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ニセモノ家族
引っ越し準備
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静まり返った真夜中の離宮で、ユミルはてきぱきと荷造りを始めた。
アルテミスのお気に入りのカップや絵本を丁寧に布で包み、冬用の厚手の外套や毛皮の靴に縮小の魔法をかけ、次々と手持ちの旅行鞄へと収めていく。
「なんか手伝おっか?」
「もっと分厚い毛布とか持ってった方がいいんじゃね?」
離宮の夜警の巡回中に物音を聞きつけたセルジュとカーディが、ひょいと顔を出した。
ユミルは手を止めず、淡々と答えた。
「“何も持ち出すな”とのご命令でしたからね。必要なものは道中で調達します。あなた達も、そのつもりでいて下さい」
「はーい」
「わかったぁ」
そこへ、難しい顔をしたウィリアムが入ってきた。
荷造りの様子を見るなり、はっとしたように表情を強張らせ、やがて項垂れる。
「ずいぶん遅かったですね。本日はお疲れ様でした。ウィリアム様もお休みになってください」
ユミルが穏やかに声をかけると、ウィリアムは苦い顔で首を振った。
「すまない……なんとかアルテミス様の出立のための人員や物資を確保しようと試みたが、屋根付き馬車が二台と、最低限の護衛しか用意できなかった。護衛の半数はカミラ様のご厚意で増員できたが……」
忸怩たる思いで報告するウィリアムに、ユミルは一瞬きょとんとしたあと、あっさりと微笑んだ。
「え?……あぁ、それでしたら馬車は二台で結構ですよ。アルテミス様はお乗りになりませんから」
今度はウィリアムが虚を突かれる番だった。
「な、え? そ、それならどうやって……」
「俺たちの背中に乗って移動すれば、北方領までは三日で着くよ」
「飛んでる間は寒いから、いっぱい厚着しないとだけどね」
「実際にはアルテミス様のご休憩を挟みますから、五日ほどは見ておきましょう。夜間は冷え込みますし、魔獣の活動も活発になりますから」
「たったの五日……!?」
馬車で行けば、どんなに急いでも一ヶ月はかかる道のりだ。途中、悪天候や盗賊団に遭遇すれば、さらに遅れる。
ウィリアムは言葉を失った。
確かに、灰竜であるセルジュとカーディに運んでもらえば、陸路で遭遇しうる盗賊や魔獣と対峙する必要はない。
そればかりか、ここぞとばかりにアルテミスを狙うであろう暗殺者たちの目も欺ける。
「だが……アルテミス様が馬車にお乗りにならないとなると、不審に思われるのではないか?」
「えぇ、当然でしょうね。護衛のなかにはアルテミス様を狙う刺客も紛れ込むでしょうし」
ユミルはこともなげに言うと、晴れやかな顔で笑みを浮かべた。
「目眩ましのために、陸路を行く“代理”を用意するつもりです」
「だ、代理の者?」
狼狽するウィリアムに、ユミルは真面目な顔でうなずき、ぱん、と手を打った。
「モルティア、いますよね?」
「はい! わたくしはここにおります!」
物陰から、ぬるりとモルティアが姿を現し、胸を張って直立する。その顔はなぜか誇らしげだった。
「不肖、モルティアめがアルテミス様の代理を務めます!!」
「念のため、セルジュを同行させます。付き人が一人もいないのも不自然ですしね。危険な目に遭うようなら、即座にセルジュと共に離脱して我々に合流してもらいます」
「し、しかし……モルティアは確かに背格好こそアルテミス様と同じくらいだが、このままでは顔立ちが違いすぎるだろう」
「それは、まぁ……考えておりますよ。これから“あの方”にお願いしに行くつもりでした」
「あの方?」
ちらりと上階へ目を向けながら、いかにも気が進まなそうにため息をつくユミル。
ウィリアムは怪訝そうに眉をひそめたが、私はすでに楽しそうな気配を察し階段の陰まで来ていた。
「呼んだか?」
「で、ディアウッド卿!? いつの間に!?」
「相変わらずの地獄耳ですね」
湯気の立つカップを片手に、優雅な寝間着用のローブ姿のまま姿を現した私に、ウィリアムは思わず一歩後ずさった。
「な、なぜここに……」
「面白そうな話をしているからな。聞かぬ理由があるか?」
当然のように言い放つと、ユミルはこめかみを押さえた。
「最初からお聞きだったのなら話は早いですね。ご協力いただけますか?」
ユミルはため息混じりにそう言いながらも、その瞳の奥には冷静な計算が走っている。古い付き合いなだけあって、私に言うことを聞かせる難しさをよくよく分かっているのだ。しかし同時に、私を愉しませる提案であれば、石を水に落とすようにあっさり願いが叶うことも、経験上理解している。
いいように使われるのは癪だが――ここ最近のアルテミスをめぐる出来事は、ずいぶんと私に新しい刺激を与えてくれた。私が目をかける皇子が北へ追放されるなど、長い永劫の時のなかでも初めてのことだった。
退屈を嫌う私にとって、これは実に愉快な盤上の変化だ。
