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八.メノドク GOGO!
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のんびり走り、そろそろ中間地点という頃合いで、背後に異変を感じた。私の後方をちんたら走っていた参加者たちが、血相を変えて疾走してきたのだ。
彼らはある意味、メノドクマラソンの醍醐味を堪能していたはずだ。ゆっくりと走って景色を愛で、風を感じ、ときに鳥の鳴き声に耳を傾け、ポイントでは端麗にして芳醇なる日本酒を堪能し、地の物を中心とした軽食やおにぎりで舌までも愉しませていたはずだ。なのに、なぜ全力で走るのか。
皆が私を追い越し、ポイントに雪崩れ込む。だが、食べ物には目もくれず、ノルマの日本酒一杯だけを飲み干しすぐに走りだしていった。
「どうしたんですか、みなさん」
あまりの変貌ぶりに私は軽い恐怖すら感じていた。なにかの祟りか? 集団催眠? もしや狐にでも化かされたというのか?
だが、皆が口々に「八重樫アナのチュー」と呻いたのには驚いた。それは、私がバカヤスに流した偽情報ではないか。もしや、変な〝花〟はあのまま「八重樫アナのチュー」という呪文を呟きつづけ、追いついてきた者たちがそれを真に受けたということか。
たいがいの者が半信半疑であっても、誰かひとりが信じて走りだせば、他の者もつられてとりあえず走りだす。走る間に半疑は薄れ、半信が全面的な確信に変わることもあるだろう。
「そういうことか」
私は肩を竦めた。ひとり、またひとりとランニングフォームを追い抜いていく。誰もが真剣な表情で八重樫アナの名を呟く。
やがて、私の灰色の脳細胞に電流が走った。
「もしかして、マジじゃね」
私の偽情報は、偶然にも事実を言い当てていたのではなかろうか。
テレビ的にもりあがるよう、サービス精神旺盛な八重樫アナが優勝者にチューするというサプライズを計画していたら? 可能性はゼロではあるまい。それがなんらかの理由で参加者に漏れたとしたら? すべて辻褄が合うのではなかろうか。
いや、ばかな。そんなことはあるまい。
私はタッタカタッタカ走る。
いや、でも、もしかしたら。
私はタッタッタッタッタッと走る。
いや、でも。いやいや、まさか――あるんじゃね?
どちらにしても優勝しちまえばよくね? 副賞に美女からのキスがついてきたとしたら、それはそれで仕方がない。断る方が野暮だ。そうだ、優勝しちゃったなら仕方がない。美女からのキスが要らないなんて男は男にあらず。
ランニングフォームの全力を披露する時がきた。肝要なのは大きく腕を振ることだ。腕を振れば足がまえに出る。力強く、大きなストライドで。前方の一点を強い気持ちで見つめる。肩の力は抜いて、まえへ、まえへ。
つぎつぎと「八重樫アナのチュー」と喚く魑魅魍魎どもを追い抜き、コップ酒を瞬時に干してまた駆ける。
さらに前方グループを追い抜くが、後続からすさまじい勢いで迫りくるランナーがいた。
〝木〟だ。
十万円の着ぐるみの腰から下を引きちぎり、根のような生足で駆けるコータローが私の隣まであがってきた。
「先頭に追い付くまで手を組まないか、瑞海」
「スリップストリームか」
「そうだ」
「乗った」
前にランナーを置き、その直後を走れば風の抵抗を直接受けることなく、体力が温存できる。これを交代でくりかえしていけば余力を残して先頭に追いつけるだろう。
「言っておくが、いまだけの共闘だ。チューは俺のものだ」変な生足の〝木〟がそう言った。
やはり八重樫アナのファンであったか。
二十七歳、独身、高校教師のいまの姿を教え子が見たらどう思うであろう。だが、まあよい。呉越同舟とはよく言ったものだ。敵の敵は味方である。
私とコータローはコップ酒を平らげ、次のポイントを目指した。
途中で一升瓶の久慈さんを見つけた。
「おう、瑞海か」
愉しそうに、半分酔っ払いながら走る久慈さんとてライバルだ。戦場において信じられるのは己のみだ。ほろ酔いの久慈さんを言葉巧みに誘導し、コースから逸れた細い獣道へ向かわせた。三キロも走れば行き止まりだ。
「へぇ、こんな細い道にコース変更したのかあ」
少々ふらつく足取りで獣道を行くホルマリン漬け。久慈さん、あなたのことは忘れない。きっと忘れないから。
彼らはある意味、メノドクマラソンの醍醐味を堪能していたはずだ。ゆっくりと走って景色を愛で、風を感じ、ときに鳥の鳴き声に耳を傾け、ポイントでは端麗にして芳醇なる日本酒を堪能し、地の物を中心とした軽食やおにぎりで舌までも愉しませていたはずだ。なのに、なぜ全力で走るのか。
皆が私を追い越し、ポイントに雪崩れ込む。だが、食べ物には目もくれず、ノルマの日本酒一杯だけを飲み干しすぐに走りだしていった。
「どうしたんですか、みなさん」
あまりの変貌ぶりに私は軽い恐怖すら感じていた。なにかの祟りか? 集団催眠? もしや狐にでも化かされたというのか?
