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第七章
違うよ
「それは?」
「上着です。外は肌寒いですからな。さあこちらを」
なんの躊躇いもなく手を伸ばしジャケットに袖を通した瞬間、違和感にエルダーを見る。
「エルダー、これは誰のだ」
「リュシアン様のものでございます」
「ダメだ、これを借りるわけには」
「構いません。むしろお喜びになられます」
「そんなはずが」
「これを着てくださらなけれどこの老人、ここで腰を痛めてしまうやもしれません」
「どんな脅しなんだそれは」
「ただのお願いでございます」
滅多に腰を曲げないくせにここぞとばかりに腰を曲げ、一般的な老人を装うエルダーに困惑しつつ根負けしてジャケットを羽織る。
一回り以上違うのではと思うくらいに大きい。指先は出るけれど、これでは完全に着られてしまっている。
「ふむ、では参りましょう」
普段なら誰よりも厳しく身嗜みを指摘するエルダーが満足そうに頷いている。それに息を吐きつつ仕方がないなと諦め、エルダーの手を借りて寝室から出た。
明るい状態で本邸の中を歩いたことはない。あるのは裏口からキッチンに続くまでの道だけで、リュシアンが使うような場所は見ることすら初めてだ。
「階段は一段ずつお下りください」
「さすがにそこまで衰えてはいないと思うが」
「油断はなりません」
大袈裟だなと言おうとした時、どこかの扉が開く音がした。
それからすぐに聞き覚えのある声を耳が拾う。
「フィル!」
少し離れていてもわかるくらい余裕のない大きな声に胸が痛くなる。リオルの後ろから兵士と思われる男の声がしたけれど、それを振り払って小さな子供が走ってきていた。
思わずエルダーの側から離れリオルの方に足を進める。少し足がもつれそうになったけれど、リオルと視線を合わせるために床に膝を突いたと同時に軽い衝撃が襲う。
「フィル、フィル……っ」
力一杯抱き着いて、そして声を震わせる姿に眉を寄せた。
「リオル、ごめん」
小さな体を抱き締めるとリオルが腕の中で小さく首を振った。しゃくり上げるように泣く声が切なくて「泣かないでくれ」と懇願すると、ゆっくりと腕から力が抜けていく。
そうして見ることができたリオルの顔はやはり泣き濡れていた。
「もう、平気?」
「ああ、医者にも診てもらった。ちゃんと食べて運動をすれば問題ないそうだ」
「本当?」
「ああ、嘘は吐かない。嘘が苦手なんだ、俺は」
次々に雨粒ように流れてくる涙を指で拭いながら笑顔で答える。
それにリオルも安心してくれたのか、徐々に呼吸が落ち着いてきて涙も止まり始めた。けれど不安感は拭えないらしく、それからまた俺に抱き着く。
側に来ていたエルダーや、ラナの代わりに側に控えるようになった兵士も何も言わない。
それだけでこの数日リオルがどんな気持ちで過ごしていたかが想像できて、俺まで泣きそうになる。
「……僕、怖かった」
リオルがぎゅっと服を握り、消え入りそうな声で呟く。
そう思ってしまうのも当然だ。知っている顔が目の前で血を吐いて倒れるなんて、リオルくらいの歳の子供からしたら恐怖体験でしかない。
「すまない、ひどいものを見せてしまって」
思わず謝罪を口にするとリオルがまた首を振る。今度はさっきよりもずっと強く横に振っていた。
「違うよ。血を吐いたのが怖かったんじゃない。フィルがいなくなっちゃうと思ったのが、怖かったんだよ……っ」
捲し立てるように言われた言葉に目を丸くする。
「上着です。外は肌寒いですからな。さあこちらを」
なんの躊躇いもなく手を伸ばしジャケットに袖を通した瞬間、違和感にエルダーを見る。
「エルダー、これは誰のだ」
「リュシアン様のものでございます」
「ダメだ、これを借りるわけには」
「構いません。むしろお喜びになられます」
「そんなはずが」
「これを着てくださらなけれどこの老人、ここで腰を痛めてしまうやもしれません」
「どんな脅しなんだそれは」
「ただのお願いでございます」
滅多に腰を曲げないくせにここぞとばかりに腰を曲げ、一般的な老人を装うエルダーに困惑しつつ根負けしてジャケットを羽織る。
一回り以上違うのではと思うくらいに大きい。指先は出るけれど、これでは完全に着られてしまっている。
「ふむ、では参りましょう」
普段なら誰よりも厳しく身嗜みを指摘するエルダーが満足そうに頷いている。それに息を吐きつつ仕方がないなと諦め、エルダーの手を借りて寝室から出た。
明るい状態で本邸の中を歩いたことはない。あるのは裏口からキッチンに続くまでの道だけで、リュシアンが使うような場所は見ることすら初めてだ。
「階段は一段ずつお下りください」
「さすがにそこまで衰えてはいないと思うが」
「油断はなりません」
大袈裟だなと言おうとした時、どこかの扉が開く音がした。
それからすぐに聞き覚えのある声を耳が拾う。
「フィル!」
少し離れていてもわかるくらい余裕のない大きな声に胸が痛くなる。リオルの後ろから兵士と思われる男の声がしたけれど、それを振り払って小さな子供が走ってきていた。
思わずエルダーの側から離れリオルの方に足を進める。少し足がもつれそうになったけれど、リオルと視線を合わせるために床に膝を突いたと同時に軽い衝撃が襲う。
「フィル、フィル……っ」
力一杯抱き着いて、そして声を震わせる姿に眉を寄せた。
「リオル、ごめん」
小さな体を抱き締めるとリオルが腕の中で小さく首を振った。しゃくり上げるように泣く声が切なくて「泣かないでくれ」と懇願すると、ゆっくりと腕から力が抜けていく。
そうして見ることができたリオルの顔はやはり泣き濡れていた。
「もう、平気?」
「ああ、医者にも診てもらった。ちゃんと食べて運動をすれば問題ないそうだ」
「本当?」
「ああ、嘘は吐かない。嘘が苦手なんだ、俺は」
次々に雨粒ように流れてくる涙を指で拭いながら笑顔で答える。
それにリオルも安心してくれたのか、徐々に呼吸が落ち着いてきて涙も止まり始めた。けれど不安感は拭えないらしく、それからまた俺に抱き着く。
側に来ていたエルダーや、ラナの代わりに側に控えるようになった兵士も何も言わない。
それだけでこの数日リオルがどんな気持ちで過ごしていたかが想像できて、俺まで泣きそうになる。
「……僕、怖かった」
リオルがぎゅっと服を握り、消え入りそうな声で呟く。
そう思ってしまうのも当然だ。知っている顔が目の前で血を吐いて倒れるなんて、リオルくらいの歳の子供からしたら恐怖体験でしかない。
「すまない、ひどいものを見せてしまって」
思わず謝罪を口にするとリオルがまた首を振る。今度はさっきよりもずっと強く横に振っていた。
「違うよ。血を吐いたのが怖かったんじゃない。フィルがいなくなっちゃうと思ったのが、怖かったんだよ……っ」
捲し立てるように言われた言葉に目を丸くする。
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