さねよき鎧

志ノ原新

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 箱根から吹きおろす風が小高い山を駆けぬけた。
 木々がざわめく。梅雨のあいだすっかりしょぼくれていた緑が濃厚な色を誇りつつ、木洩れ日を撒き散らしている。河原にいた少年は素振りの手をとめ顔をあげた。
 少年の名を伊助という。四尺ほどの棒をだらりと下げると、気持ちよさそうに目を細めて杉や雑木たちを見やった。
 視界の端をすっと影がかすめた。
(蜻蛉……)
 伊助のすぐ横で、蜻蛉が中空に居座っている。陽光にさらした羽を細かく震わせ、まるでせせらぎを楽しむかのように、あくまでも悠然と。
「こいつ」
 伊助の眼差しが微かに光り、刹那、棒が命を得たように跳ねあがった。
 空を切り裂く円弧、目にも留まらぬ早業――蜻蛉は川面のうえを滑るように逃げ去った。
「ま、こんなもんだな」
 からりと笑った。
 もともと蜻蛉を打ち落とす気などない。悠々と浮遊する蜻蛉の姿と、伊助の心中まで見透かすような大きな目が少々疎ましかったから威した。ただそれだけだ。そもそも蜻蛉を打ち落としていたなら後味が悪くなったに決まっている。
 清流で無造作に顔を洗うと、杉の枝を揺らす風が吹きぬけていった。
 水干の袖で顔を拭い、小さな瓶の紐を掴んで棒にひっかけ肩へ。味噌の匂いが零れ落ち、伊助は腹が減っていることを思い出した。
「ウドでもありゃあな……」
 皮をむいて味噌をつければ腹の足しになるどころかこのうえなく美味い。だがウドも伊助の都合がいいように生えてやる義理もない。
「気の利かない河原だ」と勝手なことを呟き、腹をさすって苦笑いを浮かべる。
 味噌はいつもどおり、麓のばば様から分けてもらった。伊助が赤茶色の瓶を持っていくと、皺だらけのばば様は必ず、
「おほっ、ござっしゃったなあ」
 と言いながら腰を伸ばし、さらに顔の皺を深くして笑うのだ。
 伊助も満面の笑みを返して、ばば様と無駄話を楽しむのが常だった。祖母の顔を知らぬからかもしれない。
 常といえば、素振りもいつものことだった。味噌を抱えた帰りは必ず河原で武士の真似事をする。素振りのあいだは、世の中のことも家のことも、全て忘れることができる。そこがよかった。
「――仕方ねえ、帰るか」
 なおも腹をさすりながら独りごち、山道へ戻る斜面を登ろうとしたときだ。
「おおい、そこの者、道を聞きたい。ここまで上がってきてはくれぬか」
 頭上から大声が降ってきた。

 見上げると馬に跨る武士がいた。手を招いて伊助を呼んでいる。
 もしやずっと居たのか、と伊助は顔をしかめたが、
「はあい、少々お待ちくだされ」
 わざとのんびりした声音で答えると、斜面を駆けあがり山道に立った。
「鎧師の鎌田藤斉殿を探しておる。お屋敷を知っていれば教えて欲しいのだが」
 馬上の武士はがっしりとした巨躯であった。豊かに蓄えた髭が雄々しい。声は野太い声ながらも存外穏やかで、烏帽子を品よく被った姿は見目もよい。
 伊助は、「知っています」と小気味よく答えた。声変わりが済んだばかりの声である。
「ですが、ここからは幾筋かの分かれ道があり、目印もありません。よろしければ私がご案内いたしまするが」
「むう、そうか。儂もこの辺りは不案内ではあるし……」
 男は分厚い唇を曲げて少し思案すると、
「わかった。申し訳ないことながらそなたの言葉に甘えよう」と馬上からずいと顔を突き出し、
「儂は仁和源三郎と申す。宜しく頼む」
(これが鬼源三……)
 伊助の鼓動が少し速くなった。
