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六. 回れ、ザッシーキ
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だが、今日のディレクターは「カット」と言わない。よかろう。このまま私の勇姿を放映するがいい。キレッキレだぞ、キレッキレ。これでザッシーキの人気は爆発し、問い合わせの電話は鳴りやまぬだろう。急遽特製グッズを作ろうか、きっと売り切れ続出だ。版権を保有した会社を設立し株式を店頭公開、株価は青天井でグングングンだ――。
嗚呼、息苦しい、倒れそうだ、だがまだまだ――あれ、なぜカメラマンはカメラを床に置いているんだ。いつからだ? ディレクターはどうしてる? ん、町長と談笑中? なんだ、なんだ緊張感の欠片もないこの撮影現場は? 気持ち悪い、すっごく。
「そろそろ飽きたか、瑞海? おまえが踊りだしてしばらくしてからカメラ回っとらんぞ。そんな踊りを入れる尺なんぞないそうだ」
町長の声が聞えるのと、酸欠まみれで汗まみれの私が膝を折るのは同時だった。ザッシーキの頭を脱ぎ――できない。被り物の頭を脱ぐ体力も残っていない。意識は朦朧、そのまま這い蹲る私であった。
すぐにスタッフがやってきて、カメラに映らぬところへ放りだされた。ただ、頭だけは脱がせてくれたのでとても助かった。死ぬかと思った。
スペアのザッシーキが現れ、撮影隊はカメラチェックに余念がない。スペアの中身は南部さんだ。待ってくれ。ザッシーキは私が――だめだ、吐き気がするし、声がでない。自分でもゼイゼイうるさい。あ、お花畑が……。
スタートの声がして、八重樫アナが話かける。南部ザッシーキが盛んな身振り手振りでリアクションをとる。ぬるい、ぬるすぎる。そんな動きでは人気などでない。キレッキレじゃないとダメなんですよ。
「ふんふん、なるほど。えー、ザッシーキちゃんは、大勢の方にイベントに参加して欲しいワラって言ってます」と通訳する。ちなみに座敷わらしのザッシーキは語尾に「ワラ」をつける設定になっている。むろん、若葉の発案だ。
「はい、カーット。いやあ、いいですね」
ディレクターが満足気に拍手した。
「いいですよ、ザッシーキ。動きに愛嬌があって実にいい。少し頼りない感じがするのもまた素晴らしい。人気があるゆるキャラって、どこか頼りない雰囲気があるんですよね。これは受けますよ、きっと」
あれ、そうなのか? そういうものなのか? キレッキレは?
撮影が終わると南部さんザッシーキ弐号機が傍にやってきた。着ぐるみの頭を脱いで小脇に抱え、不敵な笑みで横たわるザッシーキ初号機をみおろす。
「どうだった、わたしのザッシーキぶりは」
「まあまあですね」
「たぶん、人気がでるんと違うかな。結構愛嬌のある動きだったと思う」
「まあ、私がアドバイスしたとおりですね」
よく言う、と南部さんは声をたてて笑った。
「そういえば、瑞海ってほんとは踊りの途中でバク転したかったみたいだけど、できないのな。さっきの踊りみてわかったわ」
「バク転なんて別にどうでもいいです。第一、着ぐるみでは無理でしょう」
「そうかあ? かんたんだと思うが」南部さんはザッシーキの頭を被り直し、「よっ」という掛け声とともにその場で軽々とバク転した。
「な? できるワラ」
――そうワラかっ!
嗚呼、息苦しい、倒れそうだ、だがまだまだ――あれ、なぜカメラマンはカメラを床に置いているんだ。いつからだ? ディレクターはどうしてる? ん、町長と談笑中? なんだ、なんだ緊張感の欠片もないこの撮影現場は? 気持ち悪い、すっごく。
「そろそろ飽きたか、瑞海? おまえが踊りだしてしばらくしてからカメラ回っとらんぞ。そんな踊りを入れる尺なんぞないそうだ」
町長の声が聞えるのと、酸欠まみれで汗まみれの私が膝を折るのは同時だった。ザッシーキの頭を脱ぎ――できない。被り物の頭を脱ぐ体力も残っていない。意識は朦朧、そのまま這い蹲る私であった。
すぐにスタッフがやってきて、カメラに映らぬところへ放りだされた。ただ、頭だけは脱がせてくれたのでとても助かった。死ぬかと思った。
スペアのザッシーキが現れ、撮影隊はカメラチェックに余念がない。スペアの中身は南部さんだ。待ってくれ。ザッシーキは私が――だめだ、吐き気がするし、声がでない。自分でもゼイゼイうるさい。あ、お花畑が……。
スタートの声がして、八重樫アナが話かける。南部ザッシーキが盛んな身振り手振りでリアクションをとる。ぬるい、ぬるすぎる。そんな動きでは人気などでない。キレッキレじゃないとダメなんですよ。
「ふんふん、なるほど。えー、ザッシーキちゃんは、大勢の方にイベントに参加して欲しいワラって言ってます」と通訳する。ちなみに座敷わらしのザッシーキは語尾に「ワラ」をつける設定になっている。むろん、若葉の発案だ。
「はい、カーット。いやあ、いいですね」
ディレクターが満足気に拍手した。
「いいですよ、ザッシーキ。動きに愛嬌があって実にいい。少し頼りない感じがするのもまた素晴らしい。人気があるゆるキャラって、どこか頼りない雰囲気があるんですよね。これは受けますよ、きっと」
あれ、そうなのか? そういうものなのか? キレッキレは?
撮影が終わると南部さんザッシーキ弐号機が傍にやってきた。着ぐるみの頭を脱いで小脇に抱え、不敵な笑みで横たわるザッシーキ初号機をみおろす。
「どうだった、わたしのザッシーキぶりは」
「まあまあですね」
「たぶん、人気がでるんと違うかな。結構愛嬌のある動きだったと思う」
「まあ、私がアドバイスしたとおりですね」
よく言う、と南部さんは声をたてて笑った。
「そういえば、瑞海ってほんとは踊りの途中でバク転したかったみたいだけど、できないのな。さっきの踊りみてわかったわ」
「バク転なんて別にどうでもいいです。第一、着ぐるみでは無理でしょう」
「そうかあ? かんたんだと思うが」南部さんはザッシーキの頭を被り直し、「よっ」という掛け声とともにその場で軽々とバク転した。
「な? できるワラ」
――そうワラかっ!
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