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閑話2

欲しい人材は胃袋で掴むフォンテーヌ家

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「どうぞ、召し上がってくださいな」
「……これはなんでしょうか」
「うちの自慢のシェフの料理です。お肉が好きとお伺いしましたので、牛肉のフィレステーキをメインに揃えてみました。お口に合うと良いのですが……」
「……はあ」

 アリスのためにフォンテーヌの屋敷に何度か通っていると、フォンテーヌ子爵につかまった。何度か挨拶を交わしていたものの、こうやってテーブルを挟んで対面するのは初めてだ。

 まさか、俺の正体に気づいて「もう屋敷に来るな」とか言われるのか? まあ、俺ぁ指名手配中の殺人鬼だからな。可愛い娘が傷つけられでもしたらと考えられてるなら、それは真っ当な反応だ。仕方ない。
 と思って付いて行ったのに、なぜかダイニングに案内され、しかも目の前には結構豪勢な食事が置かれている。護衛もなしにフォンテーヌ子爵と夫人と同じテーブルに座るって、何を考えてんだ? 目的がわからないから、何を言ったら良いのかさっぱりだ。

「さあさあ、召し上がって! 客人が手をつけないと、私たちが食べられませんぞ」
「嫌いなものがあれば、遠慮なく残してくださいな」

 にしても、すげーな。
 目の前に並ぶ料理には、俺の嫌いなものが何一つない。むしろ、好物ばかりだ。「お肉が好きとお伺いした」と言ってたな。誰に聞いたんだ? アリスは眠ったままだし、俺の好みを知ってる人がこの屋敷に……。

 いたわ、あいつか。

「……では、いただきます」
「どうぞどうぞ。ワインを出せれば良いのですが、今日はお話がありましてその後にしていただけると嬉しいです」
「お話とは?」

 というか、テーブルマナーとか気にしたの久しぶりだな。ずいぶん昔のことだから忘れていると思ったが、どうやら身体が覚えているらしい。マクシムと飯食ってる時なんて、酷いもんだった。
 悪党ごっこをして数年経つが、まさか表の人間と食事をするとは……。にしても、うますぎる。シャルルに居た時も、こんなうまい肉料理を食ったことがない。

 フォークとナイフで肉を切っている手を止めてフォンテーヌ子爵の方を向くと、温厚という言葉はこの人のためにあるんじゃないかと思うほどの表情でこちらを見ている。人には必ずと言って良いほど裏表があるものだが……フォンテーヌ子爵と夫人からは、そう言うのが一切感じられない。
 俺の勘が鈍ったのか、それとも……。

「最近、よくうちの子と一緒に居るとお聞きしましてな。イリヤに聞いたところ現在フリーとのことで」
「……まあ、フリーですが」
「そこで、ぜひ貴方の能力をうちで生かしていただけないかと思い、こうしてお呼びしたまでです。いかがでしょうか?」
「……今、なんとおっしゃいました?」

 やっぱ、イリヤだったか。
 今の今まで食事に視線を落としていた俺は、フォンテーヌ子爵の言葉に驚き顔をあげた。すると、普通に……マジで、普通に食事をしてる2人が居る。「今日も、ザンギフの料理は美味しいわ」なんて呑気に言いながら。
 口に食べ物を入れてなくて良かった。多分、入れてたら吹き出してたな。

 こいつら、頭おかしいんじゃねえの?
 殺人鬼に何言ってんだ? まさか、それを知らずに雇おうとしてるなんてことねえだろうな。だとすれば、イリヤが雇い主を裏切ってることになる。

「貴方をうちで雇いたいと、スカウトしました」
「……ちょっと、待ってください」
「ええ、なんでしょうか」

 俺は、一旦落ち着かせるためにナイフとフォークを皿の端に置いた。
 理解が追いつかない。

「イリヤに聞いてるかもしれませんが、私は人殺しです。王宮で指名手配もされています」
「ええ、聞きましたよ。爵位の高い貴族を次々に殺し歩いたとか」
「……ご存知であるのに、雇おうとするのはなぜでしょうか。正直な話、護衛も置かずに食事をなさっておりますが、殺される心配はしてないのですか?」
「全く。君からは殺意を感じないからね。イリヤから、殺害理由も聞いてるからあまりそこは気にしてませんぞ」
「……あいつ」
「まあまあ、私が話してくれと頼んだのです。イリヤを責めないでください」

 なるほど、わかんねえ。
 確かに、俺は無差別に人を殺めていたわけじゃない。が、それをなぜイリヤが知ってるんだ? 確か、王宮では無差別殺人を理由として指名手配されてるはず。

 いつもならここで食欲を無くして退散するところだが……なんだこの料理。後味最高じゃねえか。
 無くすどころか、今すぐにでも口の中に入れたい衝動がすごい。

「……仮に、私を雇ったとしましょう。しかし、王宮にそれがバレればあなた方も犯罪になりますよ。そこまでのリスクを背負う必要はないと思いますけど。現に、イリヤとバーバリーが居るでしょう。あいつらが居れば、私は不要かと」
「バーバリーには庭師の仕事が、イリヤには私が頼んでいる仕事があります。四六時中警護をしてくれるわけではないので」
「それだけですか? 隠していることがあれば、今言ってください」

