【完結】女装することになりまして〜イケメンと僕の秘密の関係〜

白(しろ)

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文化祭本番

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 準備も滞りなく進んで迎えた11月の第1週の日曜日。つまり文化祭の本番だ。

「よぉしお前ら、気合入れてくぞ」
「なんで田中がリーダーみたいな顔してんの」
「シャイな委員長に田中クンなら盛り上げてくれるだろうからってお願いされたんですぅ!」

 一般の人達が入って来るまであと30分と迫った頃、みんな忙しい合間を縫って教室に集まっていた。こういう場面を見ると田中という男は本当にムードメーカーなんだなと思う。
 加えてこの学校でも屈指の男前で性格も気取ってなくて、でも滲み出ているちょっとしたバカっぽさが親しみ易くて、そりゃあ人気者にもなるよなって納得する。

 それに今日は文化祭本番、つまり田中は客寄せパンダとしてガチガチに決めている。
 というか元の素材がよすぎて何をしてもイケている。なる程運動部の男子が「イケメン爆発しろ」という意味が分かった気がする。

「はいお前ら隣のヤツと肩組んで!」
「体育祭かよ」
「時間ないよぉ! ほらさっさと組む! おらそこのシャイボーイシャイガールも早く!」

 さすがに全員は集まれなかったが、それなりの人数での円陣は結構な迫力がある。
 僕の隣にはばっちりと書生姿に男装した楠木さんと、大胸筋がはち切れそうなツインテールゴリラ野球部がいる。カオスだ。

「そんじゃま、ついに本番なワケですが、正直全校で俺ら程気合入ってるクラスはいねえ。妖怪喫茶と言われようが何だろうが焼肉掻っ攫うぞー!」
「おー!」

 男子も女子も関係なく上がった声の大きさに僕は目を見開いた。
 多分妖怪に該当する大胸筋はち切れツインテール野球部や、はち切れる大腿筋黒ギャルラグビー部。その他イロモノ達が何故だか一番やる気に満ち溢れている。
 これが運動部の声出しか、と今まで遠目にしか見てこなかったカルチャーに触れて僕は呆気に取られていた。

「それじゃあ作戦通り田中と桐生クンはプラカード持って正門へゴー! キャストと料理班はもう一回動線確認しよ。あと休憩時間の表とかもちゃんと貼ってるしグループの方にも載せてるから各自確認すること! あと何が起きるかわかんないからこまめにスマホチェックしといてー!」

 桐生、という名前に僕は無意識に身構えた。そんな反応をしてしまうのはもう仕方がないと思うのだ。
 だって何をどう怒って考えないようにしていたとしても、僕は依然として桐生のことが好きなままだ。いっそ嫌いになれたらいいのに、悲しいかなあいつとの思い出は楽しいものばかりで暫く忘れられそうにない。
 そんなだから、今日はまだ一度として桐生を視界に収めていない。

 ていうか収めずともわかる。
 桐生は多分今日引く程格好いい。
 そんな姿を見てしまったら、また僕は桐生を忘れるのに時間が掛かってしまう。だから今日の僕の目標は、桐生を視界に入れずに1日を無事に過ごすことだ。
 折角の文化祭なのにと思わなくもないが、だってしょうがないじゃないか。そんな下らない決意表明でもしないと、僕の目は勝手に桐生を追ってしまうんだから。

「雪ぴー! 雪ぴはとりあえず笑顔ね。にこーってしなくてもいいから口角上げる! オッケー?」
「お、おっけー」
「うんうん、まーじでうちの女装でまともなの雪ぴとあと二人くらいしかいないからマジ頼んだ。あと動物園だからマジで」
「……ははっ」

 気合十分といった様子でメニューを復唱している筋肉女装陣達を見て思わず笑うと、黒ギャルが僕を見てビシッと指差した。

「ちょっとクオリティ高いからって調子乗ってんじゃないわよ! アタシ達にはあんたにはない才能があるわ。そう、お笑いのね!」

 ラグビー部の黒ギャルと野球部のツインテールと柔道部のおかっぱが、いつ練習したかわからないセクシーポーズを見せてきて僕は無事撃沈した。笑いすぎて膝から崩れ落ちるって本当にあったんだな。
 ちなみにその様子はしっかりと動画に収められていてクラスグループに共有されたし、それを使って宣伝したらしいクラスの人のおかげで筋肉三人娘目当てのお客さんが沢山来た。

 メイド喫茶じゃない筈なのに、野太い声で「萌え萌えキュン」が行き交う空間はカオスだったし、田中桐生ペアが大量に連れてきた女性客はイケメンにクラスチェンジした女子達によってメロメロにされていた。
 僕や普段からそんなに目立たない女装組は料理やドリンクをせっせと運ぶ作業に従事していた。
 忙しいし、やっぱり知らない人達に話しかけられると緊張はする。それでも注文が取れたり人の笑顔を見ていると、心が満たされていくのが分かった。

「雪ぴー!一緒に写真撮りたいんだってー!」
「女装組集合―! お客様がお呼びでーす!」
「ちょっとォ! アタシの横に斉藤置くんじゃないわよ! アタシの顔がデカイのがバレちゃうじゃないの!」

 最初僕は緊張していたし、正直乗り気じゃなかった。
 女装は好きじゃないし、虚しくなるだけ。それに人と関わるのだって嫌だし目立つのなんてもっと嫌だ。眩しい人達の陰でひっそり生きていけたらそれで十分。そう思っていたのに。

「じゃあ僕前行こうか?」
「それはそれで腹立つわね!」

 あえて団子みたいに体を寄せ合って、楽しそうに笑っている一般客のお姉さんの声に合わせて笑みを浮かべる。それは無理した作り笑いじゃなくて、自然と出て来たものだった。
 楽しいなって、心からそう思えた。

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