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13番目の皇子
はじめての友達
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初めての外泊、しかも森の中での滞在ということもあってユミルたちはずいぶんと気を張っていたようだが、アルテミスはウィリアムとたっぷり森を散歩したあと、居心地の良い天幕の中であたたかい食事をとり、いつもより早く寝付いてしまった。その穏やかな寝顔を見て、アリスたちは安堵のため息をついた。
「僕たちも休みましょう。明日の朝は開会の式典がありますし、それが終われば大会に参加される貴族たちは森へ向かわれます。僕とウィリアム様は皇族用の観覧席でアルテミス様とご一緒します。夕の晩餐会では給仕の手伝いが必要になるようなので、アリスとローゼマリーは昼過ぎに本営まで行って指示を聞いてください」
「わかりました。お手伝いしてきますね」
「それでは順番に湯に入りましょうか。ウィリアム様、お先にどうぞ」
「いや、俺は最後でいい。アリスたちが済んだら声をかけてくれ」
本来であれば三日間、野営で過ごすつもりだったウィリアムは、いつも通りのローゼマリーのあたたかい食事と、寝台付きの個室まで与えられ、戸惑いを隠せずにいた。他の貴族に随行してきた騎士団は、夜の冷気の中で簡素な幕舎に身を寄せ合っているというのに。
その上、寝ずの番をするつもりでいたのに夜間はセルジュとカーディが交代で警備に当たってくれるという。二人の実力はよく知っているから信頼しているが、思いがけず手厚い扱いに、どこか肩透かしを食らった気分でもあった。
「ウィリアム様も今晩はしっかりお休みください。明日は気の抜けない一日になります。油断せず、アルテミス様をお守りくださいね」
「あぁ、わかった」
離宮の面々が寝支度を整え、各々の部屋へと戻ったあと、外へ出て周囲を確認していたユミルのもとに、一羽の美しい火焔鳥が舞い降りてきた。
「お帰りなさいませ、バーティミアス様」
もう怒ってはいないらしく、ユミルの声は穏やかだった。
「アルテミスはもう眠ったのか」
「えぇ。森の中で遊んで疲れたのか、夕飯を食べ終えるとすぐにお休みになりました」
「夕飯を食べ損ねたな」
「ローゼマリーは人数分を必ず用意しているはずです。温め直しましょうか」
「頼む」
ユミルは手際よく調理場の片隅に残されていた夕飯の名残のシチューとパンを温めた。どんな場所でもローゼマリーの腕は衰えないようで、湯気をたてるシチューを口に運ぶと、よく味の付いた猪肉が口の中でほろりとほどけた。夕食を楽しむ私の前で、ユミルは式典用の衣服を広げ、最終の手入れをしていた。この日のために新しく仕立てた星光色の銀の刺繍が輝く一着だ。静かな森の夜に、遠くで夜鳥の鳴く声が聞こえる。私は果実酒を傾けながら、今日一日に出会った皇子たちのことを思い出していた。そんな私の心中を見抜くように、ユミルが静かに口を開いた。
「それで、バーティミアス様。アルテミス様のほかに、めぼしい皇子はいましたか?」
「ふむ……」
私は寂しげなユリウスの横顔と、邪悪そのものであったアデルを思い返した。そして、こちらを見つめるユミルに肩をすくめて告げた。
「お前の思った通りになったよ」
「そうでしょうとも」
ユミルは満足げに微笑んだ。細められた紺碧の瞳は、冬の夜気のように凛と冴え、やはりアデル皇子のそれとは似ても似つかない。ふと、ユミルが多くの契約者を惑わせ破滅へ導いてきた一方で、善なる魂の願いには真摯に応え、望みを叶えてきたことを思い出した。
「昼間は言い過ぎたな、ユミル」
「……僕の耳がおかしくなったのでなければ、もしかして今、謝罪なさっているのですか?」
「仲直りをしたくてな」
「慣れないことはおやめください、バーティミアス様。明日の朝から槍の雨が降るなんて、ごめんですよ」
わざとらしく身震いするユミルに、思わず口元が緩む。権謀術数渦巻く皇族たちの思惑とは対照的に、銀色の三日月が静かに森を照らす、穏やかな夜であった。
#
翌朝、目覚めたアルテミスは元気いっぱいの様子であった。
「おはようアリス!ねえ聞いて!小さなリスが夢に出てきたよ!ぼくと遊びたいってお話してくれたの!」