 それは、ただの鎌掛けのつもりだった。
 俺が良くすることだ。相手の出方を見るために、一旦そう言っておくんだ。

 すると、案の定フォンテーヌ子爵の手が止まった。先ほどまでの表情とは一変して、影が落ちる。
 やっぱ、裏があるらしい。さて、何が出てくるやら……。

「実は、うちのベルが狙われているという情報を入手しまして」
「……は?」
「先日、ガロン侯爵が仕事を持ってうちに来ましてね。そういう噂をミミリップで聞いたと言われまして」
「娘に何かあったらと思うと、安心して眠れません。なので、ベルと仲の良い貴方をこうして」
「で、裏で顔を利かせていた俺が居れば、安心と?」
「その通りです」

 想像の斜め上を行くその情報に、今の今まで「私」で通していた一人称が「俺」になってしまった。口にしてから気づくとか、俺は何をしてるんだ。
 でも、目の前に居る2人は気にしていないかのように「付け合わせのピクルスも美味しいわ」「イリヤが好きそうだな」なんて話してやがる。……本当に「安心して眠れません」なのか?

 しかも、俺はその情報を持っていない。
 ガロン侯爵と言えば、グロスターの野郎の代わりにあの辺を代理で統治してるという話だったが……。そういう情報に詳しい俺の耳に入ってきてないって、どういうことだ? ミミリップは、マクシムが入り浸ってるから極力行かないようにしていたが、それでも少しくらい情報が入ってきてもおかしくないはずだが。

「なるほど……。リスクを冒してでも、娘が心配ってことですね」
「リスクだなんて。貴方の行動には、芯があります。それを信じようって話を主人としたのですよ」
「うんうん。それよりも、早く召し上がらないと料理が冷めてしまうよ。うちのザンギフの料理は、冷めても美味いがな!」
「……いただきます」

 とりあえず、落ち着くために食事を続けよう。
 こんな話されたら、味なんかわかん……なくないわ。やっぱうめえな。なんだ、これ。

 フィレステーキだけじゃなく、パンも付け合わせのピクルス、温野菜やスープも申し分なかった。こいつらはこれを毎日食ってんのか? 羨ましすぎんだろ。
 てか、これだけの腕前があれば、三つ星レストランで働けんじゃねえの? なんで、子爵家なんかでシェフしてんだ?

「とりあえず、数日考えていただけますか?」
「……わかりました。私の方で情報を集めて検討しますので、少々お待ちいただけますと」
「私の前でも、砕けた話し方で結構ですぞ。他の使用人たちもそうですから」
「イリヤもバーバリーも、一人称が名前ですものね。あれは可愛いわ。良かったら、ジェレミーさんも……」
「それは辞退しておきます」
「あら、残念。じゃあ、ミミちゃんって呼んでも良いかしら?」
「……それも、できれば辞退したいです」

 ってことは、俺の本名も周知済みか。

 俺は、戸籍上シャルルに存在しない。裏で生きると決めた日に、抜いてきたんだ。
 たまにシャルルの屋敷に戻るし、家族全員が俺のことを理解してくれてるから何も言われねえ。ずいぶんお人好しな家族だって思ってたが、ここも相当だな。変な奴ら。

 冗談に聞こえる程度に返答すると、夫人が「残念ねえ」と言って本当に寂しがっている。それが、ちょっとだけ面白い。

「じゃあ、この話は終わり! ワインは何がよろしいかな?」
「……じゃあ、赤の辛口を」
「よし、それならザンギフが選んだものがあったな」

 注文をすると、すぐに子爵がテーブル上に置いてあったベルを鳴らした。
 ……と、同時に扉が開き、イリヤと料理長らしき人物が入ってくる。待機してたな。じゃなきゃ、こんな早く来れねえ。

 にしても、ザンギフってこいつのことか? ワインを持ってる手の小指が立ってるが……まさか、オネエ系ってやつか。ここの使用人は、我が強い奴が多すぎる。
 でも、「ザンギフ」が選んだワインなら安心して飲めそうだ。

「旦那様、良い人でしょ」
「……まあな」
「前向きに検討してね」
「わーったよ……」

 水を運んできたイリヤは、耳打ちでそう言いながらグラスに注いでくる。
 そういえば、毒味してねえな。なのに、食い始めるとか俺はどんだけ緊張感を失ってたんだ? それを今気づくとか、この空間はやっぱおかしい。

 でも、悪い気はしない。シャルルの屋敷のような安心感のある場所が、それを証明している。
 イリヤに言ったように、前向きに検討しようか。金はいらねえから、アリスの側で働けるポジションが欲しいな。その辺りは、交渉の余地がありそうだ。

 そして、俺はどうやらこのオネエ系料理人に胃袋をつかまされたらしい。
 ワインもクッソうめえ。苦手で遠ざけていたスイーツすらも美味いってどんだけだ? とにかく、これがあればやっぱ報酬なんかはいらねえ。

 俺は、「検討します」と言いつつもすでにここで働く気満々で居る自分に気づき、小さく微笑んだ。
 
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