だが、皆が口々に「八重樫アナのチュー」と呻いたのには驚いた。それは、私がバカヤスに流した偽情報ではないか。もしや、変な〝花〟はあのまま「八重樫アナのチュー」という呪文を呟きつづけ、追いついてきた者たちがそれを真に受けたということか。
たいがいの者が半信半疑であっても、誰かひとりが信じて走りだせば、他の者もつられてとりあえず走りだす。走る間に半疑は薄れ、半信が全面的な確信に変わることもあるだろう。
「そういうことか」
私は肩を竦めた。ひとり、またひとりとランニングフォームを追い抜いていく。誰もが真剣な表情で八重樫アナの名を呟く。
やがて、私の灰色の脳細胞に電流が走った。
「もしかして、マジじゃね」
私の偽情報は、偶然にも事実を言い当てていたのではなかろうか。
テレビ的にもりあがるよう、サービス精神旺盛な八重樫アナが優勝者にチューするというサプライズを計画していたら? 可能性はゼロではあるまい。それがなんらかの理由で参加者に漏れたとしたら? すべて辻褄が合うのではなかろうか。
いや、ばかな。そんなことはあるまい。
私はタッタカタッタカ走る。
いや、でも、もしかしたら。
私はタッタッタッタッタッと走る。
いや、でも。いやいや、まさか――あるんじゃね?
どちらにしても優勝しちまえばよくね? 副賞に美女からのキスがついてきたとしたら、それはそれで仕方がない。断る方が野暮だ。そうだ、優勝しちゃったなら仕方がない。美女からのキスが要らないなんて男は男にあらず。
ランニングフォームの全力を披露する時がきた。肝要なのは大きく腕を振ることだ。腕を振れば足がまえに出る。力強く、大きなストライドで。前方の一点を強い気持ちで見つめる。肩の力は抜いて、まえへ、まえへ。
つぎつぎと「八重樫アナのチュー」と喚く魑魅魍魎どもを追い抜き、コップ酒を瞬時に干してまた駆ける。
さらに前方グループを追い抜くが、後続からすさまじい勢いで迫りくるランナーがいた。
〝木〟だ。
十万円の着ぐるみの腰から下を引きちぎり、根のような生足で駆けるコータローが私の隣まであがってきた。
「先頭に追い付くまで手を組まないか、瑞海」
「スリップストリームか」
「そうだ」
「乗った」
前にランナーを置き、その直後を走れば風の抵抗を直接受けることなく、体力が温存できる。これを交代でくりかえしていけば余力を残して先頭に追いつけるだろう。
「言っておくが、いまだけの共闘だ。チューは俺のものだ」変な生足の〝木〟がそう言った。
やはり八重樫アナのファンであったか。
二十七歳、独身、高校教師のいまの姿を教え子が見たらどう思うであろう。だが、まあよい。呉越同舟とはよく言ったものだ。敵の敵は味方である。
私とコータローはコップ酒を平らげ、次のポイントを目指した。
途中で一升瓶の久慈さんを見つけた。
「おう、瑞海か」
愉しそうに、半分酔っ払いながら走る久慈さんとてライバルだ。戦場において信じられるのは己のみだ。ほろ酔いの久慈さんを言葉巧みに誘導し、コースから逸れた細い獣道へ向かわせた。三キロも走れば行き止まりだ。
「へぇ、こんな細い道にコース変更したのかあ」
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