精霊王に拾われた虐げられ皇子、追放されたけど人外たちに溺愛されながら育ちます

はんね

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13番目の皇子

アデル皇子

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 落ち葉色のトカゲに姿を変えた私は、小さな吸盤のついた手足で地面を這い進みながら、野営地の中央にある大型の天幕へと近づいていった。天幕の裾と地面のわずかな隙間を見つけ、中に入ると、淡い光を放つ火蛍石の提灯に照らされた室内に、森の中にはおおよそ相応しくない華やかなドレスをまとった貴婦人が座っていた。隣国フェルミア王国から嫁いだ正妃セラフィーナだ。色が白く、流れるような銀色の髪が美しいが、神殿の聖女像のように表情は硬く、暗く心配そうな陰りが刻まれている。向かいには魔弩の手入れをするカリストと、セラフィーナそっくりの上品な顔立ちをした少女が、つまらなそうな顔で頬杖をついていた。
「アルテミスはどうしているかしら、あの子には本当に可哀想なことをしたわ」
「母上が気に病まれずとも、アルテミスは使用人たちと不自由なく生活をしていますよ」
「でも先ほど耳にした話では、小さな馬車ひとつでやって来て、野宿同然で過ごしているそうよ。あの子が今夜、寒い思いをするんじゃないかと思うと、心配で胸が張り裂けそうだわ」
 落ち着きなく何度も髪の毛を直す母親に、カリストは慣れた様子で肩に触れ、宥めるように言った。
「ご心配でしたら、俺の部下に様子を見に行かせましょう」
「そうしてちょうだい。あの子にこれ以上の不幸があったらと思うと……」
「お母様ったら大袈裟なんだから。私は小さな子供ってきらいよ」
 ほっとしたように息を吐くセラフィーナに、皇女はつんとすました声で言った。
「アリシアったら……」
 困ったように眉を下げる母親に、カリストは肩をすくめると、控えていた部下に声を掛けて立ち上がる。
「俺は馬の様子を見てきます。アリシア、勝手なことをするんじゃないぞ。母上にこれ以上の心労をかけるな」
「わかってるわ、お兄様。まったく、狩猟大会なんてつまらない。私も森に入れたらいいのに。私も魔弩を撃ってみたいわ」
「なんてことを、アリシア!いけませんわ。皇女が獲物を射るなど、口さがない貴族たちに何を言われるか……!」
 顔色をなくすセラフィーナに、アリシアはわざとらしく大きなため息を吐いた。私は天井の梁に張りつき、その様子を眺めていたが、カリストのあとを追って天幕の外へと出た。カリストは近衛騎士になにやら声をかけられ、馬場の設営地の方へと去っていった。私は付いて行くか少し迷ったが、隣接する別の天幕が気になり、そちらへ行くことにした。
 適当な隙間を見つけ潜り込むと、なかには沈み込むほど柔らかな絨毯が敷き詰められ、厚手の天幕布の内側には金糸で刺繍された垂れ幕が幾重にも張られていた。宝石を埋めた燭台がいくつも並び、ここが森の中であることを忘れさせるほどの豪華さだ。しかし壁に飾られた金縁の絵画に近づいた途端、ドロテアの金切り声が聞こえてきた。
「レオナルドの帯飾りを忘れるなんて!一体何を考えているの!?」
「申し訳ございませんドロテア様、昨晩、仕上げの磨きをする際に入れ忘れたようでございます」
「お前が今すぐに取りに戻りなさい!明日の式典のために特別にドワーフの工房で作らせたのよ!」
「ど、どうかお許しくださいドロテア様……!じきに日が暮れます。夜中の森は赤狼の群れが出るため生きて戻れる保証がございません……!」
「お前が赤狼に食われようと知ったことじゃないわ!デュート!デュートはどこ?」
「ここです、母様」
 天幕の奥から正装を着たデュートが現れた。ドロテアはデュートの襟元を直しながら微笑んだ。
「明日の狩猟大会が、あなたの初めての参加ですが案ずることはありませんよ。お前は安全なところで見ていれば、すべては我が家の騎士たちがやりますからね」