「それはよかったですね、アルテミス様。森の中を探してみれば、会えるかもしれませんよ」
「本当に会える?ぼく、リスと友達になりたい!どうしたら仲よくなれるかな?」
アルテミスの世界で“友達”と呼べるのは、セルジュとカーディ、それから精霊鳥のソレイユと、お気に入りのウサギのぬいぐるみくらいだ。アリスは微笑みながらも、少し考えて答えた。
「おやつをあげたらいいかもしれませんね」
「おやつ?なにをあげたらいいの?」
「リスはツチの実が大好きですよ」
「ツチの実?」
ツチの実とは、夏の終わりに大樫の木がつける木の実のことで、そのままでは歯が欠けるほど硬いが、茹でるとやわらかくなり、ほのかな甘みが出る。栄養価が高いため、冬の保存食としてクッキーやケーキに混ぜて加工されることも多いが、アルテミスは実物を見たことがなかったらしい。
「小石くらいの大きさの、つやつやした木の実です。背の高い木に実るものほど、大きくなるんですけどね」
「ふーん……」
そうして支度を終えたアルテミスに、ユミルは少し言いにくそうに切り出した。
「アルテミス様、本日は皇帝陛下や他の妃殿下のご子息、つまりカリスト様をはじめとするアルテミス様のご兄姉の皆様にお会いすることになります。ですが先日、ドロテア妃殿下のお茶会でお会いしたとおり、その……」
言い淀むユミルに、アルテミスはうなずいた。
「うん、みんながカリスト兄さまみたいにやさしいとは限らないってことだよね?」
「……そうです。ですので我々が必ずお守りしますが、アルテミス様もどうか、決してお一人にならないでください」
「わかったよ、ユミル」
まだ幼い皇子にどこまで話すべきか迷ったが、身の安全を守る上で、炎に触れたら火傷することを隠したままでは正しく対応できない。家族に疎まれていると知れば傷つけてしまうのではないかと心配していたが、アルテミスは思いのほか落ち着いた様子で受け止めている。ユミルはほっと胸をなでおろした。
定刻通りに観覧席へ向かうと、案の定ではあるが一番端の席に案内された。使用人の手違いなのか、はたまた嫌がらせか、他の席には風除けの幕や敷物が置かれているにもかかわらず、こちらは地面に硬い木製の椅子が並べられているだけだった。
目に見えて粗雑な扱いにユミルは眉を顰めたが、予想はしていたようですぐにセルジュとカーディを呼び寄せ、火狐の毛皮でできた防寒幕を張り、唐の木で編み上げた椅子を並べると、ふかふかのクッションと膝掛けに温石まで用意した。背後に控える護衛騎士のウィリアムとユミルに見守られながら、教師兼後見人である私が腰を下ろすと、アルテミスも真似をして腰掛けた。
どうやら七番目と八番目の側妃は欠席らしく、遅れてやってきた隣席には、赤毛に褐色の肌を持つ、熱砂の国サハール出身の第六側妃カミラが、娘二人を伴って姿を現した。席に着くなり、カミラは遠慮もなくこちらに話しかけてきた。
「あなたがフェルミアの公爵様ね?噂どおり綺麗な男だわ。私はカミラよ。こっちは娘のシャーペイとエルデガルダ。二人とも、アルテミスと公爵閣下にご挨拶なさい」
「はじめまして、ディアウッド公爵閣下、アルテミス。長女のシャーペイ・アストラニアです」
優雅なカーテンシーを披露した姉とは違い、燃えるような赤毛の次女エルデガルダは、屈託のない笑顔でアルテミスの顔を覗き込んだ。
「私はエルデガルダよ!でもエルって呼んで!ねぇアルテミスは野鳥は好き?私が集めた鳥の羽、見る?」
「えっと、ぼく……」
返事を聞く前に、エルデガルダは小さな巻紙に貼り付けた色とりどりの羽を、得意げに広げて見せ始めた。
「こっちはお母さまと湖に行ったときに見つけたの。こっちはお城の庭で、こっちはね……」
「静かにしなよ、エル。陛下の挨拶が始まるわ」
シャーペイがたしなめると、エルは唇をとがらせた。視線を上げると、カリストとともに背の高い壮年の男が壇上に立っていた。アルテミスと同じ金色の髪に渋みのある端正な顔立ちだが、周囲を睨む鷹のように鋭い目付きには一切のあたたかみは感じられなかった。アルテミスにしてみれば、初めての父親との会合であったが、父と呼ぶにはあまりにも遠く、来賓たちへ形式的な口上を述べる皇帝は、一瞬たりともこちらを見ようとしなかった。
挨拶の最中、エルデガルダはアルテミスの耳元に、小さな声で囁いた。
