精霊王に拾われた虐げられ皇子、追放されたけど人外たちに溺愛されながら育ちます

はんね

文字の大きさ
16 / 45
13番目の皇子

はじめての友達

しおりを挟む
 初めての外泊、しかも森の中での滞在ということもあってユミルたちはずいぶんと気を張っていたようだが、アルテミスはウィリアムとたっぷり森を散歩したあと、居心地の良い天幕の中であたたかい食事をとり、いつもより早く寝付いてしまった。その穏やかな寝顔を見て、アリスたちは安堵のため息をついた。
「僕たちも休みましょう。明日の朝は開会の式典がありますし、それが終われば大会に参加される貴族たちは森へ向かわれます。僕とウィリアム様は皇族用の観覧席でアルテミス様とご一緒します。夕の晩餐会では給仕の手伝いが必要になるようなので、アリスとローゼマリーは昼過ぎに本営まで行って指示を聞いてください」
「わかりました。お手伝いしてきますね」
「それでは順番に湯に入りましょうか。ウィリアム様、お先にどうぞ」
「いや、俺は最後でいい。アリスたちが済んだら声をかけてくれ」
 本来であれば三日間、野営で過ごすつもりだったウィリアムは、いつも通りのローゼマリーのあたたかい食事と、寝台付きの個室まで与えられ、戸惑いを隠せずにいた。他の貴族に随行してきた騎士団は、夜の冷気の中で簡素な幕舎に身を寄せ合っているというのに。
 その上、寝ずの番をするつもりでいたのに夜間はセルジュとカーディが交代で警備に当たってくれるという。二人の実力はよく知っているから信頼しているが、思いがけず手厚い扱いに、どこか肩透かしを食らった気分でもあった。
「ウィリアム様も今晩はしっかりお休みください。明日は気の抜けない一日になります。油断せず、アルテミス様をお守りくださいね」
「あぁ、わかった」
 離宮の面々が寝支度を整え、各々の部屋へと戻ったあと、外へ出て周囲を確認していたユミルのもとに、一羽の美しい火焔鳥が舞い降りてきた。
「お帰りなさいませ、バーティミアス様」
 もう怒ってはいないらしく、ユミルの声は穏やかだった。
「アルテミスはもう眠ったのか」
「えぇ。森の中で遊んで疲れたのか、夕飯を食べ終えるとすぐにお休みになりました」
「夕飯を食べ損ねたな」
「ローゼマリーは人数分を必ず用意しているはずです。温め直しましょうか」
「頼む」
 ユミルは手際よく調理場の片隅に残されていた夕飯の名残のシチューとパンを温めた。どんな場所でもローゼマリーの腕は衰えないようで、湯気をたてるシチューを口に運ぶと、よく味の付いた猪肉が口の中でほろりとほどけた。夕食を楽しむ私の前で、ユミルは式典用の衣服を広げ、最終の手入れをしていた。この日のために新しく仕立てた星光色の銀の刺繍が輝く一着だ。静かな森の夜に、遠くで夜鳥の鳴く声が聞こえる。私は果実酒を傾けながら、今日一日に出会った皇子たちのことを思い出していた。そんな私の心中を見抜くように、ユミルが静かに口を開いた。
「それで、バーティミアス様。アルテミス様のほかに、めぼしい皇子はいましたか?」
「ふむ……」
 私は寂しげなユリウスの横顔と、邪悪そのものであったアデルを思い返した。そして、こちらを見つめるユミルに肩をすくめて告げた。
「お前の思った通りになったよ」
「そうでしょうとも」
 ユミルは満足げに微笑んだ。細められた紺碧の瞳は、冬の夜気のように凛と冴え、やはりアデル皇子のそれとは似ても似つかない。ふと、ユミルが多くの契約者を惑わせ破滅へ導いてきた一方で、善なる魂の願いには真摯に応え、望みを叶えてきたことを思い出した。
「昼間は言い過ぎたな、ユミル」
「……僕の耳がおかしくなったのでなければ、もしかして今、謝罪なさっているのですか?」
「仲直りをしたくてな」
「慣れないことはおやめください、バーティミアス様。明日の朝から槍の雨が降るなんて、ごめんですよ」
 わざとらしく身震いするユミルに、思わず口元が緩む。権謀術数渦巻く皇族たちの思惑とは対照的に、銀色の三日月が静かに森を照らす、穏やかな夜であった。

