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六. 回れ、ザッシーキ
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さすがの多雨野も八月は晴れの日が多い。で、暑い。ときおり降る夕立はけっこうすごい。
よく晴れた土曜、私はナタ・デ・ココ五号を駆って風になった。
先日の凄まじい夕立に視界とハンドル操作を奪われ、私は自転車ごと電柱にぶつかった。幸い怪我はなかったが、ナタ・デ・ココ四号がお亡くなりあそばした。三号が壊れたため新しく購入した四号は短命で、フレームとかホイールとかハンドルとか、曲がり得るところはすべて曲がってしまった。正直すまんかった。
相棒との別れを経て新しいパートナー五号を得た私は、慎重に慎重を重ね、宮内さんのセバスチャン号を尾行していた。梅雨が明けてからの宮内さんはまた活動的になっている。私の探偵物語第二幕の開演だ。
あいかわらず河原でジロウに乗り、川を下ってどこかへ向かう日々だ。
宮内さんが家をでた後、私はあとを追わず駅へと向かった。河原から全力で自転車を飛ばしても、河童の川流れの方が速い。どうやっても先に駅に着かれてしまうのだ。だから今日は先回りをすることにした。駅より下流に目的地があるという可能性に賭けたのだ。もし河原から駅の間に目的地があるのなら、そもそも自転車で追えない。
昼前から駅近辺をうろうろし、ときおりコンビニの経営維持に貢献してやるべく、コーヒーを買った。ブラックではない。
何度か列車が駅を過ぎていった。何度も柵から身を乗りだし、光り躍る川に目を光らせた。今日こそ謎多き宮内さんの生態に迫るつもりだ。
三本目の缶コーヒーを開けたところで宮内さんの姿がみえた。ジロウの背に乗り、水飛沫をあげ川面を奔っている。宮内さん・オン・ザ・河童を眼下にみながらナタ・デ・ココ五号のペダルを踏んで尾行する。川沿いの木々や灌木がゆれていることに気づいた。枝葉から影が飛びだし、すぐに別の茂みへ姿を隠す。宮内さんを慕かのように、茂みから茂み、木々から木々へと影が飛ぶ。
「むう、あれは」
ちらりとみえた影の正体に私は唸った。同時に行先の見当もつくというものだ。まず間違いないだろう。
川と道がまた離れ、宮内さんの姿がみえなくなった。私は道中で自転車を降り、細い道を伝って河原へ降りた。石を踏んで川を渡り、深い森の奥へとぐんぐん進む。懐かしい記憶が蘇ってくる。ときおり汗をぬぐう感覚にも懐かしさが混ざる。
やがて、さっと視界が開けた。そこには学校のグラウンド半分ほどの野原がある。私以外の人間は誰も知るまい。むかしと寸分も変わらぬ景色、経立のたまり場だ。
経立、妖怪、物の怪、変化――呼び名はどうでもいい。とにかくそいつらが群れている。彼らは長く生きたがために大自然の摂理を超越した存在で、多くの者は二足歩行ができるようになり、外観が人間に近づく。
身を潜めて様子を窺うと、群れの中央で二匹の経立が睨み合っていた。スマートな体躯で犬歯をむきだしにした狼の経立と、恰幅があり頬骨まで体毛に覆われた熊の経立だ。両者は相手を睨みながら唸った。
頭上の木々を飛び回るのが猿の経立であり、宮内さんを追っていた影の正体だ。まぶたを閉じて微動だにしないのが梟の経立。もともと夜に本領を発揮する性質で、太陽の下ではあまり動きたがらないのだ。
よく晴れた土曜、私はナタ・デ・ココ五号を駆って風になった。
先日の凄まじい夕立に視界とハンドル操作を奪われ、私は自転車ごと電柱にぶつかった。幸い怪我はなかったが、ナタ・デ・ココ四号がお亡くなりあそばした。三号が壊れたため新しく購入した四号は短命で、フレームとかホイールとかハンドルとか、曲がり得るところはすべて曲がってしまった。正直すまんかった。
相棒との別れを経て新しいパートナー五号を得た私は、慎重に慎重を重ね、宮内さんのセバスチャン号を尾行していた。梅雨が明けてからの宮内さんはまた活動的になっている。私の探偵物語第二幕の開演だ。
あいかわらず河原でジロウに乗り、川を下ってどこかへ向かう日々だ。
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昼前から駅近辺をうろうろし、ときおりコンビニの経営維持に貢献してやるべく、コーヒーを買った。ブラックではない。
何度か列車が駅を過ぎていった。何度も柵から身を乗りだし、光り躍る川に目を光らせた。今日こそ謎多き宮内さんの生態に迫るつもりだ。
三本目の缶コーヒーを開けたところで宮内さんの姿がみえた。ジロウの背に乗り、水飛沫をあげ川面を奔っている。宮内さん・オン・ザ・河童を眼下にみながらナタ・デ・ココ五号のペダルを踏んで尾行する。川沿いの木々や灌木がゆれていることに気づいた。枝葉から影が飛びだし、すぐに別の茂みへ姿を隠す。宮内さんを慕かのように、茂みから茂み、木々から木々へと影が飛ぶ。
「むう、あれは」
ちらりとみえた影の正体に私は唸った。同時に行先の見当もつくというものだ。まず間違いないだろう。
川と道がまた離れ、宮内さんの姿がみえなくなった。私は道中で自転車を降り、細い道を伝って河原へ降りた。石を踏んで川を渡り、深い森の奥へとぐんぐん進む。懐かしい記憶が蘇ってくる。ときおり汗をぬぐう感覚にも懐かしさが混ざる。
やがて、さっと視界が開けた。そこには学校のグラウンド半分ほどの野原がある。私以外の人間は誰も知るまい。むかしと寸分も変わらぬ景色、経立のたまり場だ。
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