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見透かされる、裏の自分
しおりを挟む「……お嬢様?」
目の前に居たアリスお嬢様が、急に頭を抱え出した。驚いて手を差し伸べたけど、その瞬間に周囲の様子が一変する。
今の今まで目の前にあったグロスターの屋敷が、ぽっかりと穴を開けたかのようになくなってしまったの。もちろん、お庭もティーテーブルも何もかもなくなって。まるで、照明の落ちた舞台のよう。どこからともなく、オーケストラの音楽が響いてくる。……この曲は、何かしら?
それに、ここはどこ?
私はてっきり、アリスお嬢様のいたずらかと思ったの。でも、あの様子を見る限りそうじゃないみたい。謝りたいわ。混乱していたとはいえ、私は彼女にひどい言葉を浴びせてしまった気がする。……いえ、でも確定したわけじゃない。
なんだか、今日の私は変だわ。どうして、こんなにアリスお嬢様を疑ってしまうの? さっき、納得したはずなのに。
「アリスお嬢様、どこにいらっしゃいますか?」
「ここには居ないわ」
「え?」
暗闇の中、お嬢様の名前を呼びながら歩いていると、後ろから急に女性の声がした。
驚いて振り向くと、そこには……。
「アリスの知り合い? このまま真っ直ぐ行くと、戻って来れなくなるけど」
「……あなたは」
「私は、ベル。アリスに身体を貸してる人って言えば伝わる?」
「は、はい……」
そこには、アリスお嬢様が居た。と言っても、フォンテーヌ家のご令嬢の姿って言えば良いのかな。憑依したアリスお嬢様。
でも、彼女の言葉を信じるなら、違うみたい。言われてみれば、無表情すぎるというかなんというか。アリスお嬢様から漂う雰囲気はカケラも感じない。
でも、演技かもしれない。
だって、あの異質なグロスターの中、アリスお嬢様だけ常人だなんてありえないもの。気になって調べたけど、両親が違うとかはなかったし。……テレサ・グロスターが浮気していなければね。とは言え、彼女が男に狂い出したのは10年前ほどのこと。何があったのかは知らないけど、その前は伯爵を溺愛していたみたい。
だから、アリスお嬢様にだって何かしらあるはず……。
遠くから聞こえる音楽に耳を傾けるたび、その疑惑は大きくなっていく。
これ以上、彼女を疑ってどうするの? 自分がわからない。
「あなたは、アリスの敵?」
「え?」
「さっきから、アリスのこと疑ってる」
「……そっ「あの子をいじめるなら、このまま真っ直ぐ歩って消えてちょうだい」」
ベルと名乗った彼女は、鋭い視線をこちらに向けながらとても尖った声でそう言っていた。
何か、悪いことをした? 心当たりがないけど、彼女が私に対して怒っていることはなんとなくわかった。
先ほど、このまま行くと戻って来れないと言われた。なのに、今はその道に向かって指を刺しながら「消えて」と言ってくる。どうして? あっちは、音楽が聞こえてくるところだけど……何があるの?
私が今わかっていることと言えば、この人を離したらダメってこと。
だって、彼女はこの空間について知ってるような感じだし。できれば、陛下のところまで案内してほしい。アリスお嬢様はしてくれなかったし。
「あなた、アリスのこと疑いすぎ。何年も一緒に居たのに、まだ信じてあげられてないの?」
「……え?」
「思考がダダ漏れよ。性格悪いって、よく言われない?」
「……っ」
「私、自分さえ良ければ良いって人間大っ嫌い。状況に合わせてお友達選ぶ人も。あんた、モロそういう人間でしょう」
「……あなたに、私の何がわかるって言うの」
「さっき言ったでしょう。思考がダダ漏れだって」
そう言って、ベルと名乗った彼女は、私にゆっくりと近づいてきた。スローモーションに感じつつも、足が逃げたいと言っているように数歩ずつ後ろに下がっていく。
この人は何? 思考がダダ漏れって……。人間、そんなことできるわけないでしょう。
いえ、でもここは現実じゃない。そうでしょう? さっきまでグロスターのお屋敷があったり、昔の姿のままのアリスお嬢様が居る世界だもの。普通じゃないわ。
だから、この人も人間じゃないのかも。……なんて、こう言うのも知られちゃってるってこと?
「そうよ、全部知られてるわ。あなたの浅はかな考えもね」
「……だって、腹の探り合いしてなきゃ今の仕事なんてできないもの」
「それはわかるけど、じゃあアリスと接するのは仕事なの? あんな跪いて謝ってたのに?」
「あなた、私のこと知ってたじゃないの。さっきは知らないふりして」
「さすが、陛下の付き人ね。あなたの言う通り知っていたわ。あなたの存在も、アリスが殺された原因を知ってるってこともね」
「なっ……そ、それは」
彼女の言葉を聞いた私は、サーッと下に血がう下がっていくのを感じ取った。むしろ、それしかできない。
そう。
私は、なぜアリスお嬢様が殺されてしまったのか。その原因の一つを知っている。
偶然知ったの、彼女が殺されて1年後に。偶然。
でも、それに気づいてしまったら私も殺される気がして。今まで、ずっと黙ってた。黙ってたのに……。
オーケストラの旋律が、私の心臓を抉ってくる。
その鋭いファンファーレのような音が、私を断頭台へと送るように。
「戻ったらちゃんと誰かに話すなら、戻してあげる。言う気がなければ、このまま一緒にあっちに歩きましょう。見送ってあげる」
「……確かに知ってるけど、それってそんな重要な情報なの?」
「そうね、あなたが重要かそうでないかを判断できるようなものではないってことは言っておくわ。それより、話を逸らさないで。私は、アリスのように甘くないわ」
「……」
「さあ、言うの? 言わないの? ちなみに、ここで言うって言ったのに守らなかったら、あなたを自殺するまで追い詰めるからね」
いえ、それが重要な情報であることは知っていた。だから、殺されると思ったの。「重要じゃないの?」なんて、どうして聞いたのかしら。
でも、言ったところでもう彼女は戻ってこないし、私が陛下の付き人であることには変わりない。それに、あんな偶然が2度も起きるはずないわ。
そう心の中で確信を持てるのに、目の前のベルという女性を見ると揺らいでくる。
嫌だな。こんなところでも、自分が生き残るところを考えてアリスお嬢様のことは二の次。私だって、治したいと思ってる。でもそれって、陛下の付き人であるという絶対的な立ち位置が確立されてるからだと思う。
「私は良いけど、あなたにはあまり時間がないわ。せっかく生きるための血を入れてもらえたのに、無駄にしちゃかわいそう」
「……何それ?」
「あっちに戻ればわかるわ。でも、戻らなければどうでも良い情報。それより、どうするの?」
「……私は」
心の奥ではわかってた。
アリスお嬢様は、純粋な心の持ち主であることを。グロスターに染まらなかったのは、幼少期の虐待の「おかげ」でもある。周囲に嫌われることを無意識に怖がり、相手にとっての「良い子」を自然に演じるのが彼女なの。その行動に、裏も表もない。
だからこそ、陛下が彼女を欲しがった。
そっか。
前は偶然だったけど、今は違うわ。だって、アリスお嬢様が生き返ってるんだもの。きっと、彼女のことだから昔書いたものを覚えてると思う。
またあの書類が流出したら、彼女が殺されるかもしれないわ。
……それはやだな。
「私は……」
何をしても中途半端で、人を疑うことだけは一人前な私。これは、私の心の奥にある本当の気持ちだわ。オーケストラの音のせいには、しちゃだめ。……アリスお嬢様のせいにも。
今、私ができることは……。
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