#

 翌朝、目覚めたアルテミスは元気いっぱいの様子であった。
「おはようアリス!ねえ聞いて!小さなリスが夢に出てきたよ!ぼくと遊びたいってお話してくれたの!」
「それはよかったですね、アルテミス様。森の中を探してみれば、会えるかもしれませんよ」
「本当に会える?ぼく、リスと友達になりたい!どうしたら仲よくなれるかな?」
 アルテミスの世界で“友達”と呼べるのは、セルジュとカーディ、それから精霊鳥のソレイユと、お気に入りのウサギのぬいぐるみくらいだ。アリスは微笑みながらも、少し考えて答えた。
「おやつをあげたらいいかもしれませんね」
「おやつ?なにをあげたらいいの?」
「リスはツチの実が大好きですよ」
「ツチの実?」
 ツチの実とは、夏の終わりに大樫の木がつける木の実のことで、そのままでは歯が欠けるほど硬いが、茹でるとやわらかくなり、ほのかな甘みが出る。栄養価が高いため、冬の保存食としてクッキーやケーキに混ぜて加工されることも多いが、アルテミスは実物を見たことがなかったらしい。
「小石くらいの大きさの、つやつやした木の実です。背の高い木に実るものほど、大きくなるんですけどね」
「ふーん……」
 そうして支度を終えたアルテミスに、ユミルは少し言いにくそうに切り出した。
「アルテミス様、本日は皇帝陛下や他の妃殿下のご子息、つまりカリスト様をはじめとするアルテミス様のご兄姉の皆様にお会いすることになります。ですが先日、ドロテア妃殿下のお茶会でお会いしたとおり、その……」
 言い淀むユミルに、アルテミスはうなずいた。
「うん、みんながカリスト兄さまみたいにやさしいとは限らないってことだよね?」
「……そうです。ですので我々が必ずお守りしますが、アルテミス様もどうか、決してお一人にならないでください」
「わかったよ、ユミル」
 まだ幼い皇子にどこまで話すべきか迷ったが、身の安全を守る上で、炎に触れたら火傷することを隠したままでは正しく対応できない。家族に疎まれていると知れば傷つけてしまうのではないかと心配していたが、アルテミスは思いのほか落ち着いた様子で受け止めている。ユミルはほっと胸をなでおろした。
 定刻通りに観覧席へ向かうと、案の定ではあるが一番端の席に案内された。使用人の手違いなのか、はたまた嫌がらせか、他の席には風除けの幕や敷物が置かれているにもかかわらず、こちらは地面に硬い木製の椅子が並べられているだけだった。
 目に見えて粗雑な扱いにユミルは眉を顰めたが、予想はしていたようですぐにセルジュとカーディを呼び寄せ、火狐の毛皮でできた防寒幕を張り、唐の木で編み上げた椅子を並べると、ふかふかのクッションと膝掛けに温石まで用意した。背後に控える護衛騎士のウィリアムとユミルに見守られながら、教師兼後見人である私が腰を下ろすと、アルテミスも真似をして腰掛けた。
 どうやら七番目と八番目の側妃は欠席らしく、遅れてやってきた隣席には、赤毛に褐色の肌を持つ、熱砂の国サハール出身の第六側妃カミラが、娘二人を伴って姿を現した。席に着くなり、カミラは遠慮もなくこちらに話しかけてきた。
「あなたがフェルミアの公爵様ね?噂どおり綺麗な男だわ。私はカミラよ。こっちは娘のシャーペイとエルデガルダ。二人とも、アルテミスと公爵閣下にご挨拶なさい」
「はじめまして、ディアウッド公爵閣下、アルテミス。長女のシャーペイ・アストラニアです」
 優雅なカーテンシーを披露した姉とは違い、燃えるような赤毛の次女エルデガルダは、屈託のない笑顔でアルテミスの顔を覗き込んだ。
「私はエルデガルダよ!でもエルって呼んで!ねぇアルテミスは野鳥は好き?私が集めた鳥の羽、見る?」
「えっと、ぼく……」
 返事を聞く前に、エルデガルダは小さな巻紙に貼り付けた色とりどりの羽を、得意げに広げて見せ始めた。
「こっちはお母さまと湖に行ったときに見つけたの。こっちはお城の庭で、こっちはね……」
「静かにしなよ、エル。陛下の挨拶が始まるわ」
 シャーペイがたしなめると、エルは唇をとがらせた。視線を上げると、カリストとともに背の高い壮年の男が壇上に立っていた。アルテミスと同じ金色の髪に渋みのある端正な顔立ちだが、周囲を睨む鷹のように鋭い目付きには一切のあたたかみは感じられなかった。アルテミスにしてみれば、初めての父親との会合であったが、父と呼ぶにはあまりにも遠く、来賓たちへ形式的な口上を述べる皇帝は、一瞬たりともこちらを見ようとしなかった。
 挨拶の最中、エルデガルダはアルテミスの耳元に、小さな声で囁いた。
「ねぇアルテミス、このあと一緒に森の中に行かない?ツチの実を集めて首飾りを作りたいの!シャーペイはつまんないから行かないって言うけど、絶対楽しいよ!」
「うん、行きたい!」
 アルテミスはうなずくと、ユミルの顔をちらりと見た。ユミルが笑顔でうなずくと、子供二人は嬉しそうにくすくすと笑い合った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