「ねぇアルテミス、このあと一緒に森の中に行かない?ツチの実を集めて首飾りを作りたいの!シャーペイはつまんないから行かないって言うけど、絶対楽しいよ!」
「うん、行きたい!」
アルテミスはうなずくと、ユミルの顔をちらりと見た。ユミルが笑顔でうなずくと、子供二人は嬉しそうにくすくすと笑い合った。
「僕たちも休みましょう。明日の朝は開会の式典がありますし、それが終われば大会に参加される貴族たちは森へ向かわれます。僕とウィリアム様は皇族用の観覧席でアルテミス様とご一緒します。夕の晩餐会では給仕の手伝いが必要になるようなので、アリスとローゼマリーは昼過ぎに本営まで行って指示を聞いてください」
「わかりました。お手伝いしてきますね」
「それでは順番に湯に入りましょうか。ウィリアム様、お先にどうぞ」
「いや、俺は最後でいい。アリスたちが済んだら声をかけてくれ」
本来であれば三日間、野営で過ごすつもりだったウィリアムは、いつも通りのローゼマリーのあたたかい食事と、寝台付きの個室まで与えられ、戸惑いを隠せずにいた。他の貴族に随行してきた騎士団は、夜の冷気の中で簡素な幕舎に身を寄せ合っているというのに。
その上、寝ずの番をするつもりでいたのに夜間はセルジュとカーディが交代で警備に当たってくれるという。二人の実力はよく知っているから信頼しているが、思いがけず手厚い扱いに、どこか肩透かしを食らった気分でもあった。
「ウィリアム様も今晩はしっかりお休みください。明日は気の抜けない一日になります。油断せず、アルテミス様をお守りくださいね」
「あぁ、わかった」
離宮の面々が寝支度を整え、各々の部屋へと戻ったあと、外へ出て周囲を確認していたユミルのもとに、一羽の美しい火焔鳥が舞い降りてきた。
「お帰りなさいませ、バーティミアス様」
もう怒ってはいないらしく、ユミルの声は穏やかだった。
「アルテミスはもう眠ったのか」
「えぇ。森の中で遊んで疲れたのか、夕飯を食べ終えるとすぐにお休みになりました」
「夕飯を食べ損ねたな」
「ローゼマリーは人数分を必ず用意しているはずです。温め直しましょうか」
「頼む」
ユミルは手際よく調理場の片隅に残されていた夕飯の名残のシチューとパンを温めた。どんな場所でもローゼマリーの腕は衰えないようで、湯気をたてるシチューを口に運ぶと、よく味の付いた猪肉が口の中でほろりとほどけた。夕食を楽しむ私の前で、ユミルは式典用の衣服を広げ、最終の手入れをしていた。この日のために新しく仕立てた星光色の銀の刺繍が輝く一着だ。静かな森の夜に、遠くで夜鳥の鳴く声が聞こえる。私は果実酒を傾けながら、今日一日に出会った皇子たちのことを思い出していた。そんな私の心中を見抜くように、ユミルが静かに口を開いた。
「それで、バーティミアス様。アルテミス様のほかに、めぼしい皇子はいましたか?」
「ふむ……」
私は寂しげなユリウスの横顔と、邪悪そのものであったアデルを思い返した。そして、こちらを見つめるユミルに肩をすくめて告げた。
「お前の思った通りになったよ」
「そうでしょうとも」
ユミルは満足げに微笑んだ。細められた紺碧の瞳は、冬の夜気のように凛と冴え、やはりアデル皇子のそれとは似ても似つかない。ふと、ユミルが多くの契約者を惑わせ破滅へ導いてきた一方で、善なる魂の願いには真摯に応え、望みを叶えてきたことを思い出した。
「昼間は言い過ぎたな、ユミル」
「……僕の耳がおかしくなったのでなければ、もしかして今、謝罪なさっているのですか?」
「仲直りをしたくてな」
「慣れないことはおやめください、バーティミアス様。明日の朝から槍の雨が降るなんて、ごめんですよ」
わざとらしく身震いするユミルに、思わず口元が緩む。権謀術数渦巻く皇族たちの思惑とは対照的に、銀色の三日月が静かに森を照らす、穏やかな夜であった。
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翌朝、目覚めたアルテミスは元気いっぱいの様子であった。
「おはようアリス!ねえ聞いて!小さなリスが夢に出てきたよ!ぼくと遊びたいってお話してくれたの!」
「それはよかったですね、アルテミス様。森の中を探してみれば、会えるかもしれませんよ」
「本当に会える?ぼく、リスと友達になりたい!どうしたら仲よくなれるかな?」