 仁和源三郎という名とその異名はよく知っている。斯波陸奥守麾下でも屈指の猛者だという噂は、鎌倉からの風に乗ってこの山中にも届いていた。
 このとき、延元二年(一三三七年)――醍醐天皇を擁する宮方と、足利尊氏を擁する武家方が覇権を賭けて争っている最中である。日本は二つの色に染め分けられ、武士たちは所領を守り通すためどちらかの色を選び、命運をかけていた。
 仁和源三郎は尊氏に味方することを選び、先頃鎌倉の近くに新しい所領を与えられた。板東に移ってきたいまは尊氏から東国の仕置きを任された斯波陸奥守家長に従っている。
「伊助と申します」
 頭をさげ、そっと相手の様子を窺う。
 確かに鬼源三は噂どおりの容姿であった。直垂に染め抜かれた家紋は桔梗、これも噂に符合する。であるが――。
(鬼などと呼ばれる割に)
 眼差しが穏やかでえらぶる風がない。
 伊助の素振りについても何も言ってこない。
 きっとみていなかったのだ、と確信し、ようやくほっとした。武士に素人剣術をみられるのは恥ずかしい。相手が名の通った猛将なら尚更だった。
「ひとつ訊ねるが、もしや伊助殿は藤斉殿のお弟子かな」
 逢ったばかりの武士から『伊助殿』と呼ばれ、伊助は背中がくすぐったくなった。
「何故そう思われます」
「このあたりには藤斉殿しか住んでおらぬ、と聞いたのでな」
「確かに弟子でございますが、藤斉が一子でもあります」
「なんと」
 源三郎は大仰に反り返り、甲高い声をあげた。
「さあ、まいりましょう」
 と伊助は背中を向ける。頭の後で束ねた髪が奔馬の尾の如く跳ねた。
 藤斉の子と聞いて驚いた源三郎の所作が瞼にくっきり浮かぶ。ふき出してしまいそうだった。あんなに目を丸くしてはいかめしい髭も台無しだ、とそっと舌を出す。
 変わったお方だ、だが――
(悪い方ではない)
 覚えず口元がゆるむ。
 足取り軽い少年の後に勇壮な武人を乗せた馬が大人しく続く。
 山中の枝が揺れ、また風が吹き抜けていった。

 源三郎がわざわざ足を運んで会おうとする鎧師鎌田藤斉は、二代目である。
 初代藤斉は二十年ほど前に箱根を越えてこの山中に移ってきた。
 鎧師として、広大な板東平野を駆け抜ける板東武者に強く惹かれたからだという。猛々しい板東武者の身を守る鎧こそ初代藤斉の理想だったのだ。
 藤斉の鎧は強固さと動きやすさを極めながらも、洗練された美しさを併せ持つ。初代は十年ほど前に他界したが、二代目藤斉はその技術を受け継ぎ、質の高い鎧を造りつづけている。
 だが二代目は変わり者としても名高かった。己が満足ゆく仕事ができぬと思えば、どんな注文も頑ななまでに受けない。相手の地位にも動かされず、銭金にも靡かない。故に二代目藤斉の鎧は初代のものほど世に出回ってはいない。
 逆に言えば、藤斉が「造る」と答えたときには、必ず申し分ない鎧が仕上がるということだ。
 一鎧職人の愚直さは、武を重んじる板東武者にかえって受け入れられた。それに、是が非でも鎧を造れと腕づくで威せば、『無粋な男だ。所詮猪武者よ』と世間から揶揄されよう。板東武者には耐え難いことであったのかもしれない。
 源三郎も藤斉の鎧を求めにやってきたという。振り向きながらも足を緩めぬ伊助は、「そのためにわざわざ御自ら――」と驚いた。
「もったいないことにございます。ご家中の方をお寄越しくだされば事足りますものを」
「儂自ら直々に頼み込むつもりなのだ。ひと月ほど前のことだが――」
 源三郎は手綱を操りながら、困ったような笑みを浮かべた。
