【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)

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第二章 ヒノデの国(下)

臆病

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 二年、もう三年近く前のことになるだろうか、ラファエル・ローデンが全く別人のようになってしまったのは。

 諸国を剣一つ持って旅をしている、後に己の師となる男に拾われて数年経ったある日のことだった。その時はまだ若さのある師が急に「もう旅はやめた」といって一つの家に仕えることにした。それがローデン家だった。
 王都から近くも遠くもなく、目立つとも地味ともいえない至って普通の領地だが屋敷にいる主人家族の見た目だけがやたらと眩しい、そんな家を終生の宿と決めたキッカケはどうやらその屋敷に長年仕えている家令の存在があるかららしかった。

 家令であるセバスが屋敷にやってきた二人を、というか師匠を見て酷く狼狽えていたのを今も覚えている。だがなにはともあれ二人はとんとん拍子でその屋敷の護衛のような仕事を与えられ、アルフレッドは相変わらず師匠に付いて回って戦いの腕を磨いていた。

 そんな時だ、ラファエルと会ったのは。
 今アルフレッドと旅をしているラファエルとはまるで別人だった。もちろん年齢のこともあるだろうが、彼はあまりにも弱々しかった。

「…坊ちゃん、なんか用ですか」

 年齢は自分の二つ下だと聞いていた。けれど実際に見た姿はそれよりもずっと幼く、性別すら間違って教えられたのではないかと何度も師匠に聞いたほどだった。ラファエルを産んで間もなくして亡くなってしまった母親の面影を色濃く受け継いだラファエルは幼いながらに危機感を覚えるほど綺麗だった。
 けれどその頃のラファエルはただじっとアルフレッドを遠くから見るだけで決して話し掛けて来ることはなく、たまにアルフレッドから話し掛けると小動物みたいに飛び上がって逃げるばかりだった。

「…なんだあいつ」

 だから当時のアルフレッドがラファエルに苦手意識を持つのもまあ仕方がないことだったと言えるだろう。そうして特に接点も無かったラファエルがある日突然倒れて意識を失い、死んだように眠っていると屋敷の使用人に聞いた時も少しは驚いたが、それ以上の感情を持つことは無かった。
 それはラファエルが目を覚ましたと聞いた時も同じだった。
 アルフレッドという人物はラファエル・ローデンに興味がなかった。良くも悪くも関心がなかったのだ、あの日までは。

「僕に戦う術を教えてください!」

 太陽の下になんて一度も出たことがないみたいな生白い肌に、川の水で雑に洗ったことなんてないようなさらさらの金色の髪を一つにまとめたラファエルが逸らすことが出来ない程真っ直ぐな目でアルフレッドと師匠を見ていた。
 アルフレッドは驚いた後「今更なんだこいつ」と不信感を抱いたのを覚えている。興味はなかったが屋敷で暮らしていれば嫌でもラファエルのことは耳に入ってきていたからだ。

 蝶よ花よと育てられたまるで令嬢のような男。
 剣も武術も嗜まず、楽器や刺繍にばかり興味を持って社交会にも出ようとしない深窓の令嬢。自らの美しさを損なうことを嫌い、他人と言葉を交わすことも嫌がる変わり者。世間や一部の使用人からのラファエルに関しての印象はこんなものだった。セバスやマリアといった側で仕えていた者たちの意見は全く違うものだったが、アルフレッドはそれをわざわざ検証しようという気さえ起きなかった。
 ラファエルは自分の人生において関わっていくことのない人間。
 そう、思っていた。


 先程まで空に浮かんでいた月は、今は雲が掛かってしまって見えない。
 暗い室内は魔術によって生み出された光でぼうっと薄明るく照らされていた。
 清潔な敷布の上で、アルフレッドはラファエルを抱き締めるようにして横になっていた。

「エル…」

 小さな声で呼んでも固く閉ざされた瞼が開く気配は無く、その目元が微かに赤くなっているのを見て胸が痛んだ。
 この国に来てから、否ラファエルと屋敷と出てから、ラファエルは変わってきていた。

(いや、それも違う)

 それすらもわからないのだと、アルフレッドは表情を歪めた。
 アルフレッドの知るラファエルはこの三年にも満たない時間の中に集中していた。それ以外の彼のことをアルフレッドはあまりにも知らず、それ故に今のラファエルの状態が正常か否かの判断も出来ずにいた。
 聞けばいいだろうと、他人は簡単に言うだろう。けれどアルフレッドにはそれが出来ないでいた。

(聞けば、きっとこいつはいなくなる)

 嘘偽りなく、今腕の中で安心しきって眠っている存在は、アルフレッドがたった一度距離を誤っただけで確実に姿を消すだろう。家族にも何も言わず、忽然と。
 それほどの危うさがラファエルの中にあり、そしてそれは日を増すごとに大きくなり、この国に来て更に加速した。
 ラファエルはこの国のありとあらゆるものを酷く懐かしそうな目をして見ることがある。まるでこの国が故郷だと言わんばかりの目で、この国を見ていることが。

「んん…」

 強く抱きしめ過ぎたのか少し苦しげに呻いた声にはっとして力を緩めると少しだけ寄っていた眉が緩んでいつもの柔らかな寝顔に戻り、アルフレッドの胸元に甘えるように擦り寄る。
 これ程に自分に気を許してくれているのに、最後の一線だけは絶対に越えさせてくれない。

「…エル、俺は…」

 言いかけた言葉を飲み込んだ。こんなことももう何度繰り返しただろうか。
 眠っているラファエルに感情を伝えることすらアルフレッドは躊躇していた。
 それ程までに、ラファエルが自分から離れていくことを恐れていた。
 雲が晴れて、再び室内を月の柔らかな光が照らす。腕の中で眠る唯一大切だと言い切れる人の眠る顔を見つめて、それから少ししてアルフレッドも目を閉じた。
 朝になればラファエルはきっと何事もなかったかのようにいつも通りの挨拶をするだろう。そうしてアルフレッドもまた、いつも通りを繰り返すのだ。
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