そして、ユミルの狙い通り、私は面白い方の選択をとった。
「いいだろう、造作もないことだ」
アルテミスのお気に入りのカップや絵本を丁寧に布で包み、冬用の厚手の外套や毛皮の靴に縮小の魔法をかけ、次々と手持ちの旅行鞄へと収めていく。
「なんか手伝おっか?」
「もっと分厚い毛布とか持ってった方がいいんじゃね?」
離宮の夜警の巡回中に物音を聞きつけたセルジュとカーディが、ひょいと顔を出した。
ユミルは手を止めず、淡々と答えた。
「“何も持ち出すな”とのご命令でしたからね。必要なものは道中で調達します。あなた達も、そのつもりでいて下さい」
「はーい」
「わかったぁ」
そこへ、難しい顔をしたウィリアムが入ってきた。
荷造りの様子を見るなり、はっとしたように表情を強張らせ、やがて項垂れる。
「ずいぶん遅かったですね。本日はお疲れ様でした。ウィリアム様もお休みになってください」
ユミルが穏やかに声をかけると、ウィリアムは苦い顔で首を振った。
「すまない……なんとかアルテミス様の出立のための人員や物資を確保しようと試みたが、屋根付き馬車が二台と、最低限の護衛しか用意できなかった。護衛の半数はカミラ様のご厚意で増員できたが……」
忸怩たる思いで報告するウィリアムに、ユミルは一瞬きょとんとしたあと、あっさりと微笑んだ。
「え?……あぁ、それでしたら馬車は二台で結構ですよ。アルテミス様はお乗りになりませんから」
今度はウィリアムが虚を突かれる番だった。
「な、え? そ、それならどうやって……」
「俺たちの背中に乗って移動すれば、北方領までは三日で着くよ」
「飛んでる間は寒いから、いっぱい厚着しないとだけどね」
「実際にはアルテミス様のご休憩を挟みますから、五日ほどは見ておきましょう。夜間は冷え込みますし、魔獣の活動も活発になりますから」
「たったの五日……!?」
馬車で行けば、どんなに急いでも一ヶ月はかかる道のりだ。途中、悪天候や盗賊団に遭遇すれば、さらに遅れる。
ウィリアムは言葉を失った。
確かに、灰竜であるセルジュとカーディに運んでもらえば、陸路で遭遇しうる盗賊や魔獣と対峙する必要はない。
そればかりか、ここぞとばかりにアルテミスを狙うであろう暗殺者たちの目も欺ける。
「だが……アルテミス様が馬車にお乗りにならないとなると、不審に思われるのではないか?」
「えぇ、当然でしょうね。護衛のなかにはアルテミス様を狙う刺客も紛れ込むでしょうし」
ユミルはこともなげに言うと、晴れやかな顔で笑みを浮かべた。
「目眩ましのために、陸路を行く“代理”を用意するつもりです」
「だ、代理の者?」
狼狽するウィリアムに、ユミルは真面目な顔でうなずき、ぱん、と手を打った。
「モルティア、いますよね?」
「はい! わたくしはここにおります!」
物陰から、ぬるりとモルティアが姿を現し、胸を張って直立する。その顔はなぜか誇らしげだった。
「不肖、モルティアめがアルテミス様の代理を務めます!!」
「念のため、セルジュを同行させます。付き人が一人もいないのも不自然ですしね。危険な目に遭うようなら、即座にセルジュと共に離脱して我々に合流してもらいます」
「し、しかし……モルティアは確かに背格好こそアルテミス様と同じくらいだが、このままでは顔立ちが違いすぎるだろう」
「それは、まぁ……考えておりますよ。これから“あの方”にお願いしに行くつもりでした」
「あの方?」
ちらりと上階へ目を向けながら、いかにも気が進まなそうにため息をつくユミル。
ウィリアムは怪訝そうに眉をひそめたが、私はすでに楽しそうな気配を察し階段の陰まで来ていた。
「呼んだか?」
「で、ディアウッド卿!? いつの間に!?」
「相変わらずの地獄耳ですね」
湯気の立つカップを片手に、優雅な寝間着用のローブ姿のまま姿を現した私に、ウィリアムは思わず一歩後ずさった。
「な、なぜここに……」
「面白そうな話をしているからな。聞かぬ理由があるか?」
当然のように言い放つと、ユミルはこめかみを押さえた。
「最初からお聞きだったのなら話は早いですね。ご協力いただけますか?」
ユミルはため息混じりにそう言いながらも、その瞳の奥には冷静な計算が走っている。古い付き合いなだけあって、私に言うことを聞かせる難しさをよくよく分かっているのだ。しかし同時に、私を愉しませる提案であれば、石を水に落とすようにあっさり願いが叶うことも、経験上理解している。
いいように使われるのは癪だが――ここ最近のアルテミスをめぐる出来事は、ずいぶんと私に新しい刺激を与えてくれた。私が目をかける皇子が北へ追放されるなど、長い永劫の時のなかでも初めてのことだった。
退屈を嫌う私にとって、これは実に愉快な盤上の変化だ。
そして、ユミルの狙い通り、私は面白い方の選択をとった。
「いいだろう、造作もないことだ」
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