「儂の知っている男が藤斉殿に鎧造りを頼み、きっぱり断られた。伊助殿も知っているのではないかな」
 無言で小さく頷く。確かに、伊助は父が断る様を横に座ってみていた。
 父は相手の武士を前にして、「出来ませぬ」と言ったまま腕を組んで黙り込んでしまった。こうなったら唇一つ動かない。押しても引いても動く父ではない。鎌倉の大仏を力任せに押す方がまだ動く見込みがありそうだとさえ思う。
「あのときは他のご注文に手をつけていまして、とてもご所望の期日までに仕上げると約束することが出来なかったのです」
「いまはお手透きかな」
「……いいえ」
 伊助は申し訳なさそうに答えた。
「そうか」と源三郎は少し視線を落としたが、すぐに顔をあげた。
「一度藤斉殿の鎧をみたことがある。以来、どうしても藤斉殿の鎧が欲しいと思っておった。だから直々に頼み込むつもりだ」
 声音の芯に鋼のような強さがあった。
 柴垣で囲まれた屋敷に辿り着くと、伊助は源三郎を待たせて母屋に駆け込んだ。
「母上、仁和源三郎様がお見えです。ご存知でしょう、あの鬼源三です。いまお連れしますから、くれぐれも粗相のないように」
 母親のさよは、早口で捲くし立てる伊助をみて、くすりと笑いながら、「はいはい」と答える。伊助は源三郎を母屋に案内すると、急いで仕事場へ向かった。
 仕事場から鋼を打ち据える音が響いている。同じ間隔、同じ強さで繰り返される金属音が、木霊となって山々に飲み込まれていく。
 伊助は戸口に立って中を窺った。鎚を振るって鉄を打つ甚太と、陰干しにした紐を手にとり染色の具合を確かめている父がいた。
「棟梁、客人です」
 父を父と呼んではならない。伊助は弟子として、実の父を棟梁と呼ばねばならなかった。
 張りあげた伊助の声に甚太の鎚が止まる。藤斉は手に取った紐から視線を外さず、
「どなただ」とさして興味もなさそうに訊ねる。
「仁和源三郎様です」
 藤斉は少し目を細め、「ほう」とだけ言うと、媚びんをかきながら、ゆっくりと母屋へ向かう。その背中に向かって、
(痩せ大仏……)
 伊助は聞かれぬように呟く。大仏を痩せさせれば父にそっくりだ、と思っている。半ば閉じられた瞼などまさにそのものであった。

 甚太は伊助と二人になると、
「えらく遅かったな。ま、いつものことだが」と言ってにやりと笑った。
 甚太は藤斉に雇われている鍛冶職人で、伊助が味噌を分けてもらう『ばば様』の息子である。仕事が立て込んでいれば藤斉の屋敷に泊まり、忙しくなければ麓の家まで帰る。近頃はとんと家に帰れぬ日々が続いている。
「まさか、まだ味噌を仕込んだばかりだったので出来るのを待っておったと言うんじゃあるまいな」
「いや、兄さんの家に着いたときにゃあまだ大豆も麹もなかったよ」
 すました顔でしれっと答える。「それから出来上がるまで待ったんだから、遅くもなるさ」
 甚太は血色のよい顔をはじけさせ、声をたてて笑った。三十男で伊助にとっては兄弟子にあたる。
「ところで、鬼源三はどんな方だった」
「立派な御仁だよ。俺は好きだ」
 そう答えながら、父はまた断るのではないか、と思いは少し気が重くなった。先日追い返した武士は横柄であり、伊助も胸中で、
(あんな奴の鎧など造ってやるものか)
 と思ったものだ。しかし、望みかなわず山道を帰ってゆく、肩を落とした源三郎の姿を想像するのは厭だった。
 伊助は自分の持ち場に座り、台の上に札を並べた。甚太もまた鎚を振るいはじめる。
 札とは鉄板や牛の背革を方形に加工し、複数の小穴を空けたものである。札こそが鎧の良し悪しを決めることから、弓矢も通らぬ優れた鎧のことを、『さねよき鎧』などと呼ぶ。
