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13番目の皇子
最初の授業
しおりを挟むアルテミス皇子は緊張した面持ちで部屋の中で待っていた。私が入るのを見ると、ぴょんと立ち上がり、胸に手を当てて行儀良く挨拶した。
「はじめまして、えんぽうよりおこしいただき、ありがとうございます。アルテミス・アストラニアです」
言えた途端にほっとした顔になる皇子に、横に控えるユミルが満足げにうなずく。まだあいさつの口上を述べただけだというのに、まるで皇子がフロストドラゴンの首でも討ち取ったような自慢げな顔をしている。私はうやうやしく古代樹の杖を取り出すと、空中に金色の光で文字を描いてみせた。
「『バーティミアス・ディアウッド』。これが私の名前だ。これから皇子の師となり、魔法の基礎を教えていく」
「ディアウッドせんせい、よろしくおねがいします!」
ユミルの親バカではなく皇子が聡明であることは間違いなかった。アルテミス皇子は教える前から様々なことを知っており、魔法学の基礎となる古代エルフ文字も少しは読めるらしく、精霊にまつわる四大元素についても、たどたどしくもきちんと説明した。
「それではまず、基本的な呪文から始めてみるか」
「はい!」
背後に控えるユミルが口を挟もうとするのを目で黙らせる。安心しろ、歴代の皇子たちが指導を受けるのを私は見てきたのだ。手始めは基礎中の基礎から始める。
「まずは光の魔法だ。呪文は知っているか?」
「はい」
「それでは指をたてて、指先に魔力を集めて呪文を唱えろ。はじめは目を閉じた方がいいだろう。暗闇の中で蝋燭に光をともすつもりでやってみなさい」
「わかりました」
アルテミス皇子は言われた通りに目を閉じて指先に集中した。小さく息を吐き、眉間に皺を寄せて魔力を練る姿を、ユミルがはらはらと見守っている。
「……《ルーメン》!」
次の瞬間、皇子の指先から銀色の光が溢れ出し、部屋中を包み込んだ。あまりの眩しさにユミルは目を覆い、私も思わず身を引いた。窓の桟にいた小鳥たちも飛び去っていった。私は杖を一振りし、皇子の暴走した光を消し去ると、ため息をついた。
「蝋燭の光と言っただろう。太陽を創ってどうする」
「ご、ごめんなさい」
大きすぎる魔力に調整が効かないのだろう。水瓶に入った水があまりに多すぎて、小さなコップに注げないのと一緒だ。これは今後の課題かもしれないが、解決策はある。
それにしても、火を点ける魔法でなくて本当に良かった。初日から皇子の部屋を丸焦げにしたら、ユミルにクビにされかねない。
「仕方ない、次は別の魔法にしよう」
私は空中から植木鉢をひとつ取り出し、小さな花の種を皇子に渡した。ユミルはまだ目の中に光が残っているのか、何度もまばたきをして涙をにじませながら、心配そうにこちらを見ている。
「植物を育てる呪文は《ネルヴィア》という。繰り返して言ってみろ」
「ね、ネルヴィア……?」
「そうだ。その種をよく見てみろ」
「……?はい」
素直にのぞき込む皇子に、私は満足げにうなずく。忠実で真面目な生徒は教えがいがある。エルデガルダならこうはいかなかった。
「硬い外殻の中に柔らかい命の核が入っている。指先ほどの穴を掘り、種をそこに入れろ。それから手をかざし、殻を破って出てこられるよう魔力を与えるんだ」
「はい、せんせい」
集中した顔の皇子が呪文を唱えると、今度はうまくいった。土の中から緑の芽が顔を出し、みるみるうちに成長していく。みずみずしい青葉を広げ、つたうように茎を伸ばし、その先に生まれた蕾がふわりと膨らみ、みるみるうちにひらいていく。愛らしい薄紅色の春冠花が咲き、皇子の顔が嬉しそうにぱっと輝いた。
「やったぁ!」
「素晴らしいです、アルテミス様……!!」
わが事のように大喜びするユミルをちらりと見て、皇子ははにかんだように言った。
「せんせい、もう一度やってもいいですか?」
「いいだろう」
私は新しい鉢植えを出し、小さな手のひらに一粒の種をそっと載せた。皇子は丁寧に種を土の中に入れ、胸の前でぎゅっと手を合わせると、再び呪文を唱えた。すると今度は、藍色の花弁を幾重にも重ねた花が咲いた。慎ましい月下花だ。皇子はもじもじと下を向きながら、そっとユミルにその鉢を差し出した。
「あのね、こっちのかわいいお花がアリスの。このきれいなお花がユミルのだよ。いつもアルにやさしくしてくれて、ありがとう」
「皇子……!!」
ユミルはあまりの感激に涙をにじませ「一生大切にします!」と震える手で鉢植えを受け取ると赤子でも抱えるように胸の前で抱き締めた。ご丁寧に保護魔法までかけて、月下花など王都近くの野山にも生える雑草なのに、まるで聖花でも扱うかのようだ。そこへ、お茶を運んできたアリスがやってきて、皇子の愛らしい贈り物に高い声をあげた。
「皇子が魔法でこのお花を育てたんですか!?」
「うんっ!」
「すごい!天才です!ユミルさん、アルテミス様はすごいですね!」
「その通りです!皇子は天賦の才をお持ちです。このままでは皇国どころか、大陸中がその御名を聞き及ぶ日も近いでしょう!」
「間違いありません!」
大騒ぎする二人に挟まれ、皇子は頬を真っ赤にしてもじもじしている。やれやれ、こんなに騒ぎになっては続けられそうにない。今日の授業はお終いだ。侍女が作った蜂蜜クッキーを口に運びながら一息つく。ふむ、悪くない。アリスは皇子にお茶をそっと差し出しながら、小首を傾げて考えるように頬に指を当てた。
「私、魔法ってよく分からなくて。難しい文字に暗い部屋で呪文を唱えて……なんだか怖いとずっと思ってました。でも、こんな魔法もあるんですね」
「もちろん闇の眷属や悪霊を使役する魔法もあるぞ。いずれ皇子にも教えてやろう、面白いぞ」
「あ、悪霊ですか!?」
「……もっとずっとずっと ずーーっと 先のお話ですけどね。皇子が成人して、さらに大人になってからです。そうですよね、ディアウッド先生?」
驚くアリスと、悪霊と聞いて顔色をなくす皇子に、すかさずユミルが割って入る。余計なことを言うなと睨みつけられ、私は閉口した。おい、教師は私だぞ。私の教育方針でやらせろ。第四代目皇帝ジークフリートは闇魔法の名手で、金耀王と呼ばれるほど帝国に莫大な富をもたらしたのを知らないのか? まぁ、ジークフリート自身は根暗なペシミストで、呼び出した闇の眷属や悪霊とばかり仲良くする変人ではあったがな。若きジークフリートとの日々を思い出していると、皇子が小さくあくびをした。ユミルが優しく肩に手を添えた。
「アルテミス様、魔力を使ってお疲れが出たのでしょう。午後のお勉強はお休みして、お昼寝をしましょう」
「うん、せんせい、ありがとうございました」
「私も愉快な時間だった」
こうして、初めての魔法の授業は終わり、少しのトラブルはあったもののまずまずの出来栄えであった。全知全能の私に不可能はないことは知っていたが、教師の才能もあったとは長く生きてみるものである。
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