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タルトタタンでティーパーティーを
しおりを挟む突然の訪問者、カウヌの陛下代理は、自由奔放を絵に描いたような人物だった。
その「自由さ」は、イリヤと良い勝負だと思う。
「なるほどなるほど、こうやって作るんだな」
「おお! 厨房に立たないと言っていたが、なかなかの腕前ですなあ! これは、王宮シェフの道も遠くない!」
「いやいや、私はまだまだです」
「そんな、ご謙遜を!」
「…………」
何がどうなってこうなったのか、俺もよくわかっていない。
わかっていることといえば、陛下の元へ代理を案内する途中、急に身綺麗な格好をし出したかと思えばそのまま通り過ぎようとしていた厨房に入っていってしまったのだ。慌てて後を追うと、いつの間にか俺に推薦されたシェフ見習いの卵だとか言って厨房の見学を始めてるじゃないか!
意味のわからない俺は、ただただ代理が借りたであろうエプロンを身につけて王宮コックと会話しているのを聞いていることしかできない。
とりあえず、今できることはないだろうが代理に怪しい動きがないか監視すること。毒でも仕込まれたら、それこそパニックになるだろう。
そして、その後は厨房の管理体制の見直しもしよう。なぜ、こんな簡単に他人が入れるようになってるんだ……。
なんて考えている間も、楽しそうな会話が続いていく。
「へえ、郷土料理ですか!」
「王宮に来る人たちは、この辺の人だけじゃないですからねえ。東西南北、いろんなところから来るんです。しかも、ほとんどが長旅で。そうなりゃあ、故郷の味が恋しいってもんですよ」
「色々、気遣っているのですね」
「はい。だから、カウヌの味も一応作れますよ」
「え?」
「あなた、カウヌの人でしょう?」
おっと、楽しいだけの会話ではなかったようだ。
王宮シェフは、俺の方をチラッと確認したかと思えば、楽しそうな表情で代理との会話を続けている。
身分はバレていなさそうだが、出身はバレバレだったということか。この国とカウヌで、そこまで目立つような訛りはないと思うが……シェフには、その違いがわかったんだろう。すごいな。
代理は、一瞬だけキョトンとした表情になったが、すぐさま楽しそうに笑い出す。
「ははは、これは失礼しました。カウヌからやってきました、しがない農業者でして。食べ物の扱いには目がないんですよ」
「会話でわかりますよ。あなたは、厨房に立っていた人だ」
「そこまでわかるんですか。なるほど、レオーネには良い人材が揃ってますなあ。騙してしまってすみません」
「いいえ、王宮にはいろんな人が居ますから」
なんて言いつつも、双方手を止めない辺り性格が似ているのか、信念が同じなのか……。
にこやかな雰囲気の中、キッチンスペースでは甘そうな香りが強くなっている。これは……お菓子の甘さか? ちょっと眉を顰めたくなるのは、イリヤの影響だろうな。
イリヤは、何か大きな練習試合があるたびにキッチンスペースを借りてクッキーという名の……いや、クッキーをみんなに配っていたんだ。なんでも「栄養満点!」らしかったが、俺は食べなかったぞ。匂いは一人前に食べ物なんだがな、味が壊滅的に壊滅的で壊滅的なんだ。上司の悪口を言うのは気がひけるが、あれは食い物ではない。
しかし、これは本当にうまそうな匂いだな。
小麦粉の香ばしさと、フルーツ特有の酸味が鼻腔を優しく刺激してくる。それは、腹が減ったと思わせるのに十分な香りだ。
失礼とわかっていながらも俺は、思わず話の腰を折ってしまう。
「何が出来上がるんですか?」
「タルトタタンですよ、隊長様」
「タルトタタン? リズミカルなお菓子ですね」
「リンゴのケーキです。アレンくんは、食べたことないのですか」
「ないですね。見ても?」
「どうぞ。ちょうど、オーブンの中に入れたものが焼き上がる頃です。出来立てを召し上がってくださいな」
「でも……」
「アレンくん、私も食べたいな」
「……では、ちょっとだけですよ」
「はあい」
と、陛下を待たせているのにもかかわらず、代理は楽しそうにオーブンを覗いている。
食べるまで、テコでも動かないぞ! という強い意志を感じるが……。マイペースなのか、彼は。それとも、大食い? 甘いものが好き? 会ってすぐの代理の性格など、知る由もない。
俺は、代理の隣に移動して一緒にオーブンの中身を確認した。
すると、代理は、
「アレンくん、この形を覚えておいてくださいね」
と、王宮シェフに聞こえないほど小さな声で話しかけてくる。
俺は、その声の真剣さに応えて、小さく頷きながらオーブンのガラス窓の中をジッと見つめた。天板にタルトに……ん? タルトの器は銀か? オーブンの熱によって少々赤く色づくそれが、物珍しく視界に飛び込んでくる。以前、イリヤが作った時は陶器だった気がする。
まあ、数年前の出来事だ。調理器具も色々進化を遂げているのだろう。すごいな。
にしても、代理はどの形を覚えておいてと言ったんだ?
