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13番目の皇子
魔力熱と誕生日の贈り物
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長かった冬が終わり春が来て、もうすぐアルテミスの誕生日が近づいてきた。母親を亡くしてからというもの、十二人の兄弟たちも父親でさえも離宮を訪れたことはない。腹違いの幼い末弟に暗殺者を送ってくる連中だ。誕生日の贈り物など期待できないだろう。
一方、ユミルとアリスは大はりきりで、特大ケーキと皇子の好物である山鳥の丸焼きを作るために準備を急いでいた。あれから忙しさを極めたユミルにせがまれて、私は離宮の警備に灰竜を2頭雇い入れた。カーディとセルジュという双子の灰竜は悪戯好きで気まぐれな連中だが、仕事は真面目にこなしているようだ。ユミルと違って人間ごっこが気に入ったらしく、カーディは庭師、セルジュは使用人見習いをしている。ユミルは「ようやくゆっくり眠れます」と満足げであった。
しかしアルテミスが四歳になった日、事件は起きた。庭で遊んでいたはずのアルテミスが突然意識を失い倒れてしまったのだ。発見したユミルは半狂乱になっていた。皇子は寝込み、高熱にうなされ起き上がれない日々が続いた。アリスはほとんど眠らず看病し、どうにか食事を取らせようと必死に匙を口もとへ運んだ。医師を手配しようにも、皇城付きの医師はどこかの側妃に買収されている可能性が高い。誰を呼べば安全なのかもわからなかった。
ユミルの顔にも疲労の色が深く刻まれていたが、アルテミスがか細い声で名前を呼ぶと、飛んでいって「何が欲しいですか、どうして欲しいですか」とかいがいしく世話を焼いていた。私はその様子を黙って眺めていたが、真っ赤な頬で苦しそうに呼吸する皇子を見ていると、胸の奥がざわつくような落ち着かない心地になり、精霊の庭へと出かけることにした。昔からの友、ハルメディウスに会いに行くためだ。
ハルメディウスは小さな穴ぐまの姿をしていて、世界樹のうろの中で日夜薬草を煮たり蒸したりしている変わったやつだが、ありとあらゆる病気の知識を持っている。手土産の月蜜酒を渡して皇子の様子を伝えると、ハルメディウスは首を傾げた。
「人間の子供だろう、魔力熱じゃないのかい」
魔力熱とは、思春期の子供が魔力を発現するときにかかる一過性の発熱のことだ。制御しきれぬ魔力の暴走に体が耐えきれず熱を出す。
「まだ四歳の赤子だぞ」
「両親のどちらかが、大きな魔力持ちじゃないか?」
思い当たる節があった。ユミルがそんなことを言っていた気がする。私がうなずくと、ハルメディウスは我が意を得たりと言わんばかりに真っ黒な鼻をひくひくと動かした。
「それに、幼い頃から魔力のしぶきを浴びていると発現も早くなる。紅国の貴族は子供が生まれると専用の魔法士まで雇うらしいじゃないか」
「ふむ」
これにも心当たりがあった。あれから皇子にせがまれるたびに、私は魔法で幻影劇を見せていた。どうやらこの騒動の原因の一端は私にあるらしい。口をひねる私に察したのか、旧友は呆れ顔で肩をすくめ、薬品棚から小瓶をひとつ取り出した。
「これで熱は下がる。苦いから砂糖と一緒に飲ませるといい」
「助かった」
「礼はこの月蜜酒でいいよ。というかこれ、お前が一生手放さないって言ってたやつじゃないか。どういう風の吹き回しだ?」
「そうだったか?構わない、貰ってくれ」
とぼけたふりをしてみせたが、この酒は、千年に一度結実する月輝樹の実から作られる貴重な酒だ。
ハルメディウスは気のいいやつで、礼を尽くせば手土産などなくても願いを無下にすることはない。しかしなんとなく私は「これしかない」と思ったのだ。
不思議なことに全く惜しいとは思わなかった。
