愛されたくて、飲んだ毒

細木あすか(休止中)

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閑話2

オータムチューリップを手のひらに(前)

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《アリス視点》




 あれは生前、夏が終わりかけていた時のこと。

「すみません、お嬢様……。実は……」

 お部屋でいつも通りお仕事をしていると、珍しく庭師のジェームズが顔を出してきた。彼は、土が落ちるからと言って滅多にここに来ない。来ても良いのに。

 おずおずと顔を出すジェームズの姿に、机に向かっていた私と、奥で窓拭きをしてくれていたアレンが顔を上げる。

「どうしたの、ジェームズ。お水止まっちゃった?」
「いえ、そういう訳ではなくて……。お嬢様に、謝罪することがあります」
「……? 入って良いわよ」
「しかし、土が……」
「私、土の匂いが好きなの。落ちても何も問題ないわ」
「……ありがとうございます。では失礼します」
「こっち座って」
「それは勘弁ください! 汚したら、大変です。旦那様に叱られてしまいます」
「別に良いのに、ジェームズは律儀ね。で、どうしたの?」

 ソファを指さして案内したけど、ジェームズったら顔色変えて座らないの。こういうところは、昔から変わらないわね。
 きっと、どちらかが折れないと平行線な話が続くと思う。前回、花壇に植える花の配色ではジェームズが折れてくれたから、今日は私は折れましょう。

 資料から目を離した私は、ジェームズの近くまで足を進めた。
 後ろでは、それをアレンが雑巾片手に見守ってくれている。

「実は……お嬢様の大切にしていましたオータムチューリップをダメにしてしまいまして……」
「あ……。あの、赤いやつ?」
「……はい。申し訳ございませんでした」

 この国には、スプリングチューリップの他にオータムチューリップという品種があるの。他国では、スプリングチューリップだけなんですって。本で他国の勉強をするまでは、知らなかったから私も賢くなったわ。
 そのオータムチューリップを枯らしてしまったと、ジェームズは謝りに来たみたい。

 でも、それが彼のせいじゃないことを私は知っている。
 だって、さっき厨房を通り掛かったら、メアリーが「昨日の夜、チューリップに熱湯をかけた」と言っているのが聞こえたから。
 今やってる仕事が片付いたら、花壇へ行こうと思っていたの。先にジェームズがきてしまったけど……。きっと、メアリーは花にお湯をかけちゃダメなことを知らなかったのね。

「もう花は咲かないの?」
「……はい。完全に折れてまして」
「そう……。わかったわ、報告してくれてありがとう」
「それで、あの……。大変申し訳ありませんが、お願いがありまして」
「何かしら?」

 お湯をかけると、花が折れてしまうのね。それは知らなかった。
 可哀想に。これから綺麗な花弁を咲かせる予定だったのにな。でも、仕方ない。みんな、お花に関する知識がないんだから。
 でも、悲しいわ。「仕方ない」なんて、自分を納得させるための言葉であって外に出して良いものではない。だから、外に出てしまう感情が「悲しい」しかないの。人間が同じようになったら大惨事なのに、お花だと軽視されちゃうのも嫌だな。

 ジェームズが悪いわけじゃないのに、こうやって謝りに来てくれる。その事実が、暗くなりそうな私の心に歯止めをかけていた。泣きそうだけど、泣くのはここじゃない。
 私は、ジェームズの提案に耳を傾ける。すると、

「私はこれから、花壇を整備しなければいけません。お嬢様には、申し訳ありませんがおつかいを頼んでもよろしいでしょうか?」
「お、おつかい!?」
「はい。新しいチューリップの球根を3つ、サルメント城下町へ買い出しに言っていただけると……。もちろん、お仕事があるなら無理は言いません」
「行く! 行くわ! ね、アレン。行きましょう!」
「は、はい!? わ、私もですか?」

 と、思ってもみなかった提案が舞い降りてきた。

 おつかい! しかも、ミミリップ城下町じゃなくて、サルメント城下町!
 私ね、ミミリップだと嫌われ者なの。だから、街を歩いていたら空気が悪くなるし、酷いと石を投げられる。……お金を搾取するグロスターの家の子だものね。されるのは仕方ないと思ってるけど、進んでやられに行こうとは思わない。

 でも、サルメント地方なら、そんな心配しなくて良い! しかも、久しぶりの外!
 その気持ちをアレンにぶつけていると、彼ったら急いで持っていた雑巾を私から遠ざけようと必死になってる。それが、なんだかおかしい。顔を真っ赤にして、面白いわ。

「ダメ? 他に用事あったかしら」
「あ……いえ。その……」
「無理には良いわ。アレンも、お仕事があるものね」
「い、いえ! ご一緒させていただきます!」
「本当!? 嬉しい!」

 今日は、お父様お母様が居ないから、最年長のジェームズに外出許可を貰えば出かけられるの。最近お外に行ってなかったから、嬉しい。チューリップには申し訳ないけど、嬉しいという気持ちは抑えられない。
 なんなら、すごく良いタイミングだなとさえ思ってしまった。これって、私も花を軽視しちゃってるわ。でも、嬉しい。こんな自分勝手だから、領民に嫌われるのね。

 私は、心の葛藤をしながら、ジェームズからお金を受け取るアレンを横目に準備に取り掛かった。
 何を着ていこうかしら? 燕尾服のアレンが一緒なら、グレー系が無難かな。私1人だけ明るい色だと、浮いちゃうし。
 ああ、嬉しい。久しぶりのお外!


