【完結】婚約破棄を言い渡した王子は悪役令嬢の兄に執着される

白(しろ)

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第五章

夢の中

 言い終えると同時に扉を開けて外に出る。
 扉を自分で閉めることもせずに俺はその場から逃げるように走った。
 屋敷の中は蝋燭の頼りない光しかない。その中を壁にぶつからないように走って、裏口から外に出る。途端に肌寒さを感じたが、止まることなく走り続けた。
 満月のおかげで屋敷よりも外の方が明るく感じる。
 迷わずに館に向かって走り、扉を開いて中に体を滑り込ませた。
 息が乱れ、走った反動か足がもつれて床に倒れ込んでしまった。

「……っ」

 肺が痛い程苦しい。
 開けたままの扉を閉めなければならないのに、真っ暗な中に放り込まれるのが嫌でそのまま体を横にして膝を抱えるように折り曲げた。
 これでまた一人になってしまった。
 漠然とした寂寥感に目に涙が浮かぶ。

「これじゃリオルのこと言えないじゃないか」

 瞬きをしただけで涙が溢れ落ち、吐く息が震えた。
 理由もなく、あれがリュシアンと二人で話せる最後の機会だと思った。とてもじゃないけれど、好きだなんて伝えられなかった。

「絶対迷惑だろうしな」

 軽く苦笑して脱力し、適当に腕を床に伸ばした。
 ここに来る前、馬車の中で考えていたことを思い出す。
 本来俺はここで死んだように生きるべきだったのだ。こんな風に与えられ、何かを任されることが異常だった。
 固い床に頭を預けながら遠くを見て思う。

 明日もう一度エルダーにリュシアンとの食事会に顔を出さないと伝えよう。菜園に行くのもやめて、この館の中でひっそりと生きよう。
 それを伝える前に、早く寝室に行かなければ。
 そう思うのに笑えるくらいに体が動かなくて、俺はもういいかと諦めた。

「今は一人だからな」

 俺が何をしても誰も気にしない。
 きっと途中で目が覚めるだろうから、それから寝室に行けばいい。だから今日はもうこのままでいい。
 ゆっくりと目を閉じながら祈るように考えた。
 眠っている間にリュシアンへの気持ちが消えていたらいいのに。そうしたらきっとこの辛さもなくなるのに。
 そう祈ったのに、夢ですら俺に優しくない。

「フィリアスっ」

 夢の中でもリュシアンが出てきた。しかも毒を飲んだ日のように焦った声だった。
 もしかしてあの日を夢で繰り返すのだろうか。
 けれど違っていて、夢の中なのに体が浮くような感覚がした。

「……リュシアン?」

 薄く目を開けて名前を呼ぶけれど、返事はない。やはりこれは夢なのだ。

「夢の中くらい、返事をしてくれてもいいだろう」

 どこまでも現実に忠実な夢だと思った。
 けれど違うのはリュシアンが俺に触れてくれているところだ。夢でもこうして触れられるのが嬉しくて、思わず体を寄せる。するとリュシアンの匂いまでして笑ってしまった。

「本物みたいだ」

 夢の中のリュシアンは俺を抱えたまま移動して寝室に入ったかと思えば俺をゆっくりとベッドに下ろした。そのまま離れてしまいそうな気がして、咄嗟に服を掴む。

「嫌だ、行かないでくれ」
「……駄目だ」

 現実と同じことをこのリュシアンも言う。夢とはもっと俺に都合のいいものであるべきなのに、どうしてこんなにも辛い思いをさせるんだ。
 夢ですら、俺は一人なのだろうか。
 そうだと語りかけてくるみたいに、リュシアンの表情が冷たい。それが堪えられなくて顔を歪めると、リュシアンが慌てて俺の頬を撫でた。

「泣かないでくれ。あなたに泣かれるとどうしたらいいかわからなくなる」
「リュシアンが泣かせてるんだ、いつも。ずっとそうだ」
「……すまない」
「謝るな。謝るくらいなら側にいろ。離れるなって、俺はあの時言ったじゃないか」

 服を掴む手を離して、頬に触れる手に自分の手を重ねる。
 この手が欲しい。体温も匂いも全部。

「俺に忠誠を誓ったなら俺の側にいろ」

 夢なら何を言ってもいい。畑中陽一の記憶が戻る前のような傍若無人な振る舞いも、夢なら咎められない。

「……できるなら、私もそうしたい」

 眉尻が下がり、リュシアンが泣きそうな顔をした。

「フィリアス、これは夢だ」

 リュシアンの親指が目元を撫で、ベッドが二人分の重さで沈む。胸が苦しくなるような切ない声でリュシアンが囁いて、顔が近付く。

「夢なら触れても構わないな?」
「夢じゃなくても触ってほしいよ」

 その言葉が合図だったように唇が触れた。
 頬に触れていた手が後頭部に移動し、俺の手はリュシアンの背中に回る。生き急ぐように唇を触れ合わせ、互いの温度を交換する。
 唇が離れた時息は乱れていたけれど、それを無視してリュシアンが俺の首筋に唇で触れた。そして小さな痛みが与えられ、それでようやくお互いの顔が見える位置にまで離れる。

「リュシアン……」

 するりと背中から腕が滑り落ち、片手をリュシアンが掬い上げる。そして手の甲にキスされて、嬉しくて頬が緩んだ。

「いい夢だな」

 それにリュシアンは何も答えず、そっとベッドに俺の手を下ろした。
 大きな手が擽るように頬を撫でるのが心地良くて、夢の中なのに睡魔が襲ってくる。
 目覚めてしまうのが嫌だ。このまま夢の中にいたいと思うけれど、それが無理だと俺もわかっている。

「リュシアン」

 まぶたが落ちていく中名前を呼ぶ。
 それに応える声はないけれど、頬に触れるぬくもりはそのままだった。そして夢の中で眠ってしまう前に、こう聞こえた。

「おやすみ、フィリアス」

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