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それに至るまで
しおりを挟む今、俺は非常に困惑している。
仕事が増えたしラベルが心配だから、急いで王宮へ戻らないといけない。いけないのだが……どうしても、フォンテーヌの屋敷から出られないんだ。
今の状況は、嬉しさ1/3、戸惑い2/3と言ったところか。
「……」
「……」
「…………あ、あの」
とりあえず、状況を説明しよう。
現在地は、ベル嬢のお部屋の中だ。細かく言えば、ベッドの上。そう、ベッドの上だ。
でも、待ってくれ。話は最後まで聞いてくれ。別に、ジェレミーのようなことをしているわけではない。だから、そこは勘違いしないでほしい。お願いだ、そんな目で見ないでくれ……。
とにかく、そこに腰掛けた状態の俺の腕には、部屋の主が無言のままべったりと張り付いている。……なんだ、この柔らかいものは。上着越しでも感触がわかるぞ。
直視したら死ぬ気がして確認できないが、きっと頬か何かだろう。それが、俺の腕を圧迫している。
「ベル嬢? ……アリスお嬢様?」
名前を呼んでみたところ、後者で反応があった。俺の腕に絡めた腕を、ギュッと力を入れて抱きしめてくる。
だから、多分彼女はアリスお嬢様だ。でも、それ以上腕に力を入れないで欲しい。死にそうになる。というか、一層のこと殺してくれ……。頭に血が上ってしまい、うまく思考回路が回らない。
俺は、どうしてこうなったのかを思い出すため、目を閉じて大きく深呼吸をする。
***
あの後、ジェレミーと俺は呆れ返るアインスに案内されてフォンテーヌ子爵のお屋敷内にある医療室まで来た。
途中、フォンテーヌ子爵とお会いしたが、事情を説明すると「元気なことは良いことですぞ!」と言って大口を開けていらしたが……。あのお方は、いつ見てもおおらかでなんだか安心する。
「ところで、そのバーバリーは?」
「シエラと一緒に先に屋敷へ行きましたが……」
「また遊んでるな、あの子は」
医療室に行くと、すぐにジェレミーがベッドへ寝かされた。こいつも、人の意見に素直に従うんだな。なんだか、新鮮だよ。
アインスは、ジェレミーの傷口を見ながらバーバリーの行動を聞いて笑っている。と言うことは、日常茶飯事なのか。
俺は、医療室の端っこにあった椅子へと腰掛けた。幸い、怪我という怪我はないからな。
医療室の戸棚には、以前シエラの見舞いに来た時と同じくクマのぬいぐるみがちょこんと置かれている。それが、なんだか気分的に癒されるよ。あのクマのぬいぐるみの首に巻かれているリボンの色は、イリヤの好きな色だったな。というか、ぬいぐるみ自体が好きそうだ。
「おや、肋が折れて放置してましたな」
「こんなん、唾つけときゃ治るだろ」
「よく痛みを我慢できますなあ。これ、放置しておくと骨が変な風に固まって内臓を傷つけますよ」
「大丈夫だ。傷口だけ治療してくれ」
「ダメです。ここに来たからには、きっちり治るまで帰しませんよ」
「じゃあ、傷口も診てくれなくて良い」
「はい、起き上がらない。一度、ここに来たらもう逃げられませんよ。逃げても、バーバリーが追ってきますからね」
「……騙された」
医療室のインテリアを眺めている中、アインスが楽しそうにジェレミーと会話をしている。こう見ると、ジェレミーも人間っぽいな。どうやら奴は、アインスには口答えできないらしい。というか、バーバリーと敵対したくないのかも。
一旦起き上がったものの、すぐにアインスの手によって強制的にベッドへ寝かされてしまう。それに抵抗するだけの体力がないのかもしれない。
ジェレミーは、されるがままに治療を受けていた。
途中、外れた関節も確認してもらえていたが、上手くできていたらしい。褒められてしまったよ。ちょっとだけ嬉しい。
「そうだ、アインス。試験管を返してなかった」
「おっと、忘れていました。今、客間に専門の方が来てますので直接渡していただいてもよろしいでしょうか」
「専門の方?」
「ロベール殿も知っていらっしゃる方ですよ」
「……? 今から行っても良いか?」
