異形の郷に降る雨は

志々羽納目

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八.メノドク GOGO!

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 私は今日のために薄手の布で新調したザッシーキもどきの衣装を身につけている。その名もザッシーキ・ランニングフォーム。走りやすさを重視して全身タイツにしており、半纏やらは手書きだ。ぴっちりしたフォルムだが頭部だけは被り物になっているので、頭でっかちでバランスが悪い。だが、みなが思うよりも走りやすいのだ。そして手にはホヤボール。
 英太と権現さんの姿もあった。東京と名乗る千葉に生息する人型のネズミカップルのコスプレだ。しかし、どこか照れがある立ち居ぶるまいはいただけない。胸をはれ、ふたりとも。
 そこへ背後から南部ザッシーキが忍び寄り、英太に膝カックンをくらわした。へなへなと体勢を崩す英太の姿に権現さんが笑う。ザッシーキも権現さんと肩を組んで大笑いのポーズをとった。三人はひと晩で打ち解けたようだ。あんなに気立ての良い女性なのだから、南部さんのお眼鏡にかなうのも当然か。
「おう、瑞海。今日は負けんぞ」
 背後から無粋な声をかけ、気安く肩を叩く男に、「誰?」と素っ気なく返した。
「また、おめぇは」男はがくりと肩を落とし、「皆本高校の亘理光太郎様だ」
「ふぅん。合宿の練習試合で安倍高との対決で引き分け、そのあと私との飲み比べでも勝てず、結局は哀れに横たわる私を置き去りにした、人情の欠片もない男のことなど毛の先ほども覚えておらん」
「めちゃくちゃ覚えているじゃないか。しかもめちゃくちゃ根に持っているじゃないか」
「で、どちら様でしたっけ? さらに公式戦ではきっちり勝たせてもらったけど、誰だか思いだせないなあ」
「やっぱり腹が立つ、おめぇは」
「ところで、おまえはなんのコスプレなのだ」
「木だ」
 そうではないかとは思ったが、案の定であった。
 コータローは本気だった。茶色の幹を模した筒に全身を収め、一部だけくり抜いて顔を出している。さらに本物の木の枝を両手に持っていた。あたかも学芸会の劇に出てくるレベルの着ぐるみだ。いや、いくら学芸会といってもこんなのが実在するものなのであろうか? 実際に学芸会でこんな格好させれば、モンスターペアレンツが怒鳴り込んでくる。「うちの子が〝木〟ってなんだよ、〝木〟って」とか言って。しかし高校教師がここまで頭の悪い格好をしてよいのであろうか。PTAから怒られたりはしないのか。
 そしてその横にはバカヤス店長がいた。
「どうだ瑞海、俺の仮装は。コータローとある意味ペアだぞ」
 でかい向日葵だ。花の真ん中がバカヤスの顔になっている。残りの全身は茎と根のようで、真緑だ。さらに手にはダンボールで作った葉を持っている。
 なに故に〝木〟と〝花〟がペアなのだ――頭が痛い。いや、頭痛が痛いレベルだ。むしろ頭痛で腹が痛いほどだ。涙が出そうになったが、ぐっと堪えた。
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