やはり、この人はよくわからないな。鼻歌を唄いながら、視線はオーブンの外側を見ている。もしかして、中身じゃなくてオーブンそのものの形を覚えておけってことか?
***
クリステルと出会って数時間……くらいが経過したと思う。
何もない空間の中、私にしては結構「おもてなし」ができたと感じるわ。
「それでね、アリスったらまた同じ場所に落ちてるのよ」
「ふふ、お嬢様らしいです。以前、グロスターのお屋敷にいらっしゃった時も……」
最初は戸惑っていたようだけど、私がアリスの知り合いとわかるとすぐに打ち解けてくれた。
でも、私の容姿に覚えはないらしい。と言うことは、結構記憶が無くなってる状態? って思ったけど、そうでもないっぽいの。私がこちらからアリスを覗いていた最近の内容まで知っていたし。
と言うことは、ベルという人物の容姿の記憶だけごっそり抜け落ちているってこと。
私が「最後に見たアリスは、どんな姿をしていた?」と聞いたら「それが、よく思い出せなくて」と困ったような表情をしていたのよ。理由はわからないけど、あまり深く聞かないことにしたわ。
本当、こう言う時にあいつがいれば良いのに!
今の私は、その怒りだけで会話してる。だって、普段こんな饒舌じゃないもの。
「はあ、面白い! 最近アリス以外の女性と会話してないから、とても新鮮だったわ。クリステル、ありがとう」
「いいえ、私も混乱していたところに話しかけてくれたので、とてもありがたかったです」
「でも、ごめんなさいね。アリスは今こちらに居ないの。もう少ししたらこっちに詳しい人が戻ってくるから、それまで私とお話していましょう。下手に動いたら、迷いやすいところだから」
「ええ、お言葉に甘えます。正直、あまり身体が動かないの」
「それは、良いことよ。きっと、貴女の世界で貴女の身体を守ってくれる人が居るのでしょうね」
「そうなの?」
「ええ。こちらの世界で自由に動けると言うのは危険なの。覚えておいて」
「はい、わかりました」
アリスと話しているような落ち着きや、安心感はない。でも、心地良い緊張感がある。
最近1人になって不安ばかり感じていたせいか、こういう気持ちが嫌ではない。むしろ、そこに依存してしまっているまである。
私は、1人が寂しいのかしら。……わからないわ。
クリステルは、最初は不思議そうに座っていた透明の椅子に慣れたようで、リラックスしてくれている。
お茶でも出せれば良いのだけどね。ここ、そう言うのがないのよ。
「そういえば、サルバトーレって元気?」
「サルバトーレ……ああ、アリスお嬢様が「サヴィー様」と呼んでる方ですね」
「ええ、その人よ。処刑は免れた話は聞いたのだけど、それ以降の話はさっぱりで」
「その方は今、パトリシアお嬢様というご令嬢と一緒に、慈善事業をなさっているそうです。毒の下水道へ自ら入っていき、設備を整えて新しい水を入れ替えるとか」
「ふーん、そうなの。よく知ってるわね」
「事前に、王宮へ申請が来たので。あ、私、陛下の付き人をしていて……」
「知ってるわ。アリスから聞いてるから」
へえ、あのサルバトーレが慈善事業?
私がいた頃とは、まるで別人ね。……まあ、良い意味で変わったわ。
でも、ちょっと気に食わない。ちょっとじゃない、相当気に食わない。
だって、私のパトリシア様と一緒にいるのでしょう? 毒でちょっとでも彼女を傷つけたら、タダじゃおかないんだから!!!
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