「はい、どうぞ。この方は、お預かりしますから」
「おい! 預かるって、俺ぁ荷物じゃねえぞ!」
「おや? 指名手配中の殺人鬼は、まだまだお元気なようですねえ」
「……へ?」
「ついでですから、いくつか変に曲がった骨を矯正させていただきましょうか。骨折してもそのままにしていた今までのツケを、ここでさっぱりきれいに無くしましょうね」
「……はっ、へ!? あ」
「大丈夫ですよ、内臓は一切傷つけませんから」
どうやら、奴の正体がバレていたらしい。
それでもこうやって、屋敷に招き入れて治療までしてくれるのだから、ありがたいことだろう。……多分。多分。
アインスは、新作のおもちゃを渡された子のごとく、ベッドに横になっているジェレミーへニコニコと愛想を振りまく。その笑顔が、なんというかエグい。指の骨をポキポキと鳴らしているところとか、もう……。
今からきっと、奴は地獄を見るんだろうな。そんな気がするよ。
ベル嬢へのプレゼントを手に取った俺は、「行くな、残れ」と念を送ってくるジェレミーを無視して、医療室を後にした。向かう先は、客間だ。何度か行ってるから場所は分かる。
医療室を出て数歩行ったあたりで、後ろから「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」みたいな声が聞こえたが……まあ、気のせいだろう。
***
「ロベール様、でしたか? 先日はありがとうございました」
「ご丁寧にありがとうございます、クラリス殿。……と?」
「先日はおせわになりました、ロベール卿」
客間へ足を運ぶと、ソファに腰掛け会話をする男女の姿が見えた。
1人は、クラリス殿だ。王宮で見かけた時とは別人のように、晴れやかな表情で笑っている。その会話の相手はサルバトーレ殿かと思いきや、背格好的に違う気もする。扉に背を向けているから顔は見えないが……どこかで見たことがある。
そう思って話しかけると、やはり聞き覚えのある声が返ってきた。
しかし、顔をこちらに向けられても、見覚えがない。誰だ?
「……えっと、お世話になっております」
「私の弟のギルバートです。姉弟揃ってお世話になったようで、本当にありがとうございました」
「……?」
「こうすれば、わかりますか?」
クラリス殿が紹介してくれたが、一向に思い出せない。誰ですか、と聞こうとしたところ、その男性は前髪を後ろに掻き分けてきた。
すると、記憶の中にあったある人物と重なる。
「ジルベール卿!?」
「はい、元老院所属のジルベールです」
「でも、クラリス殿はギルバートと……」
確か、彼女のファミリーネームはマクラミンだ。ジルベールではない。と言うことは、腹違いか? そう言うのは、特に珍しくないし……。とはいえ、真っ向から聞ける話ではない。
というか、そもそもジルベールは別の国ではギルバートと呼ばれてるじゃないか。それに、元老院だぞ!? なぜ、ここにいるんだ? アインスを連れ戻しにきたとか……。
「ふふ、ロベール卿は表情が豊かですね。あの時は偽名で失礼しました」
「……なぜ、偽名を?」
「初対面でしたので、癖で。本名は、ギルバート・マクラミンと申します。あたらめまして、よろしくお願いいたします」
「アレン・ロベールです。よろしくお願いします、マクラミン卿」
俺は、戸惑いながらも差し出された手を握り返す。
見た目よりも力強い手に驚きつつも挨拶をかわすと、王宮で会話した時よりも柔らかい表情でニコッと微笑んできた。こうして見ると、クラリス殿の弟だと言うことがよく分かる。あの時は結構年上に見えたが、今は幼さの残る青年という印象だ。
きっと、俺と同じか下だろう。なのに、元老院で地位を保っているとは驚きだな。あそこは、歳がいった人が多いから。
彼は元老院だが、他の奴のような陰気臭さや嫌味ったらしいところが一切ない。むしろ、爽やかすぎる。なぜ、元老院に籍を置いているのだろうか。
「早速ですが、サンプルをいただいてもよろしいですか?」
「サンプ……え、アインスの言っていた専門の方って……」
「私のことですね。今日は、アインスさんにご指名されてここにお伺いしています」
