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第五章
優先順位
「これは私の独り言です」
窓から入り込んだ風が蝋燭の火を震わせ、影が揺らいだ。
「リュシアン様は本日執務室におられます。ここ最近食事の量も減り、私としてはとても困っています」
「エル、」
どうしたんだと口を開けたが、独り言だと思い出して閉じる。意図が汲めずにエルダーの後ろ姿を見ていると、珍しく彼が項垂れた。
「私はフォークナー家の皆様に幸せであって欲しいのです。それだけが私の願いです。ただ公爵家という権力が、あの方々にそれをなかなか許してくれない。……リュシアン様もリオル様も、そしてロザリア様も、どうしてこのような目に遭わなければならないのか」
責められているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「私にできることはありません。私はただあの方々を見守ることしか。けれどフィリアス様にはできることがあるのです」
名前を呼ばれ思わず背筋が伸びる。
そこでようやくエルダーが振り返り、俺の顔をじっと見た。
「酷なことを申し上げますが、私はフォークナー家の皆様が最優先です」
「……」
「その上で、あなた様にお願いを申し上げます」
俺は次に何を言われるか少し予想できた。そしてそれに対して、もう以前のように怯えている自分がいないことも理解できた。
「リュシアン様にお会いしていただけないでしょうか。今リュシアン様とリオル様を分断するわけにはいかないのです」
「わかった」
越権行為をしているという自覚があるのだろう。エルダーの表情が強張っていて、見ているこちらが辛くなる。けれど俺が二つ返事で了承したことで、エルダーが目を丸くした。
「……よろしいのですか?」
「ああ。きっとリュシアンはリオルのことなら耳を傾けてくれる」
リュシアンは根が真面目だ。だからきっと元王子の俺を無下には扱えないし、表面上は言葉も聞いてもらえるという自負があった。
「子供があんな泣き方をするのはいただけないし、何より今日のあいつの態度には俺も思うところがある」
少しばかりいつもの調子を取り戻したのか、エルダーがそっと髭を撫でた。
「……お強くなられましたな、フィリアス様」
「自分のことじゃないからできるんだ。これが自分ごとだったら、怯えて何もできない」
「……申し訳ありません」
「いいんだ、エルダー。俺にもできることがあって嬉しい」
足を前に進め、エルダーを追い越す。リュシアンの執務室の場所ならわかっているからだ。
「エルダー、今日は何があっても自分で館に戻れるから大丈夫だ。リオルの側にいてあげてくれ」
返事はなかったが後ろを着いてくる人の気配はしなかった。
一人だなと思ったけれど、前のような寂寥感はない。
自分の足音だけが聞こえる中道を進み、やがて見慣れた扉の前で止まる。緊張はしているけれど、怯えはない。
一度深呼吸をしてから片手を持ち上げ、扉を数回叩いた。
窓から入り込んだ風が蝋燭の火を震わせ、影が揺らいだ。
「リュシアン様は本日執務室におられます。ここ最近食事の量も減り、私としてはとても困っています」
「エル、」
どうしたんだと口を開けたが、独り言だと思い出して閉じる。意図が汲めずにエルダーの後ろ姿を見ていると、珍しく彼が項垂れた。
「私はフォークナー家の皆様に幸せであって欲しいのです。それだけが私の願いです。ただ公爵家という権力が、あの方々にそれをなかなか許してくれない。……リュシアン様もリオル様も、そしてロザリア様も、どうしてこのような目に遭わなければならないのか」
責められているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「私にできることはありません。私はただあの方々を見守ることしか。けれどフィリアス様にはできることがあるのです」
名前を呼ばれ思わず背筋が伸びる。
そこでようやくエルダーが振り返り、俺の顔をじっと見た。
「酷なことを申し上げますが、私はフォークナー家の皆様が最優先です」
「……」
「その上で、あなた様にお願いを申し上げます」
俺は次に何を言われるか少し予想できた。そしてそれに対して、もう以前のように怯えている自分がいないことも理解できた。
「リュシアン様にお会いしていただけないでしょうか。今リュシアン様とリオル様を分断するわけにはいかないのです」
「わかった」
越権行為をしているという自覚があるのだろう。エルダーの表情が強張っていて、見ているこちらが辛くなる。けれど俺が二つ返事で了承したことで、エルダーが目を丸くした。
「……よろしいのですか?」
「ああ。きっとリュシアンはリオルのことなら耳を傾けてくれる」
リュシアンは根が真面目だ。だからきっと元王子の俺を無下には扱えないし、表面上は言葉も聞いてもらえるという自負があった。
「子供があんな泣き方をするのはいただけないし、何より今日のあいつの態度には俺も思うところがある」
少しばかりいつもの調子を取り戻したのか、エルダーがそっと髭を撫でた。
「……お強くなられましたな、フィリアス様」
「自分のことじゃないからできるんだ。これが自分ごとだったら、怯えて何もできない」
「……申し訳ありません」
「いいんだ、エルダー。俺にもできることがあって嬉しい」
足を前に進め、エルダーを追い越す。リュシアンの執務室の場所ならわかっているからだ。
「エルダー、今日は何があっても自分で館に戻れるから大丈夫だ。リオルの側にいてあげてくれ」
返事はなかったが後ろを着いてくる人の気配はしなかった。
一人だなと思ったけれど、前のような寂寥感はない。
自分の足音だけが聞こえる中道を進み、やがて見慣れた扉の前で止まる。緊張はしているけれど、怯えはない。
一度深呼吸をしてから片手を持ち上げ、扉を数回叩いた。
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