異形の郷に降る雨は

志々羽納目

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二.十二年合戦

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 そんなこんなで試合がはじまった。一回戦、二回戦は安倍高と皆本高が別のコートで試合し、他の二校と対戦した。両校とも最終戦のライバル対決を意識し、交代で控え選手を出場させながら二連勝を果たした。
 そしていよいよメインイベント、安倍高対皆本高の一戦だ。両チームの陣営に緊張が漲る。死闘が開始されようとするまさにそのとき、コートのコータローがこちらをみあげ、ふんと鼻で笑いやがった。
 なっまいきー。
 会場に響き渡るホイッスル。試合開始だ。敗れつづけた十一年の呪縛から解き放たれるべく、安倍高の選手たちは十二年目の合戦に挑んだ。
 皆本は上背で安倍に劣るものの、鍛えあげた体力と機動力を武器に、オールコートのマンツーマンディフェンスで激しく当たる。オフェンスの司令塔役は県選抜にも入るPG(ポイントガード)だ。ずば抜けたセンスのプレイヤーで攻撃の全権を任されている。パスを使った速攻も強力だが、遅攻気味に仕掛けながら突然のチェンジ・オブ・ペースで相手を乱し、ドリブル突破からレイアップシュートを決めることもできる。そうかと思えば、ディフェンスをひきつけてフリーの味方にノールックパスを送るなど、まさに変幻自在だ。
 一方、安倍高のディフェンスはエリアを絞ったハーフコートだ。連携をとりつつ、包囲網に踏みこんだ敵にすかさずダブルチーム、つまりふたりがかりで当り、積極的な守備でボールを奪う。攻撃に転じれば俊足揃いのオフェンス陣が一斉に走りだすスタイル、つまり典型的なランアンドガンのチームであり、点の取り合いを得意としている。キープレイヤーはSG(シューティングガード)の若葉だ。背が高く跳躍力も並ではない。スリーポイントシュートもジャンプシュートもこなすし、ドリブルも巧みな万能選手で、今年は県内屈指のスコアラー、つまり点取り屋になるだろうと噂され、はやくも県下の強豪たちからマークされている――と久慈さんが言っているから、きっとそうなのだろう。バスケットはまずルールからしてよくわからない。それでも若葉が活躍していることだけはわかった。
「若葉、がんばれ」
 コート上の妹は輝いていた。攻撃ではつねに先頭を走り、相手にボールが渡れば積極的な守備でボール奪取を狙う。
 その一方でやはり千秋ちゃんは動きが硬い。初スタメンで緊張するなと言うのも無理な話だ。
 だが、プレッシャーから逃げちゃいけない、乗り越えるんだ。プレッシャーを愉しめたとき、アスリートは大いなる扉を開け、次のステージに進む――かつて私にそう教えてくれた人がいた。学生アパートの大屋さんだ。学生時代は通信教育でペン習字をやっていたそうだ。
 お、若葉がまたシュートを決めた。母は「試合場に行くと若葉よりわたくしのほうが緊張しますから」と固辞したが、やはり連れてくればよかった。この活躍は家族として誇らしい。
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