異形の郷に降る雨は

志ノ原新

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一.我帰郷す

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 町長の説明によると、このパーテーション部屋は『あかるい多雨野推進室』、通称『あか推』という組織のものだ。一年前に町長直轄の組織として発足し、町長が室長を兼務している。その活動は、役場の通常業務でカバーできない内容に特化しており、主眼は多雨野の発展に尽力することだという。
 町のホームページで居住情報などを発信してUターンやJターンを促したり、県内外の会社を訪ね企業誘致に奔走したり、はたまたでかいスズメバチの巣がみつかったと聞けば飛んでいって駆除もする。
 ふうん、と私は頷いた。
 悪くない。ようは未来を憂いて悪戦苦闘する部門なのだ。まさに憂国の志士、救世のヒーローたる私に相応しい。
「おまえにはここで働いてもらう。儂を入れて四人の所帯だ。机と椅子は自分で組み立てな」
「わかりました」
 そうとなればさっそく仕事だ。まずは段ボール箱から新しい椅子を取りだす――愕然とした。紛れもない、ただのパイプ椅子だ。
「町長」
「ん?」
「もっとカッコいい椅子がほしいです。肘掛があってクルクルッて回るやつ。超えらそーなやつ」
「バイトにえらそーな椅子は買ってやれんなぁ」
「え? バイトって……マジっすか」
「なんだ、真琴先生から聞いておらんかったのか」
 真琴とは母の名だ。母は売れっ子の小説家であり、町のみんなから先生と呼ばれている。
「初耳っす」
「もともと新人は何年かに一度しか募集せんからな。今回も採用の予定はなかったんだが、真琴先生から直々にお願いされたら無碍にできんからな。まあ、バイトならということで採用したんだわ」
 なるほど、私より年下はフロアにふたりいるだけだ。数年前に高卒で採用されたということか。
 しかし、バイト採用とは思わなかった。在学中に町役場の応募要項など訊いておいてほしい、と母に頼んでいたのだが、なるほど母は――町長さんに頼んだらね、雇ってくださるそうなのよ。履歴書だけ送れば面接もいらないし、大学卒業したら顔をだしなさい、って仰ってたから――と言っていた。たしかに正規採用とは聞いていないな。
「来年の春には正式に採用できるからそれまで待て。あくまでも問題起こさんかったらって前提だがな」
「やだなあ。この私が問題なんか起こすわけないじゃないですか」
 実家住まいだからバイトでも構わないが、職員として雇ってもらえるならそれに越したことはない。
「そう願うわ。ただし、採用を決めたのは真琴先生に気を使ったからではないぞ」
「ほう」
「知っとるだろうが、近頃は若い者が町に残ってくれん。引きとめるほどの魅力がないんだ。寂しいことだがな」
 ずり落ちた眼鏡をまた直す。私が上京する前に比べると、町長は少し猫背になり、少し小さくなった。
「おめぇは大学も卒業したし、都会で暮らしていろんなもんを見聞きしておろうが。それを町のために役立ててほしい」
「つまり若者が挙って残りたがるほど魅力のある町にしろと?」
「まあ、そうだ」
「それどころか他の市町村からつぎつぎと移住してくるほど素晴らしい町にしろと?」
「ま……まあ、な」
「Uターンは言うに及ばず、IターンやJターン、果てはハッピーターンまで。なんでもいいからとにかく若者こぞってカモンって感じにしろということですか。やがては周囲の町々を取り込んで市に昇格し、最終的には県庁所在地の座をQ市から奪い取るぐらいのことをしろと仰るのですね。わかりました。やりましょう」
 ドンと胸を叩いてクールな微笑みをみせつける。これこそ私に相応しいミッションだ。
「やれやれ。まあほどほどに頼む」
 目の前で首を振る町長も、きっと本心では、頼りがいのあるニューフェイスをゲットできて大いに安堵しているに違いない。
 そんなこんなで我が伝説の幕があがったのだ――と日記には書いておく。この日記がいつか私の自伝になるのだ。
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