「母様、僕も狩りに参加できます。レオナルド兄様にも魔弩を射るのがすごく上手になったって言われました」
「だめよ。あなたの魔法の習熟は少し遅れているの。他の妃の子らに知られたら、一族が恥をかくことになるのよ」
「わかりました……」
 デュート皇子は悔しそうに唇を噛み、後ろに控えていたユリウスは心配そうに兄の顔を見つめた。
「お母さま、僕は……」
「ユリウスはお兄様たちの邪魔にならないよう、大人しくしているんですよ。ちょっと!デュートの靴が汚れているわ!新しい靴はあるのか確かめてちょうだい!」
 ドロテアの甲高い声に、強張った顔の使用人たちが慌てて動く。ユリウスは装飾の施された壁に目を向け、声を弾ませた。
「お母さま、見て!あそこにトカゲがいるよ!」
「お願いよユリウス。お母様は今とても忙しいのです。侍女と外で遊んできてちょうだい」
 指示された女官が膝を折って応じる。ユリウスは何かを言いかけたが、下を向き何かを堪えるように服の裾を握りしめたまま黙り込んだ。
 すると入り口のほうが何やら騒がしくなり、従者を引き連れた一人の少年が入ってきた。その人物を見てドロテアがはっと表情を改めた。
「アデル皇子、どうなさいましたか?」
 年はデュート皇子と同じくらいか、大人びた顔立ちの少年は、稀に見る美貌の持ち主だった。黒髪に甘い垂れ目はどこかユミルに似ている気がするが、浮かべる表情は底意地の悪さが透けて見え、獲物をいたぶる残酷さを孕んでいた。
「外までドロテア妃殿下の声が聞こえましてね、赤狼でも迷い込んだのかと見に来ました」
「まぁ、お心遣いいたみいりますわ、アデル皇子。明日の準備に夢中になるあまり、ついつい声が大きくなってしまったようですわね」
「身の丈にあわぬ役を演じるには、さぞ大変な苦労が必要でしょうね。お察ししますよ」
「……っ!お母様にむかって、なんてことを……!」
「やめなさい、ユリウス!」
 憤慨するユリウスを後ろに下がらせ、ドロテアはにっこりと笑みを浮かべた。
「息子の無礼をお詫びいたします。アデル皇子の明日のご活躍をお祈りしておりますわ」
「お祈りされずとも、僕はどこぞの不出来な連中と違って、実力で結果を出せますから。では失礼」
 アデル皇子は口の端だけで笑うと、くるりと踵を返して出ていった。取り残されたドロテアが憎々しげに唇を噛みしめるのを、ユリウスが不安そうに見上げている。
 私は少し考えて、今度は小さな黒蜘蛛に姿を変えてアデルの後を追った。天幕の支柱をつたい外に出て、揺れる外灯の裏に細い糸を吐き出し足場をつくってぶら下がる。アデルは外に出ると、美しい顔を歪めて吐き捨てるように言った。
「見たかギデオン?あの品のない女。卑しい品性を豪奢な衣装で飾りつけるしか能のない女だ」
「全くその通りです、アデル様」
「3番目の弟は初めて見たな。あまりにも貧相で、ペットの魔猿かと思った」
 アデルのくすくす笑いに、従者たちは同調するようにぎこちない笑みを浮かべた。
「そういえば我が末弟も今回は参加するんだったか」
「アルテミス様ですね、先ほどご到着されたようです」
「あぁ、行きしなにすれ違ったよ。平民が乗るようなボロ馬車に乗ってな。あのウィリアム・グレイが御者の真似なんかしててさ!あれは笑えたよ」
「ウィリアムがですか?」
 白髪混じりの年かさの侍従がおどろいたように目を見開き、アデルは満足げにうなずいた。
「あの男、カリストに邪魔されて縛首には出来なかったが、今じゃ平民みたいな暮らしで生き恥晒しだ。いい気味だよ」
 アデルが鼻で笑うと、今度は数人の侍従は顔をこわばらせたままだったが、彼は気付いていないようだった。
 もう十分だろう。そろそろ日が落ちる。茜色の空のなかで、私は美しい火焔鳥に姿を変えて飛び去った。
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