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二.十二年合戦
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そういう感じだった――と終了後に久慈さんに説明してもらった。とにかく若葉が三点シュートを決め、同点で試合終了したのは間違いない。
選手たちは互いの健闘を称えて握手を交わした。応援席からは大きな拍手が送られ、「水ぅ」とか「飲みすぎたぁ」などという酔っぱらいの呻き声をかき消した。
コートへおりると、私をみつけた若葉が駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、ちゃんとみてくれてた?」
「大活躍だったな」
「へへ。カッコよかったでしょう」
照れ笑いしながら親指をたてる妹の奮闘ぶりは、あとできっちり日記に書くつもりだ。多雨野に帰ってからはじめた日記帳はすでに二冊目になっている。偉大なる私の生き様が余さず記された圧巻の書だが、若葉の活躍シーンとなれば何頁割いても足りない。今週中にも三冊目に突入するかもしれない。
体育館をでると青空が広がっていた。野球場やテニスコートが隣接しており、それらを取り囲むフェンスに沿って銀杏の樹が等間隔に並んでいる。風通しがよい場所に座り、銀杏の樹にもたれかかった。
久慈さんと相談し、へべれけ軍団の酔いがすこし醒めてから帰ることにした。それまで風に吹かれて体に残る興奮を冷ますつもりだった。
すると、両手に一升瓶をぶらさげたコータローがやってきた。
「引き分けだったな」
「そうだな、『肉マン』よ」
けっ、と吐き捨て、コータローが隣に腰をおろした。ポケットから湯飲みをふたつとりだし、「飲み比べで勝負だ。おめぇに参ったと言わせにゃあ気がすまん」
「はあ? おまえんとこの選手を連れて帰らなくていいのか」
「もうひとり付添いの先生がいるからな。お願いしてお任せした」
「くだらん」
こんな安っぽい挑発にこの私がのるはずもない。
「なんだ、逃げるのか」
「誰が逃げるか。かかってこいや」
久慈さんに電話して別行動で帰ると伝えた。もともと行き帰りで運転を交代することになっていたので問題はない。肉マンに骨の髄まで格の違いを教えてやらねば気がすまない。
湯飲みに酒を注ぎ、互いにひと息で干す。
甘露である。余裕である。
「むう、これは」
多雨野唯一の酒蔵『源三郎』の酒ではないか。『源三郎』の酒といえば品の良い甘味と後口のよさが売りで、全国的にも知る人ぞ知るし、知らない人は微塵も知らないという微妙な知名度である。だが、間違いなく美味い酒だ。
「よい酒だ」
「当たり前だ。ほら、次いくぞ」コータローが互いの湯飲みをなみなみと満たす。ふたりとも「おっとっとと」と家鴨の如く唇を突きだして吸い、それからぐいと干した。臓腑がじわりと温まり、頬も少し熱くなった。体も軽い感じだ。とにかく美味い。
三杯、四杯と重ね、空になった一升瓶を転がし、二本目の封を切ってまた注ぐ。ふう。少し酔ってきたかもしれん。そこで私は愕然とした。
なんと、コータローがふたりになっているではないか。
目をこすってもやはりふたりだ。これが噂に聞く影分身というやつか!
「ずるいなコータロー。それではダブル肉マンではないか」
「ん? わけのわからんこと言うな」
ふたりのコータローがおなじように首を振り、「おまえこそ、知らん間にふわふわ宙に浮かんでいるじゃないか。浮遊の術か? ずるいぞ」と意味不明なことをハモりながら酒をあおりやがる。怖ろしい奴らだ。ふたりでおなじ動きをし、おなじ言葉をしゃべるとは。
選手たちは互いの健闘を称えて握手を交わした。応援席からは大きな拍手が送られ、「水ぅ」とか「飲みすぎたぁ」などという酔っぱらいの呻き声をかき消した。
コートへおりると、私をみつけた若葉が駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、ちゃんとみてくれてた?」
「大活躍だったな」
「へへ。カッコよかったでしょう」
照れ笑いしながら親指をたてる妹の奮闘ぶりは、あとできっちり日記に書くつもりだ。多雨野に帰ってからはじめた日記帳はすでに二冊目になっている。偉大なる私の生き様が余さず記された圧巻の書だが、若葉の活躍シーンとなれば何頁割いても足りない。今週中にも三冊目に突入するかもしれない。
体育館をでると青空が広がっていた。野球場やテニスコートが隣接しており、それらを取り囲むフェンスに沿って銀杏の樹が等間隔に並んでいる。風通しがよい場所に座り、銀杏の樹にもたれかかった。
久慈さんと相談し、へべれけ軍団の酔いがすこし醒めてから帰ることにした。それまで風に吹かれて体に残る興奮を冷ますつもりだった。
すると、両手に一升瓶をぶらさげたコータローがやってきた。
「引き分けだったな」
「そうだな、『肉マン』よ」
けっ、と吐き捨て、コータローが隣に腰をおろした。ポケットから湯飲みをふたつとりだし、「飲み比べで勝負だ。おめぇに参ったと言わせにゃあ気がすまん」
「はあ? おまえんとこの選手を連れて帰らなくていいのか」
「もうひとり付添いの先生がいるからな。お願いしてお任せした」
「くだらん」
こんな安っぽい挑発にこの私がのるはずもない。
「なんだ、逃げるのか」
「誰が逃げるか。かかってこいや」
久慈さんに電話して別行動で帰ると伝えた。もともと行き帰りで運転を交代することになっていたので問題はない。肉マンに骨の髄まで格の違いを教えてやらねば気がすまない。
湯飲みに酒を注ぎ、互いにひと息で干す。
甘露である。余裕である。
「むう、これは」
多雨野唯一の酒蔵『源三郎』の酒ではないか。『源三郎』の酒といえば品の良い甘味と後口のよさが売りで、全国的にも知る人ぞ知るし、知らない人は微塵も知らないという微妙な知名度である。だが、間違いなく美味い酒だ。
「よい酒だ」
「当たり前だ。ほら、次いくぞ」コータローが互いの湯飲みをなみなみと満たす。ふたりとも「おっとっとと」と家鴨の如く唇を突きだして吸い、それからぐいと干した。臓腑がじわりと温まり、頬も少し熱くなった。体も軽い感じだ。とにかく美味い。
三杯、四杯と重ね、空になった一升瓶を転がし、二本目の封を切ってまた注ぐ。ふう。少し酔ってきたかもしれん。そこで私は愕然とした。
なんと、コータローがふたりになっているではないか。
目をこすってもやはりふたりだ。これが噂に聞く影分身というやつか!
「ずるいなコータロー。それではダブル肉マンではないか」
「ん? わけのわからんこと言うな」
ふたりのコータローがおなじように首を振り、「おまえこそ、知らん間にふわふわ宙に浮かんでいるじゃないか。浮遊の術か? ずるいぞ」と意味不明なことをハモりながら酒をあおりやがる。怖ろしい奴らだ。ふたりでおなじ動きをし、おなじ言葉をしゃべるとは。
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