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13番目の皇子
手伝ってください!
しおりを挟む翌朝、皇子を起こしにきた侍女アリスは、宮内の様変わりした様子に腰を抜かすほど驚いた。木製ベッドの中に皇子がいることを慌てて確かめると、背後から突然現れたユミルに、離宮内に響き渡るほどの悲鳴をあげた。ようやく彼女が落ち着きを取り戻したころ、機嫌の良い皇子を連れて見違えるほど変わった宮内のあちこちを見て回る間、アリスはずっと口をあんぐり開けたままだった。
しかし、厨房のパントリーにぎっちり詰め込まれた食材を見て、アリスは感激のあまり瞳をうるうるさせた。
「信じられません……!これで皇子に栄養のあるお食事が用意できます……!一体どなたがこんなことを?」
「先ほどもご説明しましたが、妃殿下とご縁のある“とあるお方”が皇子の境遇に心を痛め、僕をここに派遣なさったんです」
「キッチンにお湯が出る! 火蜥蜴の魔石コンロも!?一晩で一体どうやって……」
「……とあるお方が職人を呼び寄せ、急ぎ仕上げるよう命じました」
「そんな無茶な……それにこの豪華さ……まさかその“とあるお方”って皇子の父君の……!!」
アリスが口に手を当てて叫びかけたので、ユミルはやれやれと肩をすくめた。
「……余計な詮索は無用です。それより、皇子に朝のお食事を準備しましょう」
アリスが食材をウキウキと手に取りながら動き回る間、ユミルはげっそりした顔で食器を並べていた。
「ブランドナー様はアナスタシア様のご親族なんですか?」
「ユミルでいいです。そうですが、直接お会いしたことはありません」
「そうなんですね……私はアナスタシア様に召し上げられて侍女になったんです」
アナスタシアは美しく聡明で心優しい女性だったらしい。アリスは彼女がいかに素晴らしい女性だったか滔々と語り、亡くなる直前まで皇子を抱いて彼の未来を憂いていたことを涙交じりに話した。この少女はだいぶ感情豊からしい。ユミルもなんとも居心地の悪そうな顔で聞いていたが、話が一区切りつくと、ほっとしたように言った。
「あのお方がいる以上、今後一切皇子は生活に困ることはありませんよ」
「その“とあるお方”って、もしかして皇……」
「ご想像にお任せしますが、詮索は不要ですよ。とっても高貴で偉そ……じゃなかった、偉いお方なんです!」
アリスはそれを聞いてますます自分の予想に確信を深めたようだったが、誰もあえて否定はしなかった。皇子に頬擦りしながら、「よかったです……!やはりお父上は皇子を見捨てなどしませんでしたよ」などと語りかけている。ユミルはそれを聞いて何か言おうとして口を開きかけ、ぎくりと身をすくませた。
厨房の片隅に、大きな姿見が置かれているのに気付いたからだ。
「ユミルさん?どうされました?」
「い、いいえ」
精霊であるユミルは鏡に映らない。いまアリスの背後に立てば、すぐに異変に気づかれるだろう。ユミルは慎重に姿見から距離をとって部屋を出ると、大きく息を吐いた。
「人間のふりが上手いじゃないか、ユミル」
「むり、むりむりむり!!無理です、バーティミアス様!!絶対バレます、今すぐにバレます!!」
「ほら、侍女が呼んでるぞ。早く行け」
弱音を吐くユミルをあしらいながら、私は窓の外へ目を向けた。きりと張り詰めるような冬の朝。アストラニア帝国の冬は厳しい。皇都アルミアスはそれほどではないが、北方では毎年深い雪が静かに大地を覆い尽くす。冬の気配が近づくたび、かつて私と皇帝達は冬深い土地の領民が無事に越冬できるよう、奔走したものだ。
#
ユミルは文句たれだが、頭はいい。最初に雪が帝国に降る頃には、すっかり執事としての振る舞いに慣れ、侍女とともに離宮の冬支度に奔走していた。時折、思い出したように送り込まれてくる刺客たちは、軽く昏倒させて皇都の外へ放り出した。城門前に記念すべき百人目の暗殺者を吊るし下げる頃には、夜中の招かれざる客もずいぶんと減った。
皇子はまだ目が離せず、侍女が皇子の世話につきっきりのときは、宮内の雑用はすべてユミルがこなしていた。しかし侍女が熱を出し、とうとう手が回らなくなったユミルは、憮然とした顔で私に皇子を押しつけてきた。
「あー!しかさん!」
「はい、鹿さんですよ~。一緒に遊んでもらいましょうね」
「おい、なんで私が」
「他に誰もいないからですよ!アリスがいないと、皇子のお世話も食事の用意も洗濯も離宮の警備も、ぜーんぶ僕がやらなくちゃいけないんです!バーティミアス様おヒマでしょう!?僕が昼食をお作りしている間、皇子に絵本のひとつでもお読みになって差し上げてください!」
「ゆみる、ぷんぷんなの?」
「怒ってないですよ、アルテミス様。ユミルはご飯を作って参りますので、鹿さんと遊んでいて下さいね」
「うん!」
お気に入りのうさぎのぬいぐるみを抱きしめた皇子がうなずいて手を振るのに目を細め、振り返ったユミルは低い声で「絶対に目を離さないでくださいよ」と忠告して部屋を出ていった。残された私と皇子はしばし見つめ合った。
「……絵本が好きなのか?」
「うん、アルね、お月さまのほんすき」
「そうか」
子供の成長は早い。少し前まで舌足らずにふにゃふにゃと話していた幼子が、ユミルたちが本を読み聞かせるようになってから、驚くほど流ちょうに話すようになった。皇子が指差した本は、昔からある子ども用のおとぎ話で、道に迷った子供が空に浮かぶ月と語りながら帰り道を探すという単純な物語だ。どうやらこの皇子は、とても気に入っているらしい。
「しかし同じ話ばかり聞いてもつまらないだろう」
私は手のひらにふわりと色とりどりの幻影を浮かべ、光の粒から小さな少年の姿を形作った。
「この子の名前はアルテミス。これから冒険に出かける」
「ぼうけん?」
「そうだ、城を出て旅をするんだ。お供はそうだな……うさぎのユミルだ」
少年の足元から小さなウサギが飛び出すと、皇子は目を輝かせた。
「ゆみる!」
「ユミルはチビだが役に立つ。いろいろこき使ってやるといい」
「……ゆみる、小さくないよ?」
「今はな。それより旅の行き先はどこにしようか?隣国のフェルミア、それとも東の紅国の地か」
「アルわかんない」
「それはダメだな。皇子たるもの大陸の地理は知っておかねば。まぁいい、今は冒険だ。そうだ!疫病王ヴォラクを倒しにいこう!」
「ぼらく?」
「そうだ。大きなトカゲでな、ものすごく臭いし性格も悪い。嫌なやつだったよ」
両手の上を舞い踊る光の粒がドラゴンの形を取る。相棒を連れた小さな勇者が剣を掲げて立ち向かう姿に、皇子はアイスブルーの瞳を輝かせ、両手をバタバタと動かして喜んだ。ユミルと侍女が手ずから作る食事によって、金色の髪は艶を増し、か細かった手足にもふっくらと肉がついた。しかし皇子はまだ小さく、エルデガルダ達のように政治の話や戦の話はまだできない。それでも私は、この小さな皇子との時間を不思議と楽しんでいた。
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