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過去の懺悔と引き摺る気持ち
しおりを挟むいつもの夢のような場所でアレンの誕生日会を眺めていると、後ろからシャロンが現れた。
しかも、私の姿が見えるしお話もできる。これは、どう言うこと? 何が起きているの?
「シャロン、どうして……」
「……アリスお嬢様、これはなんでしょうか。夢なのですか?」
シャロンは、怯えるようにゆっくりと後退りしながら、私に向かって震えた声を放ってくる。私もだけど、シャロンの方が混乱してるみたい。
まあ、そうよね。急にこんなところに来たら誰だってそうなるわ。最近、こっちが生活スペースになりつつあるから、この景色にあまり驚かなくなってたかも。
それよりも、どうしてシャロンがここに居るの? こんな簡単に、来れるところだった? それなら、それで良いけど……。
私の頭の中には、ひとつだけ最悪なパターンが蔓延っている。むしろ、それしか考えられそうにないほど凝り固まった最悪なパターンが。
「……シャロン、まさかあなた」
『アレン、いつもありがとう!』
『こちらこそ、ありがとうございます。私のために、こんな……』
『だって、アレンは戻ってきてくれたんだもの! もう、戻って来ないって疑ってごめんなさい』
『……戻ってきますよ、大丈夫です。ここが、私の職場ですから』
シャロンに「死んだの?」と聞こうとした。でも、その声は過去の私のはしゃぎ声によってかき消されていく。
それでよかったかも。人に向かって「死んだの?」は、失礼だわ。こう言う時って、なんて言えば良いのかしら。確認したいだけなんだけど。その答えを知らない限りきっと、この胸の中に燻る黒いものは消えてくれない。
なのに、言葉がうまく見つからないの。
シャロンはシャロンで、過去の私に視線を向けながら怯えた表情を披露している。なぜか、こっちは見ないようにして。
「シャロン……?」
「あ、あの。この後、陛下と視察があって……。これって、どこから戻れるんですか?」
「……シャロン」
「アリスお嬢様、お願いです。私を元の場所に戻してください。い、今までのことは謝ります。……その、みんなが貴女のことを馬鹿にしていた時に一緒に騒いだり、腐った食材を使ったことを知ってたのにそのままお出ししたり、あと、えっと、……発作を見ないふりしたのも、ジョセフ様からの暴力を黙認したのだって、私」
私は、その話を黙って聞いた。
下手に口を挟んだら、シャロンが居なくなってしまう気がして。それか、パニックになってそのままどこかの空間に放り出されでもしたら、それこそ大変。だって、この世界は危険がたくさんだもの。私だって、ベルが居ないと何もできない。
……ああ、そっか。
今の私は、ベルの格好じゃないんだ。アリスの格好なんだ。通りで肩が痛くないと思った。
だから、シャロンは私のことを見てくれないのかな。死んだ人が突然目の前に姿を現したら、混乱するわよね。しかも、知らない空間の中。もしかしなくても、この格好が彼女を怖がらせちゃってるのかも。
「わ、わかってたんです。アリスお嬢様が、なぜロベール卿にだけ懐いていたのか。……私も貴女の専属でしたが、ロベール卿のように寄り添ってあげられなかったんです。身分がバレないか、陛下のお膝元に戻れなくなったらどうしようか、そんなことばかり考えていたんです。アリスお嬢様のことは、二の次だったから……。ロベール卿のように貴女を愛せなかったし、エルザ様のように心から心配したことはなかったんです。アリスお嬢様に矛先が向いていれば、自分は安全だと。今だって、元の世界に戻ることが軸で、謝罪が手段になって……ごめんなさい、ごめんなさい」
そう言って、シャロンは頭を抱えて座り込んでしまった。
早口で小さな声だから所々聞き取れなかったけど、大体は理解できたと思う。言ってることの意味はね。
でも、言われていることの意味はわからないわ。
私が馬鹿だからかな。今の話で、私に謝罪するようなところがあった? シャロンは、何に対して謝っているのかわからない。
「誰だって、自分の身が一番可愛いわ。それのどこが悪いことなの?」
「……え?」
「シャロンは、陛下からいただいたお仕事をしていたのでしょう? だったら、身分がバレないようにするのは当たり前だし、自分を危険に晒さないのだってお仕事の基本よ。仕事とプライベートを分けるのだってそう。シャロンにとって私は仕事のひとつで、プライベートではないもの。何ひとつ謝ることはないじゃない。そうやって、自分の首を自分で絞めるようなことを言うのは良くないと「止めて!」」
しまった、言いすぎたかもしれない。
私の悪い癖だわ。こうやって、思ったことをズバズバ言ってしまうのは。私こそ、彼女の心に寄り添えてない。自分ばかり。嫌だわ、死んで脳の成長もストップしてるの?
