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第六章
人生とはままならない
思い出したのは以前リオルが泣いてしまった日のことだ。
あの日エルダーは独り言で、俺に優先順位を教えてくれた。彼にとっての最優先はフォークナー家の人間。それは当然だ。理解できる。
その中にはリオルはもちろん、リュシアンもいる。以前ならエルダーの発言に引っ掛かることはなかったが、今は状況が変わってしまった。
夢の中ならいざ知らず、現実の中ではリュシアンは俺に冷たい。そんな人が俺のいる食事会で喜ぶのだろうか。そう考えると自然と眉間に皺が寄ってしまい、上げたばかりの視線がまた下がる。
「……これも独り言ですが。お二人とも、フィリアス様にお会いできるのを楽しみにしていらっしゃるのですよ。お一方は、色々とご事情がございますが」
ゆっくりと目が見開かれる。
エルダーは最近独り言が多いけれど、そこにリュシアンについてのものは今まで含まれなかったからだ。俺が驚いているのをちらりと視線で確認したエルダーは、やや呆れ気味に息を吐いた。
「フィリアス様はもっと自信を……。否、藪蛇ですな。フィリアス様には、もう少々お待ちいただきたく」
「待つ……?」
「はて? 私は何か言いましたかな? 最近歳のせいで独り言が多くて」
急に惚けたふりをするエルダーを見て、疑問を飲み込む。
まだこれ以上踏み込むべきではないらしい。
「……わかった」
その言葉にエルダーは何も返さず、静かに「紅茶のおかわりは?」と聞いてくる。俺はそれに頷いてカップをエルダーに渡し、また俺の好みに注がれた紅茶を受け取って遠くを見る。
空は青く、そして高い。
もうこの領地に来て随分と時間が経った気がする。
王城から出た時にもう自分を取り巻く環境は今後一切変わることはないだろうと思っていたのに、なんの肩書きを持たない今でも目まぐるしく環境が変わる。
もしかすると王子だった頃よりも、自分の世界が急速に動いているかもしれない。
王子だった頃は己の傲慢さのせいで何もかもがままならず、そして劣等感に突き動かされてロザリア以外の手を取り、そして破滅した。
今は公爵家の監視下に置かれ、俺のことを歯牙にも掛けていなかったリュシアンに冷たいことをたくさん言われ、傷付き、それなのに恋をしてしまった。
表面的な出来事だけなぞれば王城にいた頃の方がずっと劇的だ。けれど、俺の心はここに来てからの方が多いに荒れ狂っている。
「……エルダー、人生とはままならないな」
「そういうものです。ですが強く願えば叶うものもございましょう」
「例えば?」
「それはフィリアス様がご自身で考えることです。あなた様の望みは、あなた様にしかわからないのだから」
それに確かになと頷き、空から視線をエルダーに移す。
「エルダーは強く願って叶ったものはあったのか?」
その問いに彼は大きく頷き「もちろん」と答えた。
「このフォークナー家に仕えられていることも私の願いの一つです。他にも願いはありますがそうですね今の一番はあれでしょうな」
エルダーが顎髭を撫でながら何かに思いを馳せるように視線を上に向けた。その答えを待っていると、やがて口を開く。
「幸せになっていただきたい。これに限ります」
「……なんだか漠然としているな」
「いいのです、願いなのですから。ですがフィリアス様、ただ待っていても願いというものは叶えられません。自ら行動しなければ」
「行動?」
「その一歩の踏み出し方を、あなたはもうご存知だと思いますが」
柔らかな声と視線に胸が暖かくなる。
考えてみれば確かにそうかもしれない。
この領地にきた時、俺は自ら仕事を求めた。何かしたくてがむしゃらだった。そしてその一歩が確実に今に繋がっている。
「人生とはままなりませんが、必死にもがいたあとに振り返ってみると、なかなか悪くない景色が広がっているものです。まだまだお若いフィリアス様は、これからその景色を作っていかれるのですよ」