 鎧造りには二千個以上もの札が必要となる。腰から上脚部にかけてを保護する草摺などは、全て札で構成されている。
 札から鎧を造る為には、まず下側の穴を革紐で綴り、幾つもの札を横並びに連結して大きな板にする。
 そしてそれを威す。つまり、残った札の上側の穴に色鮮やかな組紐を通し、何段もの板を順々に吊り下げていくのだ。紐、即ち緒を通すから『おどし』であり、いつしか『威』という言葉が充てられるようになった。板状になった札を威糸で吊り下げることで、屈曲可能な防御板が出来上がる。
 伊助は予め黒漆を塗っておいた札を綴りはじめた。
 一つの札の上に別の札を重ね、左右にずらして半分だけ重なるように綴る。これで重なる部分の厚みは札一枚の倍となる。革紐の弛みをなくして、また次の札を手にとる――これをただ繰り返す。
 同じ形の札を、同じ要領で淡々と綴っていく。台の上で、鈍い輝きを湛えた札が波のように次々と重なっていく。
 眉間にしわを寄せて札を綴る間に、一度か二度『ぞっとする』のが伊助の常である。
――これをこのまま一生。
 繰り返すのかと考えれば心胆が寒々とする。そんなときには黒漆の光沢さえ疎ましい。
 連なる札はまるで階段である。上がることも下がることもなく、ただ横に延びていく階段だ。
 いつか三代目藤斉になれば、この階段を生涯見続けねばならない。そして老いや死へと近づいていく。それだけの日々――。
 甚太の鎚が刻む鍛鉄の音に、伊助の小さな溜息が紛れ込んだ。

 やがて藤斉が仕事場に戻った。
「仁和源三郎様から鎧造りを頼まれた。ふた月で仕上げて欲しいとの仰せだ」
 伊助と甚太は全く同時に、「えっ」と驚きの声を漏らした。
「いま抱えている仕事をこなしながらですかい。そいつはきつい」
 首を振る甚太に、藤斉は何の表情も浮かべぬまま頷く。
「どなた様の鎧も手は抜けねえ。だから儂はふた月では無理だと申し上げた。帳尻合せの無様な鎧なんぞ造れねえ、とな」
「断ったのですか」
 伊助は思わず腰を浮かせた。剛勇で知られた武将の鎧を造れば、藤斉の評判もまた上がる。いま請け負っている仕事も、巧く取り繕えば少しずつ遅らせることはできるであろうに。
(簡単な損得勘定ではないのか)
 父はもう少し商売っ気を持って然るべきではないか。それに――挑みかかるような眼つきを父に向けると、
「源三郎様は御自ら出向いてこられたのですよ。鎌倉にも他の鎧師がいるというのに――」
「受けないなどと言っておらん」
 藤斉は鋭い眼光で伊助を睨む。伊助はたじろぎ微かに俯いた。
「仁和様に頭を下げられた。『細かい細工は要らぬ、ただ丈夫で遠目からも目立つものであれば構わない』、と仰せられた。まあ、いろいろと話を聞いて気が変わった。どうやら受けざるを得ん仕事のようだ」
 伊助は胸中で安堵の息を漏らした。損得勘定もさることながら、源三郎をがっかりさせずにすんだことが嬉しかった。
「受けたからには何としても間に合わせる。無論細工もきっちり入れるし、他の仕事も遅らせたりはしねえ。さあ、手持ちの仕事を済ますぞ」
 藤斉は伊助の札を一瞥すると、人差し指でとんと一点を叩いた。ここの綴じが緩いということだ。確かに他の部分と比べて僅かだが緩い。
「鎧は札の良し悪しで決まる。一箇所たりとも疎かにするな」
 伊助は肩を落として、緩んだ部分まで札を解いた。唇を軽く噛み、また札の階段を作り直していく。
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