シャロンは、私の言葉を大きな声で遮ってきた。
大きすぎて、後ろで楽しそうに会話をしてる私たちまでびっくりしたんじゃないか? って思っちゃった。振り向いたけど、そんなことなかった。
「止めてください……。それは、貴女の本音じゃない。違う。じゃなきゃ、こんなところに拘束しないでしょう? 本音で話してください……お願いします」
「……本音?」
「私のこと、嫌いでしょう!? 良い気味だって! 大嫌いだって!」
「……」
「良い子ぶらないで、言いなさいよ! これ以上……私を惨めにさせないで」
それよりも、シャロンが危うい。
そんなことかけらも思ってないのに、どうして貴女はそう思うの?
もっと近くで話せれば良いのにな。そうすれば、少しは警戒心が薄れると思う。
でも、シャロンは全身に力を入れて私を拒絶する。少しでも動けば後ろに下がって、私をテリトリーに入れないよう必死になってる気がした。
嫌われたくないな。
誰かを嫌いになったことなんて、ない。だって、私はそこまでできた人間じゃないから。単純なミスは頻繁にするし、人を不快な思いにさせちゃうし、お仕事だってまともにできないし。
シャロンの方が、ずっとずっとすごいわ。陛下に仕えるなんて憧れよ。そんな人とお話できるだけで私は嬉しいのだけど。こういう気持ちも、不快にさせちゃうのかな。
「この5年間、エルザ様は宮殿に引きこもって出て来なくなった! 陛下だって、貴女くらいの年齢の子を見るだけでしばらく涙を流して……。ロベール卿だって、毎日毎日貴女への祝福の祈りを捧げて! カイン皇子だって、シン様だって、貴女を思って! なのに、私は……私は!」
『アレン、その……えっと』
『どうされました?』
『あの、あのね。その……』
『……お嬢様。私は、お嬢様が望めばいつまでもお側に居ますよ』
『あ……』
『だから、そんな寂しそうなお顔をされないでください。まだ専属として未熟ですが、これから色々教えてくださいな』
『……ありがとう、アレン』
『お嬢様も、ありがとうございます』
シャロンが話している最中、突然後ろの会話が聞こえてきた。ピタッと話すのをやめたってことは、きっとシャロンにも聞こえてきたんだと思う。
そっちを見ると、プレゼントを受け取ったアレンが過去の私の頭を撫でているところだった。それに頬を染める過去の私……。
あの頃は、こうやって頭を撫でてくれるアレン、お菓子を持ってきてくれるシャルルの兄様、植物の知識を教えてくれるジャックに懐いていたな。今思うと、気持ち悪いくらい懐いてた。それに、依存してた気がする。嫌だわ、黒歴史すぎる。
シャロンに見られていると思うと、余計に恥ずかしい。どうにかして、視線をそらして……。
「……シャロン? どうしたの」
天気の話題にしようか。それとも、ここの世界の説明? いえ、それは唐突すぎるわ。私だって半分も理解してないのに、そんな中教えるのはリスキーすぎる。
なんて思いながらシャロンを見ると、無表情になってボロボロと涙を流していた。
泣く場面ではないはずだけど……。
驚いて近づくと、今度は拒絶されなかった。手を取ると、体温が伝わってくる。
「シャロン?」
「……私も、人目を気にせずああやって貴女を守りたかった。抱きしめて頭を撫でて、頑張った分は褒めて、悪いことをしたら叱って」
「シャロンは、してくれたわ。私の専属になってくれたし」
「全然足りないです。私がアリスお嬢様だったら、1週間で解雇させてたと思います。それほど、私のメイドは酷かった……」
でも、その体温からはなぜかシャルルの兄様の気配を感じるの。これは、何? 彼も、こっちに来ていたり? うーん。手を離すと、その気配が消えちゃうわ。ってことは、シャロンから感じるってこと? どうして?
