26 / 141
第一章
一人と独り
それは俺だけではなく、エルダーとゴードンも同じだった。
上品な手捌きで料理を一口大に切り分け、少しの間を置いてからフォークで刺し口元へと運ぶ。
静かな室内では、フォークが皿に僅かに当たった程度の音でさえよく響いた・
その様子を固唾を飲みながら見守っていれば、遂にリュシアンが一口食べた。
「!」
ゴードンが目を見開き、エルダーも息を呑んだ。
室内が緊迫感に包まれる中、リュシアンの喉がこくりと動いた気がした。
「リュシアン様」
すかさずエルダーが側にいき、リュシアンの顔色を見ている。ゴードンも気遣わしげにその様子を見ており、ことの重大さに俺は少し驚いていた。
ただ料理を食べただけだ。そう思うのに、俺はこの光景にどこか既視感があった。
「……大丈夫だ。だがこれ以上は受け付けない。すまないな、ゴードン」
「いいんです。一口食えただけで本当に、」
言葉を詰まらせたゴードンが腕で目を覆って天井を仰いだ。
「体調はどうですか。ご気分は」
「問題ない。お前にも心配を掛けるな」
「よいのです。リュシアン様は欠点のないお方ですからな、これくらい可愛らしいところがあって丁度いいのです」
「……可愛らしいか。お前は相変わらずだ」
その時、俺は初めてリュシアンが笑った顔を見た。
思わずといった風に溢れた笑みはとても優しくて、俺はリュシアンが初めて年相応の男に思えた。
「何か」
けれど俺の視線に気づいた瞬間、いつもの無表情に戻る。むしろ機嫌がとても悪そうだ。
「……いや、なんでもない。ゴードンもエルダーもありがとう。とても美味しかった」
「フィリアス様?」
「部屋に戻る。リュ、……フォークナーも、今日はありがとう。おかげで楽しい時間が過ごせた。それじゃあ、おやすみ」
些か不躾だが、俺が今この空間にいてはいけない気がしたのだ。
多分、というか絶対。リュシアンは俺がいるせいでこの時間を楽しめていない。俺がいなければ、きっと二人ともっと気楽な時間が過ごせるはずなのに。
普段業務に忙殺されているだろうから尚更、こんな時間が大切だと思った。
部屋から出て自室に戻り、息を吐く。
ソファに座って、ぼんやりと空に浮かぶ月を見た。
一人は気楽だ。何をしても誰も俺を咎めはしないから。けれど、同時にとても孤独だと思った。
「……もう少し、あいつの記憶が戻るのが早かったらな」
晩餐会の時以来、こんなことを考えた。
そんな気分になった理由は一つだ。俺は羨ましくなったのだ、リュシアンが。あれだけ心配される人物であるというのが、羨ましくなった。
あんな風に俺を心配してくれる人物なんて、もうどこにもいない。むしろ最初からいなかった気さえする。王族とは、そういうものだ。
だけどもし、もしあの時は田中陽一の記憶がもっと前に戻っていたら。
そうしたら自分にもエルダーやゴードンのような人が見つかったかもしれない。道を踏み外すことなんてなかったかもしれない。
そこまで考えて、馬鹿らしいと鼻で笑う。
「何を考えたって無駄なのに」
俺は罪人だ。
この地で生きながら死んでいく存在なのだから、そんなことを望む方がおかしい。
でもこの感情すら罰だというのであれば、なるほど大したものだと、そう思わずにはいられなかった。
上品な手捌きで料理を一口大に切り分け、少しの間を置いてからフォークで刺し口元へと運ぶ。
静かな室内では、フォークが皿に僅かに当たった程度の音でさえよく響いた・
その様子を固唾を飲みながら見守っていれば、遂にリュシアンが一口食べた。
「!」
ゴードンが目を見開き、エルダーも息を呑んだ。
室内が緊迫感に包まれる中、リュシアンの喉がこくりと動いた気がした。
「リュシアン様」
すかさずエルダーが側にいき、リュシアンの顔色を見ている。ゴードンも気遣わしげにその様子を見ており、ことの重大さに俺は少し驚いていた。
ただ料理を食べただけだ。そう思うのに、俺はこの光景にどこか既視感があった。
「……大丈夫だ。だがこれ以上は受け付けない。すまないな、ゴードン」
「いいんです。一口食えただけで本当に、」
言葉を詰まらせたゴードンが腕で目を覆って天井を仰いだ。
「体調はどうですか。ご気分は」
「問題ない。お前にも心配を掛けるな」
「よいのです。リュシアン様は欠点のないお方ですからな、これくらい可愛らしいところがあって丁度いいのです」
「……可愛らしいか。お前は相変わらずだ」
その時、俺は初めてリュシアンが笑った顔を見た。
思わずといった風に溢れた笑みはとても優しくて、俺はリュシアンが初めて年相応の男に思えた。
「何か」
けれど俺の視線に気づいた瞬間、いつもの無表情に戻る。むしろ機嫌がとても悪そうだ。
「……いや、なんでもない。ゴードンもエルダーもありがとう。とても美味しかった」
「フィリアス様?」
「部屋に戻る。リュ、……フォークナーも、今日はありがとう。おかげで楽しい時間が過ごせた。それじゃあ、おやすみ」
些か不躾だが、俺が今この空間にいてはいけない気がしたのだ。
多分、というか絶対。リュシアンは俺がいるせいでこの時間を楽しめていない。俺がいなければ、きっと二人ともっと気楽な時間が過ごせるはずなのに。
普段業務に忙殺されているだろうから尚更、こんな時間が大切だと思った。
部屋から出て自室に戻り、息を吐く。
ソファに座って、ぼんやりと空に浮かぶ月を見た。
一人は気楽だ。何をしても誰も俺を咎めはしないから。けれど、同時にとても孤独だと思った。
「……もう少し、あいつの記憶が戻るのが早かったらな」
晩餐会の時以来、こんなことを考えた。
そんな気分になった理由は一つだ。俺は羨ましくなったのだ、リュシアンが。あれだけ心配される人物であるというのが、羨ましくなった。
あんな風に俺を心配してくれる人物なんて、もうどこにもいない。むしろ最初からいなかった気さえする。王族とは、そういうものだ。
だけどもし、もしあの時は田中陽一の記憶がもっと前に戻っていたら。
そうしたら自分にもエルダーやゴードンのような人が見つかったかもしれない。道を踏み外すことなんてなかったかもしれない。
そこまで考えて、馬鹿らしいと鼻で笑う。
「何を考えたって無駄なのに」
俺は罪人だ。
この地で生きながら死んでいく存在なのだから、そんなことを望む方がおかしい。
でもこの感情すら罰だというのであれば、なるほど大したものだと、そう思わずにはいられなかった。
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
転生したら最強辺境伯に拾われました
マンスーン
BL
現代日本人・東堂裕太が目を覚ますと、そこは異世界。クズな婚約者に魔力を限界まで搾取され、ボロボロになって森に捨てられる悲惨な青年・ルカに転生していた。
死を覚悟した裕太だったが、そんな彼を拾い上げたのは、帝国最強の武力を誇り「氷の死神」と恐れられる辺境伯・ラーク。
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる
ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。
この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。
ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。