静かな声に鳥の囀りが混ざり、まるで楽器の演奏の一説のような響きだった。
あの日エルダーは独り言で、俺に優先順位を教えてくれた。彼にとっての最優先はフォークナー家の人間。それは当然だ。理解できる。
その中にはリオルはもちろん、リュシアンもいる。以前ならエルダーの発言に引っ掛かることはなかったが、今は状況が変わってしまった。
夢の中ならいざ知らず、現実の中ではリュシアンは俺に冷たい。そんな人が俺のいる食事会で喜ぶのだろうか。そう考えると自然と眉間に皺が寄ってしまい、上げたばかりの視線がまた下がる。
「……これも独り言ですが。お二人とも、フィリアス様にお会いできるのを楽しみにしていらっしゃるのですよ。お一方は、色々とご事情がございますが」
ゆっくりと目が見開かれる。
エルダーは最近独り言が多いけれど、そこにリュシアンについてのものは今まで含まれなかったからだ。俺が驚いているのをちらりと視線で確認したエルダーは、やや呆れ気味に息を吐いた。
「フィリアス様はもっと自信を……。否、藪蛇ですな。フィリアス様には、もう少々お待ちいただきたく」
「待つ……?」
「はて? 私は何か言いましたかな? 最近歳のせいで独り言が多くて」
急に惚けたふりをするエルダーを見て、疑問を飲み込む。
まだこれ以上踏み込むべきではないらしい。
「……わかった」
その言葉にエルダーは何も返さず、静かに「紅茶のおかわりは?」と聞いてくる。俺はそれに頷いてカップをエルダーに渡し、また俺の好みに注がれた紅茶を受け取って遠くを見る。
空は青く、そして高い。
もうこの領地に来て随分と時間が経った気がする。
王城から出た時にもう自分を取り巻く環境は今後一切変わることはないだろうと思っていたのに、なんの肩書きを持たない今でも目まぐるしく環境が変わる。
もしかすると王子だった頃よりも、自分の世界が急速に動いているかもしれない。
王子だった頃は己の傲慢さのせいで何もかもがままならず、そして劣等感に突き動かされてロザリア以外の手を取り、そして破滅した。
今は公爵家の監視下に置かれ、俺のことを歯牙にも掛けていなかったリュシアンに冷たいことをたくさん言われ、傷付き、それなのに恋をしてしまった。
表面的な出来事だけなぞれば王城にいた頃の方がずっと劇的だ。けれど、俺の心はここに来てからの方が多いに荒れ狂っている。
「……エルダー、人生とはままならないな」
「そういうものです。ですが強く願えば叶うものもございましょう」
「例えば?」
「それはフィリアス様がご自身で考えることです。あなた様の望みは、あなた様にしかわからないのだから」
それに確かになと頷き、空から視線をエルダーに移す。
「エルダーは強く願って叶ったものはあったのか?」
その問いに彼は大きく頷き「もちろん」と答えた。
「このフォークナー家に仕えられていることも私の願いの一つです。他にも願いはありますがそうですね今の一番はあれでしょうな」
エルダーが顎髭を撫でながら何かに思いを馳せるように視線を上に向けた。その答えを待っていると、やがて口を開く。
「幸せになっていただきたい。これに限ります」
「……なんだか漠然としているな」
「いいのです、願いなのですから。ですがフィリアス様、ただ待っていても願いというものは叶えられません。自ら行動しなければ」
「行動?」
「その一歩の踏み出し方を、あなたはもうご存知だと思いますが」
柔らかな声と視線に胸が暖かくなる。
考えてみれば確かにそうかもしれない。
この領地にきた時、俺は自ら仕事を求めた。何かしたくてがむしゃらだった。そしてその一歩が確実に今に繋がっている。
「人生とはままなりませんが、必死にもがいたあとに振り返ってみると、なかなか悪くない景色が広がっているものです。まだまだお若いフィリアス様は、これからその景色を作っていかれるのですよ」
静かな声に鳥の囀りが混ざり、まるで楽器の演奏の一説のような響きだった。
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