私ったら、そっちに気が行ってしまって次のシャロンの言葉への反応がワンテンポ遅く返しちゃった。
「あのですね、アリスお嬢様はマルティネス皇帝陛下の付き人第一候補だったんですよ」
「……え?」
「最初は私が第一候補だったのに、もっと優秀な方が居たとかで。今思えば、それに嫉妬してたんだと思います。八つ当たりです。大の大人が」
「え、ちょ、ま、待って。は、初めて聞いたわ……。え、嘘」
「本当です。数年計画でアリスお嬢様の知識を増やして、成人してあのお屋敷を出られるようになるまでサポートして……。ロベール卿は知りませんが、私の潜入捜査の目的は貴女の安否確認とマナー教育、それに身辺調査でした」
待って、話が大きすぎるわ。
私が、皇帝陛下の付き人になる予定だった? そんなわけないでしょう。私はしがない伯爵令嬢。アカデミーを出てないし、資格だって何ひとつない。なのに、なぜ?
その話を聞いて、何か忘れている気がした。
昔の私って、何をしてたんだっけ?
絵本を読んでた? お庭を駆けていた? 思い出そうとしても、思い出せない。なんなら、考えれば考えるほど頭が締め付けられるように痛む。思い出す景色は、暗く冷たく……。
「……そ、あ」
「アリスお嬢様?」
「い、た、い……」
「アリスお嬢様! アリスお嬢様!」
フラついたと思った瞬間、目の前が真っ暗になった。
***
クリステル様は、医療室に居るらしい。
部屋の前まで来たが、とても静かだ。話声はもちろん、医療器具の音ひとつしない。
やはり、ジェレミーの奴でまかせ言いやがったな。彼女の容態を確認したら、文句を行ってやろう。
「失礼する。クリステル様は……おい、どうした!?」
「ど、どうされました……なっ!?」
扉前に立っていた第二騎士団の団員に敬礼をしてから中へ入ると、真っ直ぐのところにある壁に寄りかかって動かないジェレミーの姿を見つけた。急いで駆け寄ると、体温が急激に下がっているらしい。低体温のはずの俺よりも、なんなら水道管を流れる水より冷たい。
俺の声に驚いた団員が部屋に入ってくるも、構っていられない事態だ。誰かに襲われた? でも、ベッドではクリステル様が入眠されている。争った後はないし、なんなら思ったほど彼女の顔色は悪くない。呼吸も整ってるし、ベル嬢のあのお姿よりずっと人間らしいと思った。
「おい、ド、ドミニク! どうした!」
「……」
「ドミニク!」
ジェレミーの元へ戻った俺は、奴の身体をぺたぺたと触って傷の確認をした。
外傷はない。腹を捲ると、包帯が巻かれているがこれはアインスの治療痕だ。特に変わった様子はないし、他に折れているところもない。
こいつ、持病とか持ってないよな。
とにかく、俺は奴が目を覚ますことを祈り、少々乱暴に揺さぶった。
これで起きなかったら、エルザ様のところに居た医療者を呼ぼう。
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