#
ほくほく顔のハルメディウスに見送られながら、私は急ぎ離宮へと戻った。ハルメディウスの見立てに間違いはなく、沼蟲の胆汁と鬼草の根っこ、それからこの世の全ての悪意を集めてじっくり煮詰めたようなドス黒い水薬をひとさじ飲ませると、たちまち皇子の熱は下がった。すうすうと寝息を立て始めた皇子に、ユミルとアリスは手を取り合って喜んだ。
「薬を下さった方も、“とあるお方”ですか?」
「そうです。高貴なお方のなさることなので、口外してはいけませんよ」
汗を拭き、皇子を着替えさせながらユミルが釘を刺すと、アリスは何度もうなずいた。
「もちろんです!でも、こんなにすぐにご手配して下さるなんて……本当にお優しい方なんですね」
「そうですかね……。まぁ、確かに寛大なお方です」
ユミルは目をそらしながら、ぼそりと答えた。もっと褒め称えてくれても良いのに、まったく素直じゃないやつだ。それでも思うところがあったのか、その夜、離宮の面々が寝静まった頃、安らかな皇子の寝顔を眺めていると、「バーティミアス様のご助力に感謝いたします」と声をかけられた。
お前が手に入れた酒が役に立ったぞ、と伝えると複雑そうな顔をしていたが、慣れないやり取りに居心地悪そうにするユミルは面白かった。
三日後には皇子も回復し、カーディやセルジュとともに庭を駆け回って遊ぶ姿が見られるようになった。延期となっていた皇子の誕生日会も盛大に行われた。作り直した大きなケーキに豪華な食卓。皇子はユミルが切り分けた山鳥の丸焼きを大喜びで頬張った。血も涙もない家族たちからは何も届かなかったが、離宮の使用人たちはそれぞれとびきりの贈り物を用意していた。アリスは手作りのウサギ型のアイシングクッキーを渡し、カーディとセルジュは庭で育てた花で不格好な花束を作った。ユミルは、どこから手に入れたのか絹蜘蛛の糸で編んだ白い手袋を渡していた。
仕方がないので私は、遊び疲れて眠っている皇子の枕元に、月輝石と花真珠を嵌め込んだブローチをそっと置いてやった。目を覚ました皇子がどんな顔をするのか楽しみだ。ふわふわの頬を指先で突くと「寝た子を起こさないでください」とユミルにピシャリと叱られた。まったく、過保護なやつだ。
一方、ユミルとアリスは大はりきりで、特大ケーキと皇子の好物である山鳥の丸焼きを作るために準備を急いでいた。あれから忙しさを極めたユミルにせがまれて、私は離宮の警備に灰竜を2頭雇い入れた。カーディとセルジュという双子の灰竜は悪戯好きで気まぐれな連中だが、仕事は真面目にこなしているようだ。ユミルと違って人間ごっこが気に入ったらしく、カーディは庭師、セルジュは使用人見習いをしている。ユミルは「ようやくゆっくり眠れます」と満足げであった。
しかしアルテミスが四歳になった日、事件は起きた。庭で遊んでいたはずのアルテミスが突然意識を失い倒れてしまったのだ。発見したユミルは半狂乱になっていた。皇子は寝込み、高熱にうなされ起き上がれない日々が続いた。アリスはほとんど眠らず看病し、どうにか食事を取らせようと必死に匙を口もとへ運んだ。医師を手配しようにも、皇城付きの医師はどこかの側妃に買収されている可能性が高い。誰を呼べば安全なのかもわからなかった。
ユミルの顔にも疲労の色が深く刻まれていたが、アルテミスがか細い声で名前を呼ぶと、飛んでいって「何が欲しいですか、どうして欲しいですか」とかいがいしく世話を焼いていた。私はその様子を黙って眺めていたが、真っ赤な頬で苦しそうに呼吸する皇子を見ていると、胸の奥がざわつくような落ち着かない心地になり、精霊の庭へと出かけることにした。昔からの友、ハルメディウスに会いに行くためだ。
ハルメディウスは小さな穴ぐまの姿をしていて、世界樹のうろの中で日夜薬草を煮たり蒸したりしている変わったやつだが、ありとあらゆる病気の知識を持っている。手土産の月蜜酒を渡して皇子の様子を伝えると、ハルメディウスは首を傾げた。
