、昔から隊長サンにだけ優しいよな。好きなの?」
「……好きよ。嫌いな人を作るほど、私は出来た人じゃないもの」
「あー、そうじゃなくて。……んー、まあ良いや。なんでもねえ」
「……?」
何か言おうとしたのに、ドミニクは口を閉ざしてしまった。その代わり、今度は私の身体を優しく抱きしめてくれた。
身長差がある分、抱きしめるって表現よりも覆い被されるに近いかも。でも、その分余計温かさを感じる。
さっきは離れて欲しいって思ったのに、今はもう少しこのままでいて欲しいって思う。
私も、勝手な生き物よね。
「その分、俺が大事にするから。俺にとっても、お前は唯一の「お嬢様」なんだよ」
「どういう意味?」
「……さあな。それより、隊長サン居なくなったから行こうか」
「うん……」
「大丈夫。後で、ワケを聞いてやるから。俺が納得いったら、お前にも教える」
「納得いかなかったら?」
「お前の視界に、一切隊長サンを映さねえようにする」
「あっ! 殺しはダメよ、絶対ダメ!」
私が急いで付け加えると、殺気を放つ彼が急に笑い出した。
ドミニクのこの雰囲気、最初は怖かったけど今は平気。むしろ、どこか安心感がある。慣れたってことかしら? 不思議だわ、あんなに痛い目に合ったのに。
私は、笑いながら扉を開けるドミニクの上着の裾を握り、廊下へと出た。いつの間にか、涙は止まっていたわ。
でも、あのブロンズ髪の女性、どこかで見たことあった気がする。
どこだったかしら? 最近アリス時代を思い出すことが多くて、ベルになってからなのかすぐわからないのよね。歳だわ……。
***
「アレン! 待ってたわ」
「遅くなってすみません」
結局、ベル嬢に追いつくことは出来なかった。
廊下の角を曲がってからそんな経たずに追いかけたのに、彼女の姿は見えなかった。あれは、ジェレミーが抱いて走ったな。じゃなきゃ、あんな早くいなくなるなんてありえない。
エルザ様のところへ向かうと言っていたから、近くまで行ったのだが……仕方ないな。後で、フォンテーヌ家に行ってみよう。サルバトーレ殿の様子も見たいし、シエラの容態もチェックしたい。
「さっきこの人……ラベルに聞いたのだけど、私、この部屋から出ちゃダメだったのね。ごめんなさい」
「こちらこそ、説明せずに失礼しました。お茶をお持ちしましたので、まずは休憩いたしましょう」
「……ありがとう。ねえ、アレンは私のところに居て、他の人に何か言われない? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ。お気遣い、ありがとうございます」
こういうところは、アリスお嬢様にそっくりだ。行動だけ切り取って見れば、それは「アリスお嬢様」という枠組みを超えない行動をしてるんだ。
かといって、演技の類でもない。なぜわかるかって、本物のアリスお嬢様と性格が大差ないから。違っていることといえば、俺の胸の高鳴りくらい。……いや、今のは忘れてくれ。
まさか、この「アリスお嬢様」も毒の一種とか? あるだろう、幻覚剤とかそのテのものが。
しかし、ラベルが部屋前に居て、敵と接触するとは思えん。敵は、どうやってサレン様をアリスお嬢様に仕立てたんだ?
考えを巡らせながら、俺は手に持っていたお茶のセットをテーブルに並べていく。
サレン様の座るソファの後ろには、ラベルが「どうなってんの?」という顔を隠しもせず立っていた。そういえば、この話までした覚えがないな。シエラは元々アリスお嬢様を知っていたから話しやすかったが……どうやって切り出そうか。
「アレン、ありがとう。美味しい」
笑顔で紅茶を飲む彼女も、「毒」に人生を狂わされたお方だ。故に、俺はどうしても無下にはできん。
彼女をこんな身体にした人は、本当に父親だけ? 母親は関与していなかったのか? その辺りは、調べたら色々情報が出てくるだろう。陛下に許可をいただき、隣国の資料を取り寄せよう。なんなら、そっちに向かっても良い。イリヤ辺りが喜んでついてくると思う。
「よかったです。今日は遅いので、明日生花を浮かべた紅茶をお淹れしますね」
「ええ! 楽しみにしているわ。忙しいのにごめんなさい」
「別に、忙しくなんか……ないですよ」
「あっ! 出た、アレンの疲れ隠し! ダメよ、ちゃんと休まないと」
「はは、バレましたか。ちゃんと寝てますから、大丈夫です」
「もう……。無理したら、怒るからね」
「はい。その時は、叱ってください」
あー……。
そうだった。ヴィエンが裏切り者だった話もラベルに共有しておかねば。
今日も、徹夜だな。色々ありすぎて、頭がパンクしそうだ。
俺は、紅茶の入っていたポットを置きながら、「こっちのお嬢様には、ツンが少ないな」とかそんな違いについても考えていた。……会いたいな。
0
あなたにおすすめの小説
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛とオルゴール
夜宮
恋愛
ジェシカは怒っていた。
父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。
それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。
絡み合った過去と現在。
ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。
で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる