5 / 5
異世界に転生したら悪辣貴族令息でした
ママが心配そうにこちらを見ている!
しおりを挟む
それからはずっと、俺は自室に引きこもって紙にペンを走らせる日々を送った。
起きてから寝るまで机にかじりつき、ひたすらページをめくっては、怪しい単語を書き出していく。紙は高級品らしいが、湯水にように使ってやる。ふはは、セレブ最高!
しかし、作業は思ったより難航し、ふたつ目の単語の意味を見つけるまで、丸二日かかった。
その間、使用人に何度か食事の時間だと呼ばれたが、いちいち食堂に降りて作業を中断するのも嫌だし、もともと俺は作業中は寝食は最低限でいいタイプだ。
というか、むしろ忘れてしまうので、ほとんどしない。
おそらく責任者であろう年配の執事が困った顔で何度も声をかけてくるので、仕方なくペンを持ったままでも食べられるサンドイッチを頼んだ。
だがそれすら手をつけず、夜にはパサパサに乾いた可哀想なサンドイッチが机の隅に放置されていて、さすがに少し申し訳なくなった。
こんな破綻した生活を送っていれば、普通は体調も見た目も崩れていきそうなものだが、今の俺は違う。白磁のような美少年っぷりは、少しも損なわれていない。
いつ鏡を見ても、お人形さんのような、シミひとつない滑らかな肌に愛らしい顔のままだ。
ジゼルとしての生活で、さらに良い点がもう一つある。
あれこれ世話をしてくれる侍女や使用人がいることだ。
徹夜で机に突っ伏して寝落ちしても、目が覚めると必ずベッドの上にいる。どうやら寝ている間に髪や服を整え、運んでくれているらしい。
……俺が華奢な美少年とはいえ、眠っている人間に清拭やら着替えやらをするのは、相当大変だったはずだ。
だから目が覚めたとき、思わず言ってしまった。
「ありがとうございます。お手数をおかけしました」
すると侍女たちは、とんでもないものを見るような顔をした。
……まぁ、今までのジゼルの素行を考えれば当然か。
俺の記憶通りなら、勝手に体に触るなんて!と癇癪を起こすか、物を投げつけて使用人を困らせたはずだ。
だが大の大人――
(ジゼルは十五歳だが、俺には三十八歳まで生きた記憶がある)
そんな人間が、そこまで世話になっておいて素知らぬ顔をするのは、どうにも落ち着かないのだ。
だが好き放題やっていたツケがとうとう回ってきたのか、年配の執事長が告げ口をしたのか、ついにジゼルの保護者が俺の部屋にやってきた。
まず訪れたのは、ジゼルの母――ナターシャ・カーネリアだ。
「ジゼル、あなたどうしちゃったの? 毎日部屋にこもって、ご飯も食べないみたいじゃない」
「ご、ごめんなさい、お母様。つい熱中しちゃって……」
素直に謝った俺に、お母様は目を丸くした。
「あ、あら……ジゼル、ずいぶん素直なのね。てっきりまた……」
癇癪を起こすか暴れるかって?
そんなことするはずないだろう、お母様。
悪いが俺は生粋のマザコンだ。
相沢直時代の母親に苦労をかけた分、ジゼルの母には余計な心労をかけたくなかった。
「俺も十五歳になったので、さすがに少しは勉強しようと思いまして。始めてみたら面白くなってしまって」
「まぁ!まぁ!ジゼル!!素晴らしいことだわ!」
お母様はぱっと顔を輝かせた。
「お父様にも知らせなくちゃ。でも徹夜をしたり食事を抜いてはだめよ。育ち盛りなんだから」
「はい、気をつけます」
神妙な顔でうなずいてみせると、お母様は「あのジゼルが……!」と感極まった様子で胸に手を当てると、年配の執事に付き添われて廊下の向こうへ去っていった。
確かにジゼルはまだ十五歳。
疲れ知らずの体力に甘えて無茶をしてしまったが、今の俺の身体に必要なのは、たっぷりの睡眠と栄養だ。
俺は執事長(レナードというらしい。スマートでダンディな紳士だ)に、決まった時間に食事を持ってきてもらうこと、夜には必ず作業を終了させることをお願いし、生活を改めた。
相変わらず部屋に引きこもりっぱなしだが、少し健康的な生活に変えたおかげで作業効率も上がり、俺は引き続き研究に没頭した。
――だが。
その静かな研究生活は、長く続かなかった。
数日後。
今度は俺の部屋に、この帝国で最も恐れられている人物が訪ねてくることになる。
カーネリア家当主。
そして――ジゼルの父親だ。
起きてから寝るまで机にかじりつき、ひたすらページをめくっては、怪しい単語を書き出していく。紙は高級品らしいが、湯水にように使ってやる。ふはは、セレブ最高!
しかし、作業は思ったより難航し、ふたつ目の単語の意味を見つけるまで、丸二日かかった。
その間、使用人に何度か食事の時間だと呼ばれたが、いちいち食堂に降りて作業を中断するのも嫌だし、もともと俺は作業中は寝食は最低限でいいタイプだ。
というか、むしろ忘れてしまうので、ほとんどしない。
おそらく責任者であろう年配の執事が困った顔で何度も声をかけてくるので、仕方なくペンを持ったままでも食べられるサンドイッチを頼んだ。
だがそれすら手をつけず、夜にはパサパサに乾いた可哀想なサンドイッチが机の隅に放置されていて、さすがに少し申し訳なくなった。
こんな破綻した生活を送っていれば、普通は体調も見た目も崩れていきそうなものだが、今の俺は違う。白磁のような美少年っぷりは、少しも損なわれていない。
いつ鏡を見ても、お人形さんのような、シミひとつない滑らかな肌に愛らしい顔のままだ。
ジゼルとしての生活で、さらに良い点がもう一つある。
あれこれ世話をしてくれる侍女や使用人がいることだ。
徹夜で机に突っ伏して寝落ちしても、目が覚めると必ずベッドの上にいる。どうやら寝ている間に髪や服を整え、運んでくれているらしい。
……俺が華奢な美少年とはいえ、眠っている人間に清拭やら着替えやらをするのは、相当大変だったはずだ。
だから目が覚めたとき、思わず言ってしまった。
「ありがとうございます。お手数をおかけしました」
すると侍女たちは、とんでもないものを見るような顔をした。
……まぁ、今までのジゼルの素行を考えれば当然か。
俺の記憶通りなら、勝手に体に触るなんて!と癇癪を起こすか、物を投げつけて使用人を困らせたはずだ。
だが大の大人――
(ジゼルは十五歳だが、俺には三十八歳まで生きた記憶がある)
そんな人間が、そこまで世話になっておいて素知らぬ顔をするのは、どうにも落ち着かないのだ。
だが好き放題やっていたツケがとうとう回ってきたのか、年配の執事長が告げ口をしたのか、ついにジゼルの保護者が俺の部屋にやってきた。
まず訪れたのは、ジゼルの母――ナターシャ・カーネリアだ。
「ジゼル、あなたどうしちゃったの? 毎日部屋にこもって、ご飯も食べないみたいじゃない」
「ご、ごめんなさい、お母様。つい熱中しちゃって……」
素直に謝った俺に、お母様は目を丸くした。
「あ、あら……ジゼル、ずいぶん素直なのね。てっきりまた……」
癇癪を起こすか暴れるかって?
そんなことするはずないだろう、お母様。
悪いが俺は生粋のマザコンだ。
相沢直時代の母親に苦労をかけた分、ジゼルの母には余計な心労をかけたくなかった。
「俺も十五歳になったので、さすがに少しは勉強しようと思いまして。始めてみたら面白くなってしまって」
「まぁ!まぁ!ジゼル!!素晴らしいことだわ!」
お母様はぱっと顔を輝かせた。
「お父様にも知らせなくちゃ。でも徹夜をしたり食事を抜いてはだめよ。育ち盛りなんだから」
「はい、気をつけます」
神妙な顔でうなずいてみせると、お母様は「あのジゼルが……!」と感極まった様子で胸に手を当てると、年配の執事に付き添われて廊下の向こうへ去っていった。
確かにジゼルはまだ十五歳。
疲れ知らずの体力に甘えて無茶をしてしまったが、今の俺の身体に必要なのは、たっぷりの睡眠と栄養だ。
俺は執事長(レナードというらしい。スマートでダンディな紳士だ)に、決まった時間に食事を持ってきてもらうこと、夜には必ず作業を終了させることをお願いし、生活を改めた。
相変わらず部屋に引きこもりっぱなしだが、少し健康的な生活に変えたおかげで作業効率も上がり、俺は引き続き研究に没頭した。
――だが。
その静かな研究生活は、長く続かなかった。
数日後。
今度は俺の部屋に、この帝国で最も恐れられている人物が訪ねてくることになる。
カーネリア家当主。
そして――ジゼルの父親だ。
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
スラム街の幼女、魔導書を拾う。
海夏世もみじ
ファンタジー
スラム街でたくましく生きている六歳の幼女エシラはある日、貴族のゴミ捨て場で一冊の本を拾う。その本は一人たりとも契約できた者はいない伝説の魔導書だったが、彼女はなぜか契約できてしまう。
それからというもの、様々なトラブルに巻き込まれいくうちにみるみる強くなり、スラム街から世界へと羽ばたいて行く。
これは、その魔導書で人々の忘れ物を取り戻してゆき、決して忘れない、忘れられない〝忘れじの魔女〟として生きるための物語。
実家に帰ったら平民の子供に家を乗っ取られていた!両親も言いなりで欲しい物を何でも買い与える。
佐藤 美奈
恋愛
リディア・ウィナードは上品で気高い公爵令嬢。現在16歳で学園で寮生活している。
そんな中、学園が夏休みに入り、久しぶりに生まれ育った故郷に帰ることに。リディアは尊敬する大好きな両親に会うのを楽しみにしていた。
しかし実家に帰ると家の様子がおかしい……?いつものように使用人達の出迎えがない。家に入ると正面に飾ってあったはずの大切な家族の肖像画がなくなっている。
不安な顔でリビングに入って行くと、知らない少女が高級なお菓子を行儀悪くガツガツ食べていた。
「私が好んで食べているスイーツをあんなに下品に……」
リディアの大好物でよく召し上がっているケーキにシュークリームにチョコレート。
幼く見えるので、おそらく年齢はリディアよりも少し年下だろう。驚いて思わず目を丸くしているとメイドに名前を呼ばれる。
平民に好き放題に家を引っかき回されて、遂にはリディアが変わり果てた姿で花と散る。
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。
しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。
完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます
星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。
家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。
……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。
“天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、
そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。
これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、
いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。
(毎日21:50更新ー全8話)
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
最終回まで予約投稿済みです。
毎日8時・20時に更新予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる