【完結】婚約破棄を言い渡した王子は悪役令嬢の兄に執着される

白(しろ)

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第一章

一人と独り

 それは俺だけではなく、エルダーとゴードンも同じだった。
 上品な手捌きで料理を一口大に切り分け、少しの間を置いてからフォークで刺し口元へと運ぶ。
 静かな室内では、フォークが皿に僅かに当たった程度の音でさえよく響いた・
 その様子を固唾を飲みながら見守っていれば、遂にリュシアンが一口食べた。

「!」

 ゴードンが目を見開き、エルダーも息を呑んだ。
 室内が緊迫感に包まれる中、リュシアンの喉がこくりと動いた気がした。

「リュシアン様」

 すかさずエルダーが側にいき、リュシアンの顔色を見ている。ゴードンも気遣わしげにその様子を見ており、ことの重大さに俺は少し驚いていた。
 ただ料理を食べただけだ。そう思うのに、俺はこの光景にどこか既視感があった。

「……大丈夫だ。だがこれ以上は受け付けない。すまないな、ゴードン」
「いいんです。一口食えただけで本当に、」

 言葉を詰まらせたゴードンが腕で目を覆って天井を仰いだ。

「体調はどうですか。ご気分は」
「問題ない。お前にも心配を掛けるな」
「よいのです。リュシアン様は欠点のないお方ですからな、これくらい可愛らしいところがあって丁度いいのです」
「……可愛らしいか。お前は相変わらずだ」

 その時、俺は初めてリュシアンが笑った顔を見た。
 思わずといった風に溢れた笑みはとても優しくて、俺はリュシアンが初めて年相応の男に思えた。

「何か」

 けれど俺の視線に気づいた瞬間、いつもの無表情に戻る。むしろ機嫌がとても悪そうだ。

「……いや、なんでもない。ゴードンもエルダーもありがとう。とても美味しかった」
「フィリアス様?」
「部屋に戻る。リュ、……フォークナーも、今日はありがとう。おかげで楽しい時間が過ごせた。それじゃあ、おやすみ」

 些か不躾だが、俺が今この空間にいてはいけない気がしたのだ。
 多分、というか絶対。リュシアンは俺がいるせいでこの時間を楽しめていない。俺がいなければ、きっと二人ともっと気楽な時間が過ごせるはずなのに。
 普段業務に忙殺されているだろうから尚更、こんな時間が大切だと思った。

 部屋から出て自室に戻り、息を吐く。
 ソファに座って、ぼんやりと空に浮かぶ月を見た。
 一人は気楽だ。何をしても誰も俺を咎めはしないから。けれど、同時にとても孤独だと思った。

「……もう少し、あいつの記憶が戻るのが早かったらな」

 晩餐会の時以来、こんなことを考えた。
 そんな気分になった理由は一つだ。俺は羨ましくなったのだ、リュシアンが。あれだけ心配される人物であるというのが、羨ましくなった。
 あんな風に俺を心配してくれる人物なんて、もうどこにもいない。むしろ最初からいなかった気さえする。王族とは、そういうものだ。

 だけどもし、もしあの時は田中陽一の記憶がもっと前に戻っていたら。
 そうしたら自分にもエルダーやゴードンのような人が見つかったかもしれない。道を踏み外すことなんてなかったかもしれない。
 そこまで考えて、馬鹿らしいと鼻で笑う。

「何を考えたって無駄なのに」

 俺は罪人だ。
 この地で生きながら死んでいく存在なのだから、そんなことを望む方がおかしい。
 でもこの感情すら罰だというのであれば、なるほど大したものだと、そう思わずにはいられなかった。

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