アルテミスの世界で“友達”と呼べるのは、セルジュとカーディ、それから精霊鳥のソレイユと、お気に入りのウサギのぬいぐるみくらいだ。アリスは微笑みながらも、少し考えて答えた。
「おやつをあげたらいいかもしれませんね」
「おやつ?なにをあげたらいいの?」
「リスはツチの実が大好きですよ」
「ツチの実?」
ツチの実とは、夏の終わりに大樫の木がつける木の実のことで、そのままでは歯が欠けるほど硬いが、茹でるとやわらかくなり、ほのかな甘みが出る。栄養価が高いため、冬の保存食としてクッキーやケーキに混ぜて加工されることも多いが、アルテミスは実物を見たことがなかったらしい。
「小石くらいの大きさの、つやつやした木の実です。背の高い木に実るものほど、大きくなるんですけどね」
「ふーん……」
そうして支度を終えたアルテミスに、ユミルは少し言いにくそうに切り出した。
「アルテミス様、本日は皇帝陛下や他の妃殿下のご子息、つまりカリスト様をはじめとするアルテミス様のご兄姉の皆様にお会いすることになります。ですが先日、ドロテア妃殿下のお茶会でお会いしたとおり、その……」
言い淀むユミルに、アルテミスはうなずいた。
「うん、みんながカリスト兄さまみたいにやさしいとは限らないってことだよね?」
「……そうです。ですので我々が必ずお守りしますが、アルテミス様もどうか、決してお一人にならないでください」
「わかったよ、ユミル」
まだ幼い皇子にどこまで話すべきか迷ったが、身の安全を守る上で、炎に触れたら火傷することを隠したままでは正しく対応できない。家族に疎まれていると知れば傷つけてしまうのではないかと心配していたが、アルテミスは思いのほか落ち着いた様子で受け止めている。ユミルはほっと胸をなでおろした。
定刻通りに観覧席へ向かうと、案の定ではあるが一番端の席に案内された。使用人の手違いなのか、はたまた嫌がらせか、他の席には風除けの幕や敷物が置かれているにもかかわらず、こちらは地面に硬い木製の椅子が並べられているだけだった。
目に見えて粗雑な扱いにユミルは眉を顰めたが、予想はしていたようですぐにセルジュとカーディを呼び寄せ、火狐の毛皮でできた防寒幕を張り、唐の木で編み上げた椅子を並べると、ふかふかのクッションと膝掛けに温石まで用意した。背後に控える護衛騎士のウィリアムとユミルに見守られながら、教師兼後見人である私が腰を下ろすと、アルテミスも真似をして腰掛けた。
どうやら七番目と八番目の側妃は欠席らしく、遅れてやってきた隣席には、赤毛に褐色の肌を持つ、熱砂の国サハール出身の第六側妃カミラが、娘二人を伴って姿を現した。席に着くなり、カミラは遠慮もなくこちらに話しかけてきた。
「あなたがフェルミアの公爵様ね?噂どおり綺麗な男だわ。私はカミラよ。こっちは娘のシャーペイとエルデガルダ。二人とも、アルテミスと公爵閣下にご挨拶なさい」
「はじめまして、ディアウッド公爵閣下、アルテミス。長女のシャーペイ・アストラニアです」
優雅なカーテンシーを披露した姉とは違い、燃えるような赤毛の次女エルデガルダは、屈託のない笑顔でアルテミスの顔を覗き込んだ。
「私はエルデガルダよ!でもエルって呼んで!ねぇアルテミスは野鳥は好き?私が集めた鳥の羽、見る?」
「えっと、ぼく……」
返事を聞く前に、エルデガルダは小さな巻紙に貼り付けた色とりどりの羽を、得意げに広げて見せ始めた。
「こっちはお母さまと湖に行ったときに見つけたの。こっちはお城の庭で、こっちはね……」
「静かにしなよ、エル。陛下の挨拶が始まるわ」
シャーペイがたしなめると、エルは唇をとがらせた。視線を上げると、カリストとともに背の高い壮年の男が壇上に立っていた。アルテミスと同じ金色の髪に渋みのある端正な顔立ちだが、周囲を睨む鷹のように鋭い目付きには一切のあたたかみは感じられなかった。アルテミスにしてみれば、初めての父親との会合であったが、父と呼ぶにはあまりにも遠く、来賓たちへ形式的な口上を述べる皇帝は、一瞬たりともこちらを見ようとしなかった。
挨拶の最中、エルデガルダはアルテミスの耳元に、小さな声で囁いた。
「ねぇアルテミス、このあと一緒に森の中に行かない?ツチの実を集めて首飾りを作りたいの!シャーペイはつまんないから行かないって言うけど、絶対楽しいよ!」
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