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第四章
夢でなければいいという矛盾
翌日の昼、館にやってきた医者からは体調に問題はないと診断された。
「何事もなくなによりでございます」
「ああ、そうだな」
エルダーがいれてくれた紅茶を飲みながら息を吐く。
俺はどうやらあの食事会でファタルの実から発生する毒を飲んだようだ。
それを教えてくれたのはエルダーだった。
「……ファタルの実というのは猛毒なんだな」
「いえ、加工すれば問題ないのです。ケーキに入っていたものは問題ありません」
倒れた原因はファタルの実だったらしい。菜園の奥に植ってい木に成る実だ。それはあの日のケーキに使われていたからそれだと思ったが、どうやら違うらしい。
「毒はシロップの方です」
そう言われて、カップを持ち上げていた手が止まった。
「ファタルの実は加工して初めて毒性が抜けるのです。けれどフィリアス様がケーキにかけたあのシロップは、幾つもの実をそのまま絞った上で毒性を抜かぬまま砂糖などでカモフラージュされた物でした」
「……そんな危険なものをどうして植えているんだ」
「あの実はこの地の特産物です。できるだけ生食はしてはならないと、この地に住まう者なら皆知っております」
その説明に納得ができない部分も多々あるが、俺はとりあえずよしとして頷いた。それからもう一度紅茶に口を付け、少し気分を落ち着けることにした。
「俺の他に毒を飲んだ人は?」
「おりません」
「そうか、ならよかった」
安堵の息を吐いた。
心からよかったと思う。毒を飲んだのがあの二人のどちらかだったらと思うと、悔やんでも悔やみきれない。
そう思っていると、エルダーが俺に向かって頭を下げた。突然の行動に目を見開き、慌ててカップとソーサーをテーブルに置く。
「どうしたんだエルダー」
「申し訳ありません。あの時私が下げ忘れなどしなければ、フィリアス様があのような毒を飲むことも」
「それは違う、お前は絶対に悪くない」
強く言い放つとエルダーがゆっくりと体を起こした。それに笑みを浮かべる。
「お前が悪いとなると、あの時欲張った俺も悪くなってしまう。だから謝らないでくれ」
「しかし」
「それにケーキにシロップを掛けた時、砂糖とは違う匂いがしたんだ。それを言わなかった俺に落ち度がある」
それを言うとエルダーは目を見開き、なんとも言えない顔で俺を見てきた。
その顔で見られても仕方がないと思う程、確かに警戒心のない行動を取ってしまったという自覚はあるが、起きてしまったことは仕方がない。
「でもこうして生きているからな、大丈夫だ」
「……次がないようにいたしますが、それでもフィリアス様はもっと警戒心というものを」
「わかった。心配してくれてありがとう」
笑いながら話を終わらせるように言い切ると、エルダーが額を押さえながら溜息を吐いた。それに笑みを深めたあと、ふと窓を見る。
外は綺麗に晴れていて、外に出ると気持ちがよさそうだ。
「なりませんぞ」
「まだ何も言っていないだろう」
「外に出たいとお顔に書いてあります」
ぴったりと言い当てられてしまい苦笑する。やはりエルダーには口でも勝てないなと再認識しつつ、ふと気になったことがあって視線を向けた。
「エルダー、食事会のことだが」
それを聞くと、エルダーが少し言いづらそうに視線を逸らした。その様子にやはり無理かと目を伏せる。それはそうだ、食事にいい思い出のないリュシアンの目の届く範囲であんなことが起きてしまったのだ。
振り出しに戻ってしまったのだろうと思い、けれどここで俺が落ち込むのもダメだと笑顔を作ろうとした時予想外の言葉が聞こえた。
「本日より毎日リュシアン様とのお食事となります。朝や昼は今まで通りですが、夜だけはリュシアン様と取るようにと」
「……? それは、どう受け取ったらいいんだ?」
純粋にわからずに首を傾げると、エルダーが息を吐いた。
「何が起きても対応ができるように、とのことです」
「それならリオルは」
「リオル様もお時間が合う時はご一緒されます。そうでない場合はラナと私でお守りを」
「……そうか」
なんだか釈然としないまま頷いて、またリュシアンのことを考える。
今日は少しでも気を抜くとずっと彼のことを考えてしまうのだ。
「エルダー」
「はい、なんでしょう」
リュシアンについて聞こうとして口を開き、何も言えないまま閉じた。
どう説明したらいいかわからないからだ。
あの触れ合いは夢だったのだろうか。全てを鮮明に覚えているわけではないが、熱と疼きでどうにかなりそうだった中でも、リュシアンの肌の温もりは覚えている。
余裕のない顔も、そして俺を呼び捨てにした声の熱も。
夢だと思うにはあまりにも生々しすぎるのに、夜中に目覚めた時のリュシアンの態度は全く違った。
何もなかったみたいな振る舞いだった。
一度は夢だと納得したくせに、やはり嫌だとわがままを言う自分がいる。
「……なんでもない」
エルダーは何も言わなかった。
そしてその日の夜、エルダーからの伝言通り俺はリュシアンと食事をすることになったのだった。
「何事もなくなによりでございます」
「ああ、そうだな」
エルダーがいれてくれた紅茶を飲みながら息を吐く。
俺はどうやらあの食事会でファタルの実から発生する毒を飲んだようだ。
それを教えてくれたのはエルダーだった。
「……ファタルの実というのは猛毒なんだな」
「いえ、加工すれば問題ないのです。ケーキに入っていたものは問題ありません」
倒れた原因はファタルの実だったらしい。菜園の奥に植ってい木に成る実だ。それはあの日のケーキに使われていたからそれだと思ったが、どうやら違うらしい。
「毒はシロップの方です」
そう言われて、カップを持ち上げていた手が止まった。
「ファタルの実は加工して初めて毒性が抜けるのです。けれどフィリアス様がケーキにかけたあのシロップは、幾つもの実をそのまま絞った上で毒性を抜かぬまま砂糖などでカモフラージュされた物でした」
「……そんな危険なものをどうして植えているんだ」
「あの実はこの地の特産物です。できるだけ生食はしてはならないと、この地に住まう者なら皆知っております」
その説明に納得ができない部分も多々あるが、俺はとりあえずよしとして頷いた。それからもう一度紅茶に口を付け、少し気分を落ち着けることにした。
「俺の他に毒を飲んだ人は?」
「おりません」
「そうか、ならよかった」
安堵の息を吐いた。
心からよかったと思う。毒を飲んだのがあの二人のどちらかだったらと思うと、悔やんでも悔やみきれない。
そう思っていると、エルダーが俺に向かって頭を下げた。突然の行動に目を見開き、慌ててカップとソーサーをテーブルに置く。
「どうしたんだエルダー」
「申し訳ありません。あの時私が下げ忘れなどしなければ、フィリアス様があのような毒を飲むことも」
「それは違う、お前は絶対に悪くない」
強く言い放つとエルダーがゆっくりと体を起こした。それに笑みを浮かべる。
「お前が悪いとなると、あの時欲張った俺も悪くなってしまう。だから謝らないでくれ」
「しかし」
「それにケーキにシロップを掛けた時、砂糖とは違う匂いがしたんだ。それを言わなかった俺に落ち度がある」
それを言うとエルダーは目を見開き、なんとも言えない顔で俺を見てきた。
その顔で見られても仕方がないと思う程、確かに警戒心のない行動を取ってしまったという自覚はあるが、起きてしまったことは仕方がない。
「でもこうして生きているからな、大丈夫だ」
「……次がないようにいたしますが、それでもフィリアス様はもっと警戒心というものを」
「わかった。心配してくれてありがとう」
笑いながら話を終わらせるように言い切ると、エルダーが額を押さえながら溜息を吐いた。それに笑みを深めたあと、ふと窓を見る。
外は綺麗に晴れていて、外に出ると気持ちがよさそうだ。
「なりませんぞ」
「まだ何も言っていないだろう」
「外に出たいとお顔に書いてあります」
ぴったりと言い当てられてしまい苦笑する。やはりエルダーには口でも勝てないなと再認識しつつ、ふと気になったことがあって視線を向けた。
「エルダー、食事会のことだが」
それを聞くと、エルダーが少し言いづらそうに視線を逸らした。その様子にやはり無理かと目を伏せる。それはそうだ、食事にいい思い出のないリュシアンの目の届く範囲であんなことが起きてしまったのだ。
振り出しに戻ってしまったのだろうと思い、けれどここで俺が落ち込むのもダメだと笑顔を作ろうとした時予想外の言葉が聞こえた。
「本日より毎日リュシアン様とのお食事となります。朝や昼は今まで通りですが、夜だけはリュシアン様と取るようにと」
「……? それは、どう受け取ったらいいんだ?」
純粋にわからずに首を傾げると、エルダーが息を吐いた。
「何が起きても対応ができるように、とのことです」
「それならリオルは」
「リオル様もお時間が合う時はご一緒されます。そうでない場合はラナと私でお守りを」
「……そうか」
なんだか釈然としないまま頷いて、またリュシアンのことを考える。
今日は少しでも気を抜くとずっと彼のことを考えてしまうのだ。
「エルダー」
「はい、なんでしょう」
リュシアンについて聞こうとして口を開き、何も言えないまま閉じた。
どう説明したらいいかわからないからだ。
あの触れ合いは夢だったのだろうか。全てを鮮明に覚えているわけではないが、熱と疼きでどうにかなりそうだった中でも、リュシアンの肌の温もりは覚えている。
余裕のない顔も、そして俺を呼び捨てにした声の熱も。
夢だと思うにはあまりにも生々しすぎるのに、夜中に目覚めた時のリュシアンの態度は全く違った。
何もなかったみたいな振る舞いだった。
一度は夢だと納得したくせに、やはり嫌だとわがままを言う自分がいる。
「……なんでもない」
エルダーは何も言わなかった。
そしてその日の夜、エルダーからの伝言通り俺はリュシアンと食事をすることになったのだった。
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