異形の郷に降る雨は

志ノ原新

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八.メノドク GOGO!

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 五つ目のポイントで酒に舌鼓をうっていると、変な〝花〟が追いついてきた。
「おう、よくここまでこれたな」
 バカヤスはみろとばかりに自分の足を指差す。なるほど、茎の部分を破って足が前後できるようにしたのか。普通は事前に気づくがな。しかし、いまの姿は根っこの代わりに生足を生やした向日葵のようで、いっそう不気味だ。気の弱い子どもが見たら一発で泣くぞ、きっと。
「コータローはどうした」
「あいつは着ぐるみを破る決心がつかなくて、ほとんどぴょんぴょん跳ねて進んでるわ」
「なぜ? あんな木なんか破ればいいだろうに」と言いながらも根っこの代わりに生足を生やした木を想像すると、たちまち寒気がした。
「あいつの着ぐるみは十万円もかかってるらしい。だから思いきって破る踏ん切りがつかないんだ」
「はあ? あれのどこに金かけたら十万になるというんだ。単なる 〝木〟だぞ、〝木〟」
「俺もわからんが、みえないところに金かけるのがほんとうのおしゃれだと言っとった」
 どのへんがほんとうのおしゃれかはわからないが、ほんとうの馬鹿であることはよくわかった。付き合っていられない。『源三郎』の美味しいお酒で気分を直そう。
 ゆっくり日本酒を味わう私を尻目に、バカヤスは二口か三口で飲み干し、先に走りだした。
「えらく頑張るじゃあないか。どうした、ひまわり君」追いかけて訊ねると、
「少なくともおめぇには負けたくねえからなあ」
 ああ、小物はこれだからいけない。目のまえの敗北をただただ嫌うのみで、負けるが勝ちという諺を知らないのだろう。戦略的な敗北というものもある。たいがいのゲームは局地戦で負けても全体として勝利を収めた者こそがウイナーだ。
 肩を竦める私をよそに、変な〝花〟が走り去る。私を置き去りにしようと肩を揺すり、花びらを振って走るその姿を見ていると、なんだかムカッ腹が立った。なにかすごく馬鹿にされている気になる。
 おめぇには負けたくねえ、だと? 冗談ではない。
 ザッシーキ・ランニングフォームのフットワークを軽んじてもらっては困る。私はスピードをあげ、次のポイントでゆうゆうと変な〝花〟に追いついた。肩を並べ同時に酒を飲み干すと、
「走りでもなんでも、おまえには負けん」とニヒルに笑い、必要もないのに二杯目を飲み干し、真っ白な歯をみせて快活に笑ってみせる。まさに漢。挑みかかってくる挑戦者を全力で捻じ伏せるのが王者の務めだ。
 バカヤスもムッとして二杯目を飲んだ。だが、それを飲み干すと同時に私は三杯目を干してみせる。すると充血した目を剥き、変な〝花〟が三杯目をあおるが、それを尻目に、今度は私が先に走りだした。
「待てぃ」
 すぐに追いかけてきて、必死に私を追い抜く。すると私が颯爽と抜き返す。またまたバカヤスがまえに出る――このデットヒートをくりかえすうち、変な〝花〟の顔が歪み、みるみる脂汗を流しはじめた。そういえば山川家は代々酒に弱い体質である。なのになぜ酒屋をやっているのかと、よく笑い話になっていたものだが、どうやらこいつも弱いようだ。それなのに必死に走ればこうなるのもとうぜんか。
「なあ、バカヤス。もうまともに走れんだろう。優勝どころか、完走すら無理なんじゃないのか」
「優勝できないのは……わかっている……せめて、か、完走は」
 友としての情けだ。精神的にとどめを刺してあげよう。
「このマラソンの優勝商品を知っているか」
「えっ」
 苦悶の表情で見あげるバカヤスは八重樫アナの大ファンだ。
「まあ、おまえには関係のない話だが、優勝した者には八重樫アナがほっぺにチューしてくれるのだ」
「嘘だ」
「ほんとうだ。テレビ的に盛りあがるように内緒にしているが、台本にもそう書いてある」
「嘘だぁ」
 バカヤスに残っていた最後の気骨が折れた。足はとまり、道路に這い蹲り、ただ、「優勝したら、八重樫アナのチュー、……チューが、八重樫アナのチューがぁあ」とくりかえす。
 二十七歳、独身、コンビニ店長のなれの果てである。
「さらばだ、友よ」
 いまの私をイメージするのなら、介錯した刀の血を懐紙で拭いながら、心の涙を流すサムライというところでお願いしたい。友の無念を背負って私は往く。
 しばらくは「八重樫アナのチューがぁ」という呪文のような声が聞こえていたが、やがて耳に届かなくなった。
 それにしても、走るって気持ちがいい。すこぶる爽やかだ。
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