「そう、なんですね」
「あまり警戒しないでください。元老院と言っても、姉さんが所属したから入っただけなので。その姉さんが居なくなったので、そろそろ辞めようかなって思ってるところなんですよ」
「……は?」
「ダメよ、ギルバート。そう職をぽんぽん変えては。私は解雇されちゃったけど、あなたはまだ働けるでしょう」
「じゃあ、解雇されるように努力する」
「そんな努力、努力でもなんでもないわ」
「なんでも良いの! 僕は、姉さんと一緒に居たいんだっ!」
「全くもう。ギルバートはいつもそれね」
「…………」
……あれだ。シスコンってやつだ。しかも、見た感じ筋金入りの。
俺は、いつの間にか「僕」になっているマクラミン卿を見ながら、なんと声をかけたら良いのかわからないでいた。目の前では、今にでも姉弟喧嘩が始まりそうなムードになっている。止めた方が良いのか? 見て見ぬふりが正解かもしれない。……わからん。
内ポケットから出した試験管を握りしめて窓辺に視線を逃していると、ひと段落したのかマクラミン卿が話しかけてくる。
「その試験管ですか?」
「はい。指定された部屋にあった髪の毛数本と食べかす、それに爪と皮膚だと思うんですが硬い皮があったので入れてあります。一緒にしない方がよかったですか?」
「いや、問題ないです。いただいちゃいますね」
「お願いします……」
試験管を渡すと、マクラミン卿の表情がガラッと変わった。
今までは、芯の抜けたただのシスコンと化していたのに、パッと仕事の顔になったんだ。性格がどうであれ、彼が優秀なのは間違いなさそうだ。
真剣な表情をしながら試験管を覗き見るその姿は、ダービー伯爵殺害現場で見た彼そのもの。ここで、やっとあのジルベール卿がマクラミン卿であったことを悟った。
髪型が違うと、こうも印象が変わるのか。……いや、性格も加味されていた感も否めないが。
「フルスピードで調べても、1週間はかかると思います」
「……それで、何が分かるのですか?」
「その場に誰が居たのかがわかりますよ。精密検査ではないのでパーセンテージで言うと低いですが、判断材料にはなるでしょう」
「すごいですね、そんなことが?」
「科学はすごいですよ。専門にしている私も圧倒されることがしばしばありますから」
「でも、なぜあなたが? 元老院が、王族に手を貸したとバレれば、働きにくくなりません?」
しかし、やはり彼はシスコンだった。
俺が質問をすると、キリッとした表情から一変し、こちらに視線を向ける。
「そうなったら、辞めます。姉さんの居ない元老院なんて、なんの価値もない」
「……そ、そうですか」
「そうか! それを公にして解雇されれば「ダメ。困るのは、王族側なのよ!」」
「チェー……」
「……はは」
多分、アインスがクラリス殿に「鑑定できる知り合いは居ないか」聞いたのだろう。それで、彼女が弟を思い出しここに呼んだ……。多分、そういう経緯だ。ここで、その部分を深掘りしても、シスコンだという情報しか出てこない気がして止めた。
とりあえず、話題を変えよう。
このままでは、姉自慢が始まりそうだ。
「ところで、サルバトーレ様はどちらに?」
「デュラン伯爵のご令嬢と一緒にお出かけになられましたよ」
「そうなのですね。どちらに行かれたのでしょう」
「それが全く……。私は、ベルお嬢様のお側に居るよう言われているので」
「ああ、そうだ。ベル嬢のお顔も見たいです。簡単ですが、見舞いに贈り物を」
「でしたら、私が案内しますよ。……ギルバートは、ここで待っててね」
「はい! 姉さん、戻ってきてね。今日は、1日休暇だから姉さんと一緒に居たいんだ。せっかく呼んでくれたんだし」
「わかったわよ。じゃあ、大人しく待ってるのよ」
「はあい!」
「…………」
やはり、その性格の変わりようは見ていて慣れるものではない。
クラリス殿は普通にしているから、俺が気にしすぎなのか? そう言うことにしておこう。
俺は、彼女に案内されて席を立つ。
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