「地味な婚約者を捨てて令嬢と結婚します」と言った騎士様が、3ヶ月で離婚されて路頭に迷っている

歩人
ファンタジー
薬師のナターリアは婚約者の騎士ルドガーに「地味なお前より伯爵令嬢が ふさわしい」と捨てられた。泣きはしなかった。ただ、明日から届ける薬が 一人分減るな、と思っただけ。 ルドガーは華やかな伯爵令嬢イレーネと結婚し、騎士団で出世する——はずだった。 しかしイレーネの実家は見栄だけの火の車。持参金は消え、借金取りが押し寄せ、 イレーネ本人にも「稼ぎが少ない」と三行半を突きつけられた。 3ヶ月で全てを失ったルドガーが街角で見たのは、王宮薬師に抜擢された ナターリアが、騎士団長と笑い合う姿だった。 「なあ、ナターリア……俺が間違っていた」 「ええ、知ってます。でも、もう関係のない話ですね」

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

追放された荷物持ちですが、実は滅んだ竜族の末裔でした~のんびり暮らしたいのに、なぜかそうならない~

ソラリアル
ファンタジー
目が覚めたら、俺は孤児だった。 家族も、家も、居場所もない。 そんな俺を拾ってくれたのは、優しいSランク冒険者のパーティだった。 「荷物持ちでもいい、仲間になれ」 その言葉を信じて、俺は必死についていった。 だけど、自分には何もできないと思っていた。 それでも少しでも役に立ちたくて、夜な夜な一人で力を磨いた。 だけどある日、彼らは言った。 『ここからは危険だ。荷物持ちは、もう必要ない』 それは、俺の身を案じた「優しさ」からの判断だった。 俺も分かっていた。 だから、黙ってそれを受け入れ、静かにパーティを離れた。 「もう誰にも必要とされなくてもいい。一人で、穏やかに生きていこう」 そう思っていた。そのはずだった。 ――だけど。 ダンジョンの地下で出会った古代竜の魂と、 “様々な縁”が重なり、騒がしくなった。 「最強を目指すべくして生まれた存在」 「君と一緒に行かせてくれ。」 「……オリオンを辞めさせた、本当の理由を知っている」 穏やかなスローライフ生活を望んだはずなのに、 世界はまた、勝手に動き出してしまったらしい―― ◇小説家になろう・カクヨムでも同時連載中です◇

​『追放された底辺付与術師、実は【全自動化】のチートスキル持ちでした〜ブラックギルドを追い出されたので、辺境で商会を立ち上げたら勝手に世界規

NagiKurou
ファンタジー
​「お前のような、一日中デスクに座って何もしない無能はクビだ!」 国内最大のギルド『栄光の剣』で、底辺の付与術師として働いていたアルスは、ある日突然、強欲なギルドマスターから追放を言い渡される。 しかし、彼らは知らなかった。ギルドの武器の自動修復、物流の最適化、資金管理に至るまで、すべてアルスの固有スキル【全自動化(ワークフロー構築)】によって完璧にシステム化され、回っていたことを。 「俺がいなくなったら、あの自動化システム、全部止まるけど……まあいいか」 管理権限を解除し、辺境へと旅立ったアルス。彼は自身のスキルを使って、圧倒的な耐久力を誇る銀色の四輪型重装ゴーレムを作り出し、気ままな行商を始める。 一度構築すれば無限に富を生み出す「全自動」のチートスキルで、アルスの商会は瞬く間に世界規模へとスケールしていく! 一方、すべてを失ったギルドは、生産ラインが崩壊し、絶望のどん底へと突き落とされていくのだった……。

追放料理人とJKの異世界グルメ無双珍道中〜ネットスーパーは最強です〜

音無響一
ファンタジー
わーい、異世界来ちゃった! スキルスキル〜何かな何かな〜 ネットスーパー……? これチートでしょ!? 当たりだよね!? なになに…… 注文できるのは、食材と調味料だけ? 完成品は? カップ麺は? え、私料理できないんだけど。 ──詰みじゃん。 と思ったら、追放された料理人に拾われました。 素材しか買えない転移JK 追放された料理人 完成品ゼロ 便利アイテムなし あるのは、調味料。 焼くだけなのに泣く。 塩で革命。 ソースで敗北。 そしてなぜかペンギンもいる。 今日も異世界で、 調味料無双しちゃいます!

元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
  魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。  帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。  信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。  そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。  すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。

処理中です...