***



 気づいたら、お嬢様と2人でお出かけをすることになっていた。
 おかしい。窓拭きをしていただけなのに、どうしてこうなった? これから雑巾を絞って反対側の窓もやろうと意気込んでいたのに。おかしい、おかしすぎる。
 誰か、俺の頬をつねってくれ。夢じゃないと確認……いや、夢だったら覚めちゃうからやっぱりこのままで。

『ね、アレン。行きましょう!』

 ジェームズさんが、お嬢様の大切にしていたチューリップを枯らしてしまったらしい。「折れた」って言っていたけど……枯れすぎて茎が折れてしまったってことで良いのかな。とにかく、新しい球根が必要なことだけは理解した。

 でも、どうして今から出かけるのか分からない。これからお昼だって言うのに。
 お嬢様は、お昼を召し上がらずに出かけるらしい。しかも、ミミリップじゃなくてサルメント地方の城下町に。ミミリップにだって、チューリップの球根くらいは売ってるはず。
 雑巾片手に立ち尽くす俺には、理解し難いことでいっぱいだった。それに……。

『アレンくん、アリスお嬢様をよろしくね』
『……は、はい』
『ほら、しっかり前を向いて。お嬢様から目を離したらダメだよ』

 それに、ジェームズさんは図ったな。
 先日、アリスお嬢様と一緒に庭師のジェームズさんへ挨拶へ行った時のことなんだけど……。お嬢様がお庭を眺めているところに、ジェームズさんが俺の耳元で「アリスお嬢様は良い子ですよ。君の目は正しい」と小さな声で言ってきたんだ。
 それって、俺がお嬢様に好意を抱いていることに気づいたってことでしょう? 言われた瞬間、顔どころか全身が熱くなるのを感じた。

 それ以来、ジェームズさんはお嬢様と俺を微笑ましい顔して見てくる。
 いつバレるかヒヤヒヤしてるんだけど、今のところは大丈夫だ。でも、今回のことでお嬢様に気づかれたら……その時は、ジェームズさんを恨もう。うん、そうしよう。
 でも、正直なところ出掛けの提案は嬉しい。だって、実質お嬢様と2人きりの買い物ってことでしょ? 何このご褒美。普通に、金銭の報酬よりも嬉しい。

「お嬢様、少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「……ええ、良いわ。ここで待ってるわね」

 お嬢様は、伯爵令嬢なのに馬車を出してもらえない。
 それがわかっていたのか、ジェームズさんは多めにお金をくれた。でも、俺も黙ってないよ。こう言う時に、自分の地位を使いたいでしょう。

 だから、お嬢様に許可をいただいて、最初にミミリップ地方の端に位置する雑貨屋さんへ出向いた。こう言う時、彼女は理由を聞かない。
 ここは、父様も使っているロベール家の得意先。連絡を入れれば、ロベールのお屋敷に最速で手紙を届けてくれる場所なんだ。早くて20分後くらいに手配した御者が来るだろう。馬車は、紋章でバレちゃうからレンタル。それも、手紙に記載してある。

 手紙を出し終えた俺は、バレないよう外の入り口で待たせてしまったお嬢様の元へと走った。店内のガラス窓からお嬢様の背中が見えているから、迷子になることはなさそうだ。馬車を待つ間、昼食を済ませよう。
 
「お待たせしました、お嬢さ……お嬢様、どうされたのですか!」
「あ、おかえり。アレン」

 しかし、その予定は、すぐさま崩れ落ちていく。
 戻ると、彼女の額から血が滴り落ちていたんだ。それを何食わぬ顔してハンカチで拭っていたお嬢様は、俺に向かってほっとしたような笑顔を向けてくる。

 この傷は、なんだろう。出血と共に、周囲が青く変色している。
 と言うことは、殴られた? でも、それにしては小さい……。何か、小さくて硬いものを投げられ…………ああ、そうか。そうだった。彼女は……。

「……ごめんなさい、お嬢様。ごめんなさい」
「アレン?」
「ごめんなさい。もう絶対に離れませんから」
「……? 用事は終わったの?」
「はい、終わりました。早くここから出ましょう」

 そうだよ、大切なことを忘れていた。
 彼女がお屋敷で食事を摂りたくなかった理由も、ミミリップの領民にどう思われていたのかも、どうして忘れていたんだろうか。
 いくら自身に問いただしてみても、彼女と2人で外に出かけるという事実に浮かれていたとしか言えない。ジェームズさんは、わかっていてサルメント地方までの外出許可を出したんだ。だから、アリスお嬢様は嬉しそうにしたんだ。

 俺は、まだまだ子どもだった。
 だから、今もなお彼女を睨みつけている「大人」たちに言葉を吐ける勇気を持っていない。「彼女はそんな人間じゃない」と言えたら、どれだけアリスお嬢様は救われたのだろうか。でも、俺はひたすらその「大人」たちから彼女を遠ざけることしかできない。

「……額、広場で洗いましょう。綺麗な水場を知っています」
「う、うん……。でも、早くサルメントに行かなきゃ」
「馬車を手配してあります。それが来るまでは時間がありますから」
「え、いつの間に! アレンはすごいね。歩こうと思ってた」
「……」

 そんなことないです。
 貴女の立場を考えて行動できない、馬鹿な人間なんです。

 こんなんじゃ、アリスお嬢様を守れない。
 早く大人になりたい。大人になって、立派にお仕事をこなして爵位をいただいて彼女を救いたい。こんな地獄のような場所は、貴女には似合わないよ。
 改めて気を引き締めた俺は、彼女と繋がった右手に力を入れる。
 
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