「人間の子供だろう、魔力熱じゃないのかい」
魔力熱とは、思春期の子供が魔力を発現するときにかかる一過性の発熱のことだ。制御しきれぬ魔力の暴走に体が耐えきれず熱を出す。
「まだ四歳の赤子だぞ」
「両親のどちらかが、大きな魔力持ちじゃないか?」
思い当たる節があった。ユミルがそんなことを言っていた気がする。私がうなずくと、ハルメディウスは我が意を得たりと言わんばかりに真っ黒な鼻をひくひくと動かした。
「それに、幼い頃から魔力のしぶきを浴びていると発現も早くなる。紅国の貴族は子供が生まれると専用の魔法士まで雇うらしいじゃないか」
「ふむ」
これにも心当たりがあった。あれから皇子にせがまれるたびに、私は魔法で幻影劇を見せていた。どうやらこの騒動の原因の一端は私にあるらしい。口をひねる私に察したのか、旧友は呆れ顔で肩をすくめ、薬品棚から小瓶をひとつ取り出した。
「これで熱は下がる。苦いから砂糖と一緒に飲ませるといい」
「助かった」
「礼はこの月蜜酒でいいよ。というかこれ、お前が一生手放さないって言ってたやつじゃないか。どういう風の吹き回しだ?」
「そうだったか?構わない、貰ってくれ」
とぼけたふりをしてみせたが、この酒は、千年に一度結実する月輝樹の実から作られる貴重な酒だ。
ハルメディウスは気のいいやつで、礼を尽くせば手土産などなくても願いを無下にすることはない。しかしなんとなく私は「これしかない」と思ったのだ。
不思議なことに全く惜しいとは思わなかった。
#
ほくほく顔のハルメディウスに見送られながら、私は急ぎ離宮へと戻った。ハルメディウスの見立てに間違いはなく、沼蟲の胆汁と鬼草の根っこ、それからこの世の全ての悪意を集めてじっくり煮詰めたようなドス黒い水薬をひとさじ飲ませると、たちまち皇子の熱は下がった。すうすうと寝息を立て始めた皇子に、ユミルとアリスは手を取り合って喜んだ。
「薬を下さった方も、“とあるお方”ですか?」
「そうです。高貴なお方のなさることなので、口外してはいけませんよ」
汗を拭き、皇子を着替えさせながらユミルが釘を刺すと、アリスは何度もうなずいた。
「もちろんです!でも、こんなにすぐにご手配して下さるなんて……本当にお優しい方なんですね」
「そうですかね……。まぁ、確かに寛大なお方です」
ユミルは目をそらしながら、ぼそりと答えた。もっと褒め称えてくれても良いのに、まったく素直じゃないやつだ。それでも思うところがあったのか、その夜、離宮の面々が寝静まった頃、安らかな皇子の寝顔を眺めていると、「バーティミアス様のご助力に感謝いたします」と声をかけられた。
お前が手に入れた酒が役に立ったぞ、と伝えると複雑そうな顔をしていたが、慣れないやり取りに居心地悪そうにするユミルは面白かった。
三日後には皇子も回復し、カーディやセルジュとともに庭を駆け回って遊ぶ姿が見られるようになった。延期となっていた皇子の誕生日会も盛大に行われた。作り直した大きなケーキに豪華な食卓。皇子はユミルが切り分けた山鳥の丸焼きを大喜びで頬張った。血も涙もない家族たちからは何も届かなかったが、離宮の使用人たちはそれぞれとびきりの贈り物を用意していた。アリスは手作りのウサギ型のアイシングクッキーを渡し、カーディとセルジュは庭で育てた花で不格好な花束を作った。ユミルは、どこから手に入れたのか絹蜘蛛の糸で編んだ白い手袋を渡していた。
仕方がないので私は、遊び疲れて眠っている皇子の枕元に、月輝石と花真珠を嵌め込んだブローチをそっと置いてやった。目を覚ました皇子がどんな顔をするのか楽しみだ。ふわふわの頬を指先で突くと「寝た子を起こさないでください」とユミルにピシャリと叱られた。まったく、過保護なやつだ。
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